廃教会と確認と初戦闘
「ここは……教会、かな?」
階段を上りきった先に広がっていたのは、木漏れ日に照らされた教会のような場所。
のような、という表現になったのは、内装の全てが朽ち果てていて、窓も、扉も、屋根も役割を果たしておらず。
自由に風が吹き抜けて、石畳の隙間からは草木が芽生え、建物の中央の床からは巨大な背の高い木が屋根を貫いていた。
『はい。ここは、あの方が最後に逃げ込んで、お嬢様をお隠しになった最後の地です』
『……ねえお姉ちゃん。あれから、どれくらい経ったのかな?』
『さあ……少なくとも、風化した廃墟になる程度には、時間が経っているのでしょうね』
壁が崩壊して出来た地下への穴から抜け出し、光の下へと歩み出る。
振り返れば、ボロボロに朽ちた、かろうじて人のかたちを保っている石像が二つ穴を挟むように立っていて。
ちょうど壁面の中央辺りに、私達の居た空間への階段があったようだ。
「……どうしてこうなったのかは」
『お教えできません。ミラ様ご自身で確かめていただく他に術はないとだけ、お答えします』
『ごめんねミラちゃん、私も、わからないんだ』
「……うん。大丈夫、行こう」
二人の精霊を連れて、廃教会を出た。
恐らくは森の中なのだろう。
廃教会を囲むように木々が生い茂り、見上げればその屋根を突き破って存在を主張しているのは中で見た大きな木。
教会のすぐ後ろは小さな崖のようになっていて、あの段差を利用して元いた地下室は作られたのだと思う。
ざわざわと木々が揺れて、風が駆け抜ける。
精霊二人が私の身体にしがみつかなければ飛ばされてしまいそうな強い風。
咄嗟に腕で顔を覆う、髪が風に流されて揺れる。
数秒だったか、もっと長かっただろうか。
ぴたり、風が止む。
『……え?』
メサルか、ティムか。どちらの声だったかわからない。
取り戻した視界にうつったのは、役目を終えたと言わんばかりに崩れて行く廃教会。
瓦礫になる訳でもなく。
地下を隠していた壁のように、サラサラと、砂のように溶けてゆく。
その場には何もなかったかのように、砂になって、風に運ばれて消えてゆく。
岩の壁にあるはずの、地下室への階段も存在しない。
風が吹く度に、そこにあった全てが消え去って。
唯一、残ったのは一本の大きな木。
その木さえも、教会の後を追うようにその姿を変える。
葉が茶色く染まり、ひらりはらりと落ちていき、根からかけ上がるようにして大木が枯れて行くのだ。
まるで時間を早送りにしているかのように急速に。
巨大な幹はぼろぼろと崩れ、枝から順に、また同じように、砂となって消えてゆく。
「……あの木も、守ってくれていたのかな」
『わかりません。ですが、私も、そのような気がします』
『うん』
大木が完全にその姿を消すまでに大した時間はかからず、あっという間に風が拐う。
残ったのは森の中にぽつんと存在する空白の空間。
最後に一陣の風が吹いて、髪を撫でた。
「……ありがとう、行ってきます」
大きな木があった場所へ向かってそう呟く。
どうして教会が崩れたのか。
どうして大木が枯れて消えたのか。
私にはまだ何もわからないけれど……最後に吹いた風が、行ってらっしゃいと、言ってくれていたような気がして。
『行って参ります、後は我らにお任せください』
『行ってきまーす!』
精霊二人も同じように大木に挨拶をするのを見届けて。
背中を向けて、前を向く。
今は切り替える時だ。
「じゃあ、行こうか、メサル、ティム。取りあえず、街か何かを見つけて、お昼寝をしないとね!」
『お昼寝はともかく、人の集落は見つけておきたいですね』
『あ、その前にお姉ちゃんお姉ちゃん。ミラちゃんに、色々と使い方とか、教えた方がいいんじゃないかな?』
『……確かに。モンスターが現れないとも限りませんし、名案ですよ、ティム』
『えっへん!』
使い方、とは。
なんの事だろうと首を傾げてみるも、二人が言うにはスキルやらダイアリーの使い方やらなんやらを教えてくれると言う。
そういえば、こういうゲームにはチュートリアルがあるんだっけ。
というか、若干ここがゲームの中だという事を忘れていた気もする。
『と言いましても、ダイアリーで行う操作は全てスピリアを介して行う事ができますし、慣れてしまえば思考操作も可能ですので、手間でなければ我々に命じていただければ作業を行えます』
『ダイアリーで出来るのは、ステータスの確認と操作、スキルの確認と操作。あとはお友達と手紙のやり取りとか、魔力通話もできるよ!』
『実際に何が出来るかは、実際にダイアリーを開いて、目次をご確認ください。質問がありましたら、ご遠慮なくどうぞ』
ダイアリー、と口にして、手帳を呼ぶ。
手のひらにおさまるように現れたそれを受け止め、頁をめくる。
表紙の裏には目次が、そして私自身のステータスが。
色々と項目が増えているようで、一つ一つ確認する。
ネーム:ミラ
性別:女性
真名:カーミラ・アリエティス
種族:金羊族/Lv1
精霊:ティム/メサル
出身:精霊界
取得言語:精霊語
HP425
MP625
Str 5
Int 30
Dex 20
Vit 15
Agi 60(5)
Men 20
ネームとレベル、性別と……その下に見える真名は、今は気にしないでおく。
種族が金羊族になっているが、髪の色のせいだろうか。
精霊というのは言わずもがなメサルとティムの事だ。
……一人のプレイヤーにスピリアが二人いるのって、どういう扱いなんだろう?
そして、残り二つの項目でも首を傾げた。
「メサル先生、質問です」
『はい、なんでしょうかミラ様』
「スピリアは一人につき一体じゃないの?」
『基本はそうですね。しかし、ミラ様は例外です故』
「例外って?」
『それは後で説明致しましょう。今は他にありませんか?』
「じゃあ、この出身と取得言語って?」
『ミラ様はプレイヤーですからね、説明致しましょう。出身は、そのまま貴女様が産まれ育った世界を指します。そうですね、我々が今居るのは物質界と呼ばれており、この物質界を挟むようにして、さらに二つの世界が存在しているとされています』
「ふむ……?」
『物質界の下方に位置するのが、冥界。その先にはもっと深い闇が存在しているとも言われております。そして、冥界とは逆の物質界の上方に位置しているのが、精霊界。我々スピリアが産まれ出でる、光の世界です』
「……私は、その精霊界で産まれたから、出身が精霊界?」
『はい。詳しい事は、私の口からはこれ以上申し上げる事はできません、ご容赦ください。そして、取得言語というのは、そのままの意ですね。それぞれの世界にはそれぞれの言語が存在致しますから』
「成る程、だいたいわかったよ。頭の隅にでも置いておくね」
『それがよろしいかと。他に質問はございますか?』
「ううん、今のところ大丈夫。次のレッスンをお願いします、メサル先生」
『それでは、次はスキルに関してですね』
手帳の頁をめくる。
ちなみに、手帳の目次にあった項目は八個。
ステータス、スキル、インベントリ、装備管理、チャット、パーティ管理、フレンド、オプション、ログアウトだ。
オプションなんかで目次を細分化させて、ショートカットにも使えるらしい。
今のところ必要ないので、頁をめくってスキルの項目を開いてみる。
スキルの頁には、まずはスキルの一覧が。
隣の頁は真っ白で、確認したいスキルに触れてくださいとだけ小さく記されている。
スキルポイント:0
短剣マスタリー Lv1
体術マスタリーLv1
敏捷強化 Lv1
感覚強化 Lv1
身体制御 Lv1
操糸 Lv1
光系統魔法 Lv1
鑑定 Lv1
調薬Lv1
精霊魔法Lv1
上から八つはキャラクタークリエイトの時に取得した物で、残りの二つがランダム取得したスキルだろう。
試しに一番上の短剣マスタリーの文字に触れてみれば、白紙の頁に新たな文字が浮かび上がる。
短剣マスタリー:Lv1
┗パリング/パッシブ
浮かび上がったのは、この二列の文字だけ。
下のパリング/パッシブというのがアーツと言われる物で、プレイヤーが任意に使う魔法とか、そういうのは小スキルと呼ばれる形で分類されるらしい。
大本の、大スキル……ここで言うところの短剣マスタリーのレベルが上昇すると、レベルに応じて小スキル、アーツを習得できるらしい。
そして、大スキルのレベルが五上がる毎にスキルポイントを一つ、最大レベルまで上げると五つ手に入る。
スキルポイントは、これを消費して現在取得可能なスキルを取得できるらしい。
スキルの数については、キャラクタークリエイトの時にナビさんが言っていた通り。
しかし、控えスキル枠という物もあって、枠を越えて取得したスキルや一時的に使わないスキルをこちらの枠に移動させて、スキルの付け替え等は自由に行えるとの事。
「パリングの詳細は……武器を使った防御が可能になって、上手く弾いたり受け流したりする事でダメージを軽減又は無効化できる。パッシブっていうのは常時効果がでていて、使ってもMPを消費したりはしないと……便利、なのかな?」
そう言えば、自分の装備とかも確認しておかないといけないね。
視線を下げてみたところ、私が身につけているのは白金色のワンピース一枚と、運動には適さなそうなヒールの低い靴。
腰に革のベルトが巻かれており、ベルトの両端には鞘に収まった短剣が二本存在していた。
……ちなみに、武器を使うアーツも、魔法としてのアーツ――スペルも、同じようにMPを消費するとのこと。
『そして、先程の質問への回答にたどり着くのが、ミラ様の持つ固有スキルでございます』
「固有スキル?」
視線を落としていって、目につくのはやはり、このスキルだろうか。
初期選択できるスキルにそんな特別そうな物があるはずもないしね。
指で触れて、詳細を出してみる。
精霊魔法:Lv1
┗精霊使役/パッシブ(スピリア数+1、スキルLv10毎にさらに+1)
┗精霊眼/パッシブ:魔眼(スピリアとの同調率が上昇し、スピリアを正しく視て捉える事が可能になる)
どうせなので、アーツの詳細も同時に展開してみた。
思った以上に直球の答えが現れてしまい、手帳から視線をメサルへと向ける。
私の視線に応えるように、メサルが言葉を続ける。
『精霊魔法は、その名の通り、スピリアを使役し、専用の魔法を行使する事が可能になるスキルでございます。おそらくは現在、ミラ様を除いて精霊魔法を使える者は存在しないかと思われます』
「……これのレベルを上げたら、スピリアを増やせるの?」
『契約数を増やす事は可能ですが、スピリア自体はミラ様が見つけて契約を願う事になるかとは思います。野良スピリアなんかは結構その辺に存在しますので、特に気にする必要はないでしょう』
「野良スピリアって……なんか、不思議な感覚だなぁ」
きょろきょろと、辺りを見回してみる。
視界に入るのは草と木と、花や兎に似た小動物。
後は蝶とか、全身緑色の小人とか、石ころだ。
……全身緑色の小人って、おかしくない?
「ねえ、メサル」
『なんでしょうか、ミラ様』
「あれ、なに?」
緑色の小人を指差してみる。
『……あれは、ゴブリンでございますね』
「あれは、人、なのかなぁ?」
『モンスターに分類される、敵性生物でございますね』
「そっか」
『はい』
はいじゃないよね。
『ゲアァァァァッ!』
「わ、わ、わっっと!」
まあ、のんびり喋るのを待ってくれる筈もなく。
奇声を上げながら飛びかかってきた緑色の小人……ゴブリンをかわそうと、身体を投げ出すようにして地面を蹴る。
ぐん、と加速した私の身体は余裕を持ってゴブリンの攻撃をかわし、咄嗟に掴んだティムを抱えて体勢を整える。
メサルが慌てて飛んでくるが、元居た場所から随分と離れてしまっているようだ。
一歩で……四メートルくらい跳んだらしい。
『ふえっ!? なになに、何が……ヴェアアァァァァァァァ!? なんかいる!?』
『随分静かだと思っていれば、居眠りしていましたねティム! 貴女もミラ様のスピリアなのですから、自覚を持って――』
「メサルメサル、今はそれどころじゃないってば! いつかは戦うとは思ってたけど、ぶっつけ本番とは思ってなかった!」
『……そうですね、折檻は後程。サポートはお任せください、ミラ様』
『なんかまだよくわかんないけど、ティムも頑張っちゃうよ!』
二度目のゴブリンの飛びかかりをよけて、軽くその場で跳ねたり腕を回したりしてみる。
ゴブリンとの距離は八メートルほどかな?
『まあ、私達が出来ることはアドバイスと応援くらいなのですけれどね。というわけで、頑張ってくださいませ、ミラ様!』
『がんばれー! ミラちゃーん!』
「……よし、さっきの感じで動けるなら、やれる筈だよ、私。うん、気が抜けるから応援はやめようね!」
初戦闘で負けるのは嫌だし、二人にカッコ悪いとこは見せられないね。
感想とか誤字報告とかあったらお気軽に




