お喋りと老婆と新称号
「サビクが喋った……もっかい言ってごらん、サビク」
『みーら!』
「はあ……もっかい、サビクもっかい」
『みーりゃ! みら!』
なにこれ可愛い。
ちび蛇ちゃんが私の手のひらの上でくりくりおめめで私を見つめながら名前呼んでる。
今から部屋戻ってひたすら愛でたいのだけれど、ダメだろうか?
「お嬢様? サビク様が何か?」
『ティム、貴女は知っていたような口振りですね?』
『一緒に練習してたよ?』
『初耳ですね、どういう事か後でゆっくりお話ししましょうね、ティム?』
『えー、ティム悪くないと思うなー』
とりあえず道のど真ん中で立ち往生してる訳にもいかないので、邪魔にならないであろう場所へ移動して、サビクを首に巻き付かせる。
スヴィータには聞こえてないのかと思ったけれど、考えてみれば流石のスヴィータも古代神獣語は覚えていないだろうからね。
その辺の説明をする為にも、どこか落ち着ける場所を探した方が良さそうかな?
「そこの蛇使いのお嬢ちゃん、何かお探しかい? ……ああ、怪しいもんでもないからそう警戒なんかしなくていいよ、あたしゃただの薬師のババアさ」
「薬師?」
どうしよっかなーと首をひねっていると、ちょうどすぐ近くにあった小さめの路地から声をかけられた。
姿を現したのはローブに身を包んだ、杖をついた一人の老婆。
薬師の一言に興味をひかれて、スヴィータを下がらせる。
「こんにちわ、お婆様。私達に、何かご用でしょう。それに今、蛇使いと仰有いましたか?」
「はは、お嬢ちゃんまで警戒なさんな。偶然見かけてね、様子を見ていたんだよ。そうしたら、使い魔の蛇が喋ったって言うのを聞いてね……ああ、大声で言うんじゃないよ」
「それは、どういう事でしょう?」
「そうだね……ここで話す訳にもいかないから、ついておいで。あたしの店に案内するよ」
スヴィータとどうしようか視線を交わす。
見た目はとても怪しいのだけど、どうやら親切心での提案にも思える。
老婆が入っていく路地は狭く、とてもお店があるようには思えないのだが。
『ぴ! みーりゃ、いく!』
「うん? サビク、どうしたの?」
『ついて、く!』
「よし、スヴィータ、ついていくよ」
「お嬢様、サビク様と何かお話しになられるのはよいのですが……いえ、何も言いますまい」
親バカと呼ぶなら呼ぶがいい。
いやあ、自分の子供に初めて名前を呼んでもらった時の親の気持ちってこんなんなのかな。
ゲーム内の子蛇ちゃんでこうなのだから、実際に体験したら感動で死んでしまうのではないだろうか。
男の子と女の子一人づつは欲しいよね。
「お嬢様、聖女がしてはいけない表情になっておりますので、行くならば早く行きましょう」
『ミラ様、涎が垂れております!』
『たまーに、ミラちゃんの考えてることがわかんなくなるよー』
『みーりゃ! いく!』
とりあえず、老婆の後について行くことに決定したので。
スヴィータを先頭にして、狭い路地に入って行くのであった……黒いドレスだと、埃とか気になるなあ。
*
という訳で、暫く歩いた先に開けた空間があり、そこには塀で囲まれた小さな一軒家があった。
三角形の屋根に煙突、庭には畑が広がっていて、井戸もある。
からんからんとドアベルを鳴らして扉の奥に消えていく老婆を追った。
「いらっしゃい、お茶をいれるからね……適当に座っておいておくれ」
一軒家の中はなんとも言い難い匂いに包まれていて、小さなテーブルと椅子が二脚。
小さなカウンターの奥には一面に戸棚が並んでいて、カウンターには沢山の小瓶が陳列してあった。
カウンターに並んでいる小瓶を鑑定してみるとHPポーションと出たので、どうやら本当に薬屋らしい。
「さあさ、座っておくれ。お菓子もあるからね」
「お嬢様」
「まあまあ、スヴィータ。ここはご好意に甘えておきましょう?」
老婆に促されるまま椅子に腰を下ろす。
未だにスヴィータは警戒心が勝っているようだが、サビクが付いていけって言うからには何かあるのだろう。
わざわざ、蛇使いのだなんて口にしたくらいだからね……単純に、蛇を使い魔にしてるからってだけという可能性もあるけれど。
「さて、まずは自己紹介からしておこうかね? あたしはニーナ、見ての通り、薬屋の主をやってるよ」
スヴィータが座るつもりがないことをさとったのか、対面の椅子を引いて腰かけるニーナと名乗った老婆。
ここまで来て名乗らないのもアレだし、逆に名乗った方が牽制になる……そうパーティーチャットで結論を出して、黒いヴェールだけを取り外す。
一瞬ニーナさんが息を呑んだ音がして、それからすぐ納得したような穏やかな表情へと変わった。
「私は、ミラ。ミラ・ムフロンです、ニーナ様」
「成る程、あんたがノワイエの娘になったっていう……ふむ、ふむ。とりあえず、あんたを此処に連れてきた理由だけどね」
「この子が関係しているのでしょうか?」
首筋に手をやればサビクが手首にうつり、そのまま腕を伝ってテーブルの上へと移動する。
くねくねといつものダンスを披露し始める辺り、サビクは全く警戒していないように見えるね。
「ミラ、と呼んでもいいかい?」
「はい、構いません」
「じゃあ、ミラ。あんたは調薬スキルと、少なくともこの子蛇を使役できるスキルを持っているんだね?」
「はい。正確には、調薬とは少し違うのですが」
「アスクレピオス」
「っ、スヴィータ、やめなさい!」
老婆の一言に、私の動揺が伝わったのか剣を抜いたスヴィータを制止する。
ニーナさんはお茶の入った湯飲みをゆっくりと傾けた後、コトンとテーブルを鳴らした。
「蛇使いの神、アスクレピオス。今では忘れ去られて、あたしらみたいな魔女くらいにしか信仰されなくなった神様さね。みんな錬金術やらなんやら、魔法を使った治療に製薬で、調薬や医学はだーれも使わなくなって廃れちまったのさ」
スヴィータを落ち着かせて、ニーナさんと向き直る。
ここで、あの蛇神の名前を聞くことになるとは思わなかった。
そして、魔女?
「長いこと生きてきたけどね、まさかアスクレピオス様の化身にお会いできる日が来るとはねえ」
「あの、ニーナ様? では、貴女はアスクレピオス様の事を?」
「ああ、知っているよ。というよりも、魔女の中でアスクレピオス様を知らない奴はいないよ」
「その、魔女……とは?」
「薬学を極め、魔術を会得した者に与えられる称号みたいなもんさ。今ではもう殆ど残っちゃいないけどねえ」
「魔術?」
「そうさね。自分の中の魔力を用いて奇跡を起こすのが魔法、世界に満ちる魔力をも利用して奇跡を起こすのが魔術だね。そして、薬学、医学を極めようとする者が信仰していたのが」
「アスクレピオス様、ですか」
ううむ、アスクレピオスの事はスヴィータにはまだ言っていないのだけど、この際話してしまおうか。
しかし、まだニーナさんの目的もわかっていないし、でもサビクはなついているみたいなんだよね。
それに、薬師と言うくらいなんだし、調薬に関しても知ることができるに違いないのは確かだ。
ここは詳しく話を聞いておくべきだろう。
「それで、貴女はなぜお嬢様を連れてきたのですか」
「ん、ああ、そうそう、忘れてたよ。ミラお嬢ちゃんは、調薬について知りに……いや、あの様子だと調薬の道具を探しにきたんじゃないかい?」
「その通りですね。とりあえず調薬道具が見つかればと思って。その際に、この子が」
「これも運命って奴なのかねぇ……まあいいさ。見ての通り、あたしももう歳でね。ちょうどいい子を探してたんだ」
「ええと?」
「それじゃあ、単刀直入に言うよ……まあ、あんたに得はあっても損はないさ。だからね」
ニーナさんが席を立って、杖で床を叩く。
その一瞬で、古びた薬屋から一転、むせかえるような植物の匂いが充満する薄暗い部屋へと景色が変わる。
様々な器具や、部屋の中央に置かれた大きなお鍋。
魔女の工房と言えば思い浮かぶような、そんな場所へと一瞬で移動した。
「あんた、あたしの弟子になってみんかね?」
「……はい?」
《称号:ニトゥレスト・ソルシエールの弟子を取得しました》
今のは返事じゃないよ!
フラグは乱立するもの




