筆談と図書館と彼のスピリア
まさか、ゲーム内で言語の壁に当たるとは思わなかった。
ちらりととーま君の様子を伺ってみるが、彼は彼で私に視線は合わせながら手帳を使ってなにかしらしているようだ。
彼にも、私の言葉が同じように意味不明なものに聞こえているのだろうか。
そうだとしたら、やっぱり、困る。
「あ、メサルとティムは私の言葉もとーま君の言葉もわかるんだよね?」
『はい。理解はしております……が、我々が通訳するのは不可能でございますよ』
「そうなの?」
名案だと思ったら即却下されてしまった。
『我々は人の言葉を理解する事はできますが、意思を伝える場合はまた別の能力ですので』
『ていうかねー、私たちがミラちゃんと話してるのが、例外なんだよー?』
「え、でも、スピリアはいろいろアドバイスとか助けてくれるって聞いたよ?」
『直接言葉は交わせなくても、ダイアリーを通して意思疏通は可能ですから、間違いでもありませんよ?』
『私たちと直接お喋りできるのはミラちゃんだけだよー』
更なる衝撃の事実が判明しつつ、希望が潰えた瞬間である。
これは、あれだろうか。精霊魔法にあったパッシブスキルの一つ、精霊眼とやらの効果なのだろうか?
というか、そうとしか考えられないけれど。
私だけの固有スキルとか言ってたもんなあ。こういうのって、けいじばん? とかに公開した方がいいのだろうか。
こういった事を相談するためにも私の精神衛生のためにも、なんとかしてとーま君との会話を成立させなくては。
『あ、ミラちゃんメッセージだよ。トーマクンさんからー。読んでいい?』
「うん、よろしく」
『メッセージではやり取り出来てるって事は、文字は同じって事ですよね。とりあえずいくつかアテがあるので、まずはそこに行ってみませんか? それまではチャットなりで筆談しましょう。それと、一応言っておきますが、情報は秘匿しておいてください。種族とか、スキルとか。例え聞かれても他人に教えては駄目ですよ……だって!』
「なるほど筆談、その方法があったか……でもなあ、言葉でやりとりしたいなあ。あ、他人にってことは、とーま君になら教えてもいいのかな?」
『その発想はおかしゅうございますよ、ミラ様。トーマクン様に何か心当たりがあるようですし、まずはそちらを試すべきでしょう』
『トーマクンさんからパーティー招待が来てるよー』
「パーティー! 当然許可!」
『はーい』
とりあえずの結論が出たので作戦会議は終了。
とーま君から届いたパーティー招待へ許可を出すと視界の隅っこにトーマと言う名前と緑色のゲージが表示された。
パーティーメンバーのリストと、HPらしい。
その後、パーティーメンバーリストの上部にさらに半透明の仮想ウィンドウが開き、パーティーチャットという通知が。
トーマ:とりあえず、移動しましょう。人目の多いところで話す訳にも行きませんから、話をするにしても目的地の方が都合がいいです
ミラ:ん、わかったよとーま君。それで、何処へ向かうのかな?
トーマ:王立図書館と呼ばれてる場所ですね。そこなら静かですし、何か解決の糸口が見つかるかもしれません。あと、解決するまでは出来る限り喋らない方がいいですね、会長は。何か言われても、ぼくが会長の事は知り合いのNPCで通します。
ミラ:とーま君が言うなら何か理由があるんだね、了解だよ。
そうと決まれば早速行動、急いでとーま君の元へ駆けてしまおう。
その際に速度は出さず、現実の私並みの速度に抑える事は忘れない。
スキルとかを知られるのが駄目なら、ステータスも隠しておいた方がいいという判断だ。
とーま君(確定)の側までたどり着いて、隣に並ぶ。
相変わらず、顔を見るには首をそらして見上げなければいけないのがネックだが、それはもう慣れた物だ。
トーマ:会長は……羊族なんですね。ていうか、殆ど見た目弄ってないじゃないですか。でも、いつもより長い髪も似合ってますね。
ミラ:ん、ありがとう。そういうとーま君は狼族?
トーマ:はい。ベータからの引き継ぎですね。一応言っておくと、ぼくも記憶持ちです。
ミラ:うんうん、とーま君に似合っているよ、最高だね!
トーマ:ありがとうございます。
城下町の通りをとーま君と並んで歩きながらチャットを交わす。
メサルとティムは私の肩に乗って、髪の中に隠れるようにしながら二人で会話を楽しんでいるようだ。
あと、私は喋る事が出来ない上に歩きながらキーボードなど叩けるものかと思いはしたものの、ティムから思考操作でもチャットを行えると教えてもらった。
慣れるまではすこし文章のミスがあったが、慣れてしまえばこれはこれで快適だった。
なので、私ととーま君は二人して無言でただ歩いているという状況である。
*
とりあえず、真っ直ぐに目的地へ向かいながら色々とこの街の事を教えてもらった。
王都レオニスは、レオニス王国という国の王都で、国の中心。
獣人達の最大の国で、全てのプレイヤーはこの王都を中心にゲームが開始されるのは確実らしい。
変に遠いところから開始して、友達と合流出来ませんとかいう羽目になったら楽しめないものね。
もし私がそうなったら権力とかいう物に頼るのもやぶさかではないと思う。
いや、やらないけど。
トーマ:着きましたよ。ここが王立図書館、王都最大の図書館です。貴重な文書や禁書みたいなものは王城の方にあるらしいですけど、大抵の知識はここにくれば得ることが出来ると言うのが売りです。
ミラ:おー、結構でっかいんだねぇ。入るのにお金とかいるの?
トーマ:本を借りたりする場合は通貨が必要ですが、入って読むだけなら無料ですね。中庭には飲食できるスペースもあります。
ミラ:なにそれ素敵。じゃあ早速入ろう。
トーマ:あ、一つ注意点があります。こういった重要な施設の中では、許可のない者はスキルとか、特殊な技能……僕たちで言うとダイアリーとかですね。それらが使えなくなります。パッシブスキルは問題ないみたいですけど、このチャットとかも使えなくなるので、ここからはぼくが代わりに話しますね。
ミラ:なんだかよく分からない制限があるんだね。それじゃあ、任せたよとーま君。何かあったらいつも通りのサインで。
トーマ:わかっています。それじゃあ、入りますね。
とーま君が大きな扉を少しだけ開いて、私を先に入れてくれる。
あれかな、火事とかそう言うのを防ぐためなのかな?
大事な物があるとこで魔法なんて使われたらたまったものじゃないからね。
後ろで扉が閉まる音がして、とーま君が私と入れ替わるように前に出て先導するように歩き始めた。
向かう先は……受付カウンターみたいなところかな? 何人かの司書っぽい人が私たちに気付いたようで此方を伺っている。
『どうやら、我々との会話は問題なくできそうですね、ミラ様』
『何かあったら、私達にお任せだよー!』
「うん、頼りにしてる」
『お任せください!』
『さい!』
二人の精霊と小声でやり取りをしている間に受付までたどり着いたようだ。
とーま君が立ち止まったので、続いて私も立ち止まる。
一歩下がるか、隣に並ぶか悩んだけれど、とーま君の手のひらが後ろに居てくださいと示していたので、そっととーま君の陰に隠れる。
「はちにんこ。かうょしでんけうよごなうよのどはうょき?」
「とっえ、てっもおとばれあがょしうぞのていつにごんげのいかせ。かすまきではとこくだたいてせさくどいはにめたのうょきんべ?」
「ねすまいざごでょしうぞるすんかにごんげ。ぞうどにうゆじごでのんせまりおてっかかはんげいせんらつえにくとはてしんかにごんげ。すまいざごでりたあきつたっいぐすっまをくおてぎみ」
「すまいざごうとがりあ」
「いさだくけかおをえこおらたしまいざごかになたま」
「かうこい、ミラんさ」
相変わらず何を言っているのか理解不能だが、名前を呼ばれた事だけはわかったので移動を始めたとーま君についていく。
視線の先で真っ黒い尻尾がゆらゆら揺れる。
髪も、耳も、尻尾も、眼も、全部が黒一色なこっちの世界のとーま君。
背中に背負った弓も矢筒も真っ黒で、着ている装備――シャツとズボンに、黒いコート――も全て黒で統一されていた。
ベータプレイヤーはベータの時の種族とスキル十個にスピリア、そして記憶設定、あとは装備一式とアイテムを二種類、あと所持していた分の半分の通貨を引き継いでいる……らしい。
そういえば、とーま君のスピリアはどんな子なんだろう。
やっぱり、黒いのかな?
「……しよ、かいいでんへのこ。ノクト」
『――ようやく呼んだか、いつまで我を待たせるか、主よ。まあ、こう言った所で、我の声は通じてはおらんのだがな。はっはっは!』
「おおー」
『おおー』
『黒ですか』
『む? なんじゃおぬしらは……ふむ、ふむ? ほう、これは面白い』
とーま君が本棚の前で立ち止まり、何やら言葉を放つ。
最後のははっきり理解出来たので名前なのだろう。そうするとなんと、噂をすればなんとやらだ。
とーま君の胸の中から現れたのは真っ黒い精霊さん。
暫くのあいだ彼の周囲を飛び回り、とーま君に何やら訴えた後。私達の言葉が聞こえたのだろう、此方へとふわふわ近寄ってくる。
「ノクト、れくてっだつてのすがさをんほるすんかにごんげ。はこのそミラ、らかだんじちのくぼたいてっいめじからあ、ねくよかな」
『成る程成る程、おぬしがミラか。我はノクト、よろしく頼むぞ。して、そこにいる二匹はどういう事よ。それにおぬし、我の言葉を理解しておると伺える』
本棚に向かって順番に確認を始めたとーま君。
手伝おうかとも思うのだけど、私の目の前には黒い精霊さん。
私の目の前、そして両肩と順に飛び回り、また一定の距離を取って宙に留まる。
んー、周囲に人はいなさそうだし、大丈夫かな?
「ノクトだね、よろしく。私はミラ……で、」
『私はメサル』
『私はティム!』
『我ら二人にて、主であるミラ様を支え導く金銀のスピリアでございます』
『くるしゅうない、楽にせい。聞いていたところ、精霊語しか喋れんのじゃな、ミラは』
「うん。そのせいでとーま君とお喋りできないんだ! 死活問題だよ!」
『ふむふむ、なんじゃ、また面白いのう。まあよい、なれば我が導いてやるとしよう』
「何か方法を知っているなら教えて!」
『何、簡単な話よ。獣人共通語の教本を探して、言葉を覚えてしまえばよいのじゃ。文字は読めるし、プレイヤーなのじゃろう? 本さえ見つかればすぐじゃろうて。我も手伝ってやる、メサル、ティム、行くぞ。ミラは我が主と探すがよい』
『畏まりました』
『じゃあミラちゃん、頑張ってね!』
「うん。ティム達もね。とーまくーん、私も手伝うよー!」
独特の話し方をする精霊さんで、なんだかノクトに対するメサルとティムの反応が妙だった気がするけれど。
明確に示された解決手段と、とーま君と一緒に本を探す行為という魅力に意識を奪われた私は。
三人揃って本棚の陰に消える精霊達に気づく事はなかった。