王都と壁ととーま君
『ミラ様、見えて参りましたよ』
「お、ホントだ。壁とお城っぽい建物しか見えないからよくわかんないけど」
『村とかじゃないと、モンスター避けの外壁があるのは普通だよー』
「そっか、うん。モンスターとかいるもんね」
森を抜けて暫く走ったところで、それは見えてきた。
王都レオニス、全てのプレイヤーの初期スポーン地点? とかいう奴らしい。
結構離れているにも関わらず目につくのは高く聳える真っ白いお城の屋根。
王都と言うだけあってやっぱりお城はあるんだね。
王様とかも居るのかな?
「いやあ、とーま君からのメールが無かったら詰んでたよね」
『プレイヤーのダイアリーの機能には驚かされるばかりでございますね』
『あ、またトーマクンさんからメールがきたよー!』
道中で戦ったり採取したりなんやかんやした結果わかった事がいくつかある。
まず最たる物が、私のダイアリー、手帳……つまりユーザーインタフェースに関しての扱いはティムの方が得意というか、知識に至っては完全にメサルを上回っていた。
私の選んだスピリアは金色……ティムなのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。
メサルもダイアリーの機能を代行できはするものの、知識については完璧ではないようで、色々とティムに質問を繰り返している。
代わりと言っては何だが、この世界の事や、各スキルやモンスター等の情報や知識についてはメサルの方が凄い。
薬草みたいな物の見分け方もメサルは心得ていて、私の鑑定さんが完全にお役御免になる程度には物知りだ。
装備の詳細とかになると鑑定さんの出番もあるので頑張ってほしい。
『えーっとね。森を出て真っ直ぐ進んだなら王都の北に出る筈だから、そこの門を潜ったところで待ってます。だって!』
『私と致しましては、ミラ様に直接メッセージとやらを送る事のできるトーマクン様とやらにはオハナシする事が増えて困ってしまいますね』
パソコンのメールアドレスを登録しておけばゲーム内でもやり取りが出来るからと、とーま君のメールアドレスを教えてもらっていた過去の自分を褒めてあげたいね。
とーま君からそれを言われた時には飛び上がってしまいそうになったけれど、頑張って冷静さを保てた自分をさらに褒めてあげよう。
とまあ、森の中をうろうろしながら出会うゴブリンを狩りまくっていたところ、ティムがメールが届いたよーと言って読み上げてくれたのがとーま君からのメールだった。
とーま君はべーたひきつぎとやらで王都スタートらしく、色々と確認やらなんやらを済ませた後に私にメールを送ってくれた。
んで、今森の中をうろついてるって返したら、私の居場所の目星をつけたらしくて向かうべき方角を示してくれたのだ。
「よーし、メサル、ティム。さっさと駆け抜けちゃおう」
『かしこまりました。一度落ち着きたいですからね』
『門はそのまま通れるらしいけど、武器は仕舞っておいた方がいいよって!』
「んじゃ、最大速度でいくから、ちゃんとくっついておいてね」
『勿論です』
『わーい!』
戦闘を繰り返した結果、今の私のレベルは五。自分で振れるボーナスポイントは全てAgiに振って、ランダムポイントもそこそこAgiに入っている。
どうやら、このランダムポイントは完全にランダムと言う訳ではないらしく、私の行う行動や傾向によって指向性がある。
なので私の場合、AgiとかStr、Intに入る傾向があるようだ。
「よーい、どん!」
メサルとティムが私の肩に乗るのを確認してから、地面を思いっきり蹴る。
景色が飛んで、真横に落ちて行くような感覚。
一歩毎に視界が変わり、遠くに見えていた王都がぐんぐんと近づいてくる。
途中で出くわすモンスターはライトバレットで先制攻撃して、短剣の一振りか蹴り飛ばして止めをさす。
どうやらこのゲーム、加速度で攻撃の威力に補正がかかるらしい。
最高速度で駆け抜けて短剣で攻撃するだけで、ゴブリンならほぼ一撃だったのは何回かの検証の結果だ。
で、森より前にある筈の平原フィールドのモンスターがゴブリンよりも強い筈もなくて。
『お姉ちゃんお姉ちゃん、さっきの豚さん、気づく前に死んじゃった!』
『最早通り魔でございますね』
HPゲージの減り具合から見て、ライトバレットすら必要ないと判断してからは短剣のみで切り払う。
いちいち相手にせず駆け抜けてしまってもいいのだが、事前にとーま君に教えられていた事にトレインなる迷惑行為があるらしいと聞いていたので、こうやって確実に始末していっているのだ。
ドロップアイテムと経験値も無駄になる訳ではないし、たいした手間でもないから問題はないよね。
「とうちゃーく!」
速度を落とし、制動をかける。
丁度目の前を歩いていた豚さんの脇腹に足の裏を突き立てて、ブレーキがわりにさせてもらおう。
……ずざざざざーっと、地面を滑りながら数メートル進み、私と豚さんは停止した。
豚さんの場合、生命活動も停止したようだけどね。なむなむ。
「おー、近くで見ると大きいねぇ」
『左様でございますね』
『さっさと入っちゃおー?』
「そうしようそうしよう。しかし、他のプレイヤーとか見かけなかったけど、こっち側は人気ないのかな?」
『トーマクン様と合流した時にでも聞いてみては?』
「そうしようか」
*
「えーっと。黒い狼族で、弓もってるんだっけ?」
『うん、そう書いてあるよー』
『狼族や犬族、猫族は数が多いですからねえ』
門を潜ってから、人の多さに驚いた。
途中にいた門番さんに妙な視線を向けられたけど、あれはなんだったんだろうね。
人気のない方角から入ってきたせいかな?
「本当に、みんなけもみみだねぇ」
『獣の血を引いていない人間も昔は多くいたそうですが、とある時期を境に激減したと言われております』
「じゃあ、普通の人間も、いるにはいるの?」
『いたとしても、スピリアを持たない人間には生き辛いでしょうね』
『あ、ミラちゃんミラちゃん、あの人じゃない?』
「んー? あ、ホントだ。おーい、とーまくーん!」
門を抜けて少し歩いた小さな広場の真ん中にある噴水のところに、黒くて狼っぽい耳と尻尾に、背中に背負った弓。
そして、見慣れた身長と彼の面影で確信した。
軽く駆け出しながら、目当ての彼の名前を呼ぶ。
とーま君がこっちを向いて一度だけ首をかしげた。そのあと私であると気付いたのだろう、彼の方からも私に歩いてきて、ようやく合流できた。
ちなみに、とーま君のこっちでの名前はカタカナでそのままトーマだよ。マナー違反とかじゃないよ、えっへん。
「……あ、うょちいか……たっかなゃじ、ミラんさ、ねよすでたっかよで。どけすでいたみたっかやはんぶいず、よたしまてっもおとるかかしこすうもらならかりものあ」
「え、何語?」
もしかして人違いだっただろうか。
声をかけたとーま君(仮)の口から出てきたのは意味不明の言語。
歩み寄る足を止めて、少し後ずさる。
このゲーム、見ただけじゃプレイヤーかそうじゃないかは区別できないんだよね。
下手したらみんなNPCに見えてしまう。
「うょちいか? くなはで、ミラんさ?」
ううむ?
ミラというのは、私の名前だろう。
メッセージで教えておいたし、そこは聞き取れる。
だが、名前以外の言語が全く意味がわからない。
どうしようかなあととーま君(仮)とにらめっこをしていると、おもむろにとーま君かっこかりが手帳を取り出しなにやらやりはじめた。
手帳を持っている辺り、プレイヤーであることは間違いなさそうだね。
『ミラちゃん、メールだよー。トーマクンさんから!』
「読み上げてくれる?」
『えっとねー。ミラさんの容姿は金髪の長い髪の羊族で、両肩にスピリアを乗せていて、短剣装備であっていますか? だって!』
「うん、あってるね。両肩にスピリアって知ってるとこからしても、目の前のこの人はとーま君っぽい?」
『……ふむ。ミラ様は、彼の言葉が理解出来ていないのでしょうか?』
「うん、意味わかんないね」
『ティム、貴方は理解出来ていますね?』
『できてるよー』
「え、じゃあ私だけがわかってないの?」
『おそらく、彼にもミラ様の言葉は通じていないかと』
「ええっ!?」
今世紀最大のショックを受けた気がする。
ううむ、まさか言葉が通じないなんて……羊族と狼族では使っている言語が違うのかな。
いやしかし、ゲームの中でそれはないと思うのだけれど。完全に不便だし。
あと、メッセージの意味は伝わっているんだから、発している言葉だけが違うって事になるし。
「ど、どどどどどうしようメサル! ティム! 言語の壁が私ととーま君を阻んでしまったよ!?」
『落ち着いてくださいませ、ミラ様。おそらく、書いて字の如く言語の壁かと思われます。ティム』
『はーい』
とーま君(仮)にジェスチャーでそこで待っててと伝え、少し離れて作戦会議。
頭のなかがこんがらがって思考が追い付かない私にメサルが何やら言い出した。
言葉のまんまな言語の壁らしい。
んで、メサルの指示でティムが出したのは私の個人ステータスが表示された半透明の仮想ウィンドウ。
そこには相変わらず私の名前とか種族とかレベルとか出身地とか取得言語とか……取得言語?
「取得言語、精霊語ってこれ、もしかして?」
『物質界の基本言語は共通語とされております。そして、ここは物質界でございますれば』
「とーま君かっこかりは、共通語を喋ってて、私は精霊語を喋ってる?」
『イグザクトリィでございます、ミラ様』
「うん。あんま嬉しくないね!?」
ていうかこれって、他の人とも会話が成り立たないって事じゃないのかな。
うん、絶体絶命だよ、私。モンスターとの戦いでもないのにね。
門番さんの視線の意味、これかー。