狩りとヴォルフとでっかい熊さん
「それじゃあ、危ないようなら助けに入りますから。まずは会長一人で戦ってみせて貰えますか?」
「お、やっと私の出番かい? ヴォルフ達もありがとうね」
街から随分と離れた平原のど真ん中、とーま君が言うにはエリアとエリアの境界付近。
ここなら初心者はまず来ないし、人目につくこともないとかなんとか。
道中の敵は全てとーま君の狼達が蹴散らしてしまっていたので、私ととーま君はただただ雑談しながら歩いていただけである。
敵を倒す度に褒めて褒めてとやってくるヴォルフ達に癒されるのはいいのだが、とーま君が遠い目をしていたのは私のせいではない。
「お、ちょうどウルフがいるね。あれにしようかな」
「ヴォルフ、合図出すまでは待機だよ?」
さて、気持ちを切り替えて戦闘だ。
両の鞘から短剣を抜いて、どちらも逆手に握る。
見つけたモンスターはウルフ、全身が黒い、ヴォルフ達とは正反対の色合いの狼だ。
大きさはカムイ達三匹の狼達と同じくらい。
行動パターンや速度については道中でさんざん見たので、特に問題は無いと思う。
『ティム、制御よろしく。メサルは警戒を』
『かしこまりました』
『任せてー!』
脳内でヒールを選択してキャストし、足元に魔法陣を描く。
数秒待って、発動待機状態に入ったヒールを放つ……必要はないので、とあるスキルを発動する。
「魔法装填、ヒール。じゃあとーま君、見ててねー」
魔法装填。
詠唱完了した魔法を武器に込めて保持するスキル。
色々と試した結果、なかなか有用なスキルである事が判明した。
足元に魔法陣を描き、詠唱を開始する。
通常、魔法の発動待機中には他の魔法を準備する事は出来ない。
ヒールを待機させながら、攻撃魔法を放つといった行為は不可能で、ライトバレットを使いたいなら一度ヒールをキャンセルしてから詠唱するしかない。
しかし、この魔法装填で武器に装填した魔法は既に発動した物として処理されるらしく、武器に魔法を保持したまま次の魔法を使う事ができるのだ。
しかも魔法装填で込めた魔法はタイムラグ無しで発動が可能なため、前述の通り回復魔法を用意しておいたり、ライトバレットを二連射するといった芸当が可能になる代物だった。
「ライトバレットっ」
詠唱完了し、放った光弾はウルフの鼻先をかすめて地面に着弾、外れはしたがウルフの注意を引く。
距離は十五メートル程かな?
バレット系の魔法はきちんと狙わないと当たらない直線軌道の魔法で、誘導性能はない。
風や距離による弾道の低下等は無いのが救いかな?
「よーいどんっ!」
強く地面を蹴り、前方へと跳ぶ。
姿勢は低く、地面すれすれに身体を倒すようにして駆ける。
私たちに気づいた狼はまず警戒、威嚇に入る。その後に行動を開始するのだが……相手の行動よりも速く、私が狼の元までたどり着く。
同時に短剣を水平に振るい、すれ違いざまに一撃を入れる。
手応えと共に制動をかけ、足一本を軸に身体を半回転させて振り返る。
脇腹に赤いダメージのエフェクトを浮かべ、怯んで足を止めている狼の姿を確認。
再び地面を蹴りつけ、加速する。
目と鼻の先の狼の背中、敵が振り返るよりも速く、軽く跳躍しながら逆手に握った両方の短剣を振り上げて。
「クルィーク」
落下の勢いも使い、二本の短剣を思い切りウルフの首へと突き立てる。
半ばまで突き刺さった両の短剣を即座に順手に握り直す。
短剣を捻り、左右へ切り開くと同時に狼の身体を思いっきり蹴りつけ、後ろに跳ぶ。
距離を取り着地し再び短剣を逆手に握り反撃に備えたものの、狼の姿は既に光の粒子になって消えていた。
『不意討ち判定が二回、クリティカルが一回でございますね、お見事です』
『今のやつカッコいいね! ヴォルフ達みたいだね!』
「とーまくーん、勝ったよー」
経験値とドロップアイテムを確認して、周囲を警戒しながらとーま君のところへ戻る。
長いヴェールは動くときに邪魔になるかと思ったけれど、動きを阻害する事もなく問題はない。
両の短剣を鞘に戻し、ふうと一息。
「えーと、広場でも思ったんですけど。羊族って、知力寄りの魔法向けの種族だった気がするんですけどね?」
「うん? 種族は見た目で決めたからね、私。お昼寝のイメージあったし、可愛かったし!」
「そんな事だろうと思いましたけどね……ステ振り、まさか敏捷極振りなんて事にはしてませんよね?」
「極振りってのがなんなのかは知らないけど、Agiに全部入れてるよ! 当たらなければどうということはないって奴だね!」
「ふぁっきん昔のぼく!」
とーま君が頭を抱えてうずくまってしまったので、ヴォルフ達狼四匹と遊ぶことにする。
ヴォルフの背中に乗せて貰ったり、ヴォルフ達と追いかけっこしたり、ヴォルフ達と連携してリトルボアを狩ったりしてみた。
ヴォルフの全速には私の速度でも追い付けなくて、他の三匹とは同程度の速度のようだった。
……狼四匹と一緒に狩りをする羊って、よくよく考えるとシュールだね。
あ、とーま君も入れたら狼五匹か。
次の獲物をヴォルフが見つけたらしい。
「まあ、このゲーム極振りでも問題が出ないようにランダムポイントもありますし、大丈夫でしょう……ところで会長、Agi全振りを止めるつもりは?」
「ないね!」
かれこれ十分程して、ようやくとーま君が復活したようだ。
とーま君はたまーにああやって頭を抱えて考え込む癖があるみたいで、ああなると声をかけても暫く反応してくれないのだ。
他の役員に理由を聞いても黙って首を振られるだけで、未だによくわかっていない。
やはり直接本人に尋ねた方が良いのだろうか。
「えーと、ところで、会長?」
「うん? なんだいとーま君」
「それ、何と戦ってるのか、聞いてもいいですか?」
「でっかい熊!」
「ソウデスネークマデスネー」
とーま君がお悩みモードに入ってる間、ヴォルフ達と駆け回っていたときに見つけた見慣れないモンスターと現在交戦中である。
どうせならとーま君に見せてあげようと思ってここまで連れてきたのだ。勿論、他のモンスターは牽引したりしていないし、ヴォルフ達に倒して貰った。
振り下ろされる丸太みたいな腕を熊さんの懐に潜って回避し、一撃を入れる。
こちらに気を取られた熊さんの背中にヴォルフ達が体当たり、ヴォルフ達に熊さんの気が向けば私が一撃を入れる。
あとはそれを繰り返すだけのお仕事となっているので、とーま君との会話もばっちり出来る。
『の、のののののののののノクト様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
『あははははははは! ミラちゃんミラちゃん、この熊さん、フィールドボスだって!』
『おぬしら、ほんに飽きさせんな!』
この熊さんはふぃーるどぼすとやららしい。
なんだろうねふぃーるどぼすって。
ボス……親玉みたいなものかな?
「なんでボスと戦ってるんですか会長!」
「なんか、ヴォルフ達と遊んでたら見つけた! とーま君にも見せてあげようかなって!」
「その熊はフィールドボスって言いましてね! 初心者が片手間に相手するようなモンスターじゃないんですけど!?」
「そうなのかい? でもほら、動きも単調だし、ヴォルフ達もいるから隙だらけだし。とーま君も参加しようよ、熊さん」
「ヴォルフも三匹も、君達の主人は僕だからね!? ああもう、さっさと片付けてお説教ですよ会長!」
「お説教は断固拒否するよとーま君!」
とーま君のお説教は長いからね。
途中で寝ると怒るし、私の体力と歩幅じゃ逃げてもすぐに捕まるんだよね。
あ、でもこっちでなら捕まらずに逃げ切れるんじゃないだろうか。
「会長、そいつの弱点は喉元と脇腹ですんで、会長は脇腹を狙いつつそのままタゲ受けお願いします。ヴォルフ達は会長のサポート、いいね!」
「りょーかいだよとーま君! ところでタゲ受けってなんだい!」
「そのまま熊の注意を引いておいてください!」
「おっけー!」
熊の背後に回って一撃入れる。
熊が振り向くので合わせるように身体を捻り、脇を潜るように側面へ移動してまた一撃、ついでにライトバレットを詠唱する。
ヴォルフ達が二匹づつ交互に攻撃を仕掛けるので、その隙間を突くように脇腹へライトバレットを撃ち込んでおく。
「やべえ、ぼく必要ない気がするよこれ。ていうかなんでA極でボスの防御抜けてるんですか!」
「あ、そうそう、それなんだけどさとーま君! 最初は弾かれてたんだけど、こう、斬る瞬間に加速すると斬れるようになったよ! やっぱ加速度で補正とかかかるんじゃないかな! 北の豚も一撃だったし!」
「加速度補正とか北の豚が一撃とか初耳なんですけど!?」
そうそう、斬る瞬間に踏み込んで、身体を捻るようにして短剣を振るうと威力が上がるんだよね。
短剣のアーツはパリィしかないから威力のある攻撃が出来ないなーとか思ってたんだけど、北の平原を駆け抜けつつ豚さんを蹴り殺してたのを思い出したからやってみたら上手く行ったんだよね。
あと、魔法は普通にダメージが入るみたいだから隙あらば撃ち込んでいるよ。
「うわ、もう半分行ってる……会長、このペースでやると三分の一くらいで発狂しますんで! 合図したら一旦引いてください!」
「発狂が何か知らないけどわかったよー」
振り下ろされる熊の腕にとーま君の矢が刺さり、一瞬動きが止まるのを見てから脇腹へ一撃入れて背中へ回る。
完全にルーチンワークになっている熊さんとの戦闘だけれど、そろそろ熊さんが発狂するらしい。
聞いた感じだと熊さんが強くなるとかそんな感じなのかな?
そして特に語る事もなく数分。
「……会長、下がって!」
「はーい。ヴォルフ達もおいでー」
絶え間なく飛来する矢の援護を受けつつ後退し、とーま君の元へみんなで戻る。
短剣にライトバレットを装填して、さらに詠唱して発動待機させておくのも忘れない。
遅れていたガロが下がると同時に熊さんの喉元に矢が直撃し、頭の上のゲージが三分の一を切った。
ゲージの色が赤く染まり、熊さんが雄叫びをあげる。
ビリビリと空気を震わせて、熊さんの眼が赤い光を放つ。
「あの熊……ハンマーベアの発狂効果は攻撃力が五割増しして、防御力が二割減少かつ、防御貫通攻撃が付与されます。タンクでも洒落にならないダメージを……」
「ねえねえとーま君」
「はい、どうしましたか、会長?」
「当たらなければどうということはないって奴だよね、それ」
「アッハイ」
十分くらいで熊さんは光の粒子になったよ。
感想評価ブクマ誤字報告等ありがとうございます。




