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過ごした時間と想いと母娘





「――それで、とーま君ったら一時間も説教するんだよ。たまーに通りかかる人の視線が背中にちくちく刺さってたんだから」

「ふふふ、それはそれは。ですがミラ様、貴女を心配しているからこそだと思いますよ?」

「それは……うん、わかってるんだけどね」


 現在、王立図書館の旧書庫の中でティータイム中。

 あれから説教時間除いて二時間ほどとーま君と狩りに勤しみ、熊さんの分も含めてレベルが十三まで上がったよ、プラス六だね。

 スキルのレベルも色々と上がって、スキルポイントも手に入った。

 これを使って新しいスキルを覚えたりも出来るんだけど、今は必要もないので温存しておく。スキルの進化とかにもポイントは必要らしいからね。


 ちなみにここに居るのは私とノアさんだけだ。

 とーま君は別のエリアでフィールドボスに遭遇したフレンドさんからの救援要請を受けて、私に謝りながらも向かっていった。

 別にとーま君を独り占めしたい訳でもないし二つ返事で送り出したのだが、なぜかとーま君はがっかりしていた気がする。

 ボスの救援は嫌だったのかな、二連戦になるもんね。


「しかし、悪いね。司書のお仕事の邪魔をしていないかな?」

「問題ありません、ミラ様。他の職員もおりますし、そもそも私のここでの仕事はそう多くありません。それに、聖女……神殿関係の方が私を訪ねて来るのも珍しくありませんからね」

「ああ……そうだ。このヴェール、ありがとう。早速役に立ったよ」

「ええ、報告は受けております。今後とも、そのように振る舞って戴ければ」

「ん、わかった。改めて、ありがとう。何かお礼がしたいな」

「お礼など。こうやって会いに来てくださるだけで充分です」


 ゲーム内では今は最初に会った日の翌日になるのかな。

 二日続けて突然やってきた私を即座に迎えてくれて、こうやってお茶まで入れてくれるノアさん。

 女神アリエティスになる前の母の友人だった人。

 見たところ二十代くらいなのだが、実年齢はいったい――などと思ったが、背筋を何か冷たいものがかけ上がったので気にしない事にする。

 ちなみにメサルとティムも旧書庫の探検に向かっていて、この場には居ない。

 ノアさんと話すときは、いつも二人っきりだ。


「ミラ様、どうせでしたら、正式に私の聖女見習いになられませんか?」

「ほえ? そんな簡単になれるのかい、聖女」

「ええ。条件としては羊族で、精霊語を修得していて、光系統魔法を使用出来さえすれば」

「わお、全部揃っているね」

「見習いであれば神殿からの強制力のようなものもございませんし、何よりも確実な身分の証明にもなりますから、お役に立てるかと思われます」

「でも、私は色々と見て回りたいから、一ヶ所に留まったりするかわからないよ?」

「そこも問題ありません。元より、聖女見習いは各地を巡礼して修行を行うのが務めですからね。それに、我々の本拠地である聖都へ訪れるにも、有意でありましょう」

「……ノアさんには、勝てる気がしないなぁ」


 テーブルの向こう側でただただ微笑む羊族の女性に自然と頭が下がる。

 彼女は私の考えも目的も何もかも知っているみたいだ。

 このヴェールといい、今回の提案といい。

 怖いくらいに私の目的を後押ししていて、魅力的。


「聖女見習いになる場合のデメリットって、何かあるの?」

「そうですね。訪れた街にある教会への挨拶を行うというのと、定期的に私の元に戻るか、手紙による報告を行う事。あとは、神殿からのクエストを優先して受けておけば心証はよくなるかと」

「プレイヤーにとっては、特にデメリットみたいなものは無いんだね。報告も転移すれば負担でもなさそうだし」

「ええ。それに、私の従者は現在一人もおりませんので、ミラ様が次期聖女になってくださるのでしたら、私としても喜ばしい事ですわ」


 うーん、どうしよう。

 メリットとしては、まず聖女っていう、おそらく絶対的な立場からの後ろ楯。

 聖女見習いであるって事で、スピリアを多数連れているのも誤魔化せるかもしれないし、精霊語を使っても当然って事に出来る。

 デメリットとしては、まずはノアさんも言った通りの多少の行動の制約。当然、神殿関連のごたごたは発生するだろうが、それはもう私の記憶からして必然だろう。


 ……神と言えば、気になる事が一つあったね。


「あのさ、ノアさん。話に水をさすようで悪いんだけど、この図書館に関係してることだから聞いておきたい事があるんだ」

「はい、ミラ様」

「古代神獣語って、何かわかる?」

「……は?」


 ノアさんの手からカップが落ちてテーブルを跳ねた。

 どうやら頑丈な作りのカップのようで割れたりはしなかったが、多少残っていた中身が溢れて辺りに飛沫が飛ぶ。

 今日のお茶はレモンティー。


「し、失礼しました……ええと、もう一度言っていただけますか?」

「うん、だから、古代神獣語ってわかる? 前にとーま君と勉強しに来たときに、獣人語最上級の上下巻を読んだときに覚えたんだけど」

「本を読んだだけで修得できる言語ではない筈なのですが……今は置いておきましょう。古代神獣語とは、その名の通り神獣の用いる言葉でございます。神獣とは言葉の示す通り、神の領域に住まう強大な力を持つ獣とされております」

「神獣契約って言うのは……」

「その名の通り、神獣と意思を通わせ、その力を借り受ける為の契約を行う事を可能とするスキルでございますね。女神アリエティスに最も近しい貴女だからこそ、取得出来たのでしょう。……一応、その本はこちらの書庫に移しておいた方が良さそうですね。後程手配しておきます」

「今のところ、使い道はなさそうかな?」

「神獣が物質界に姿を見せるのは数百年に一度とされておりますからね。しかし、ミラ様でしたら出会うことも出来るやもしれません……ああ、困りました、どうしましょう?」


 ノアさんが突然に席を立ち、溢れた紅茶の掃除もほどほどにテーブルを回って私の元へと歩み寄る。

 なんか、このシチュエーション見たことあるなーとか思いながら見上げると、やはりというか、ノアさんの胸が迫ってきて、両腕の中にとらわれてしまった。


「……もぶっ」

「ミラ様、どうか、このノワイエ。貴女様に一生のお願いをしてもよろしいでしょうか?」

「ぶはっ……お願い? まあ、何かお礼はしたかったから、私に出来ることなら構わないけど」


 窒息死は洒落にならないので埋まっていた顔を上げてノアさんを見上げる。


「貴女様の目的が果たされるまでの間だけでも構いません。不躾である事も理解した上で、お願いします。ミラ様、いいえ、カーミラちゃん」

「の、ノアさん?」

「どうか、私の義娘(むすめ)になってください、私を貴女の義母(ははおや)にさせてください。どうか、あの方が願った貴女の今を、私に護らせてほしいのです。このノワイエ・ムフロン、アリエティス様との約束だけではなく、私個人の誓いとして、貴女を護りたい」


 私の頬を水滴が濡らす。

 強く抱かれたまま見上げたノアさんは、泣きながら私を見下ろしていて。

 抑えていたものが溢れだしたかのようにその思いの丈を綴って、止めどなく涙が零れ落ちる。


 この世界の母様が女神になって五百年。

 その間この人は、どんな事を思って生きてきたのだろうか。


 女神に選ばれた聖女として?

 女神アリエティスに支え、世に神託を伝える存在として?

 それとも、ただの友人として?


 そんな彼女の前に突然降りてきた、友人からの神託。

 その日のうちに、彼女の目の前に現れた私。

 これはゲームだけど、ただの遊びだとは到底思えないから。

 そして、彼女の生きてきた時間は間違いなく本物なのだろうと、私には思えるんだ。


「全く。聖女が聖女見習いに泣きついていたら威厳もへったくれもないよ?」

「申し訳ありません……貴女が、あの人の娘だと思うと、理解すると、そう思う度に、抑えられなくて!」

「全く、目覚めたばかりだっていうのにイベントばっかりで頭がパンクしてしまいそうだ。母様が女神になってたって知った次の日にもう一人お母様が出来るんだからね、事実は小説よりも奇なりを通り越しているよ、もう」

「……ミラ様?」


 こうなったらなるようになれだ。

 何もかも受け入れてしまおう。

 元より特殊っぽい記憶で、特殊っぽい立場で産まれた身なのだから、それもひっくるめて私として楽しもう。

 今さら特殊な立場の一つや二つ増えたところで、どうせまだまだ増えるに違いない。

 すこしばかり、詰め込みすぎな気がしなくもないけどね。


「今度から、様は無しね。この場合、名前はどうすればいいんだろう。カーミラ・アリエティス・ムフロンって事でいいのかな? 一般で名乗る場合はミラ・ムフロンでいいか……この世界、姓持ってるのって何か意味があったりするのかな」

「へ? あの、よろしいの、ですか……?」

「まあ、あったとしても貴族くらいか……こういう世界観で苗字があるって事は、爵位くらいはもってそうだしね。そこんとこどうなの、ノアさん」

「あ、はい。一応、聖女は全ての国家に於いて公爵と同程度の身分を約束されております。次期聖女、聖女見習いに関しては仕える聖女の家の者として扱われますね」

「じゃあ問題……は無くはないけど、今はいいか。あの兵隊さん達といい、どうせ国とは一悶着ありそうだし。それで、ノアさん……まだノアさんでいいよね。あ、それとも聖女様とかって呼んだ方がいいのかな」

「あ、あの、ミラ様? すこし落ち着いてくださいませ?」


 落ち着くのはノアさんの方だと思うけれど、黙っておこう。

 すっかり涙が引っ込んでしまったノアさんが一旦包容を解いて、私の両肩に手を乗せて視線を重ねる。

 困惑していますと顔に書かれているくらいにわかりやすい表情で、思わずくすりと笑ってしまう。


「それで、聖女見習いになるのはいいけど、どうすればいいの? どっかで儀式とかするのかな。あと、この世界の養子縁組……があるのかは知らないけど、それについても教えて欲しいな」

「あの、本当に、よろしいのですか? 出会って間もない、そんな相手なのですよ?」

「それを言ったら、ノアさんこそ出会って間もない私にヴェールを渡したり色々と教えてくれて、ここの鍵までくれているじゃないか。少なくとも、私はノアさんを信じてるし、疑うつもりもない」


 ノアさんがまた俯いてしまう。

 彼女がどんな思いで私に願ったのかはまだわからないけれど、彼女の想いは届いている。

 私の母様が女神様だって言うのなら、娘の私がこれくらいの願いを叶える事くらいは多目に見て欲しいね。

 文句はいつか会った時に、直接私達に言って貰うのだ。


「ほらほら、ノアさん。それとも母様がいいかな? 顔を上げて、前を向いて」

「はい……ミラ、ちゃん」

「まずは何をすればいいのかな。私はこの世界の事に関しては殆ど何も知らないからね。ちゃんと教えて欲しいな。あと、敬語もいらないよ?」

「ええ、ええ。王都には神殿があります……ある、から、そこでどちらも行えるわ。そんなに難しいことは必要ないし、儀式みたいなのも必要ないの。養子縁組は、貴族にはよくある事だからそれこそあっと言う間よ。その他の事は、道すがらお話ししましょう」

「うん、わかったよノアさん。めさるー、てぃむー! 戻っておいでー!」


 どちらともなく、もう一度強く抱擁を交わしてから立ち上がる。

 そして、どちらからでもなく手を繋ぐ。

 まだ微かに震えているノアさんの手のひらを強く握る。


「メサル、ティム、今から神殿とやらに行くよ」

『かしこまりました、ミラ様。ノワイエとのお話は、もうよろしいのですか?』

「まだ、これからだよ。今から一緒に神殿に行って、彼女の家族になろうと思う」

『左様でございますか。それでは、聖女に?』

『やったねミラちゃん家族がヴェッ』


 メサルは母様のスピリアだったから、ノアさんと面識はあるんだろうね。

 そして、彼女の事も理解した上で、私の言葉にもすぐに納得してくれるのだろう。

 ティムの言葉を遮るように体当たりしに行ったのはよくわからないけれど。


「それじゃ、行こうか」

「……その前に、顔を洗ってきても?」

「あー、うん。仕度はいるよね、そうしよう」


 ノアさん、たくさん泣いたせいで目が真っ赤だものね。








感想評価ブクマ誤字報告等ありがとうございます。


すぐイベントさんがやってきて主人公のゲームが進みません(遠い眼

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