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幕間「メリアリス」

ハラショ……七章!




『アニマスピリアオンラインへようこそ。既存のキャラクターデータが存在します、使用しますか?』

「はい、お願いします」

『かしこまりました。少々お待ちください』


 随分昔のように感じる夜空の広がる世界に降りたって、出迎えてくれた灰色のスピリアに言葉を返す。

 最後にログインしたのはベータテストをやっていた頃のアニマスピリアオンラインで、その時のデータを引き継げるという話は聞いていたのでそのまま始めたのだけれど、どうやらちゃんと引き継げるようです。

 本来なら、もう戻ることはないと思っていた世界に懐かしさを感じてしまいます。


『データの読み込みに成功致しました。キャラクターモデル、ステータス、スキル、その他情報を全て有効化しますか?』

「お願いします」

『お帰りなさいませ、キャラクターモデルの変更はございますか?』

「そのままで構いません」


 わたしと向かい合わせに立つもう一人のわたし。

 わたしと同じ、十九とは思えない程に低い背丈。

 わたしと同じ、すこし末広がりになった長髪と、頭の左右で結った長い尻尾髪。

 友人曰く、ツーサイドアップと言うらしいです。ツインテールとは別なの! と熱く語っていましたね。


『同期を開始致します』


 この世界にいた頃のままのわたしのアバター。

 低い背丈に桜色のツーサイドアップ。

 左右で違う赤と青の瞳に、頭の上の兎の耳。

 服装は白いワンピース一枚なのは、まだ元のわたしと同じではないからでしょう。


 灰色のスピリアが輝いて、わたしとわたしが重なり、一つになる。


『同期を完了致しました』

「スキルは……いくつかを選んで引き継げるんでしたっけ?」

『いいえ。レベル、ステータス、スキル、その他情報全て、最終ログアウト時点のデータのものを引き継いでいただけます』

「……? でも、ベータテスターの引き継ぎは」

『貴女様が復帰なされる時にはそうしろと、アニマスピリアオンライン運営、最高責任者からの指示になっております』

「……わかりました。それじゃあ、お願いします」

『はい。全データの同期を開始致します』


 目の前に仮想ウィンドウが出現し、ロード中と言う文字の後に数字とパーセンテージが。

 元のわたしの全てを引き継げて、それが運営の最高責任者の指示とは、どういう事なのでしょう。

 させてくれると言うのなら受けるのに否はありませんが、やや不思議です。


 ああ、そうだ。


「ありす」

『ふふふ、久しぶりですねぇ、わたし? ずっと待ってたんですよぉ?』

「ごめんね、ありす」

『待ちくたびれましたよぉ?』

「うん、お待たせ」


 声をかければ、姿を見せてくれるのは藤色のスピリア。

 手のひらを差し出せば、せわしなく飛び回るのをやめてその上に乗ってくれる。

 あの頃から変わっていないようで、わたしの事もちゃんと覚えていてくれたみたいです。


『ありすはですねぇ、もうありすは戻って来ないと思っていたんですよぉ?』

「ええ……本当は、戻ってくるつもりはありませんでした」

『なにかあったんですかぁ?』

「うん、あったの。あの子がね、生きていたんです」


 つい先日の事でした。

 友人に誘われて買い物に出掛けたある日のこと。

 街のビルにある大きなスクリーンに映っていた映像。

 正式サービスを開始したアニマスピリアオンラインの、イベントPVでした。

 たくさんのアンデッドモンスターと、それを迎え撃つプレイヤーや住人達。

 次々に現れるアンデッドに、押されつつも対抗していく冒険者。

 そんな冒険者とアンデッド達を無差別に攻撃しながら現れた一人の獣人。

 その獣人を見た瞬間に、わたしは街中にも関わらずに立ち止まって、視線を釘付けにされました。


『あの子って……ほんとぉ?』

「魔導式徹甲破砕鎚。あれは、わたしが遺して来たものでした」

『それを持っている子がぁ、居るっていうんですかぁ?』

「はい。それに、月兎の巫女服も着ていました」


 元々わたしが使っていた装備と、同じ場所に遺してきた武器。

 あの小屋は、わたしの家族しか入れないように設定していたホームだったから。

 巫女服を纏い、破砕鎚を担ぎ、無双ゲームを楽しむかのように暴れていた兎族の女の子。


『だから、戻ってきたんですねぇ?』

「はい。この目で確かめる為に。そして、今度こそわたしが護る為に」

『ありすはぁ、過程がどうであれ、またありすに会えただけで満足ですよぉ』

「うん、ありがとう、ありす。それにね」

『まだ何かあるんですかぁ?』


 PVの後半。

 ボスの巨大なスケルトンと対峙する二人の女の子。


 ドレスアーマーを身に付けた、常に眠そうな、無気力そうな顔の、全く変わってないように見えるよく知る王女様。

 大きなミトラに、聖女の正装を身に付けた羊族の金の髪の女の子。


 二人に向かってボスモンスターが魔法を放ち、庇うように盾を構える王女様。

 割って入るように落ちてきた巫女服の女の子。

 あっという間に形勢逆転されてゆく様相が映し出されて、ボスモンスターの身体にハンマーが叩きつけられ、苦しそうな表情の羊族の女の子と王女様を映して終わったPV。

 ヴェールが揺れた一瞬に見えた、女の子の瞳。


「ありす、覚えてる? ずっと、ずっと、存在するだけで意味がなかったスキルの事」

『覚えてるますよぉ? ずっと、ずうーっと、スキル枠を埋めてた不思議なスキルですよねぇ?』

「不思議なの。わたしが見たのは現実での映像なのにね。なぜか、わかったんです」


 それからと言うもの、友人に謝ってから駆け出して、街中の店を駆け回りました。

 アニマスピリアオンラインの製品版を探したけれど、見つからなくて。

 当たり前ですよね。とっても人気で、余ってる筈がないんですから。

 店が全て閉まるような時間まで探して、見つからなくて。

 気持ちだけが先走りしながら家に帰って、真っ直ぐにパソコンに向かって、ネットショップも探しました。


「だから、行かないといけないんです」


 どこにも無くて、泣きそうになりながら、オークションサイトまで探して。


『ありすはありすと一緒に行きますよぉ?』


 探して、探して、もうどこにもなくて、諦めかけた時に、妹の見舞いに行っていた筈の兄が部屋に入ってきて。


「ありがとう、ありす。また頼りにしてますからね」

『ありすに任せてくださぁい。それに……今度はぁ、復讐じゃないんですよねぇ?』

「はい。今度は、違います」


 部屋に入ってきた兄がわたしの頭に手を置いて、言うんです。

「ありあと買っておいたんだ。いつか、必要になると思ってた。ありすはゲームを辞めてからどこかずっと辛そうだったから。戻るなら、使ってくれ。いつもありがとう」

 妹と兄で買ったと言うアニマスピリアオンラインのパッケージを渡されました。

 予約していないと手に入らない初回版でした。


『またありすを楽しませてくださいねぇ、わたし』

「勿論。一緒に楽しみましょう、ありす」


 目の前の仮想ウィンドウの数字が百パーセントになって、消える。

 灰色のスピリアが現れて、言葉を放つ。


『おまたせいたしました。全データの同期を完了。アニマスピリアオンラインの世界へお帰りなさい、メリアリス様』

『ありす、もう一人のありす。今度はありすを置いて消えるなんて、許さないですよぉ?』

『ログイン地点は最終ログアウト地点が王都内であれば最終ログアウト地点に、それ以外であればランダムな宿屋からになります』

『うふふ。久しぶりの外の世界は、楽しみですねぇ?』


 視界が白く染まって浮遊感が襲う。

 床が砕けて星空が砕けて真っ直ぐに落ちてゆく。

 落ちながら、質素なワンピース一枚の姿だったわたしの装備が変わって行く。


『行ってらっしゃいませ。私の姉に会ったらよろしくお伝えください』

「姉ですか?」

『はい。無色透明のスピリアですので、すぐにわかると思います』

「わかりました。行ってきます」

『ありす? 他の子に浮気なんですかぁ?』

「わたしのスピリアはありすだけですよ」

『うふふ、ありすはありすのものですからぁ、ありすがいればいいんですよぉ』


 もう一度、あの世界で。

 今度は切り裂き兎ではなく。

 大事なものを護る為に。


「一緒に生きましょう、ありす」

『嫌って言ってもついて行くに決まってるじゃないですかぁ?』


 砕けた欠片を残して闇に包まれて、欠片と共に落ちていく。

 視界が全て黒に染まって、背中から落ちるようにわたしの姿は溶けて行きました。





 



お ま た せ

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