大型ゾンビと奥義とわんこ
つい今しがた立っていた地面が砕けて揺れる。
落ちてきたのは丸太のように太い大型ゾンビの拳と腕で、あのまま受けていれば私は一撃でミンチになっていただろうか。
幸いな事にゾンビの動きは遅く、なぜか私ばかりを狙ってくるので対処自体は楽ではあるのだが。
「やっぱり、有効打が無いのが辛いね」
『凄まじい再生力でございますね。先程スヴィータ様が切り落とした筈の腕がもう修復されています』
『ぴ!』
『他のが来るよー!』
大きさから見てとれる耐久力に自動再生する能力、そして浄化耐性まで持ち合わせたひたすらに厄介なこの大型ゾンビ。
鑑定で確認できたのはファッティオーガゾンビとかいう名前で、オーガと呼ばれるモンスターがゾンビになって肥えたもの……らしい。
ホーリーライトで与えたダメージすら僅かで、それも即座に回復してしまうという難敵。
とーまくんの矢による点攻撃やスヴィータの刀の線攻撃も効果は薄く、せいぜい腕や足を破壊して暫く時間を稼ぐくらいにしかなっていない。
「カグラ総長!」
「ああ、こっちは任せてくれ! 総員、一斉射!」
私達三人が大型ゾンビを相手にしている間にも小型のゾンビが直接地面から現れて王都へ向かうので、カグラさん達ヒーラー&護衛の拠点組には門前で小型ゾンビの処理を任せる事にした。
向こうの数が多いときにはとーまくんに援護射撃して貰って、なんとか防衛には成功している……が。
ちらほらと、前線を抜けてくる機動力の高い狼型のゾンビが現れはじめ、さらに防衛が厳しくなってきていた。
「スヴィータ、足を!」
「畏まりました」
何はともあれ、この大型ゾンビをどうにかしないことには敗色が濃厚だ。
とーまくんが応援を呼んだらしいから、それが到着すればなんとかなると願いたい。
横薙ぎに振るわれた腕を後ろに飛んで避け、カウンターとばかりにホーリーライトを直撃させる。
手首から先は吹き飛ばしたが、減少したゾンビのHPは僅かで、これもすぐに回復してしまうのだろう。
「たくさんのゾンビの相手の次は一体のデカブツとか、次はもっと大きな怪獣みたいなゾンビなのかな」
『それは、流石に王都が滅ぶのではないでしょうか』
『中くらいのがそこそこの数だったりしてー?』
『ぴー?』
スヴィータが駆け回り、大型ゾンビの左足に連続して攻撃を加え、とーまくんの矢が顔を集中して狙い動きを阻害する。
やはり、一撃が強力な面による物理攻撃要員が欲しいところだが……そういう戦力は前線に釘付けにされていてこちらに向かうような余裕は、多分無い。
門から引き離すように立ち回りながら、大型ゾンビの攻撃を避け続ける。
杖で受け流そうにも相手の質量が大きすぎて力負けすると感じたから、そもそも取り回しのしやすく邪魔にもならない短剣に切り替えた。
「総員、構え……一斉射!」
ずどどん、と轟音を鳴らして大型ゾンビの横っ腹に様々な魔法の弾丸が突き刺さり、体勢を崩させる。
怯んだのを好機とみてスヴィータが突進、居合いによる抜刀撃で片足を切り飛ばして大型ゾンビの身体が大きく傾いて行く。
「ゾンビってさ、回復魔法でも倒せるんだよね?」
『確かに浄化は出来ますが、浄化耐性がありますし……ああ、あれを使うのですか?』
「試してみる価値はあると思わない?」
『ぴ!』
『準備おっけー!』
切り飛ばしたそばから足の再生が開始される。
腕の力だけで這いずるようにしてでも私の方へ向かってくる根性は素晴らしいとは思うが、向かわれる此方としては勘弁して欲しいものだと思う。
目当ての魔法を選択し、キャスト。
詠唱時間は一瞬で終わり、発動待機状態に。
短剣を一度振り上げて、思い切り地面に突き刺した。
『医の神の祝福を此所に。ディバインヒール!』
精霊語で紡いだそれは最高峰の回復魔法。
地面に突き刺した短剣から光が溢れて迫り来る大型ゾンビを包み込み、押し返す。
耳に届いたのは。凄まじいまでの大型ゾンビの咆哮のような絶叫。
思わず耳を塞ぎそうになるのを堪えて、発動中のディバインヒールに力を注ぐ。
光が消えはじめるのと同時に地面から短剣を抜いて、後ろに飛んだ。
「……駄目か」
「しかし、再生の阻害は出来ているようですよ、お嬢様」
「どこか弱点とかあればいいんだけどなあ」
手足を切り落としてもだめ、頭を潰してもだめだった。
ぶすぶすと煙をだしながら出しながら呻き、手足を乱雑に振り回して暴れる大型ゾンビを眺めつつスヴィータと合流する。
ディバインヒールのせいか切り落とした足の再生は止まっているようだが、HPバーは関係ないとばかりに緑色を取り戻して行っている。
「もしくは、操っているであろう本体を倒すか……ですね。このゾンビが使役系スキルの影響下にあるなら、この不死身具合も納得できます」
「そっか、ボスって死霊術師だもんね」
「そうだった場合の問題としては、そのボスがまだ姿を見せていないことですけどね」
そう言いながらとーまくんの籠手から伸びた刃から絶え間なく光線が放たれ大型ゾンビを貫いてゆく。
ゾンビの視線はやはり、常に私を捉えていて、今もなおこちらに向けて手のひらを伸ばして這い寄ってきている。
「次のディバインヒールは十分後だからなぁ……」
「では、次は私の切り札を試してみましょう。再生の止まっている今ならば、可能でしょう」
「スヴィータの切り札?」
神殿から与えられた方ではなく、本来の刀を携えてスヴィータが前に出る。
腰を落とし、鞘に収めたままの刀を腰に帯びて構えは居合い。
彼女の足元に魔法陣が広がって、なんらかの魔法の詠唱を始めたのだと理解する。
「それじゃ、ぼくもそろそろ御披露目しましょうか。約束もしましたしね……出番だよ」
とーまくんの影が突如背後に大きく伸びる。
お日様の位置も何もかもを無視して伸びて広がったとーまくんの影はかたちを変えて、次第に大きく膨らんで。
ずるりと、まず最初に見えてのは大きな頭。
ずるり、ずるりと音を立ててさらに一つもう一つと頭が影から顔を覗かせて、三匹の大きな獣が姿を現す……訳ではなく。
現れたのは一体の巨獸。
四本の足で影から這い出て地面に立ち、毛に覆われた大きな尻尾がばさりと揺れる。
大型トラック並の大きさの真っ黒い獸が放つのは六つの真っ赤な眼光。
その全てはとーまくんに向けられ……ず、なぜか私に向いていた。
「三つ首の狼……ケルベロス?」
「ええ、ぼくの切り札の一匹です。見ての通りの大きさなんで、普段はお休みしてもらってますけどね」
「ところでこのわんこはなんでめっちゃ私みてんの」
「どうにも、うちの狼達はミラさんの事が気に入ったみたいなんですよねぇ」
ぽんぽんととーまくんが三つ首の狼……でっかいケルベロスの首を叩けば、わんこの視線は私からゾンビへと移る。
べきり、とわんこの足元の地面が砕け、わんこの足が軽く沈む。
全身の毛が逆立ち、三つの口からは炎が溢れて唸りをあげる。
めっちゃカッコよかった。
「……お嬢様、再生が再開したようです。行きますよ」
「スヴィータさん、まずは焼きます。そのあとに」
「承知しました、いつでもどうぞ」
「やれ」
三つ首わんこが大きく口を開けば、そこにあるのは蒼い炎のと紅い炎、そして真ん中の首の黒い炎。
とーまくんの指示と同時に三つの口から三色の火炎弾が放たれ、大型のゾンビに着弾。
爆発する事なくただ引火し、燃え盛り、三色が混ざった炎の塊になって炎上する。
次々と放たれる三色の炎弾は尽きる様子を見せず、焼かれたゾンビが激しく暴れる様子が見えるも、その手足すら燃え尽きて行きのたうつだけの肉塊へ。
スヴィータが静かに告げる。
「奥義・姫竜崩天」
振り抜かれた刀の切っ先は一瞬だけ地面を擦り、空へ。
地面を走った斬撃は真っ直ぐに燃え盛る肉塊へと向かい、その身体を駆け抜け両断する。
走った光はゾンビの身体へ集束し、やがて光の柱になって、天へと上り、雲を祓う。
空が割れて、竜が墜ちた。
「私の過去に、今だけは感謝するとしましょう」
くるりとスヴィータの手のひらで一回転した刀は鞘へ。
光の竜が墜ちた空間にはクレーターが一つ。
大型ゾンビの姿は欠片も無くて、代わりに討伐を示す経験値等の取得インフォメーションが視界に流れた。
周囲から歓声が上がる。
「二人とも、えぐいね……ていうか、改めてとーまくんが魔王って呼ばれる理由がわかった気がするよ。あ、もふもふ凄いこれ」
「記憶持ちの特権って、固有スキル云々よりも境遇によって手に入るこういった切り札の存在ですからねぇ」
「私のこれはクールタイムが七十二時間ほど存在するのが欠点ですが……お嬢様、まだ戦闘中ですよ?」
「ちょっとだけ……ちょっとだけだから」
何をしているかって?
三つ首でかわんこの背中の毛に埋まってもふもふしています。
本人(本狼?)の許可は取りました。というか大型ゾンビ討伐と同時に拉致されました。
なので私は悪くない、証明完了。
「まあ、少しは休憩してもバチはあたらないでしょう。今のうちにポーションで回復を、騎士トーマ」
「あんなのがまた出てこられたら、今度こそやばそうだよねー」
「ミラさん、知ってますか。それ、フラグって言うんですよ……」
「旗がどうかしたの?」
あ、色々レベル上がったみたいだね。
奥義、姫竜崩天
おうぎ、きりゅうほうてん
溜めが長いし一直線だし無駄に威力が高いメイドの必殺技。
最初の斬撃が当たれば残りの連携は自動で全段ヒットする。
防御力、耐性無視。
クールタイムはゲーム内で三日間。




