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無彩色の願望  作者: 哀川
第二章 黒の正義

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第九話 彼が望む未来

「ねえ、筒子ちゃん。不思議の国のアリスって読んだことある?」


 薄暗い部屋の中。

 ソファーに一人の男が横になっている。清潔感のある服装に、整えられた髪の毛。年齢は四十代と言ったところだ。

 彼はスマホを操作しつつ、パソコンに向かい合って忙しそうにしている彼女に声をかけた。


「小学校の頃に見たことあります。即興劇と知った時には驚きました」


 二十代に見える女性。短く結んだ髪に黒縁のメガネ。スーツ姿に加えて、凛とした表情がどこかの秘書らしさを感じさせる。


「分かるよ。それを知った時には二つの価値観に分かれるよね。『少し雑な構成に感じた』か『即興でこのクオリティは天才的だ』とか」

「雑なんですか?」


 キーボードを叩きながらも女は質問する。


「うーん……どうだろう、あんまり覚えてないけど。《鏡の国のアリス》に比べたらそう思わなくもないくらいかな?」

「鏡の……?」

「そう。不思議の国の続編さ」


 はあ、とため息だか返事だか曖昧な応じ方をする女。


「どんなお話なんです?」

「アリスが鏡に入り込み、チェスの世界でクイーンを目指すお話。俺はチェスのルールはよく分からないんだけど。知ってたらもっと楽しめたのかなあ……」

「さあ。それにしても、やっぱり不思議なお話ですね。登場人物はどうです? 魅力があるキャラはいましたか?」


 男は顔を曇らせる。横目で女を睨み、やれやれと体を起こした。


「君はそればっかりだな。物語よりも登場人物ばかりに目をやる」

「魅力があるキャラはいましたか?」


 食い気味に質問する女に対して、男は苦笑した。


「まあ、俺が好きなのは赤の女王かな。とある名言があってね。『その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない』ってのが心にきたよ」

「それ、聞いたことがあります。たしか、進化的軍拡競争と有性生殖についての説明でしたよね」

「赤の女王仮説のことか。このセリフが『生き残る為には進化し続けなければならない』を比喩していると……くう、やっぱりカッコいいな。でも、憧れるのは白の女王だが」

「白の女王?」

「彼女は時間を逆向きに生きているんだ。記憶や痛みすらもとにかく逆向きなんだよ。説明が難しいから、機会があればぜひ読んでみてくれ」


 わかりました、と適当な返事をする。


「過去なんて記憶していても意味がない。俺が欲しいのは未来という結果のみ。……俺に未来視があれば、きっと全ては良い方向に進むんだろう」

「過去を忘却し、未来を先取りし続ける? どうなんでしょうね、それ。あなたが過去を忘却したら、悲しみという感情すらも忘れ、身動きが取れなくなっていたのでは?」

「……ま、否定はできないね。なんにせよ、未来視を持たない俺は努力するしかないってことだ」


 ×


 話によると、この人(大山和弘さん)がみずきちゃんを強姦した訳ではなく、あくまで弟さんを庇っているだけらしい。

 日頃素行の優れなかった弟は、とうとう性犯罪に手を出してしまった。それが中学生の頃。奇遇なことに、その状況に鉢合わせた大山さんは、弟を家に帰らせて、夜中の公園のトイレにて必死に思考した。

 そこに。一人の男がやってきた。彼は四十代だそうだが、全然若く見えたらしい。


『俺の名前は白鏡はくきょう誠司せいじ。弟さんはもう帰らせたのかな?』


 白鏡さんがそう言った時点で、大山さんは「終わった」と思ったらしい。それもそうだ。誰にも目撃されていないはずなのに、まるで全てを知っているかのように白鏡さんは言ったのだから。


『まあ、この際君でもいいや。どこから説明したものかな……。俺は名前の通り白鏡グループの代表ってやつなんだけど……』


 白鏡グループ。それは決して表舞台に立つことのない、魔術師の世界の上位に君臨する存在らしい。こちら側の世界で言う『財閥』なのだろうか。現在の僕がどちらの世界に所属しているかは分からないけれど……。


「あー、じゃあ、授戒一家と似たようなものなのかな」


 大山さんのアパートの中で、僕は呟いた。畳に寝そべる桜内が相槌を打って答える。


「まあ、立場的には授戒の方が上だけど」


 次に、小さなちゃぶ台の向こう側に座る大山さんが言う。


「そんなんじゃ足りない……彼は、もっと巨大な何かでないと止めることはできない」

「……とにかく、続きを聞かせてください。しかし、なにを言おうとあなたが人を殺したという事実は変わらないですけどね」


 大山さんは僕から目を逸らした。言うまでもなく、罪の重さは自覚しているようだ。だからと言って許される訳でもないが。


「あの男は俺に言った。『弟さんの罪をなかったことにしてやる。だから、少し仕事を手伝って欲しい』と」


『仕事って……』

『数人の女の子を運んできて欲しいんだ。あくまで輸送するだけ。それまでの過程には一切触れなくていい。どう? やる? なんなら多少の報酬もあげちゃうよ?』


 魔術師の世界で生きた経験のある大山さんは、彼の言葉に絶対的な信頼感が含まれることを知っていた。だから、頷いたらしい。

 燈明学園の南に位置するバス停にバンで行き、そこの生徒から宝石を貰う。それから白鏡さんの所有する山に建てられた屋敷にそれを運ぶ。単純な作業だ。

 法号さんの時を除き、大山さんが運んだ回数は五回。宝石を持ってきた生徒は全員別人らしかった。

 共通点があったとしたら、それは表情らしい。何か取り返しのつかない罪を犯してしまった罪悪感と、しかし相応の見返りがくるという、真逆の二つの感情が混じった表情だそうだ。


「——法号さんから受け取った宝石は?」


 僕が聞くと、彼はポケットの中から巾着袋を取り出し、更にそこから宝石を取り出した。

 掌に収まる程度の、真っ赤な宝石。

 これは後で東条さんに渡そう。僕や桜内でどうにかできるものでもないだろう。

 おそらく、

 この中には、

 死体が——。


「……、どうして法号さんを殺したんですか?」

「俺も最初は断ったさ。でもな、交渉は次第に脅迫となっていったんだ。『君には弟さん以外にも家族がいるだろう? あんまり悪役みたいな立ち回りはしたくないんだ』なんて言われたら、こっちもそれなりのことをしなくちゃならないんだ」

「そんなことは聞いていない。あなたの事情じゃあなくって、白鏡さんが殺すように命じた理由をきいているんだ」

「それはもう答え出てるでしょ」


 桜内が体を起こして言う。その声には若干の怒りが含まれている気がした。


「白鏡が声をかけた生徒は脅されたんじゃなくて、ただ交渉された。それ相応のリターンがあった。法号つるぎの場合は妹の回復、とか。でも……なんらかの理由でそれが不可能になったとしたら、口止めするしかない。『わたしは要望通りに人を殺した。しかし、それだってのに、あんたは何もしないのか?』みたいな状況になると知ったら、法号つるぎはブチ切れるでしょうし」


 自身が犯罪者になったところで構わない。それで、家族が——妹が助かるのなら、私は死んでもいい。

 あの時の法号さんなら言いそうではある。まあ、結果的に彼女は犯罪者となり、妹が完治することはなく、殺されるという結末なわけだが。


「法号さんを除いて五人……その人たちはちゃんと望みを叶えてもらったってことか。学園内の被害者の数からして」

「そいつらはどうする?」

「僕らが捕らえるのは白鏡さんだろ? その他の人間はどうでもいい。彼が捕まったら全て終わるんだから。そうすりゃ燈明学園とはおさらばな訳だし、僕はもう関係ない」


 気に食わなそうに顔を顰める桜内。さすがは正義の心の持ち主だ。

 それとは対照的に、大山さんは若干安堵しているように見える。


 ——あなたに、そんな顔をする権利はない。


「依頼がなければ動きませんけど、もしかするとどこかの正義の味方さんがあなたを逮捕……もしくはぶち殺したりするかもしれません。弟さんと一緒に自首することをお勧めします」


 大山さんがなにを考えているのかは分からないけれど、別にそれでいいと思った。犯罪者の思考なんて理解できてたまるか。

 言い終えてから立ち上がり、ぼくは桜内と顔を合わせた。


「もう行くのかよ。もうちょい詳しいことを……」

「白鏡の研究所に行って最終決戦だろ? 面倒なことはしない。他の問題を解決するのは、主犯である白鏡さんを捕らえた後だ。僕は依頼されなきゃやらないけど」

「だから、白鏡の研究所の場所を聞かないと」

「……そう……だな」


 変なところで抜けてるのはいつも通りだ。……だってのに、桜内に「ああ、こいつ実は相当頭悪いな」と馬鹿にしているような表情をされるのは納得いかなかった。

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