決断と決心と嘲笑う炎
ガリガリと音を立てながら火花を散らすのはメリアリスさんの振るうチェーンソー。
巨大なサソリのハサミとせめぎあい、もう片方のハサミが振るわれればメリアリスさんが後ろへ跳躍して空を切る。
入れ替わるように前に出たランファちゃんが身体全身を使って叩きつけた大剣も、サソリの甲殻には傷をつける事は出来なかった。
「なんなのあれ、硬すぎないかな!」
「なの。れべるがちがいすぎるの。しょーめんからなぐってもはじかれるの」
「魔法も無効で防御力も凄いって反則じゃないかなと思うんだけど」
「ミラねーさま、ふぃーるどぼすなんてそんなもんなの」
メイファちゃんがサソリにちょっかいを出して注意を逸らし、その隙を突いてメリアリスさんとランファちゃんが各々の武器で攻撃しているのだが、サソリの頭の上のゲージにほとんど変化は無く、唯一僅かに減らせているのはメリアリスさんのチェーンソーのクリティカルヒットだけで。
唯一の救いはサソリを恐れてか他のモンスター達が現れる事は無く、一対多を維持できているという所だろう。
「ランファちゃん、関節部分を!」
「……駄目です、通りません!」
「なら、私が!」
前衛の三人がサソリを包囲し、その場に留まらせながら攻撃を繰り返す。
少し離れた場所にいる私とみそぎちゃんは三人の支援に徹して、私は回復と強化を、みそぎちゃんは氷の魔法でサソリの足元を凍らせバランスを崩させようと試みているが、上手くは行っていないようだ。
「なの。ああいうかたいやつにはざんげきよりもだげきがゆうこうなの」
「私達の中に打撃武器使ってる人いたっけ」
「いないの」
魔法が完全に無駄だと理解したみそぎちゃんが腰に差していた刀を抜き、びゅんびゅんと斬撃を飛ばしはじめる。
三人が立ち回る隙間を器用に、サソリの脚元の地面を狙って抉っていく。
足が地を踏む瞬間を狙って放たれるみそぎちゃんの刃は地面を砕き、ほんの僅かな高低差を産み出してサソリのバランスを崩させる。
「……ランファちゃん!」
「行きます!」
一瞬の隙を見逃すような二人ではない。
動きを止めたサソリの左右に陣取ったメリアリスさんとランファちゃんが武器を構え、強く地を蹴り跳躍。
二人が狙うのはハサミを抜けたサソリの脚の関節部分。
「破断爪・一閃!」
「グランドブレイク!」
高速回転するチェーンソーの刃と、身体全身を使い、空中で縦に数回ほど回転して勢いをつけたランファちゃんの大剣が直撃し、サソリの前脚の関節を半ばまで引き裂いた。
紫色の血液らしき液体が噴き出し、サソリが痛みに咆哮するのと同時にメイファちゃんが地面に張り巡らせた糸を起動させる。
無数の糸達はその巨体を縛り、絡ませ、地面へと縫い付けて行く。
その間にメリアリスさんとランファちゃんが後退し、その場から離脱した。
「やった!」
ズシン、と。
二本の脚を失い身体を支えきれなくなったサソリが地面に腹をつけるように倒れる。
メイファちゃんが声をあげながらさらに糸で締め上げて、サソリの動きを封じていく。
ちなみに使っている糸は魔力の糸ではなく普通の、元々メイファちゃんが使っていたものだ。
「このままトドメを!」
「ランファちゃん、下がって!」
勢いに乗って追撃を仕掛けようとしたランファちゃんをメリアリスさんが制止し、油断なくチェーンソーを構える。
ぶちぶちと糸を引きちぎりながら起き上がるサソリの身体に、メイファちゃんが嘘でしょと叫ぶ。
しっかりとくっついた脚を使って身体を起こした巨体がハサミを振り上げ、ぶん、と。
横薙ぎに振るわれたそれは衝撃波を放ち、三人をさらに後退させる事に成功する。
「再生してる!?」
「マナイーターが再生能力持ってるなんて、聞いたことありませんよ!」
「突然変異……とは考えられませんし、おそらくは他の要因。でも、竜痕だとして、再生能力なんて……?」
私達二人がいる場所まで下がってきた三人がそれぞれ声をあげる。
完全に自由を取り戻したサソリはしっかりと八本の脚で地面を踏みつけ、キシャアと鳴く。
尻尾の尾針は持ち上げられ、その切っ先が私達を睨む。
「……っ、こんな時に!?」
「ラン?」
「ドラゴンがこちらに急速接近中! 気をつけてって……なんで急に!」
「ドラゴン……鱗人ってのは、意志疎通は出来るんでしょ? 話をして、こいつを倒すのを手伝って貰うってのは無理なのかな?」
「基本的に他の種族の前には姿を見せずに、交流もしていない種族だからね。そもそも、他の種族を下等と見下してるのが殆どだって聞いてるから、どうなのかな」
脚を切り落とされかけたのが効いているのかこちらに突撃してこず、威嚇しながら様子を伺っているように見える巨大なサソリ。
痛みで逆に我に返ったのか、最初の狂乱した様子は見られないが、こちらの事は確実に敵と見なしているようで逃げてくれる様子はない。
ドラゴンとの共闘っていうのも提案はしてみたが、メリアリスさんは可能性は無いものと思っているようだ。
つまり、下手をすると最悪、このサソリと二体のドラゴンを相手にしなければならなくなる可能性もある……と。
「こうなると、あれを無視して地下墓地の入り口に走るというのも非現実的ですね。確実にドラゴンと鉢合わせです」
「かといって、あのサソリを倒すのは骨が折れそう……だよね」
「にげるのも、むずかしそうなの……かんぜんにこっちねらってるの、あのさそり」
「仕方がありませんね」
そう言って、メリアリスさんが一歩前へ。
けたたましく鳴り響くチェーンソーのエンジン音を響かせ、サソリと正面からにらみ合い、私達を背に立つ。
ふわりと、メリアリスさんのもとから紫色のスピリアが飛び出し、私の肩へとその身体を寄せる。
「ここは私が食い止めますから、ミラちゃん達は逃げてください。ありすを案内につけますから、王都までは迷わずにたどり着ける筈です」
「メリアリスさん!?」
突然何を言い出すのかと、耳を疑った。
「私は、ほら。手帳持ちですからね。例え死んでも生き返れます。でも、貴女達は、そうじゃないでしょう?」
「だからって、メリアリスさんを残して逃げる訳にはいかないよ!」
サソリが一歩踏み出し、メリアリスさんが大地を蹴る。
一合目は下から上へと跳ね上げるように振り上げられたチェーンソーが、ハサミを打ち上げてサソリをよろめかせる。
流れるように横薙ぎに振るわれたチェーンソーは火花を撒き散らせてサソリの甲殻を打ち鳴らし、力任せに後退させる。
「ふざけんじゃねーの! ママをおいてにげるなんておことわりするの!」
「禊ちゃん」
「メリアリスさんの言いたい事もわかるし、理屈もわかるんですどね」
「ランファちゃん?」
「ここではいそうですかって逃げ出すのは、出来ない理由があるんだよね、ボク達」
「メイファちゃん?」
困惑したようにメリアリスさんが私達に視線を向ける。
いつの間にやら、後退したサソリの身体には再び大量の糸が巻き付き、拘束していた。
もって数秒、僅かな時間を稼いでくれている事に感謝しつつ、メリアリスさんに告げる。
「全員揃って生き延びるって、約束して貰ったからね。あの時は四人って言ったけど……メリアリスさんにはまだまだ聞きたいことも話したい事もあるし、そもそも誰かを犠牲にするっていうのは、好きじゃない」
ダイアリーを取り出して装備を変更。
白の祭服から黒の祭服へ。
両手に握る双剣から伸びる光も同じように黒く染まる。
「ミラちゃん」
「それに、私の護り手なんでしょう? だったら、側で護っていてくれなきゃ困るよ」
「ミラねーさま、くろくてえっちいの。めのやりばにこまるの」
「そこは突っ込まないで、みそぎちゃん」
メリアリスさんの隣に全員で並ぶ。
糸の拘束が虚しくも解かれ、再び自由になったサソリが吼える。
「ミラちゃん、もしかして……」
「話は後で。まずはここを、切り抜ける」
「……そうですね。みんなで、生き延びましょう」
ゾクリと、背筋を何か冷たいものが駆け上がり、言い様の無い不安が私の視線を跳ねあげた。
「メリアリスさん、避け――」
殆ど勘でそう叫ぶのと、私の脇をすり抜けた金色の尻尾は同時。
ランファちゃんに抱えられて背後へ跳ぶ私の視界にうつったのは、高速で飛来する黒く、かつ巨大な炎の塊達。
一つはサソリを呑み込み、一つは森を焼き払い、一つは地面を砕いて、一つは村の方へと飛んで行く。
「なのっ!」
「禊ちゃ――」
そして、メリアリスさんを突き飛ばし、最後の火炎弾の前に躍り出たみそぎちゃんの姿と、それを呑み込む爆炎。
爆発の衝撃で吹き飛ばされ、跳躍していた事も相まって結構な距離を宙に舞い、地面に転がったのは私とメイファちゃんに、ランファちゃん。
「みそぎ!」
「みそぎちゃん!?」
二人の声に顔を上げた先には黒く燃え上がる炎で、みそぎちゃんとメリアリスさんの姿は見えず。
流れるように視線をずらし、火炎弾が飛来してきた方向をゆっくりと見る。
地面が揺れる。
「……ドラゴン」
サソリを踏み潰すようにそこに居たのは、巨大な竜。
見上げる程に巨大なそれは黒くて。
しかし、異質な。
どこかで見たことのある様相のそれは、例えるならば……そう。
「ドラゴンの、ゾンビ?」
メイファちゃんの呟きは的確で。
鱗は剥がれ落ち、眼球はなく頭部には虚ろが二つ。
皮は腐り、翼の翼膜はボロボロ。
唸るような声はどこか吹き抜けるように響き、二つの虚無の瞳は真っ直ぐに私を見る。
「禊! 禊ちゃん!」
弾かれるように声のした方へ向き直る。
聞こえたのは炎の向こう、メリアリスさんの悲鳴にも似た叫び。
全力で剣を振るい、ホーリーライトを炎にぶつけて吹き飛ばす。
ドラゴンは動かない。
メリアリスさんが抱えているのはみそぎちゃん。
半身を赤黒い何かに浸食されているように見える、狐の女の子。
「みそぎ!」
「みそぎちゃんっ!」
メイファちゃんとランファちゃんが私の両脇を駆け抜けて、メリアリスさんの元へ走る。
あれは、駄目だ。
私の中の何かが告げる。
本能とも言えない何かだ。
『なんにしても、手遅れかな。竜につけられた傷は治らないし……呪いが魂に届く前に仕留めてあげるくらい』
『みそぎは、絶対に竜から傷を受けないようにするんですよぉ……? ありすや子羊ちゃん達はありす達スピリアが魂を保護しているから呪いはどうにか出来ますけどぉ……わかりますよねぇ?』
そんな言葉がふと頭をよぎって。
涙を流すメリアリスさんに、逆に頭が冷えてゆくような感覚。
私の肩から鏡が砕け、ありすさんが走って行く。
あれは……あれが、竜の呪いか。
歪な翼を広げた腐竜が大口を開けて、咆哮した。




