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幕間「天才美少女ふぉっくす」

めっちゃお待たせ





 物心がついた時には、みそぎは孤児院で暮らしていたの。



 みそぎと同じ種族の男の人と女の人と、他の沢山の子供達。

 贅沢でもなく、貧乏でもなく。

 温かいご飯と寝床に、寂しさなんて感じないおうち。


 みそぎは身体が弱くて、一日の殆どを寝て過ごしていたから、おかーさんも、おとーさんも、姉妹達も。

 みそぎの側には常に誰かがついていてくれて、文句一つ言わずにお世話をしてくれた。


 大きくなって、この場所を出ていく時までは、ずっとこの幸せが続くものだと思っていた。



 あの日が来るまでは。



 その日はなんだか胸がざわめいて寝付けない夜で。


 言い様の無い恐怖を感じて、わがままを言っておかーさんに添い寝をしてもらった晩。

 いつもなら寝静まっている筈のおうち。

 何故か夜中なのに騒がしくて、目が覚めた。


 おかーさんも起きていて、異変に気付いていて。

 外を見てくるから、部屋を出ないように言いつけた後におかーさんは出ていった。


 ドタバタと走り回る音。

 誰かの悲鳴が聞こえた気がして、毛布を頭から被ったの。

 何が起きているのかわからなくて、みそぎのスピリアと一緒に丸くなって、おかーさんが戻ってくるのを待っていたの。


 どれくらい震えていたかわからないけれど、騒がしいのが終わって静かになった。

 ゆっくりと部屋の扉が開いて、やっとおかーさんが戻ってきてくれたと思ったの。

 毛布から頭を出して、ベッドから飛び出そうとして、目の前にみそぎのスピリアが飛び出して。


 びゅん、と。


 目の前を風が切って、何かが振り下ろされたのだと気づく前に、みそぎのスピリアが真っ二つに分かれていて。

 窓から光が差し込んで、振り下ろされたのが剣だと気付いた。


 知らない男。特徴的な、豚の獣人が居たの。


 剣を手に持って、ぶひぶひとみそぎを見て笑っていて。

 真っ赤な服と鎧に、真っ赤な剣。

 ぽたぽたと垂れる滴が血で、それが誰の物か気付く頃には、その剣は大きく振り上げられていて。


 逃げる、という考えが浮かぶ事なく、ただそれを見上げる事しか出来ないでいて。

 どん、と。


 身体に衝撃が走って、ベッドを転がり落ちた。

 直後に耳に届いたのは鈍い音。


 身体の痛みを我慢して見上げた先には、みそぎを突き飛ばしたかっこでそこに居るおかーさんと、おかーさんのお腹から生えている赤い剣。


『逃げて』


 そう言われて、一気に我に返って、恐怖が押し寄せた。

 駆け出して、部屋を飛び出した。

 廊下にかけられたランタンの小さな灯りを頼りに、転がるようにしてその場を逃げた。


 転がるように飛び込んだのは姉妹達の部屋。

 誰か居ると思ったそこで待っていたのは、動かなくなったおにーちゃんとおねーちゃんに妹達。

 おかーさんみたいに真っ赤に染まった家族が月明かりに照らされていた。


 後ろの扉が開く音がして、振り向いた先には豚の男の人。

 変わらずに剣を持って、変わらずにぶひぶひと笑って、みそぎを見下ろしていたの。

 ひ、と喉から息を洩らして尻餅をついた。

 ガクガクと震える足を必死に動かして、壁際まで逃げた。


 ゆっくりゆっくりと歩いてくる男の人。

 おかーさんと同じように、みんなと同じように、みそぎも動かなくされるのだとわかったの。

 また振り上げられた剣の切っ先を眺めて、視界が歪む。

 頭が痛くなって、身体が揺れる。


 意識を失う前に見たのは、男の人の身体を真っ二つに切り裂く桃色の閃光だった。




 *




 目を覚ましたのは知らない部屋。


 身体は横たわったまま言うことを聞かなくて、唯一動く頭だけ動かして。

 なんというか、殺風景な部屋だったの。


 自分が横たわっているベッド以外には、机と椅子と、最低限の家具だけが置いてある部屋。

 玄関らしき扉が一つだけあって、そのすぐ側に誰かが居るのに気付いて、息をのんだ。



 扉の脇で踞って眠っていたらしいその人は、目を覚まして最初にみそぎの身体の心配をしたの。

 怪我をしていないかとか、痛いところは無いかとか。

 みそぎが何か言う暇も隙もなく、身体の隅から隅まで調べられて、魔法を掛けられた。


 みそぎのお腹がぐうと鳴るとご飯を用意してくれて、それを必死になって食べて、吐いた。


 改めて用意してくれたお粥をゆっくりと食べさせて貰いながら、三日近く眠っていた事を教えて貰った。


 兎の獣人の、見慣れない服を着たその人は、間に合わなくてごめんなさいと謝った。

 おとーさんも、おかーさんも、姉妹達も、みんな殺されて、生き残ったのはみそぎだけだと教えられて。

 犯人はやっつけたけれど、ぷれいやーだからまた生き返ってくるから、またやっつけないといけない。

 その為に家を空ける事になるから、知り合いの所へ預けると告げられて、みそぎは首を横に振ったの。


 困ったように笑ったその人は、それじゃあ引っ越ししないといけませんねと言って頭を撫でてくれた。

 それから数日も経たないうちに新しいおうちに移って、その人とみそぎの生活が始まったの。


 おかーさんとおとーさん、みんなが死んで、居なくなって、でも何故だか涙は出てこなくて。

 それどころか、嬉しいとか、悲しいとか、怒ったり、笑ったりも出来なくなって。

 言葉も出なくて、頷くか、首を振るかくらいでしか意思の疎通ができなくなっていて。


 その人は必ず夜には帰ってきて、ご飯を用意してくれて、頭を撫でてくれる。

 夜震えていると、抱き締めてくれて、大丈夫だよと頭を撫でてくれる。



 何日か経って、そんな生活にも慣れてきた頃。



 いつものように帰りを待つ日。

 ベッドの周りにはあの人がお土産だよと持ってくるたくさんのぬいぐるみやお人形。

 お昼ご飯はあの人のお友達だと言う女の人がやってきて、食べさせてくれた。

 その女の人に、あの人は何をしているのかと聞いたら、少し考えた後に、教えてくれた。


 帰って来て、一緒にご飯を食べて、眠る。



『ママ』


 そう呼んで、その人のお腹に顔を埋めた。

 駄目だと怒られるかもしれない。

 違うと否定されるかもしれない。

 ぎゅうと、力いっぱい抱き締めるみそぎを、抱き締め返してくれたのは、今も覚えているの。




 *




 その日帰って来たママは、様子がおかしかった。

 もう一人のママは何も言わずに、お外に出ていって、ママと二人きり。

 首を傾げるみそぎにママが言ったのは、お別れの言葉。


『禊ちゃんの仇、私の仇、討ってきたよ。やっと終わったの。だから、ごめんね。これで終わり、お別れです』


 意味がわからなかったの。


『これからの事は、神楽に任せてあるから安心してね。禊ちゃんのお母さん達の魂は自由にできたけど、禊ちゃんのスピリアは助けられなくて、ごめんね』


 お昼ご飯を用意してくれていた人の名前が神楽だった覚えがあるけれど、そんな事はどうでもよかった。

 嫌だと叫んで、しがみついた。

 いつの間にか部屋に入って来ていた神楽とか言う人に抱きかかえられて、ママが離れて行ってしまう。


『私の事は忘れて、幸せになってね、禊ちゃん。私はもうここには居られないから、どうか、元気でね』


 意味を成していない言葉を叫ぶ。

 頭を撫でられて、視界が歪む。

 強烈な眠気に襲われて、魔法を使われたのだと気付く。


 最後のママの顔は、よく覚えている。




 *

 



「……そぎ、みそぎ!」

「大丈夫ですか、みそぎちゃん?」

「……うるさいの、聞こえているの」


 閉じていた瞼を上げて、みそぎの顔を覗きこむ二人に返事を返す。


「まったく、これから決勝戦だってのに、ぼーっとしてちゃダメだよ、みそぎ」

「なの。少し考え事をしてただけなの、問題ないの」

「明日はお母さんの所へ行くんでしょう? 怪我なんかしたら大変ですからね」

「めいふぁもらんふぁも、心配が過ぎるの。みそぎが負けるなんてあり得ないし、怪我する要素がないの」


 腰かけていた椅子から立って、ぶんぶんと腕を振るって身体をほぐす。

 ばさばさと揺れるのはママとお揃いで作って貰った巫女服とかいう遠い国の衣装。


「行ってくるの」

「頑張ってね、みそぎ」

「油断大敵ですよ!」


 控え室から出て、会場へ向かう。

 これから始まるのは卒業検定試合の決勝戦。

 対戦相手はみそぎより歳上の男子生徒なの。


「よう、チビ。親のコネで飛び級して、検定もイカサマで勝ってきたんだろうけど、俺はそうはいかないからな」


 何か言っている男子生徒を余所に、身体の調子を確かめる。

 魔力の飽和体質とか言うので弱かった身体は克服した。

 リーシェねーさまに教えて貰った魔法も。

 神楽かーさまに教えて貰った技術も。

 使えるものは全部使ってここまで来た。

 誰にも負けないくらいに強くなって、あの人を護れるくらいに強くなった。

 そう思っているし、確信もしてる。


「ぐちゃぐちゃうるせーの、弱い犬ほどよく吠えるって言葉をしらないの?」

「なんだと!?」


 目の前できゃんきゃん騒ぎ続けている男をようやく視界に収めれば、本当に犬の獣人だったの。

 俺が誰だかわかっていないのかだのなんだのと、さらに騒ぎ立てる犬っころから視線を逸らす。

 脇に控える審判にさっさと試合を始めろと訴える。


「みそぎはこんなのさっさと終わらせて、卒業して、捜しに行かないといけないの」


 頭の中で術式を組み立てる。

 身体中に仕込んだ術札に演算を任せて、複数の魔法を同時に展開していく。


「王立魔法学院卒業検定試合決勝戦、始め!」


「手加減はしないの。じゅーろくばんからにじゅうよんばんまで多重展開」


 悠長に詠唱なんかしているこいつがどうして決勝戦までやってこれたのかわからないの。

 どっかのこーしゃくけの次男坊とかランファが言っていた記憶があるし、こいつこそさっきの発言はブーメランじゃないかなっておもうの。


「やえがさね、ライトニングプロージョン。なの」


 審判の判定は待たずに踵を返す。

 背後では連鎖的に炸裂する稲妻の嵐。

 轟音と爆風を背中に受けて、おさまる頃には勝者を告げる審判の声。


「お疲れ、みそぎ」

「疲れるまでもないの」

「この後はどうします?」

「お腹がすいたの」


 かーさまに強くなりたいなら行くといいとすすめられて入学した魔法学院。

 飛び級で迎えた卒業検定の試合形式の試験の最後を終わらせて、後は実戦試験を残すだけになったの。

 みそぎ達が選んだのは組合の依頼を、決められた難易度のものを一定数終わらせるよくある物。


 明日、みんなで組合に行って。

 ついでに組合のそーちょーとか言うのをやっているかーさまにも会いに行って。




 *




 みそぎは強くなったの。


 飽和する程に余りある魔力を使って、無数の魔法をストックする技術を覚えたの。

 普通は見せてもらえないような魔法の本をリーシェねーさまに見せてもらって、血反吐を吐きながら上位の魔法も覚えたの。

 新しく魔法を作り出して、勲章も貰ったの。



 だから。


 今度はみそぎが護るの。

 今度はみそぎが力になるの。

 今度はみそぎが抱き締めるの。


 必ず追い付いて、捕まえて。


 今度こそ。


 ほんとの家族になって、ずっとずっと一緒にいるの。






 






ちょっとだけ過去の話。



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