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無彩色の願望  作者: 哀川
第二章 黒の正義

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第十六話 幻

「くそ……、一体何が……」


 明らかな異常。

 何十人何百人もの人が、どうして一瞬にして消えるのか。どうして、僕だけが隔離されたのか。

 僕は折りたたみナイフをポケットから取り出し、柱に背中を預ける。


「桜内! どこだ⁉︎」


 返事はない。僕の声が響くだけで、周りの音も一切ない。恐らくは魔術師の仕業だ。けれど、誰かまでは分からない。

 ……誰かに恨まれるようなことがあったか? まさか、明日川くんが……


「……!」


 色々と思考していると、誰かの足音が僕の意識を持っていく。

 広々とした空間で、その音は呑気に僕の方へと向かってきている。

 柱から体を出し、後ろを向いてナイフを構える。数メートル先に、見覚えのある人物がいた。

 高い背丈に、整えられた短髪。本当に四十代かと疑わせるほどの若作り。全身黒のスーツで身をかためた彼の名は——白鏡誠司。


「なんで、白鏡誠司が……」

「こんにちは。初めましてだな、危険因子」


 どうして彼がここに……いや、ここに居るのはいいとして、どうして僕を——。

 ……大山和弘か。畜生、あそこで殺しておくべきだった。

 とにかく、今は彼に隙を見せてはならない。会話から用心しておかないと……。


「危険因子だなんて……」

「褒めてないよ」

「褒められたなんて思ってねえよ」

「はは。だろうね」


 ここまで人の笑顔を不気味だと思うのは久しぶりだ。

 どうする……僕に殺せるのか? そもそも、桜内は無事なのか?


「……どうして、僕とあなただけなんです? 二人きりじゃあないとまずい話でも?」

「ああ。実を言うとね、俺は交渉がしたいんだ。もっとも、これは予定されていたことではないがね。俺が偶然にも君を見つけることができなければこの空間へ連れてくることはできなかった。危険因子、君は……未来視所有者だろう?」

「…………」

「即答しないあたり間違いないようだな。なあ、未来視。君はおれの目的も知っているんだろう? 知っていて、阻止したいんだろう? 一人の少女が救われるってのに、随分とひどいことをするじゃないか」

「その為に数人が犠牲になるようじゃあ、割りに合わない」

「でも、ここで止めたら今までの犠牲が無駄になる」


 まずい。なんだか、流されそうな雰囲気だ。


「未来視なんて、この世界に五十とない高価値な魔眼だ。そこらの組織に使わせるなんて勿体ない。どうだ? もしも俺に協力するなら、一億は出せるぞ」

「……夢のような話ですね。でも、僕って金を持ったところで買い食いとかにしか使いませんから。意味がないです、僕に一億なんて」

「なら、君の欲しいものは?」

「ありませんよ」

「嘘だな」誠司さんは間を開けずに否定した。「君は大嘘つきだ。ゴミ野郎だな」


 殺人鬼からそんな言い方をされる覚えはない。しかし、ここで反応すればさらに流れを持っていかれるだろうと思い、僕は黙って彼を見つめた。


「俺の知り合いによく勘が当たる女の子がいるんだ。そいつ曰く、君が求めているのは『変化』らしい。どうかな……あってる?」

「——さあね。あってるあってないはともかくとして……あなたには関係ない」


 吐き捨てるように言って、僕は彼との距離を一息に詰めた。そのまま彼の喉を切り裂き、横を通り過ぎる。

 たしかな手応え。

 たしかな人殺し。

 その感覚は、紛れもなく本物だった。

 しかし、振り返ってみるとそこに死体は無い。


「は、はあ——」


 自然と息が上がる。

 気を逸らすな、ナイフを下げるな、目を閉じるな。

 一瞬の油断が、僕を殺す。そう確信できる。

 静かで禍々しい空間が、僕の精神を削る。

 ——途端に、僕の首が絞まる。


「う、ぐぅあ……!」


 それが背後の柱から出てきた人間の手だと理解するのに、それほど時間はかからなかった。

 尋常じゃない力だ。頸動脈が圧迫され、すぐにでも意識が飛びそうになる。


「ぐ、あ、あぁ」


 やむを得ない。

 僕は自分のことすらも傷つける覚悟を決めて、首を締める指までナイフを運ぶ。

 そして、力を込め——切断。


 指が地面に落ち、力が緩んだ隙に柱から離れる。振り返ってみると、二本の腕が生えたままだった。どこぞのホラー映画よりも恐怖に値する。

 自分の首も浅く切ってしまったことを自覚し、思わず舌打ちをした。

 それを合図とするように、次に地面から腕が生え、僕の足首を圧迫し始める。動きを封じたってことは、攻撃はどこか別の場所から——上か。

 見上げた時には、既に遅く。


 僕の右目に一本の指が──突き刺さった。容赦なく目玉を抉られ、僕は喉が壊れるくらいの叫び声を上げる。必死に目を押さえるも、出血が止まることはなく、当然痛みが和らぐこともない。

 未来は——見えない。


『そもそも、だ』


 一メートルほど手前。

 顔面が闇に覆われた、高身長の彼女が言った。


『おまえは死ぬのが怖いのか? ほんとうに、心の底から生きたいと思っているのか? 過去に何回自殺を図った? つまりだな、今はあくまで延長戦でしかないんだよ。本来なら、おまえはとっくに終わっていい存在なんだ』


「どうして……、あなたがここに?」


『続くか。それでも、おまえは続きたいと願うのか。なら——』


「あ、そうか」


 白鏡誠司を殺した感覚。首を掴まれたときの苦しさ。右目を抉られた痛み。これらは全て本物だ。

 ただ一つ——目の前にいるあなたは、本物であるはずがない。

 あなたは、僕の目の前で殺された。そこに存在することなどできはしない。


「これは……幻術の類か」


 白鏡誠司……あなたの余計な演出のおかげで覚悟が決まった。もしもあなたが、彼女を僕の目の前に映さなかったら、きっと僕はこのまま死んでいた。でも、感謝はしない。そもそも殺すなよって話なんだから。

 僕は意味もなく決意を固めた視線を、彼女にぶつける。


「正直、あなたの言う通りなんだと思います。僕はとっくに終わっていい存在。何をしたくて生きているのか、はっきり言って分かりません。時と場合によっては殺されるのも悪くない。でも……」


 天井から迫る無数の手には反応せず、ナイフを自分の首に突き付けて


「今は——その時じゃない」


 切り裂いた——。


 ×


『幻術ってのは、頭に隙が——空洞があるほどかかりやすいんだ』


 いつか井宮が言っていた。どうしてそんな話題になったのかは覚えていないが、おそらくはただの雑談のつもりだったのだろう。


『人間の脳は100%フルで活動しているわけじゃあないだろう? だからって10%なわけでもないけど……とにかく、そこの隙を突けば、人間を幻の世界に引き摺り込むのは簡単だ』

『はん……なんだか面倒くさそうだな』

『うん。俺は幻術使いが一番嫌いだし、大抵の人もそうだ。幻のくせして痛覚はそのままだからな。幻の中で死ねば、ここが死ぬ』


 井宮は頭をトントンと小突いた。

 正気で居られなくなると言うことだろう。


『仕掛けられたらどうすればいいんだ?』

『夢から覚めるには自分自身の意思で痛みを与えればいい。術者の魔力量にもよるけど、そうすれば幻は消え去り、意識が戻る。ただ、気をつけなきゃならないのが、本当にそれが幻かどうかってことだ。ありえない……不可能の連続が起こった時に、冷静に判断しなければならない。藍歌には縁もないと思うけど、その時は確信的な材料を集めるんだぞ?』


 大丈夫。

 他人の心しか分からないあの天才は確実に死んでいる。

 だから、僕は目覚めれる。


「——、……」


 思えば、なにも死ぬほどの痛みを与える必要はなかったかもしれない。


「あ、起きた」

「…………」

「急に倒れたりするからびっくりしたわ。あたしが背負ってここまで運んでやったんだからな」

「あー」


 背中の硬い感触に唸り、僕は体を起こす。辺りを見回すと、ここがバス停だとわかった。僕が寝ていたベンチのその隣のベンチに、桜内は膝を立てて座っていた。


「だいぶ寝ちゃってたんだな」

「ま、ね。疲れてたん? 倒れるほどの疲れって——」

「いや、別に」


 ありがとうと言って脱力する。背もたれに背中を預け、冷や汗を拭った。

 ——左目を瞑って、開ける。


 そして、少しわざとらしく息を吐き出した。


「どうしたのさ」

「右目、見えなくなった」

「——……は?」

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