第一章 突然の召喚
異世界のお風呂は温泉施設のひのきお風呂みたいで驚いた。
洗い場は一畳ぐらいで、蛇口をひねるとお湯が出る。
この家に到着するまでに観察した街の風景から、この世界にガス湯沸し器などがある様には思えなかったのに、温度の下がらない湯船や蛇口から出るお湯はどうなってるのか。
メリダに使い方を教えてもらったシャンプーらしき固形の石鹸は、思いの外髪をツルツルにしてくれたし、体を洗うのにも使えるすぐれものだという。
まぁ、難しい事を今考えても仕方ないか。
湯船に首まで使って、ふーっと息をつく。
「体の芯まで温まるー」
びしょ濡れになったせいですっかり冷えた体がお湯で温められて、手足の感覚が蘇る。
秋口だった日本から、木枯らしの吹く寒い異世界に飛ばされたおかげで、私の格好は季節外れだった上に、噴水の冷たい水に浸かったせいだ。
ここに来るまで驚きのせいで寒さを感じなかったのに、ホッとした途端に寒くなるなんて、自分で思ってたより気を張ってたらしい。
「そう言えば、私、名前も名乗ってないや」
すっごく大事な事を思い出す。
見ず知らずの人の家で名乗らずにお風呂入ってるだなんて、とんだ無作法だよ。
しかし、これって現実なのかなぁ。
湯船から手を出して自分の頬を抓ってみる。
「いった・・・やっぱり現実だよね」
あーマジか。
ラノベは読むもので経験するもんじゃないんだけどなぁ。
来てしまったのは仕方ないけど、これからどうするか考えないとだわ。
そもそも、どうしてこうなったのか。
私、会社の送別会の帰りに実家に向って歩いてただけなんだけど。
自分の住んでいたマンションの天井より少し低い天井をぼんやり見つめながらここに至るまでの自分を思い返した。