そんな可能性を入れろって?
ビーーーーッ
テープは貼られる。集合ポストにドアポスト。大家さん、管理者さんも楽じゃない。
「まったく……家賃払えっつーの」
そんなお部屋に荷物が届く。部屋の前で作業している大家さんに声をかける。
「あり?ここに曽根さんって人、いないんですか?大家さんですよね?」
つい先日まで柄の悪い人が住んでいた。
「あー。曽根くんの事かい?悪いんだけど、出てってもらったんだよ」
詳しい話を聞く気はない。
電気やガスのメーターがピタリと止まり、集合ポストには溜まりに溜まったチラシの山。言っちゃあなんだが、そーいう人を抱えるアパートなのは分かる。
「荷物どーしましょ?転居先とか分かりますか?近ければそっちに行きますけど」
「いんや。悪いけど、送った人に返してくれないか?ここにはもういないからさ」
「ですね……了解っす」
転居の行き違いもあれば、知らないふりして事情を察してやるのも仕事である。
送料と差出人が可哀想だが、まぁしゃあない。
その荷物は今日中に、差し出された方の元へ戻るようになった。
◇ ◇
プルルルルルル
翌朝、電話が鳴る。それは間違いなく、待っていたと言えるコール。
『なんで荷物を返してるんだよ!!俺は住んでるんだぞ!!』
「ですから、管理人さんに確認とりましたし。ドアポストも集合ポストも、テープ貼られて、電気のメーターとか止められてましたでしょ?」
住民が転居してくる前に荷物がやってきてしまう事も、珍しい事ではない。契約をしていても、引っ越し作業が間に合わないなどの理由だ。
配達員は現地に行くが、メーターや集合ポスト、管理人さんに確認をする。また、電話をしてみるといった手も使うわけだが、繋がらない事もある。確認がとれない場合は、荷物を何日か保管して様子をみるか。あるいは、不在票を入れて再配依頼をしてもらうという感じだ。
通常ならそうであるのだが、そんな可能性を入れろってレベルの事がある。
言い分は分からないでもないが、じゃあそのために、周りがどれだけ大変な思いをしているか感じて欲しい。
『俺は住んでるんだよ!!俺がいつアパートから出ると言った!?確認しに来たのか!?おい!!』
そりゃそうだ。だが、誰だって普通。そんな事を直接確認しているわけがない。それを知っているだろう。
電話の相手に、別の意味で頭を抱える。
「確かにご本人様と確認はしておりませんが、管理人さんから住んでいませんと確認がとれておりまして」
『管理人がいつ!俺の許可なくそんな事言ったんだよ!?』
「許可もなにも、私は内情詳しくないですけど。賃貸アパートですよね?管理会社がお住まいの方をチェックしているものですよ?いないと言われたら、返しますよ」
これからご入居される方を把握していない場合もあるが、退室された方については反応よく、ポストやドアを締めてくれている。これで配達員や電気、ガス、水道のライフラインを支える方々も、住んでいるか住んでいないか分かる。
『俺の家に俺の荷物なんだぞ!!なに勝手な事してんだ!?』
「家は大家さんのものですし、荷物は差し出された方の物ですよ。あなたの物は一切ありません」
『!!さっきからテメェよ!口応えしてんじゃねぇよ!』
「これ以上、長引いたら警察に相談しますよ?もう荷物を返したんで、またちゃんとした住所に送ってもらうよう言ってください。送料は知りませんけど」
『覚えてろよ!テメェ!!パパに言いつけてやるからな!俺のパパは』
「またのご利用お願いします」
ガチャッ
「ま、こんなもんでしょ」
適度に処理を終わらせる管理者であり、上司の鑑。
誰がどうこう言ったって、その処理は正当であるという一点張りしかない。確かに電気、水道、ガスを止められても、住んでいられる……そーいう人間がいた時代の方がまだまだ長いのだから。
分からなくはない。
そんな99.9%を外した異常事態に対応できないのはオカシイ。ただ、100%を目指せば目指すほど、ムダとコストは嵩むもの。
「あーっ!森橋くん、決着ついたから安心して」
「あ、ありがとうございます!?実さん、ありがとうございます!!」
喧嘩腰の電話相手とのやり取りは大変なものだ。まだこちらのミスなら、心の中は反省一色で済むのだが。どーいう理由でそーなのか?という難題は、いつもキツイ。マニュアルなんてないからだ。
「じゃ、仕事をしようか」
「ちょっと待てよ、実……」
「はい?なんですか、山口部長……」
人間関係が図鑑のように全て載っている事はあるだろうか?
「なんでさっきの電話で、お前。”山口部長”って名乗ってんだ、コラ……?」
「いやーっ、こーいう案件は上司の中でも上司の名で話した方が、すぐ済むじゃないですか。嫌いとかじゃないですから」