騒動と神殿騎士と説明求む
王都を駆ける馬車から景色を眺める。
過ぎ去って行く街並みと人の海。
馬車の走る音に紛れて届く喧騒の声。
東から、王都の中央を抜けて真っ直ぐに西側へ。
「お母様、テティスさんの所には戻らなくて大丈夫なのかな?」
「んー、そうねぇ。流石のテティスでもまだ仕上がってないと思うし、後で人をやっておく事にするわ」
「……うん。オーダーメイドの服が数時間で仕上がるのが驚きだけどね」
「スキルを使えばそんなものよ?」
そういえば現実とは違ってスキルっていうのがあったね。
確かに、ゲームやって服を作るのに現実と同じだけ時間がかかってしまうんじゃ興醒めというものか。
レストランでも殆ど待つことなく料理が運ばれてきたし、改めてスキルって便利なんだねと実感した。
生産系のスキルは今のところ調薬……が変化したアスクレピオスしかないけど、少しくらい試してみてもいいかもしれないね。
『ミラちゃんミラちゃん、あれ見てあれ! とーま君さんが戦ってる!』
『おや、本当ですね。トーマクン様でございますよ、ミラ様』
「え、とーま君? どこどこ……あ、ほんとだ」
「あら、あの子……ミラちゃんとは仲がいいのよね?」
「仲が、いいと思われてるなら、嬉しいんだけどなあ」
ティムの示す方向を見れば、そこに居たのは確かにとーま君。
ちょうど中央広場の近くに差し掛かったところで、二つに割れた民衆の真ん中でとーま君ともう一人、誰かが……と思ったけど、相対する方の後ろにはさらに四人いるようだった。
……うん、あの五人組、どこかで見たような?
「スヴィータ、停めて!」
「ノワイエ様?」
「構わないわ、停めてあげなさい。でもミラちゃん、外には出ちゃダメよ?」
「むむ……わかった。ねえスヴィータ、あの五人って」
「ええ、お嬢様を拉致しようとした愚者どもでございますね」
ああ、そうだ。
アンデッド騒ぎの前に声をかけてきたであいちゅーさんだ。
名前はなんて言ってたっけな、全く覚えてないや。
であいちゅーさんの後ろにいる四人はあのとき一緒に逃げていった女性達だね。
五人で決まったパーティーでも組んでいるのかな。
何かとーま君とであいちゅーさん達が何やら言い争っているようだが、馬車の中からじゃ聞こえやしない。
ううむ、声だけでも聞けないかなぁ……。
「……スヴィータ、ミラちゃん、気が変わりました。少しだけ、広場で休んで行く事にしましょう」
「お母様?」
「私も、少し御者に疲れてしまいましたので、賛成でございます、ノワイエ様」
「え、スヴィータ?」
『ぴぴょ?』
停止した馬車の御者席からスヴィータがひらりと降り立ち、すぐに馬車の扉を開く。
まずはノアさんが降りて、そっと差し伸べられた手を取って私も降りた。
スヴィータが馬車を引く馬に一言二言声をかけると、広場の邪魔にならない場所まで馬が勝手に歩いていった。
馬って人語を理解しているとは聞くけど、あそこまでお利口さんだったとは驚きだね。
「ミラちゃん」
「お嬢様」
「遅れないように」
「離れないように」
「ちゃんとついてきなさいね」
「ちゃんとついてきてくださいませ」
「あ、はい」
スヴィータを先頭に、ノアさんと手を繋いだまま歩き出す。
馬車が停まり、そこから姿を見せた時点で周囲からの視線は感じていたのだが、私達が向かう先をみてどよめきが走る。
次々に人垣がわかれて行って、充分に声が聞こえる距離まで近づけたようだ。
スヴィータの背中から顔を覗かせて、とーま君を見つけた。
「これ以上しらを切るなら、容赦はしないよ?」
「だから、俺は知らないって言ってるだろ! 何が次期聖女への不敬罪だよ、そもそもお前プレイヤーだろ! 何の権利があって!」
「悪いけど、権利ならあるんだよね」
「ああ!?」
何の話だろう。
次期聖女への不敬罪とか聞こえたけど、であいちゅーさんは私以外の次期聖女様にも何かやらかしたのだろうか。
それにしても、とーま君は何をしてるのかな?
ノアさんを見上げてみる……めっちゃ笑顔だった。
反対を見れば、スヴィータも無表情だった。
えっ、何これ怖い。
「お、お母様? スヴィータ?」
「ノワイエ様、どうか、止めないでくださいませ」
「ダメよ、スヴィータ。私も我慢しているの、今は様子を見ましょう?」
「かしこまりました」
「二人とも、その、怖いです、よ?」
スヴィータは既に刀を手にかけていて、ノアさんは繋いだ手とは逆の手に、細くて長い……先端がフックのように曲がった杖のようなものを手にしていた。
心なしか背筋が凍るように寒く感じてしまうのを我慢して、意識を目の前の光景、とーま君達へと戻す。
「アリエティスの聖女直属、神殿騎士トーマだ。お前が行った次期聖女様の拉致未遂含め、目撃者の証言等の調べはついている。大人しく投降するなら良し、抵抗するなら容赦はしないよ……これは最終警告でもある」
「はっ、魔王様の次は騎士ごっこかよ。ソロで優勝したからって調子に乗ってるんじゃないのか? お前が騎士様っていうなら、証拠を見せてみろよ証拠をよ!」
「証拠、ねえ?」
「どうせ口から出任せなんだろ! 聖女直属の神殿騎士だとかなんとか、それこそ不敬罪だと思うね!」
ううん、いまいち話が見えてこないのだけども。
とーま君とであいちゅーさんの後ろのギャラリーは魔王様ーとか叫んでる人が多いけど、魔王ってあれじゃないの、物語の敵の親玉とかそんなんじゃないの?
とーま君が自分の事アリエティスの神殿騎士って名乗ったのも、どゆこと?
ノアさんを見上げて、くいくいと手を引っ張ってみる。
私の訴えに気付いてくれたのか、ノアさんが私の方をみて、笑顔で頷いてくれた。
よかった、これで状況の説明が……おや?
「証拠が必要なのであれば、ここにありますよ?」
ノアさんが歩き出し、手を引かれる。
スヴィータがさらに先を行って人を払い、完全にとーま君とであいちゅーさん達の対峙している場に入り込んだ。
周囲の視線が一気に私たちへ向かうのを感じる。
「はあ? 誰だよあんた……って、お前はあの時のメイド!? そこに居るロリ巨乳、あの時はよくもこけにしてくれたな!」
「君は、自分の立場を未だに理解していないらしい」
「は――」
だれがロリ巨乳か。
初めてそんな呼ばれかたしたよ。
いや、直接言われたのは初めてってだけで、陰で呼ばれてたりはするかもしれないけどさ。
それよりも、であいちゅーさんのその一言で左右の空間の温度ががくんと下がったんだよ。
ノアさんの持っている杖の先が石畳を割っているんですよ!
んで、とーま君の一言と同時に、であいちゅーさんがいつかのように吹き飛んでいった。
今度はスヴィータが刀を投げたのではないようだ。
「神殿騎士トーマ、何かありましたか?」
「はい。そこの男がお話していた次期聖女様の誘拐未遂犯です。偶然発見したので、詰問を行っていました」
「え? え?」
『しんでーんきしっていうの、はー。神殿っていうかー、聖女に剣を捧げた騎士ー。あのわんこ君はー二日くらい前にー、のあんとこ来てた、ぜー』
「ふえぇ?」
少し情報が多過ぎてわけがわからなくなって来たよ、
ええと、まずはであいちゅーさんが吹き飛んだのは、とーま君のわんこの一匹のヴォルフが飛びかかって体当たりし、そのまま地面に押さえつけている。
残りの三匹もヴォルフに続き、女性プレイヤー四人が近寄れないように威嚇していた。
んで、とーま君とノアさんが言った神殿騎士?
タイミングよくシェラタンが情報をくれるが、二日くらい前にとーま君がノアさんのとこにやってきて神殿騎士?
聖女に剣を捧げたって、とーま君が? つまり、とーま君はノアさんに……!?
「くそ、放せよ! GMコール! ……なんで返事しないんだ!」
「神殿騎士トーマ、そちらの女性達は?」
「彼女達は、そうですね。まだ、罪に問われる事はないですよ」
「そうですか。その男性が?」
「調べはついてますし、次期聖女様本人がいますからね……直接ご確認してほしいです、お願い出来ますか?」
「ミラちゃん、この人に見覚えはある? はっきり言って頂戴?」
「え、ああ、うん……こほん、声をかけられて、腕を捕まれましたね。そのまま連れていかれそうになっていた所を、スヴィータに助けられました」
「確定ですね、後は任せてください」
「ええ、期待しています」
なんか尋ねられたから普通に答えちゃったけど、誰か状況を詳しく説明してくれないかなあ?
とーま君が神殿騎士とか、さらにでっかくなってる魔王様コールとか。
ノアさんもスヴィータもなんか怖いし、頼みの綱のシェラタンもノアさんの中に引っ込んだし。
ていうか、なんでノアさんととーま君がこんなに親しげなのかを詳しく知りたいよ!?
魔王様は進化した
いや、退化か?
どっちだ!




