骨と祭服透けとるん
「お嬢様!」
『ぴ!』
私とスケルトンの間に割り込むようにスヴィータが刀を振るい、ボロボロの剣を弾き飛ばす。
さらにサビクの魔眼の効果でスケルトンの頭部が石化し、崩れ落ちて行く。
たたらを踏むように後ろへ下がる。
「ゾンビの次はスケルトン……ですか。こちらは火を恐れる事も無いようですね」
「地面からぽこぽこぽこぽこ、たけのこ見たいに生えてくるねえ」
『スケルトンもアンデットですから。光や神聖属性で対処できるかと思われます』
ゾンビの数は増えないが、今度は視界の至るところからスケルトンが現れ始めていた。
ホーリーライトで簡単には消滅するのは変わらないようだが、炎による盾が意味を為さなくなったのが痛いね。
MPも半分を切っているので、これまでのようにホーリーライトを連発する事は難しそうだ。
『ミラ様、撤退を進言致します』
『うん、逃げようミラちゃん。流石にこれ以上は無理だよ!』
『ぴ!』
「そうはしたいんだけどねぇ」
振り下ろされる剣を左の短剣で受け流し、スケルトンの胴を蹴って距離を取る。
スヴィータが一体づつスケルトンの首を飛ばして行くが、まるで減っている気がしない。
それどころかどんどん増え続けているようにも見える。
「スヴィータ、十秒頼むよ」
「かしこまりました」
ダイアリーを開き、装備メニューを開く。
MPが無いんじゃ魔法に徹するのは無理だ。
今ならスヴィータしか居ないし……セーフだよね、セーフ。
今遣わずにいつ使うと言うのか。
「しかし、これは思った以上に恥ずかしいね?」
身に纏うのは黒き聖女の祭服一式。
実際に纏ってみると恥ずかしさが増し増しで襲ってくるのだが、同時に、身体が軽くなったようにも思う。
ホーリーライトを武器に装填、イリスダガーを握り地面を蹴った。
「お嬢様……随分と、素敵なお姿ですね?」
「チーハ!」
勢い任せに目の前にいたスケルトンの胴に短剣を叩きつける。
肋骨ごと背骨を砕き、すぐ近くのスケルトンへ向かう。
落ちてくる剣撃を掻い潜り、ギリギリまで姿勢を下げて疾駆する。
狙うのはスケルトンの膝、関節部分だ。
機動力を奪い、後に続くスヴィータに止めを任せる。
「お嬢様、これがギャップ萌えという奴でしょうか? 普段あんなにのんびりしているお嬢様がこのように機敏に動いている姿を見られる日が来るとは……私、感動しております」
「ゲームでくらい、普段出来ない事したいからね! ……ホーリーライト!」
炎の盾を捨てて、アンデッドの集団のど真ん中まで突っ込み、ホーリーライトを足下へと放つ。
炸裂した光は浴びたゾンビもスケルトンも纏めて浄化し、灰に還す。
ぽっかりと空いた空白を埋めるようにアンデッドが雪崩れ込む。
経験値さんいらっしゃい、だ。
「お嬢様、良い知らせと悪い知らせがございます」
「悪いのから!」
「どうやら、今まで倒したゾンビがスケルトンとして復活しているようですね」
「成る程、どうりでゾンビは減って骨が増えてる訳だ」
「そして良い知らせですが。先程、飛行のクールタイムが終了しました、いつでも離脱可能でございますよ」
「それは僥倖。次のホーリーライトのタイミングで頼もうかな」
「かしこまりました」
スヴィータのHPをヒールで回復させて、最後の一頑張りだ。
スケルトンの武器をスヴィータが刀で弾き返し、隙しかない懐へ飛び込み短剣を振るう。
彼女の飛行の速度なら一気に離脱出来て、後を追われる事もないだろう。
最後のMPを使い、短剣を地面に向けて魔法を放つ。
「ホーリーライト!」
「離脱します!」
光を放つと同時に、両足が地面を離れて視界が跳ねる。
来た時と同じように、スヴィータの腕で横抱きにされて地上を見下ろす。
スケルトンの眼孔に浮かぶ赤い光がまるで星空のようで、ごうごうと燃える馬車を囲んでいる。
「装備は戻しとこう……はあ、もうMP空っぽだ」
「その本はダイアリー、ですか。スピリアと意志疎通が出来ると言うのは、便利なものなのですね」
「意志疎通出来なくても変えられるらしいよ、外装。それと、後で詩乃さんのスピリアも見せてね」
「かしこまりました。まずは、街へ戻りましょう」
スケルトンの海からぐんぐんと遠ざかって行き、馬車の炎も弱く、次第に見えなくなって行く。
しかし、あれは何だったんだろうね。
馬車の一団が襲われていたのは偶然だったのか、それとも狙って行われたのだろうか。
街に戻ったら、ノアさんに報告ついでに相談してみた方がいいかもしれない。
「お嬢様、降下致しますよ」
「うん? まだ街まで距離はあるんじゃない?」
「あちらをご覧下さい。おそらくは、彼らが約束を果たしたのでしょう」
「……ああ、本当だ」
目下には沢山の松明の光と、人の群れ。
ゆっくりと前進しているそれが目指すのは、東、私達がさっきまで居た方角だ。
スヴィータが高度を下げて、金属製の足音を立てる集団の先頭へと静かに着地した。
「何者……貴女は! 全軍、停止!」
「おお!」
「また空から!」
スヴィータの腕から飛び降り、衣服の乱れを整える。
先頭を歩いていたのはさっきの護衛小隊の隊長さんで、その後ろには共闘した内の四人の姿があった。
さらにその後ろには揃いの鎧の兵隊が並んでおり、松明を掲げて整列している。
残りの三人はあの女の子の元に残っているんだろう。
「無事に街に戻れていたのですね、良かったです」
「貴女こそ、よくご無事で……アンデッドの群れはどうなさったのですか?」
「ゾンビは片付けたのですが、スケルトンとして蘇りはじめまして。魔力も尽きてしまい……彼女に飛んでもらって、離脱して来ました」
「成る程……後は我々にお任せください。王都の東門で聖女様がお待ちです」
「ノワイエ様が?」
「はい、後ろの兵達も聖女様のお口添えにより、迅速に編成出来ました」
「……そうですか」
ふう、と息を吐く。
私の肩を支えるようにスヴィータが手を添えてくれる。
熊さんよりも弱かったけれど、数の暴力というのはやはり強いね。
改めて、護衛小隊の隊長さんを見上げる。
「名乗りが遅れました。私はレオニス王国、第三王女親衛騎士隊隊長を務めております、ティーガーであります!」
兜を取り外した隊長さんがビシリと敬礼し、そう名乗る。
それに続くように四人も敬礼を行い、それが伝搬するように後ろの兵達も動いて行く。
「この度は姫様の、そして我々の命を救っていただき、ありがとうございました。このお礼は後日、必ず!」
「偶然通りがかっただけですし、当然の事をしたまでですよ。それよりも、今はアンデッドの対処を致しましょう」
「了解です。次期聖女様はこのまま王都へお戻りください、護衛をおつけ致します……おい!」
「はっ!」
「はっ!」
隊長さんの部下であろう四人の内の二人が前に出てきて、私の前で膝をつく。
隊長さんが私に背中を向けて、腰の剣を抜き天を指した。
「全軍、これより東の平原に現れたアンデッドの討伐を開始する! 姫様の恩人に報いる為にも、誰一人欠けず帰還するぞ!」
「おお!」
「おー!」
「おおっ!」
凄まじい声量がビリビリと肌を叩く。
更には兵隊さん達まで咆哮し、耳が痛い。
これが熱血という奴か。
「お嬢様、こちらへ」
「我々が王都までお送り致します!」
「道中はお任せください!」
スヴィータと小隊の二人に促されて、邪魔にならない位置まで移動する。
隊長さんの号令により隊列を組んだ兵達が一つの生き物のように行進するのは見ていて壮観だね。
目の前を通りすぎていく軍隊を見送り、殿が過ぎたところで隣から声がする。
「自分はレン、こっちはロンです、次期聖女様」
「私はミラ、ミラ・ムフロン。あと、メイドのスヴィータ」
「それではミラ様!」
「この度はまことにありがとうございました!」
深々と頭を下げる二人に顔を上げさせ、てくてく歩いて王都へと戻る。
道中出会ったモンスターはスライムだけで、昼間とは違い一種類だけらしい事もわかった。
だからこそゾンビの大量発生は異常事態であり、結構な騒ぎになっていたらしい。
騎士の二人とスヴィータに囲まれ、スライムを蹴散らしながら王都の門までたどり着いた。
門の周囲にも沢山の兵がいて、厳戒体制といった感じだった。
「ミラ、ミラちゃん! 怪我はない? 全く、無茶するんだから!」
騎士二人に連れられて門を潜る。
一番に私を迎え入れたのは予想通りノアさんで、駆け寄ってきた彼女の二本の腕に捕獲されて窒息の危機を覚えたり。
なぜか一緒に迎えてくれたオウル様がノアさんをひっぺがし、ギリギリのところで救助されたりもした。
その後は聖女様と枢機卿猊下に挟まれて王都西の聖区まで移動するなんて事にもなって、二人の護衛であろう人達に囲まれてプレイヤーやら住人やらの視線を浴びる羽目になる。
「……お嬢様は、やはりお嬢様でございますね」
「うん? どういう意味?」
「いえ、私事でございます。お嬢様はそのままでいてくだされば」
「たまに、言ってる意味がわからないんだよねぇ」
大聖堂の部屋に戻った後は、朝までノアさんの抱き枕状態
を強いられた事は言うまでもない。
スヴィータはちゃっかり近くの小さな部屋をキープしたとかなんとか。
しかし、疲れた。
大聖堂で出された軽い食事を取って、その日はそのままベッドに潜り込む。
〈派生クエスト:第三王女を救えがクリアされました〉
〈クエストクリアにより、スキルポイントを4獲得しました〉
〈条件達成により、ワールドクエスト:不死者の行軍を開始します〉
インフォメーションに気付いたのは、そんな夜が明けてからの事だった。
透けとるん




