夜闇と拠点と襲撃と
さて、巨大ゾンビを倒してからまた暫く経った。
拠点への襲撃はあるものの、拠点に直接巨大ゾンビが再び出てくる事はなく、前線のほうも何度かの波を乗り越えて夕方から夜と言える時間へと移る。
所々で松明などで明かりが灯され、闇の中視界を確保するべく動き出していた。
「ここからが本番ですね……お嬢様、油断なさらぬよう」
「ゲームなんで完全に真っ暗って事はないんですけど、やっぱり暗いですね」
「アンデッドと言えば夜だもんね……見てよあの月、すごく大きくて……紅いね?」
伝令が出入りし、治療に来るもの治療を終えたもの。
物資の補給やメンバーの入れ替えなどで拠点が獣人達でいっぱいで、その中の最奥、門前で空を眺める。
「紅月ですね。ランダムで発生する月の発光現象です。住民の間では不吉の象徴とされてますが、まあ、今の状況にはぴったりではありますね」
「紅月や満月の夜は一定の種族が強化されるらしいですよ、お嬢様」
「へえ、あれ紅月って言うんだ。綺麗だねぇ」
「……ミラ様、次が来るよ! おそらく次が本命だ、偵察によれば今まで見たことのない奴が居たらしい。魔力量だけでリッチ以上って報告だ!」
「怪我人の治療は?」
「全員終わってる、ミラ様の魔法様々でね」
「新しいのがボスって言うなら、確実に広域魔法は使ってきますね……カグラ総長、配置は散らした方がいいかもしれませんよ」
「……そうか、トーマは一度戦ってるんだったね。わかった、そう伝えておこう」
カグラさんが報告にやってきて、少しやり取りをしてすぐに駆けていく。
普通司令官と言えば後ろで人を使って指揮するもので、本人が駆け回って指示を出すようなものではないと思うのだけど、カグラさんは自分で身体を動かさないと気が済まないたちらしい。
流石に前線に突っ込んでいったりはしていないけれど、拠点組の所に湧いたゾンビの処理はしていたようだ。
僅かな休憩時間の終わりを告げるように、遠くから敵襲と叫ぶ声が届く。
「拠点への襲撃も過激化するのかな」
「流石にあのデカいのがまた来られると辛いですけど……今までよりも強力なのは来るでしょうね」
「前線組の一部を拠点に回して貰う手筈になっていますのでご安心を」
例の巨大ゾンビの襲撃もあって話し合いが行われた結果、拠点の防衛用に何組かのプレイヤーが回されてくるらしい。
代わりに拠点の支援プレイヤーの何組かが前線に移動するらしいけれど、前線はかなりの乱戦になる時があると聞くけど大丈夫なのだろうか。
ちらりと視線を動かせば、拠点から出ていこうとしている女の子と目が合った。
その子はこちらに向けてぺこりと頭を下げて、笑いながら手を振り去って行った。
「……よし、配置完了だ。前線から回してもらったのは二パーティーだ、一組はミラ様達にも馴染みがあるよ」
場の空気が変わり、最前線で戦闘が始まったのであろう、雄叫びと轟音が響きはじめる。
それと同時にカグラさんが門前に戻ってきた。
背後にはプレイヤーらしき獣人達を引き連れているのは、前線から回されてきた人達だろうか。
「よりによって迷子か……カグラ総長、チェンジってききます?」
「残念だが返品不可だね」
「ちょっとちょっと、魔王様、それはないでしょー。ラピスちゃんと愉快な仲間たちが来たからには百人力よ?」
「迷子になった挙げ句救難要請出してた人の台詞じゃないね?」
最初に前に出たのは知った顔。
作戦会議でも居た露店プレイヤーのラピスさんだ。
その後ろからぞろぞろと現れたのは見たことのない三人のプレイヤーで、自然とスヴィータが私の前に立つ。
「ミラ様こんばんわ、数時間ぶりー。知り合いに声かけて来ましたよん」
「拠点に回してもらったのは十人、ここに居ない六人はあっちを守って貰う事になってる。ラピス含めたこの四人がミラ様用の戦力だよ」
「私用の戦力と言うのは少し、語弊がある気がしますよ?」
カグラさんが言うあっちと言うのは、拠点組の事だろう。まさか本陣に直接敵が現れるとは誰も思っていなかったからね。
非戦闘要員の護衛に戦力を割く必要が出てきての采配だろう。
「とりあえず自己紹介。まずは私、ラピスちゃん! 本職は生産だけど、戦闘もお任せあれ。武器は弓、魔法属性は幻! 固定砲台っていうよりは遊撃手やってます!」
ムードメーカーという人種なのだろう。
真っ先に手を上げてそう名乗ったのはラピスさん。
どうやら各自戦闘スタイル等を教えてくれようとしているらしく、こちらとしてもありがたくあるので静聴しよう。
「ええと、自己紹介ですよね。メロディアです、武器は片手剣と、小盾を使っています。魔法は光で、少しなら回復や支援もできます」
ラピスさんの隣に居た小柄な女性(私よりは随分背は高いが)
が二番目に前に出る。
茶髪のショートツインテールが可愛らしい人で、たぶん犬の獣人さんだ。
「俺はバリー。見ての通りのタンク、パーティーの盾役だな。向こうに居てもあんま役に立たんからこっちに回って来た、よろしく。武器はこのタワーシールドだ、頼りにしてくれていい」
続いて前に出たのは大柄な男性。
全身を金属の鎧で包み、分厚く巨大な盾を持っている。
どこかで見たような気がするんだけど、どこだろう。
頭の上には丸いふさふさの耳があるけれど、なんの獣人だろう。
「うん? 俺の種族が気になるのか? 俺は熊だぜ、聖女様」
私の視線に気付き、即座に察して教えてくれる。
なんというか、山賊の親分みたいな風貌をしているのだがどうやら気遣いの出来る紳士らしい。
「……シエルよ。よろしく」
そして最後の一人に視線が向かうのだが、帰って来たのはその一言だけ。
全身ローブとフードで包み、顔も見えないように隠されている。
声から察するに女性のようだが、見たところ武器も持っていない……魔法使いなのかな?
「その子は拠点の応援行く人探してたら立候補してくれたから、そのまま連れてきた!」
「実力は保証するぜ。一人でゾンビどもをなぎ倒してたからな。蹴りで」
魔法使いじゃなくて格闘家さんらしい。
それにしても全身隠していて動き回れるのだろうか……や、まあ、顔を隠しているのは私も同じだから人の事は言えないのだが。
「一応ぼくたちも自己紹介した方がいいのかな?」
「んー、魔王様はみんな知ってると思うけど……一応してもらおっかな? メイドさんの事も気になるし?」
「オーケー。ぼくはトーマ、魔王様呼びは認めてないけど、まあ呼び方は好きにして構わないよ。武器は弓、迷子と違って固定砲台タイプ。メインの戦法は知っての通り召喚魔法。今は次期聖女様直属の神殿騎士やってまーす」
「……神殿騎士?」
「あ、シエルちゃんも気になる? 気になるよねーっ。何をどうやったか知らないけど、聖女様に四六時中ぴったり張り付けるとかずるいよねー?」
「……へぇ」
「なろうと思えば誰でもなれるって教えた筈だけど? 色々と付いてくる義務とか誓約に納得できるならって条件がつくけどね」
「とても、興味深いわ」
シエルさん、神殿騎士に興味があるらしい。
こないだの作戦会議の時に伏せるところは伏せて説明したところ、十人中十人が興味を無くしたらしいと聞く。
ゲームをしに来ているプレイヤーからしたら受け入れがたい誓約やらなんやらが多いらしく、進んでなろうと思う人は居ないでしょうねとはとーまくん談なのだが。
当人ともう一人、進んで……いつの間にか神殿騎士になっているプレイヤーを目の当たりにしているのでいまいち納得はできていない。
「お嬢様のメイド兼神殿騎士、スヴィータでございます。刀による近接戦闘を主にしております。お嬢様に対し妙な気はおこさぬよう、忠告だけは申し上げておきます」
そのもう一人がそれだけを告げて、主にラピスさんに眼光を飛ばす。
寄らば斬ると言わんばかりに刀を見せつけ、腰の翼を広げているのは最早見慣れた光景になりつつある。
「スヴィータ、彼女らは味方ですから。最後になりますが、私はミラ、ミラ・ムフロン。ノワイエ・ムフロンの娘にして、次期聖女として王都防衛の任に就いております。皆さま方のご協力に感謝しますね」
「あんたらの仕事はミラ様の護衛であり、手足だ。どうにも、敵の一部はミラ様を狙ってきてる節があるからね……杞憂であればいいが、各自油断はするなよ」
私とカグラさんが締めくくって自己紹介タイムを終了する。
私、とーまくん、スヴィータで組んでいたパーティーにラピスさん、メロディアさん、バリーさん、シエルさんが招待され……ようとしたのだが、シエルさんはパーティー枠を使うスキルがあるからと別のパーティーとして行動するようだ。
とーまくんの狼達もパーティー枠を使って召喚しているらしいから、同じようなスキルを持っているのかな?
『仲良しこよしの自己紹介は終わったかい? ついでに、最後の別れも済ませておくといいと思うね?』
全身に寒気が走ったのは錯覚ではない。
真っ先に動いたのはバリーさんで、大盾を構え、私達をかばうように前へ。
ぐいと腕を引っ張られて私に覆い被さるように押し倒したのはスヴィータ。
何がなんだかわからないうちに、すぐ近くで鼓膜を揺らすような爆発音と熱気。
「お嬢様、ご無事ですか!」
「バリー、助かった!」
「なななななな何事! めろちゃん、総長、みんな無事!?」
何十秒にも思える一瞬の後に、駆け寄ってきたシエルさんに引き起こされて立ち上がる。
下がれと叫ぶバリーさんに従うように、スヴィータに手を引かれてその場から飛び退く。
視界にうつったのはみんなをかばうように盾を構えたバリーさんと、紅い月を背に浮かぶ大きな黒い影。
焼け焦げた臭いと、周囲に舞い残る無数の火の粉。
どうやら、魔法攻撃をバリーさんがあの盾で防いでくれて事なきを得たといった所だろうか。
周囲を見渡せばカグラさんを含めて全員無事のようで、ひと安心すると共に視線をソレへと向けた。
『ワタシの魔法を防いだのかい、素晴らしいね? よろしい、本来なら皆殺しにして奪うところだが、取引をしよう。そこの娘をワタシに渡せば、我々は王都から手を退いてあげるよ。どうだい?』
……いつの間に現れていたのだろうか。
少なくとも、私達の自己紹介を聞いていたのは確かなソレ。
宙に浮かび、ボロボロのローブに身を包んだ巨大なスケルトンは、真っ直ぐに私を指差していて。
〈ボスモンスター:地底王国の死霊術師が出現しました〉
〈ワールドクエストの内容が更新されます〉
〈終了条件:ボスモンスターの撃破またはボスモンスターの要求承諾。敗北条件:アンデッドの王都到達〉
ボスって最後の最後に待ち受けているものじゃないのかなと、愚痴を言ってしまっても構わないだろうか。
後日色々と修正するかもしれませんですはい。




