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星空と蛇と称号ラッシュ




 ログアウトした後はスキンケアなどを終わらせて早めに就寝して、翌日。


 朝の運動とお湯をいただき、朝食をとってから勉強などを終わらせる。

 今日からは詩乃さんもプレイを始めるらしいけど、彼女はどんな種族を選ぶのだろうかとわくわくするね。

 相変わらず朝が弱く、遅くに起きてきたアリサと昼食を経て、用事でまた出かけて行った彼女を見送り、ゲームへログインする事にした。



*




「……うん、うん?」


 ゲームに入り込む独特な意識の反転の後、瞼を開く。

 目の前に広がっているのは真っ暗な闇と、そこで無数に広がる星の海。

 私は、普通に大聖堂の客間でログアウトした記憶があるのだけれど、どういう事だろう。


 横たわっていた身体を起こす。

 身に着けているのは初期装備のワンピースではなくて、昨日貰った聖女の祭服で。

 頭にはヴェールとミトラが。


「メサル、ティム?」


 立ち上がり、自分のスピリア達の名前を呼ぶ。

 足元も何もかもが見渡す限りの暗闇と星空で、それはそう、初めて降り立った、キャラクタークリエイトの時の空間に似ていた。

 腰に手を持って行くが、剣帯と短剣は無い。

 手帳を取り出そうとしても、反応もない。


「バグ……かな?」

『いやいや、バグじゃない。僕が呼んだからね、驚かせてしまったかな?』


 真上から落ちて来た声。

 反射的に飛び退くと、蹴った地面から波紋が広がる。

 声の方を見上げたところで、絶句する。


『うんうん、意外に早くに僕の力の届く場所で眠ってくれて助かったよ。もっと長く待たされるかもと思うといてもたってもいられなくてね、早速呼ばせてもらったんだ』


 そこに居たのは、見上げる程に大きな白い蛇。

 とぐろを巻いて鎌首をもたげて私を見下ろすそれ。

 足から力が抜けてその場に尻餅をついて、思わず後退る。


「は、はへ。熊とか、そういうのならゲームだからで良かったけど……これは、流石に、漏らしたかもしれないね」


 ゲームだからそんなことはないとわかってはいるけれども。

 巨大な蛇の頭が下りてきて、地面ギリギリまで私を見る。

 十メートル程の目と鼻の先に巨大な蛇の顔がある。

 口を空ければ私なんて一呑みに出来そうなくらいに、ばかばかしい大きさの蛇。


『ああ、驚かせてしまったね、すまない。配慮が足りなかったようだね』


 シュルルと音を立てて、蛇の口から舌が伸びる。

 どうやらこの声は目の前の蛇から放たれているらしい。

 発声器官とかどうなっているんだろうか。


「あー、えっと、食べないで貰えると助かるのですが」

『ははは、わざわざ呼びつけておいて食べたりはしないさ、安心して欲しい』

「そ、それなら良かった。ええと、座ったままで失礼します。腰が抜けてしまって……その、貴方が私を呼んだというのは?」

『ああ、楽にしていてくれていいよ。いやなに、君に少しばかりお願いがあって呼ばせて貰ったんだ。どうか聞いて欲しいんだけどいいかな?』

「内容によりますが……貴方が何者なのか聞いても?」


 普通にゲームの続きが始まると思ったら、さらなるイベントが発生とは恐れ入る。

 蛇さんの言った力の届く場所というのは、聖区か大聖堂の内部と言う事でいいのだろうか。

 うん? そう推測すると、この蛇さんは。


『ああ、失礼。自己紹介がまだだったね。僕は……そうだね、アスクレーピオスとでも呼んで欲しい』

「アスクレピオス……蛇使い座? 神様は十二人、蛇使い座は十二宮には入っていない、よね?」

『流石、僕が惹かれるだけはあるね、聡い子は嫌いじゃない、むしろ好ましい。その通り、僕は蛇使いの神。忘れ去られた十三人目の神』

「……それで、その十三人目の神様が、私にお願い?」


 足に力を込めて立ち上がる。

 祭服が重く感じるのは精神的な動揺のせいだろう。

 しっかりと地面を踏みしめ、蛇の頭を見上げる。


『君の目的は、知っている。私のお願いと言うのは、君の目的と合致している。だから、こうやって呼ばせて貰った』

「私の目的は、神の世界に通じる門を捜しだして、その世界へ行く事だ」

『そう。僕はね、神界に還りたい。だから、仕える神を持たず、聖女としての資質を持ち、僕に仕える条件を揃えた君を選ぶ事にした』

「貴方の頼みは、私を聖女にする事だと?」

『それは手段にすぎない。僕は君を聖女にして、僕の力を貸す。代わりに、君は君の目的を果たすその時に、僕を一緒に連れて行って欲しいのさ』


 金色の二つの眼が私を見続けている。

 アスクレピオスとは、蛇使い座の呼び名であり、正確には人間の医師だ。

 死者をも蘇らせるその医術を持ち、蛇を持っていたのは蘇生の術を得たきっかけが蛇だったから。

 黄道上に存在しているけれど、十二宮には含まれない星座だ。


「羊族の私が蛇の貴方の聖女になれるのかな?」

『金羊は羊族しかなれないけれど、僕は違う。僕の場合は、何か一つ医術に関する力を持ち、僕の依り代を使役できる者』

「調薬と、神獣契約」

『その通り。まあ、神獣契約に関しては僕が少し細工をしたんだけどね。それで、どうかな? 悪い契約ではないと思うし、君に得はあっても損は無い』

「他にも、聖女候補や見習いは沢山いると思うんだけど。その中には居なかったのかい」

『ただ聖女にするだけなら何人かは居るけれど、それじゃあ駄目だ。僕は忘れられた神だからね、君達のような祈り人で、かつ、神界への扉を目指そうとしている聖女候補と言うと……まあ、見つかるのは奇跡だよ?』

「言われてみると、そうかもしれないなぁ……ううむ」


 どうにも、やることなす事がイベントに繋がっている気がするよ。

 むしろ、必ずこうなるように仕向けられていたのではないかと思わせるくらいに。

 次期聖女になったすぐあとに正式に聖女になりましたって、ノアさんになんて説明すればいいのか誰か教えて欲しい。

 ああもう、迷うだけ、悩むだけ無駄か。

 昨日決めたからね。


「なるようになれ、か。本当に、デメリットみたいなのは無いの?」

『あるとしたら、僕という存在……かなあ? 世間的に認知されてない神様の聖女でーすなんて公表したらどうなるかなんてわかるだろう?』

「じゃあ、他の人には教えられないか」

『本当に信頼できると思う人の一人や二人くらいになら教えておくのも良いとは思うけど、大々的に公表するのはやめた方がいいね。その点、今の君の立場は大変都合がいいんだ』

「そう言われてみると、本当に都合がいいね……全部手のひらの上だったとか言わない?」

『流石にそれはないよ。僕が介入する余地があったのは君に神獣語を教えた時くらいさ』


 両の腕を上げる。

 祭服の、付け袖になっているそれが大きくたゆむ。

 大きく口を開いた袖と指を大きな蛇に伸ばす。

 女は度胸って言うしね。


「いいよ、貴方の聖女になってあげる」

『僕としては喜ばしい限りだけど、本当にいいのかい?』

「ああ、そういうやり取りはもう充分やったから、もういらないよ。それで、どうすればいいんだい?」

『そうだね。うん、君のそういうところも実に好ましい。今から君に僕の力を分け与える。次に眼が覚める時には君は元の場所に戻っているだろうから、心配しなくていい』

「え、いま私の身体って、部屋から消えてるの?」

『これは夢みたいなものだから心配は無用さ。それじゃあ、早速で悪いけど始めるよ……と、その前にこれを渡しておこうかな』


 巨大な蛇が頭を伸ばして、蛇の鼻と私の指先が触れる。

 カランと音を立てて地面に転がったのは、二匹の蛇が巻き付いた装飾の施された一本の杖。

 それと同時に、巨大な蛇の口の隙間から一匹の黒い蛇が現れて私の腕へと巻き付き、袖の中へと隠れていった。


『神器、ケーリュケイオン。それと、僕の依り代の神獣だよ。適当に名前でもつけて可愛がってあげてくれると嬉しいね』

「蛇、蛇ね。蛇使い座だし……それじゃ、サビクで。ラサルじゃメサルと被るし」

『うんうん、それじゃあ契約は完了だね。それじゃあ、楽にしてていいよ。出来れば横になっていた方がいいかな』

「もしかして、痛かったりする?」

『……少しね、少し。多分死にはしないさ』

「やっぱやめ――」


 杖を拾い、言葉に従って横になったが、聞き捨てられない言葉を聞いて飛び起きる。

 クーリングオフを申し入れようとするも、既に手遅れだったらしい。


 巨大な蛇の姿がぼやけて弾け、光の奔流が視界を真っ白に染める。

 目にうつる全てが白くなった頃に、全ての光のベクトルが変わって私の中へ。

 衝撃が全身を打ち付けて、頭と思考までもが真っ白に染まる。


〈称号、蛇使いの聖女を取得しました〉

〈称号、女神の娘を取得しました〉

〈称号、聖女の娘を取得しました〉

〈称号、金羊の次期聖女を取得しました〉

〈称号、正規冒険者を取得しました〉

〈称号の効果により、スキル:調薬がエクストラスキル:アスクレピオスに変化しました〉

〈スキル:神聖系統魔法を取得しました〉

〈アイテム:黒き聖女の祭服、黒き聖女のミトラ、黒き聖女のヴェール、神杖ケーリュケイオンを入手しました〉

〈神獣:メドゥサをテイムしました〉


〈ワールドアナウンス:称号が解放された事により、全プレイヤーにこれまでの行動による称号が付与されます〉



「現実に会ったら……しばく」

『お手柔らかに頼むよ、それじゃあ、またね』


 怒濤のシステムメッセージをよそに新たな決意を増やしたところで、私の意識は闇に落ちた。







 


イベントパートさんが終わりを迎えつつあります

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