メイドと記憶と殴り込み
年明ける前に更新しとこっかなって
「……全く、お嬢様はなぜ一人にすると必ずトラブルに巻き込まれるのでしょうか」
「今回は、どちらかと言うと私が巻き込んだようなものだと思うけど」
「トラブルが起こることが問題なんです」
ちょこまかとうに達が走り回る部屋。
ソファセットで向かい合い、笑顔のスヴィータがきっぱりそう断じた。
スヴィータが部屋に現れ、入れ替わるようにノアさんとメリアリスさんが出ていった後。
部屋中にうにうにしているうにを見回したスヴィータはうに達にあれこれと指示をして、うに達はそれが当然とばかりに従い各々散っていった。
それから対面にスヴィータが腰掛け、先程の一言に続き、目の前にティーセットが置かれて、チェックするようにスヴィータがお茶を一口含む。
「……ふむ。うちのメイド達にも見習わせたいところですね」
「うちのメイド、うにに負けたのかい?」
「現実ではないとは言え、お嬢様の世話を任せるのなら妥協など許されませんので」
お茶を褒められうにうに言って喜ぶうにを横目に、カップがソーサーに戻され、柏手を一つ。
ぴたりと鳴くのを止めて整列したうに達が壁際に添い立ち並び、それを見てまたスヴィータが頷いて、視線は私へ。
「まずは……そうですね。私の半身が迷惑をかけたようで」
「やっぱり、銀竜の言ってた半身ってスヴィータの事だったんだね」
「ええ。私の記憶に関係しています」
カチャリと音を鳴らしてテーブルの上に置かれたのは鞘に納まる一振りの刀。
レキシファーと戦った夜、彼女の渾身の一撃により折れたもの。
今のところ新しい刀は持っていないようだし、先に渡しておこうかな。
「うん。スヴィータに、預かりものだよ」
インベントリから取り出した大太刀を右手で受け止め、それをスヴィータへと差し出した。
預かりものですか、と。一言置いて、大太刀を受け取り、僅かに鞘を滑らせ刀身を覗かせる。
なんとも言えない悪寒を感じて背筋を強張らせた私を見て、スヴィータはため息を吐いて刀を鞘へと戻した。
「……ご存知でしょうが、この太刀は天魔断ちと言いまして。天使を斬り殺す為だけに打たれた魔剣。この場合は妖刀と言った方が正しいかもしれませんね」
そう言ってソファを立ったスヴィータはテーブルを回り、私の左隣へ腰をおろす。
そのまま垂れ下がった袖を捲り上げて、肘から先の無くなった腕をあらわにする。
その断面は不思議な事に、骨が見えたりしている事はなく。例えるならば、結晶のよう。
薄く紅付いた半透明の石状の物体が瘡蓋のように傷口を覆っていて。
「天使になられたのですね」
「うん」
「なぜ、天使になられたのですか」
「仲良くなった子を救うためだよ」
「他に方法はなかったのですか」
「あの時は、たぶん、これが最善だったね」
「お嬢様が天使である事を知っているのは?」
「あの時彼処にいたメンバーだけだね。お母様にも、言ってない」
「そのまま、何者にも言いませんよう」
スヴィータが布切れを取り出して、私の腕の結晶体を隠すように巻き付ける。
仕方ありませんねと小さく呟きながら捲っていた袖を元に戻す。
そのまま私の脇の下に彼女の指が滑り込んで持ち上げて、私の身体はスヴィータの膝の上へ。
「私の記憶は、五百年程前に遡ります」
私の身体を抱いて、スヴィータが言葉を紡ぐ。
「かつての私には、使命がありました。精霊姫の護り手、と呼ばれるものです」
「スヴィータが、護り手?」
「はい。私と、もう一人。そして、その太刀を託した終の銀竜。彼女は私が契約を交わした神獣……神竜にして、導き手を共に護ると誓った同胞でした」
彼女の記憶が語られる。
かつて、記憶の中のスヴィータが仕えた主と、それを守護する二人の護り手と、護り手達と契約を交わした二体の神獣の事を。
「……イリス・アリエティス?」
「ええ、この世界での、貴女の母君です。かつての私は、金羊の聖女にして精霊の導き手であるイリス様に仕えるメイドにして刀でした」
銀竜が言っていた。
我が主、アリエティスと。
そして、最初から知っていたかのように、私の事もアリエティスと、主君と呼んだ彼女。
「アスクレピオス様にも、もう会われているのでしょう?」
「……ああ。最初から、知ってたの?」
「最初に、言ったではありませんか。真に仕えるべき主を見つけ、城勤めを辞めて来たと」
五百年前。
私に残されている記憶は、母の。謝り、涙する言葉だけだった。
どうしてああなったのか。
どうして私は遺されたのか。
スヴィータならば、教えてくれるのだろうか。
「精霊の導き手とは、揺蕩う魂達を天へ送り、導く者。限りなく精霊に近く、けれども獣の因子を宿す者に与えられる使命。そして、神々に愛される事を約束された存在です」
彼女は、アスクレピオスに愛された。
そして、アスクレピオスだけではなく、他の神にも。
しかし、アスクレピオスと結ばれた彼女を、許さない神が居た。
「貴女の母君と結ばれたアスクレピオス様が、真っ先に神の座から追放され、封印されました。そして、次にこう告げられたのです。イリス・アリエティスを神の一柱として迎える。差し出すべし、と」
それに反対したのは、当然護り手の二人とその神獣。
金羊の聖女の親友だった、一人の女性。
彼女らは王国に訴え、神聖国に訴えた。
しかし、神からの命に背くような者はおらず。
「その時には、貴女はまだ小さくて。そして、貴女の存在はまだ知られていなかった。だから、彼女は、貴女を隠すことにしたのです」
自分が神の元へ行くのは逃れられぬ運命であろうと諦めて。
問答無用で父を追放、封印した神が、娘の存在を知ってどのような行動に出るかわからなかったから。
「森に結界を貼り、小さな神殿を建て、その奥に隠し部屋を作り。神獣達の力を借りて、強力な封印を拵えたのです」
神々が天使を遣わせ、イリス・アリエティスを拐いに来るのは思ったよりも早くて。
娘を隠し、封印を施し、いつか目覚める眠りを与える為の時間を稼ぐ必要があったのだと。
「私と、銀竜と、もう一人の護り手と、その神獣。我々を囮として、天使の軍勢から時間稼ぎをしたのです。同胞は討たれ、冥界に堕ち。同胞の神獣は貫かれ、その身体を散らし。かつての私と身体を共有していた銀竜は、封印に縛される直前に私の存在を弾き飛ばし、その場から逃しました」
淡々と紡がれるスヴィータの言の葉。
それから、五百年。
唯一の生き残りとして、全く別の、ただの獣人として、五百年を。
主君の居た地で、主君の遺した娘を護って。
イリス・アリエティスの友人で、神に成った彼女の聖女として不老を得たノワイエ・ムフロンにも自身の存在を明かす事なく。
『娘が目覚めるまで。そして叶うなら、目覚めた後も。どうか』
彼女の残した最後の願いに従い、ずっと。
ただ独りで見守り抜いて、五百年を。
そして、目覚めた娘にまた仕えるべく。
五百年を経て、私の後を追うようにゲームを始めた詩乃さんが、選ばれた。
「私の護り手としての使命は、未だ消えずに在ります。カーミラ・アリエティス様、我が主。もう一人の護り手と共に、今度こそ……最後までお仕え致します。あちらの世界で貴女に拾っていただいた時に交わした誓いをまた、この世界でも」
「懐かしいね。もう何年前だったかな」
「もう十年になるかと」
「そっか。そんなに経つんだね」
スヴィータの顔が私の肩へ、髪へと沈み、私を抱くその腕を片っぽだけの手で撫でる。
図らずも、私の記憶に連なる真相を知った。
ノアさんの、徹底的なまでにレオニス王家とヴィルジニア神聖国を嫌う理由を知った。
「……ねえ、詩乃さん」
「はい、お嬢様」
「カミサマへの殴り込み、ついてきてくれる?」
「願ったり叶ったり、でございますね」
ふふりと笑うスヴィータに頬を寄せて、二人で笑った。
年越しはにしん蕎麦か天ぷら蕎麦かって言われるとにしん蕎麦




