森を駆け抜けたその先で
かん高く鳴り響いたのは金属同士がぶつかり合う音。
ランファちゃんの巨剣と、ギロチンのような鎌腕が衝突し空気を引き裂いた。
数瞬の拮抗の後、置き去りにされた衝撃が地面を砕き、土煙を巻き上げる。
どうやら、互角らしい。体格差とかどうなってるのかは知らない。
「……ブレス!」
「なの、ざひょーこてい、じゅつしきてんかい。はちばんからじゅうにばん」
「それじゃ、合図したらみそぎとミラ様は森へ走ってください!」
パーティー全体にステータスバフを与える魔法、ブレスの発動と同時にランファちゃんが剣を振り抜き、カマキリの巨体を若干押し返す。
同時に飛び出すのはメイファちゃん。
ランファちゃんの脇を抜けるように、ビッ、ビッっと鋭く短い、空気を貫く音を立てながらカマキリを何かが穿つ。
出所はメイファちゃんの右手から。何かを投げたような動きはなかったようだけど。
見えない何かがカマキリを襲う。
たいしたダメージにはなっていない様子だが、それはメイファちゃんたちと同じように紫電を纏い軌跡を残す。
追加でいくつも放たれたソレは正面からカマキリの身体を射ち、巨体の動きを鈍らせる。
「なの。鉄貨を指で弾いて射ちだしてるの。らいじんそーのかみなりもまとわせてまひ効果もあるの」
「成る程、羅漢銭か」
暗器の一つ、羅漢銭。
銭形平次の銭投げとかが有名だろうか。
マシンガンの如く連射される、稲妻を纏ったコイン。
武器を構えたまま静かに佇むランファちゃんの背後から飛来する指弾。
絶え間なくカマキリを襲い、両腕の鎌を交差させてその巨体を足止め、動きを封じる事に成功している。
カマキリの頭上のゲージは殆ど減っていないものの、最大の武器を防御に使わせるように動いているメイファちゃん。
「ねーさま、これ使うの」
「お札?」
「なの。これにらいじんそーが込めてあるの。魔力を通せば発動するから、身体のどっかに貼り付けるの。はやく走れるの」
「了解。ありがとう、みそぎちゃん」
みそぎちゃんに渡されたのは長方形の紙に達筆で雷迅装と記された不思議なアイテム。
鑑定してみると術符と表示された消耗品らしい。
雷迅装はみそぎちゃんが作ったとか言っていたけれど、ランファちゃんとメイファちゃんはこの術符を使って発動しているのかな?
「メイファちゃん、交代!」
「おっけー、ラン。みそぎ、ミラ様、今!」
「森までだっしゅなのー」
「ん……なんか変な感じだねこれ。身体が軽い」
メイファちゃんの援護射撃が止まり、静止していたランファちゃんが突っ込む。
踏み込み、下から救い上げるように振るわれた巨剣はカマキリの身体を大きく後ろへ弾き飛ばす。
それを合図にメイファちゃんが叫び、みそぎちゃんに貰った術符を起動させて地面を蹴る。
隣には同じく紫電を纏ったみそぎちゃんが並び、真っ直ぐに森へ。
……だいぶ速度を落とさないとみそぎちゃんを置き去りにしてしまいそうになったので、雷迅装は余計だったような気がするね。
「みそぎちゃん!」
「じゅつしきかいほー、はちばんからじゅうにばんまでれんぞくてんかいなの。すぱーくうぇーぶなのー」
メイファちゃんとランファちゃんがカマキリから離れると、カマキリの四方に魔法陣が出現する。
放たれるのは放射状の稲妻。
バチバチと空気を焦がしながらカマキリの巨体を包み込み、広範囲に雷撃と閃光が溢れる。
駆ける私達に双子が追い付き、森の直前で一旦立ち止まってカマキリの居る方向へと振り返った。
「いりょくはないけど麻痺こうかつきのまほーなの」
「機動力は奪った。あとは森の中で下がりながら攻撃していこう」
「さっきので倒せる可能性は?」
「おそらく、無いかと。メイファちゃん、準備は?」
「オッケー、いつでも。ただ、アレ相手だと数秒しか持たないかな」
「充分です」
稲妻がおさまった後には眼を真っ赤に輝かせこちらを睨むカマキリの姿。
どうにも、たいしたダメージは受けていないようだ。ただ、麻痺は通ったらしいのか緩慢な動作でその巨体と、両腕の鎌を持ち上げて一歩踏み出し歩き始める。
一方、森と平原の境界で何やらしていたメイファちゃんがこっちだと手招きして、それに従うように三人で駆ける。
キラリと光を反射して見えたのは、森の入り口に張り巡らされた無数の細い糸。
メイファちゃんの腕から垂れていた光る何かの正体は糸だったようだね。
キイィと雄叫びを上げて迫るカマキリを尻目に、森の中へと逃げ込む。
木々をすり抜けるようにして駆ける背後から、轟音。
張り巡らされた糸に突っ込んだカマキリが、糸を張った木をなぎ倒した音だ。
うげ、とメイファちゃんの小さな呟きが耳に届く。
「とりあえず、距離を離しつつ体力を奪い、どこかで迎撃……かな?」
「それがベストです。本当なら、ミラ様だけでも逃げていただきたかったのですが」
「気にしなくていいよ。むしろ、アレを王都に近づける方が問題だ」
みそぎちゃんを真ん中に、わたしとランファちゃんが並んで走る。
メイファちゃんは木々を飛び回り、糸や罠を次々と仕掛けている。
どうにも、メイファちゃんは暗器とかそういうのをメインの武器にしているらしい。
あのメイド服も見た目以上に色々と仕込まれているとか。
「なの、ざひょうこてー、じゅつしきてんかい。ちえんはつどう、いちばんからさんばんまで。ひょーそーらんが、でぃれいはじゅーびょうなの」
「ダメだね、ボクの手持ちの糸じゃ足止めにもなりそうにない。そこまで残りもないし、どうしようか」
「メイファちゃん、あと何回張れそうですか?」
「あと二回だね」
「まほーの糸を買っとけばいいって言ったの」
「あんな高いの買えないって!」
みそぎちゃんが魔法を使い、メイファちゃんは罠で足止めを繰り返す。
もう何度目かの繰り返しでメイファちゃんが合流し、そう告げた。
罠を張れるのはあと二回。
メイファちゃんはああ言っているが、彼女の罠は結構な時間と距離を稼ぐのに貢献してくれているし、今のところ追い付かれそうな様子はない。
カマキリの麻痺自体は解けたようだが、あの巨体だ。
邪魔な木々を切り裂き、押し倒し、罠とみそぎちゃんの魔法でダメージと足止めを受けている。
このまま繰り返していれば倒せないまでも、逃げ切る事は可能ではないかと話していた矢先の事だ。
「ふむ。魔法の糸か」
手に入れて装備したまま、一度も出番のなかったアイテムの存在を思い出す。
指から取り外して手のひらに握ったのはいつかの指輪。
その名も、魔力糸のリング。
この時のために手に入れていたのかと思う程に、おあつらえ向きな。
ほんのすこし、惜しむ気持ちを抑えてメイファちゃんへと視線を向ける。
「メイファちゃん、これを使うといい」
「へ? えーと、これは……魔力糸のリング!?」
「私が持っていても仕方のないものだ、メイファちゃんにあげるよ」
「ボクとしては嬉しいし、助かりますけど……ミラ様、これ、結構な貴重品じゃ」
「貴重品なんて、生きていてこそ意味があるんだよ、メイファちゃん。お代はあいつから四人揃って生き延びる事だ、よろしく」
「……御意に!」
渡した指輪を左手の中指に填めたメイファちゃんがまたその場から姿を消す。
ひゃっほーうと叫ぶ声が遠くで聞こえた気がするが、まあ気のせいという事にしておこう。
「ミラ様」
「らんふぁ、ぜんぽーさんじゅーめーとる、敵影みっつ、中型なの」
「さっきも言ったけど、私が持っていても無用の長物になるだけだから気にしなくていいよ。今はカマキリの事だけ考えよう」
「……畏まりました。みそぎちゃん、ミラ様をお願いね」
「まかせるの」
みそぎちゃんが指した方向へランファちゃんが駆けて行く。
進行方向にいる敵をみそぎちゃんが察知し、ランファちゃんが事前に討伐する。
背後からのカマキリは罠とみそぎちゃんの魔法で対応し、ただただひたすらに駆ける。
最初は木漏れ日で明るかったのだが、次第に暗く、深い森へと景色が変貌していく中、行く宛もなくがむしゃらに走り続ける。
「……なの、この先、少し行ったところにひらけた場所があるの。知らない場所なの」
「戦うのに充分な広さはあるの?」
「なの。たぶん、小さな村くらいの広さはあるの。生き物の反応は……よくわからないけど、たぶんないの」
「みそぎちゃんは出来るだけ攻撃力の高い魔法の準備をお願い。メイファちゃん!」
「うん、聞いてた。それにしても凄いね、魔力の糸。見るからに足止めできてるし、切れ味もいい、最高だよ」
「なの、みそぎもなにかほしいの。いきてかえったらおねだりするの」
「変な事言わないの、みそぎちゃん。帰ったら私に出来る事の範囲でなら、お願いを聞いてあげるからね」
「なの、ぜったいかえるの。げんちとったの、みそぎに任せるの」
雑魚を蹴散らし、倒木を飛び越え、傾斜を滑り、駆ける。
足止めを受けているにも関わらず追い縋ってくるカマキリ。きっと、みそぎちゃんの魔法やメイファちゃんの罠が無ければとっくに追い付かれていただろう。
インベントリからポーション類を取り出して、三人に渡して魔力や体力を回復させる。
私が作ったものに加え、ぶらうにー達が作っていたものまで私のインベントリに入っているのは謎なのだが、この不思議生物に関してはもう考えるだけ無駄だと割りきっておく。
『う!』
『ぴ!』
『ねえねえ、お姉ちゃん』
『ええ、これは』
駆け抜けた先。
暗い森の中に光が見える。
みそぎちゃんの言う、ひらけた場所が見えてきたのだろう。
メイファちゃんとランファちゃんが先行し、メイファちゃんが最後の罠を、ランファちゃんが安全を確保する。
後ろからは狂ったようなカマキリの叫び声。
足を早めて、光へと飛び込む。
木々が消え果て、そこには森の中にぽっかりと存在している空白。
息をのんだのは私か、他の誰かだろうか。
「……これは」
「むら、なの?」
目の前に広がっていたのは、村……のような場所だった。
地面は焼け焦げたような跡が残り、崩れた建物だったものの残骸。
人が住んでいる様子は微塵も感じられない風景。
「こんなところに、村?」
「聞いたこと、ありませんね」
ボロボロの崩れた建物残骸が立ち並び、時折、修繕を試みたような家屋が混ざる中を歩く。
カマキリを迎え撃つのに使えそうな場所を探しながら周囲を探索していれば、みそぎちゃんがナニか見つけて私の袖を引く。
なぜか一つだけ、やけに粗末な小屋を視界に捉えた。
村の中心だろう広場の中央に佇んでいて、その小屋を囲むようにして墓石のようなものが並んでいて。
どこかで、知ったような場所。
「こんな所に、墓地?」
「……ミラ様、来ます!」
「足は止める、みそぎ!」
「まかせるの。まりょくはまんたんなの、ぜんりょくでいくの! ……我乞い願うは雷神の恩寵、神威雷光を以て断罪を与えん。模倣雷霆・イミテット・ケラウノス! なの!」
振り返った森。飛び出したカマキリに、メイファちゃんの糸が絡みつく。
魔力の糸は引きちぎられる事なくカマキリの動きを止め、待ち構えていたように巨大な魔法陣がカマキリの足元へ現れる。
全身の毛を逆立てて、紫電を撒き散らしながら魔法を唱えたみそぎちゃん。
幾つもの魔法陣が現れ、カマキリを包囲し、一際大きな魔法陣が空へと昇る。
空気が震えるような感覚に襲われると共に、ランファちゃんが私をかばうように頭を抱き抱えた。
世界を揺らすかのような衝撃と轟音。
周囲全てが閃光で真っ白に染まり、吹き飛ばされそうになる。
いつの間にやら私達に絡み付き地面に繋がるメイファちゃんの糸が、かろうじて支え、衝撃を耐える。
凄まじい魔力の奔流が全身を叩き、痛みすら感じるよう。
言葉さえ発する事が出来ない、永遠にも感じられるような時間。
みそぎちゃん、どんな魔法を使ったんだろうねこれ。
ランファちゃんに抱き抱えられながらたっぷり数十秒経ったであろう頃。
バチバチと空気が弾ける音と、地面が焼ける臭いと共にようやく閃光がおさまって。
「……ありえないの」
「ありえないね」
「ありえません」
直撃はしていないだろう森は、その衝撃だけで木々が雪崩れ倒れ伏していた。
全員の視線はみそぎちゃんの魔法の爆心地に向けられて、三人が揃って呟く。
ぶすぶすと煙をあげ、身体を焦がしながらも、しっかりと地面に立ってこちらを睨むブラッドマンティス。
頭上のゲージにはまだ七割以上もの緑色が見えている。
「……魔法への耐性が凄いとか、あるのかな?」
「いえ、普通のブラッドマンティスなら三回は殺している威力の魔法の筈です。魔法無効能力を持っている個体なんていうのも、聞いたことはありません」
ふとした疑問をランファちゃんが即否定する。
それはそれでなんて魔法を使っているんだろうねこの幼女はとも思うのだけども。
「なにか、おかしいの」
「そうだね。普通のブラッドマンティスじゃ、なさそうだ」
ランファちゃんが巨剣を握る。
メイファちゃんの周囲で糸が渦を巻く。
みそぎちゃんが何枚かの術符を取り出し双子にぺたぺた貼り付ける。
全員が臨戦態勢を取り、準備を完了し、これから始まるであろう戦闘に向けて身構える。
カマキリも鎌を持ち上げ、その羽根を広げたところで。
背後から聞こえた足音と、クスクスと小さい笑い声。
『随分と物騒でぇ、騒がしいお客さん達ですねぇ? この場所に呪いを連れてくるとか、正気ですかぁ?』
頭の中に響くような、そんな声が聞こえたんだ。
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