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無彩色の願望  作者: 哀川
第二章 黒の正義

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第十七話 力

「なるほど……幻術の空間で受けた攻撃の影響ってことね」

「そう。しっかし、しくじったな……まさか、白鏡誠司がすぐ近くにいたなんて。なんであんただけが狙われたんだ?」


 それは意味のない交渉の為。しかし、幻術なら一人にかけるのも二人にかけるのも容易だったはず。

 大山和弘が彼に密告したとして、それならば桜内の存在にも当然気付いているわけで——。


「さあね。犯罪者の思考なんて、理解できなくて当然じゃないか?」

「違いない」


 桜内は軽く笑った。


「まあ、右目は白鏡を殺して解くとして。あんた、そのままで大丈夫?」

「なにが?」

「いやほら、死角とかやばいじゃん」

「両目あってこの事態になったんだから、気にしてもしょうがない」


 幻術を基本の武器にしているというのなら、少なくとも初見殺し耐性はついたし……現実と幻の区別ができるようになったら、次に同じミスはしないだろう。


「行こう、白鏡の森へ」


 ×


 細い並木道を歩いてどれくらいの時間が経ったのだろう。感覚的には一時間、体力的には五十時間労働をした気分だ。勿論嘘だ。そこまで僕は貧弱じゃない。ただ、不慣れな山道に体力を大きく奪われたのは事実である。

 対して、僕の目の前を歩く桜内はどこか陽気だった。

 これから白鏡誠司を殺せる(彼が研究所に戻っていればの話だが)という事実に高揚しているのだろうか。

 すごいな。サイコパスじゃん。

 にしても、本当に疲れた。


「せめて僕に魔力があったらな……」

「魔力があったところで体力は増えねえっての。身体能力を上げることはできるけど」


 平然と僕の心を読みやがった。いや、息が上がっているから、読むまでもないかもだけど。


「まあ、最近になって魔力の概念を見つけたあんたにはそれは難しいだろうけど。パッと見、無意識のうちに魔眼の方に魔力が引き寄せられてるし」

「だってのに、ピンチの時に未来を見れないのなら意味ないな。神様も散々な贈り物をしてくれるもんだ」

「無いよりは有る方がいいしょ。それで救えるものがあるんだから」

「『救える』ね……」


 言っているそばから、僕の視界が、今とは別のものを映す。


 森の開けた空間。見た通り、開発中の工事現場だ。地面が均されたその場所の中央に、一人の女性がいる。若く凛とした彼女は、片手にナイフを手にしており、確認するまでもなく敵だという事がわかる。


「桜内」


 僕は肩を掴んで彼女に言った。


 ×


「遅いですね」


 彼女は——水神筒子は、刃渡り十五センチ程度の両刃ナイフを空中に投げて呟いた。

 二人が森に侵入したのを確認して、すぐさまに筒子はこの場にやって来て待ち伏せを計画した。既に着いてもいい頃合い、既に勝負がついてもいい頃合いだというのに、筒子はこうして退屈な時間を過ごしている。


「迷子でしょうか……」


 ち、とわざとらしく舌打ちをする。自身で似合ってないなと思い、軽くため息を吐いた。


「仕方ない……こちらから殺しに——」


 突如として筒子に向けられた殺意。それを合図に彼女は力強くナイフを握りしめた。

 そして、空を見上げる。

 目を細めてようやく見えるのは、暮れた空の前に広がる巨大な蜘蛛の巣。


「概念である魔力の具現化の応用、ですね。ただの糸ならばともかく、人を殺せる程度の魔力を上乗せしている。相当な知識と技術、そして鍛錬が必要だ。少なくとも、魔力を宿して十年や二十年で熟せる技じゃあない」


 天才ですね——そう感心する筒子に、降りかかる罠。

 それを彼女は、難なく切り刻んだ。

 常人にはできない速度でナイフを振るい、周囲にバラバラになった魔力が舞う。


「はあ⁉︎」


 少女の叫び声が遠くの木から聞こえ、筒子はその方向に視線を向けた。そこには桜内桃春の姿があった。


「ちょいちょい、あんた」


 せっかく身を隠していたのに、どうしてか桃春は呑気に姿を現した。筒子との距離が十メートル近くになったところで、桃春は足を止める。


「魔力、ほとんどないじゃん。戦闘血族かなんかなワケ?」

「一人足りませんね」

「つーか、待ち伏せのわりに仕掛けもなんもないじゃん。意味あった?」

「男の子はどこに?」

「会話しろよクソ女!」


 明らかに対称的な性格をしている二人に話し合いなどできるはずもなかった。

 桃春は諦めの嘆息をし、冷静さを欠かぬように慎重に言葉を選ぶ。


「なあ、あんた。犯罪者に手を貸す理由はなに? 煽り抜きでさ、頭おかしいんじゃない? どう考えたって数人の命で一人を蘇らせるなんて馬鹿げてる」

「……? 鈴美様は他の人間と同価値ではないですよ」


 その言葉を聞いた瞬間、桃春は大きく目を開いた。軽く息を吸い、すぐにでも目の前の彼女を殺したいと思う。


「人間の価値はそう決め付けられるものじゃあない」

「そうでしょうか……」


 眉間にシワを寄せ、筒子は反論する。


「人間の——命の価値は、それぞれバラバラですよ。例えば、名も知らぬ赤の他人と身内の二人に危険が迫っていたとして、あなたは身内を優先するでしょう? ほら、もっと分かりやすくいうなら……誰だって虫は殺せても猫は殺せない」

「…………おまえにとって、人はそんなに残酷な生き物なのか?」

「残酷ですよ。しかし、それは至って当然のことです。『命の価値付け』はどれだけ残酷であろうと間違っていない。なぜなら……」

「あー、もういいわ」


 桃春は苛立ちを含めた声で割り込む。

 右手で顔を覆い、にやりと不気味な微笑みを浮かべた。それは、筒子の涼しげな無表情を崩す。


「あたしって《悪》だからさあ、そういう正論聞いてっと、イライラすんだわ」


 途端に拳を握り締める。すると、地面にバラバラになっていた魔力の糸が結合を始め、筒子の両手両足に纏わり付き、彼女の動きを封じた。

 桃春は拳を引く。——と同時に、筒子の体がぐわんと引き寄せられた。そして桃春は左の拳に魔力を乗せ、構える。

 引き寄せられる速度は相当なものだ。少なくとも、このまま桃春の打撃をくらったら、再起不能……致命傷にだってなり得る。その事実を理解していながら、筒子は冷静だった。ナイフを逆手に持ち替え、手首にまとわりついた糸を切断し、右手に自由を取り戻す。


「……っ」


 桃春は回避した。自分から彼女を寄せたのに、明らかな有利を手にしていたはずだったのに、情けなく回避した。すれ違う瞬間、筒子の振るうナイフが頬をかすめる。


「てめえ……」


 振り返えると、既に筒子は自身に付いていた糸を切断し終えていた。

 様々な仕事を行ってきた桃春はここで初めて『自信』を失った。


「余裕なさそうですね」

「……あん?」

「私の勘って、よく当たるんですよ。……あなたは、魔術師ですらない私を恐怖している。きっと、今までは相手に反撃すらされなかったんでしょうね……あなたは天才ですから。でも……」


 あくまで息をすることと同じように、さも当たり前のことのように、筒子は明言する。


「あなたはここで終わりです」


 筒子が刃を向ける先には、乾いた笑みを浮かべる桃春。彼女は「うるせえ」と言って腕を捲り、彼女と対峙する。


「余裕はない。恐怖もしてる。けど、だからって諦める悪役はいねえだろ?」


 そして、二人は走り出す。筒子は冷徹な無表情で——対して、桃春は無邪気な笑顔を浮かべ。互いの目的の為、殺意を衝突させた。


 ×


『あたしが攻撃を仕掛ける。あんたは決定的な未来を見たら、その糸を千切って知らせてくれ。その時には、あたしの命に替えてでも奴の動きを止める。まあ、最善はあたしが手早く女を殺すことだけどな』


 僕が見た未来を伝えると桜内はそんなことを言って突っ走って行った。

 十中八九、あいつは待ち伏せをしていた彼女の心当たりがあったのだろう。僕が待ち伏せしている人の性別を語っていないにも関わらず、あいつは『女』と断言していたのだから。


「傍若無人も傍若無人なりに頭使ってるんだな……」


 僕は左手に糸を巻き付け、二人が殺し合う様子を遠くの木に隠れて観察していた。

 女の人は見たところナイフのみで戦っており、身体能力は化物レベルだが魔術師ではなさそうだ。それが故に、今の状況は異様と言える。

 桜内の戦闘スタイルは大山和弘の時とは違い、冷静さが目立っていた。しかし、それは敵対する女性にも言えたことで、数々の糸を切断と回避で無力化し、少しずつ距離を詰めていた。

 優雅に舞い、余裕のある無表情で切って、斬ってバラバラにしてゆく。

 まずいな……このまま防戦一方の状態じゃいつ桜内に限界が来るか分からない。かと言って、未来を見ない僕にできることはほぼない。人間離れした二人の殺し合いをただ傍観するだけ。


「ま……こうなることはあくまで想定内だし、文句を言われる覚えはないんだけどね……」


 しかし、あの二人を見ていると、僕も何かしなくてはという感情に襲われてしまう。あそこに突っ込んだら秒殺されるのは言うまでもないけど……。

 そして一時間……もしくはそれ以上の時が経ち、日も落ち始めた頃。


 僕は未来を見た。


 ×


 桃春の体内には彼女自身の魔術因子と光野紅葉の魔術因子が混合して存在している。それは光野勝が仕組んだことである……が、紅葉がそれを忌むことはないだろう。

 紅葉の魔術因子に蓄積された知識は、そのまま桃春へと引き継がれた。筒子が桃春を《天才》と認識したのはそれが理由だ。年齢に対して、技術と知識量が釣り合っていない……それこそが、筒子の感じた違和感。

 あの時桃春がナイフを躱せたのはほんの偶然にすぎない。次に接近する時、確実に桃春は頸動脈を切断されることになる。それは彼女自身も重々承知。だからこそ、距離をとって決定打に欠ける攻撃を放っていたのだが——。


「あー、やべえ」


 桃春の体力は限界だった。

 筒子からは一定の距離を保ち、隙を見て彼女の手足を拘束——そこまでは上手くいくのだが、やはり右手に持つナイフに邪魔をされてしまう。

 ——ならば、とナイフを奪うことに専念するのだが、ナイフに糸を絡めた時点で切断される。グリップに絡める以外に選択肢はないのだが、相手は生物だ。それに加えて殺意を発露している。そんな隙を見せるわけがない。


「そもそも、だ」


 桃春は苦しさを押し殺して呼吸をする。膝に手を乗せ、少しでも楽な体勢をつくるほどには、追い詰められていた。

 筒子はというと、顔色ひとつ変えずにゆっくりと歩いて桃春の方へと向かってくる。


「魔術師じゃねえのにアホみたいな身体能力……そんな一族に、昔に出会ったことがあるんだ」

「……? それで?」

「そいつらは三対一であたしをボコすようなクソ野郎共でさあ……、ずっと白鏡の護衛の為に生きてきたんだとよ」


 ここで、初めて筒子は立ち止まった。


「あたしがそいつらに出会ったきっかけは一つの依頼だった。『授戒の所持する《魂の樹》が奪われた。容疑者である白鏡誠司の周辺を調査し、決定的な証拠を持ってこい』ってな……。でも、白鏡の屋敷でその三人に会ってな……死ぬ寸前まで痛めつけられたよ。だから──


 三人とも、殺してやった」


「——!」


 忘却を望んだ筒子の記憶。

 水神は古くから白鏡に仕えてきた。ある日、筒子が白鏡の分家に出向いていた時、本家に一人の侵入者が現れた。その時の護衛は、筒子の両親と妹……三人は全員首を捻られて殺されたという。何かうしろめたいことがあるのか、白鏡はそのことについて掘り下げるつもりはなく、侵入者もむざむざ逃す事態となった。

 その時の侵入者を桃春は自分だと打ち明ける。それは明らかな挑発であり、筒子の冷静さを奪おうとする目的が目に見えている。

 しかし。

 そうと理解していて、筒子は怒りに身を任せた。

 呼吸すらも忘れ、桃春に向かって疾走する。表情には出さないが、感情は憎しみで溢れていた。どこか禍々しさのある筒子の瞳に、桃春は背筋を凍らせる。

 けれど、せっかく作ったチャンスを無駄にするほどに桜内桃春は愚かな人間ではない。


「……やってやらあ……」


 桃春が両手を合わせた途端、合図がきた。今この瞬間に、姫乃が糸を千切ったのだ。

 筒子は跳躍し、頭上から桃春の頭部を狙う。その動きを止める——そうすれば、姫乃が決着をつける。


「くそっ!」


 考える暇はない。一瞬でも判断が遅れれば、姫乃の見た未来が変わる可能性すらある。もともと《予測》は可能性の一部を見れるだけなのだ、すぐに行動に移さなければならない。

 桃春は手を合わせ、

 そして開く。

 右手を包み込むのは、彼女の持ち合わせている全ての魔力。鮮やかな赤色の霧を帯び、風に揺らめいている。

 桃春は大きくふりかぶり、筒子に向かって拳を突き出した。

 ほんのわずか筒子は迷った。それは冷静さを欠いてたが故に起こった出来事だ。拳を切断するか、回避して頭部を狙うか。結果的に筒子は回避を選択したが、その一瞬の戸惑いが、桃春の拳を先に到達させてしまった。

 そして魔力はそのカタチを変える。今までの半透明な色とは違い、その赤さを保ったままの糸となり、筒子を拘束した。後ろ手の状態かつ、強度も段違い——このチャンスを逃すわけにはいかない……その思いを筒子の背後から駆けてくる姫乃に託し、桃春は気を失った。


 ×


 そう、ここまではいい。あのクールな女性がブチ切れて、動きを封じられて。

 ただ……僕が見た未来は、彼女にとどめを刺す未来なんかじゃない。僕が彼女の手首を斬り、その直後に彼女に首を斬られる未来だ。

 合図は送るべきじゃなかっただろう……でも、このままだったら完全に桜内が殺されていた。ならば、やるしかない。手首を斬るまでは未来の通りに、それ以降を回避する。

 来ると分かっている攻撃ならば、特に恐怖することもない。


 そして、僕は彼女にナイフを振るう。

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