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無彩色の願望  作者: 哀川
第二章 黒の正義

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第十八話 未来視vs水神

 僕が女性の右手首を斬る瞬間、彼女は体を前のめりにして傷を浅くした。どうやら『殺気』を察知されたらしい。まあ、未来通りの結果だ。

 そして右手から離れたナイフは地面へ——落ちることはなく、落下の最中に女性が踵で蹴った。真っ直ぐに僕の首に飛んでくるナイフ……これも既に見た光景だ。だから首の動きだけで躱すのは容易だった。女性の武器は無くなった。……と同時に、彼女の手を縛っていた桜内の糸まで消えた。

 僕を見据える女性の背後にはうつ伏せに倒れた桜内が。たしかに女性の動きは止まったが、ほんの一瞬だった……勿体無いことをした気がするなあ……。

 でも、これで女性は武器無し……加えて手首からの出血。こっちはナイフ持ち。瞬殺されることはないだろう。


「……未来視ですね?」

「はい。……あ」


 なんか乗せられてしまった。くそ、さすがは白鏡のお仲間だ。


「あなたは、どうしてここに居るのですか?」

「どうして……?」

「未来視を宿したからそこらの組織に所属した……こんなところですか?」

「まるで見てきたみたいですね」

「いえ、ただの勘です」


 僕はナイフを構えたままで対応する。この会話に意味はない。ただ、桜内が回復する時間を相手から作ってくれているのだ……これを利用しない手はない。まあ、僕のコミュニケーション能力なんてたかが知れてるし、そこまで時間稼ぎはできないだろうけど。


「僕は昔っから流されやすいタイプでして……今ここにいるのも、ただ流されただけって感じです。特に面白いエピソードなんてないですよ」

「ならば、こっち側に来ませんか?」

「……」


 なんだかデジャブ……もなにも、数時間前に白鏡誠司にも似たようなことを言われたか。


「僕にはどっちが悪なのかが分かりません。だから、知り合いが多い方に付きます。それが僕にとっての正義なんで」


 我ながら酷い性格だ。少なくとも、無表情の女性のポーカーフェイスを崩すほどには醜いだろう。


「そうですか。……しかし、そんな生き方ではいずれ限界がきますよ」どこか見通したように、女性は口にした。「分かっているでしょう? 自分を殺して生きていることを言っているんです」

「…………」


 さすがに黙り込むしかなかった。できるだけ感情を読み取られないようにしようといつもより無表情を意識したのだが、考えればそれも無駄だ。

 既にこの人にはある程度読まれているのだから。


「ほんとさあ……どいつもこいつも」独り言のように、僕はつぶやく。「勝手に人の心覗きやがって」

「申し訳ないです」

「本当ですよ。覗くだけでは飽き足らず、勝手に分析して勝手を言うんですからね。そう言う人、嫌いなんですよ。……嫌いな人に限って僕の前に現れる。厄介な縁ばかり作られて、いい加減身動きができなくなりますよ」

「わかります」

「嘘つけ」


 ×


 一見すると、彼女は右手が使えない上に武器もなく圧倒的に不利だ。……だがしかし、彼女の武器はそもそもナイフだけではない。あのか細い肉体すらも、ナイフに劣らず凶器となり得る。それに僕の視界は……。

 その事実は重々承知している。

 だからこそ、彼女に先手を譲るのはまずい。

 数メートルの距離を詰め、僕はナイフを振るう。喉を目掛けて水平に——空を切った。

 僅かな予備動作もなしに、女性は体勢を低くし躱してみせたのだ。続けて僕のガラ空きの胴に蹴りを入れようとする。僕は多少の反撃は予測できたので、咄嗟に両腕をクロスさせ、蹴りが入る直前で盾を作ることができた。


「う、ぐ」


 鈍い音がし、鋭い痛みを喰らう。若干体が浮き、そのまま四メートルは吹き飛ばされた。手と膝を着いてようやく立ち止まる。

 激痛に悶えるなんて久々だ……。

 多分、右腕には罅が入っている。痛みにそれほどの耐性があるわけでもない僕にとっては十分すぎるほどに苦痛だった。

 そんなチャンスを女性が見逃すはずもなく、すぐさま次の行動に移る。真正面からの突進。避けるのは容易だが、その先までも考えなくてはならない。回避したとして、その後はどうするか……そこまでを思考しなければ、一瞬にして殺される。

 けれど、腕の痛みが思考の邪魔をする。


「くそ……」


 瞬きをすると、次の瞬間には目の前には女性がいて。足元に注意を払っていなかった僕は足払いを仕掛けられた。——だけでは終わらず、女性は浮いた僕の腹を蹴り、思いっきり地面に叩きつけた。頭を打たないように意識したのだが、しかし打ち付けられた背中はどうしようもない痛みに襲われた。

 そして、僕の上に乗った女性は


 ——“左拳を僕の顔面目掛けて振り下ろす”


 予測した僕は、女性が拳を引いた瞬間に、その拳へナイフを突き刺した。


「……!」


 僕がナイフを引くと、拳から僅かに溢れた血が顔に掛かった。

 女性は僕から距離を取る。あのままマウントを取っていたら僕にトドメをさせただろう。そうしなかった理由は僕の未来視を警戒しているからだ。今はその無駄な注意力に救われた。

 裾で血を拭い、ゆっくりと立ち上がる。

 鉄——血の匂い。嫌だな……鼻に残る。


「相手との接触が増えれば増えるほど、未来ってのは見やすくなるんですね」


 僕は煽るようにして言った。


「この調子であなたを殺して見せます」

「……動機も不十分なのに、よく言いますね」


 まるで否定できない。が、そんなことはどうでもいい。僕は地面を蹴って女性との間合いを詰めた。

“女性の後ろ回し蹴りに、僕は首をへし折られて殺される”

 そんな未来を見たとしても、止まるわけにはいかない。

 ——大丈夫。一度見たら、殺されるとしても恐怖することはない。

 女性はやはり蹴りの動作に入った。そして、僕の視界の左端から彼女の足が迫ってくることが分かる。回避は……まだだ。この人の攻撃は全て直前で躱さないと、きっと修正されてしまう。

 だから、直前まで引き付けて——今。このタイミング。


「——ッ」


 首を曲げ、紙一重で蹴りを回避する。……だけでは勿体ない。女性の足が僕の上を過ぎる瞬間、乱暴にナイフを振り、彼女の太ももに浅い切り傷を付ける。

 これだけでは女性は引かず、そのまま連撃を繰り出してきた。器用に足を使ったその攻撃は、とても躱しきれるものではない。未来を見ていないのならば尚更だ。

 基本的に蹴りを受け流すようにするが、どうしても右側からの攻撃はまともにくらってしまう。ヒビの入った右腕で女性の蹴りを防いだ瞬間に絶叫が出そうになるのを抑え、ひたすらに後退を続ける。


「ふッ——」


 女性が息を吐き出すほどの攻撃がくる。右足を軸に鮮やかな時計回りをした、見惚れてしまうような回し蹴り。これをまたもや右腕で防御してしまい、再び数メートル吹き飛ばされ、痛みで意識がどうにかなってしまいそうになった。

 膝をつく僕を女性は冷徹な眼差しで見つめる。


「右目、見えていないんですね」

「見えてますよ」


 僕はナイフを左手に持ち替えていった。


「嘘をつくコツは日頃から嘘をつかないことです」

「……なんとでも言ってください」


 逃げるような言い方になってしまった。言い合いも勝てなければ戦闘においても勝てない。やっぱりこの人嫌いだなあ。


「理解できない……あなたは——あなた達は、何が理由で私たちを止めようとしているのですか? 誠司様はおそらく最後のパーツを回収しました。これで合計七人の命が犠牲となった。今私たちの目的を阻止すれば、その七人の命が無駄になるのでは?」


 僕は遠くで倒れている桜内に目を向ける。


「……これはあそこでぶっ倒れている奴の意見なんですけどね。『悪党の願いなんて叶うもんじゃない。それじゃあ被害者やその家族が報われない』って言ってたんです。これって結構正論っぽくないですか? だから、僕は便乗することにしたんです」

「私たちからしてみれば、あなた達……それに授戒も悪党ですけれど」

「あいつはそれで構わないそうです。人殺しを殺せるなら、それで……」


 自分はいい。けれど、他人はダメだ。そんなの許されるわけがない。

 あなたは悪です。因果応報です。


 それが矛盾した行為だと桜内はいつ気づくのだろうか。きっと、しばらく先になるだろう。その間に多くの恨みを買うハメになるし、あいつの存在を快く思わない者も多くなる。

 でも、少なからず救われる人間は存在する。それは生者——或いは死者。


「だから、僕もそれでいいんです。一応同じ組織に所属しているんですから」


 そして、走り出す。

 一つの視界で、二つの世界を認識しながら。

 不思議だ。なんだか、時間が止まった中を走っている気がする。女性の構える仕草すらも遅く見える。


「は……?」


 何かに動揺したことが瞳に表されており、彼女は大きく目を見開いた。そして、ナイフが突き刺さる直前になっても女性が動くことはなく——。

 だから、僕は躊躇うことなく女性の左胸にナイフを突き刺した。

 肉を断つ、不快感のある感触。

 ナイフを引き抜くと、女性は胸部からだけでなく、口内からも出血した。


「あ、なたは……」

「具合でも悪かったんですか? 避けられない攻撃じゃなかったでしょうに」


 後味の悪い決着だ。この人は余裕で回避できたはず。なのに、まるで『したくてもできなかった』かのような表情をして、僕の足元に倒れている。

 こんな人間離れした女性にどんな裏技があるか分からないし、一応頭でも刺して確実にとどめをさしておこうかと思った途端。


 女性が消えた。


「——まさか」


 桜内が居たはずの場所にも彼女は見えない。

 僕はすぐに理解できた。


「白鏡誠司……!」


 またもや幻術を仕掛けられていたらしい。どのタイミングだ……? まさか、あの女性を殺したことすらも錯覚……?


「なら、早く目覚めないと——」


 ナイフに手で触れて冷たい感触に息を飲んだところで、

 彼女は僕の前に現れた。

 僕のよりも少し上の身長。真っ黒な髪を肩の辺りまで伸ばしており、両耳には赤のピアスをつけている。顔は黒のモヤで覆われており、その向こう側を認識することは不可能。

 でも。

 だからと言って、僕が彼女のことを分からないはずもなかった。そんなことは許されない。普通に生きていればあり得ない。

 なぜなら、

 この人は。


「——姉さん……」


 僕は呟いた。

 姉さんは答えない。


「めんどくさ、まじで」

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