サンドイッチと地理とパラダイス
さて、二人の職員達に見送られた後、一人で街を歩く。
当初の目的である組合への登録も終わったし、これからどうしようかな。
「ティム、とーま君から連絡は来ているかい?」
『えっとねー、来てるよー。東側の攻略を進めていたけど、すぐに戻ります。だってー』
「東側かー。私達が居たのは北側だったっけ、方角で何か違うのかな?」
とりあえず、とーま君には問題なく解決したから中央広場へ向かっているとだけ伝えておく。
待ち合わせするにしても、私が直接東門に向かうよりは真ん中で落ち合う方がいいだろうし。
途中にあるNPCの店舗やら何やらの位置を視界隅の仮想地図に追加しつつ、観光しながら広場へ。
すれ違い様に何人か挨拶してくれる獣人がいたが、見たところ全てNPCの住人のようだった。
「とーま君が来るまで、お店でも見てみようか」
『そうですね。街の外に出るのでしたら、食料品や治療薬を揃えておくのが良いでしょう』
『お腹空いたら動けなくなっちゃうもんね!』
現在の空腹度はインしてすぐに携帯食料を食べたので八割を維持している。
空腹度と言うのはそのままの意味で、一定値を下回ると行動に支障が出たり、下手すればそのまま死亡したりもする。
食べ物でも飲み物でも、飲食を行う事で回復できるので、最悪川の水を飲んでおけばいいらしい。
川の水で食中毒とか怖いなとか思うのは、私だけじゃないと思うのだが。
「とりあえず食べ物を買っておいた方がいいかな?」
『そうですね。ついでに、周辺地理の情報も得られれば良いのですが』
「そうなると……住民の店舗の方がいいかな?」
広場をさ迷い、色々な露店や屋台を物色する。
中には素材買い取り専門の露店等もあり、冒険者組合より高く買うと言って客引きをしている獣人もいた。
適当に食料品を売っていそうな屋台に当たりをつけて、商品を見せてもらう。
売っていたのはシンプルなサンドイッチで、お値段一つにつき五十リア。
ティムに確認すればインベントリに入れておけば腐ったりはしないらしいので、十個程購入する。
「まいど! 一つおまけしておくよ、また来てくれると嬉しいね」
「あ、もしよろしければ街の周辺について尋ねたいのですが、よろしいですか? 最近此方に来たばかりでして」
「うん? いいよ、沢山買ってくれたからね。まず国の中心のここ、王都レオニスだ。暫くは平原が続いているけれど、すこし行けば東西南北で様相が変わってくるね。王都から東に行けば、広大な海と交易の拠点である港町がある。王都から南には大平原って言われてる平らな土地が広がっていて、各領主が治める土地が続いてる。国境もこっち側だね。で、街の北には小さな森と、そこから続く山岳地帯。鉱山の街もあって、鍛治関係はそこに行けばだいたいなんとかなる。で、最後に大森林と遺跡が広がる西側だ。大森林を抜けた先には聖都っていう中立国があってね、各地に聖女を派遣したりして、十二人の神様を崇めている神殿の本拠地がある」
「東は海なのですか。いいですね、海」
聞いたことを頭の片隅にメモしておく。
ティムが記録していてくれるとは思うが、自分で覚えておいて損はないからね。
追加で果実のジュースも五つ程買っておく。
また一つおまけしてもらってしまったが、いいのだろうか。ちなみに果実のジュースは一つ二十リア。
「ああ、でも北と西には行かない方がいいよ。南や東のモンスターは弱いけれど、北と西のモンスターは強めだからね」
「わかりました、ありがとうございます。また寄らせていただきますね」
「これくらいお安いご用さ。また来てくれるのを待ってるよ」
買った物を全てインベントリに仕舞い込み、屋台を離れる。
なんとなく足が向かうのは広場中央の女神像。
正面で立ち止まって、女神像の顔を見上げる。
両手を広げて微笑んでいる黄金の像。
金羊の女神、アリエティス。
「聖都って所に、行ってみようか」
『しかし、ミラ様。店主が行っていたように、難易度が高いのではないでしょうか?』
「うん、だから、とりあえずの目標として、聖都を目指そう。その為に必要なレベルアップとかも含めてね」
『装備とかも、強くしないといけないもんね。あとは、仲間!』
「仲間か。仲間については、とーま君の他に二人ほどあてがあるから平気だね」
先程の店主の説明にあった、神殿の本拠地、聖都。
詳しい難易度とかはとーま君に聞いてみるとして、私の知りたい事が見つかる確率が最も高いのはおそらく、そこだろう。
女神像に歩みより、片手で触れると冷たい感触が手のひらへ伝った。
「かい……ミラさん!」
『やはりここにおったな。全く、厄介事に巻き込まれる星にでも産まれておるのか?』
込み上げる何かを抑えて、女神像から手を離す。
振り返った先にはとーま君とノクトの姿があった。
さらに、とーま君の隣には彼の腰ほどまで体高のある、灰色の動物の姿。
おそらく、狼なのだろうか。
とーま君が駆け寄るよりも早く私の元にたどり着いたその狼さん。
近くで見ると結構な大きさで、少し腰が引けてしまうね。
「えーと、はじめまして?」
狼さんに挨拶してみるが、返事はない。
狼さんはうろうろと私の周囲を歩き回り、時たま匂いを嗅ぎながら右に左にと移動している。
とーま君に視線を向けてヘルプを飛ばそうと試みたところで、急に身体が持ち上げられて、視線が上がる。
「ひょわっ!?」
『ミラ様!?』
『ミラちゃん!?』
「ちょ、何やってるんだヴォルフ!」
ぽすんとお尻から着地したのはもふもふの毛皮の上だった。
気づけば私は狼さんの背中の上に腰かけており、当の狼さんは満足そうにぶんぶんと尻尾を振っている。
慌てて駆け寄ってくるとーま君と、私の周囲を飛び回るメサルとティム入りダイアリー。
ついでに言うと他のプレイヤーの注目も集めてしまっているようで、ヴェールを下げて顔を隠す。
「すみません、ミラさん。それと、何か絡まれたと聞きましたが……怪我はありませんか?」
「ん、大丈夫だよ、とーま君。見ての通り無傷だし、心配はいらない。それより、この狼はなんなのかな」
「そうですね。とりあえず移動しながら話しましょうか」
とーま君と並んで狼さんが歩く。
私は横座りで狼さんの背中に乗っているので歩く必要がないのだが、これ下ろしてくれないだろうか。
とーま君が下ろすように言っても狼さんは聞く耳持たずのようで、大人しく運ばれている次第だ。
「その狼は、ぼくの使役モンスターの内の一匹ですね。鼻を使ってミラさんを捜させていたんです」
「ふむ? でも、私の匂いなんてよくわかったね」
「貰った眼鏡がありましたからね」
「そういえば、そうだね」
狼さんの首を撫でる。
こうやって常に彼の顔を見ながら移動出来るのならこれも悪くないなと思い始める現金な私がいるが、気にしない。
メサルとティムも害が無いとわかればいつものポジションに落ち着き、合流してきたノクトとお喋りを始めたようだ。
「あ、そういえばとーま君。お友達と一緒だったんじゃないのかい?」
「ああ、そうですね。一緒に行動はしていましたけど、同じパーティーには入っていなかったんですよ。ぼくのプレイスタイルだと、スキルでパーティー枠を拡張してても一人組めるかどうかなので。だからまあ、ぼくが抜けたところで向こうに迷惑はかかりませんし、問題ありませんよ」
このゲームの基本のパーティー枠は六人。
とーま君の言うパーティー枠拡張とやらで何人増やせるのかは知らないが、最低でもとーま君は一人で六人分以上の枠を使うと言う事か。
この狼さんみたいなもふもふが増えるのなら、それはそれで是非とも見てみたいな。
「あ、そういえばミラさん、今のレベルはいくつですか?」
「うん? 今は七だね。街に来るまでに上がったっきりだよ」
「ぼくが今十二ですから……うん、東がちょうどいいのでそっちに行きましょうか。約束通り、一緒に狩りをしましょう」
「うんうん、賛成だよとーま君。私のかっこいいとこを見せてあげよう」
「あまり危ないことはしないで欲しいですけどね」
とーま君から送られてきたパーティー申請を認証して再びパーティーを組んだり、素材は組合よりプレイヤーに売った方が高く買ってくれるけど、組合に売ればそれはそれで組合からの評価が上がると教えて貰ったり。
色々な情報を聞いて、話しているうちに東の門へとたどり着いた。
途中、組合で絡んできた三人組の事についても聞かれたが、その時のとーま君の顔が筆舌に尽くしがたい物で、謎の圧迫感に襲われながら事細かに話す事になってしまったよ。
その際にカグラさんと会って組合に正式登録できた事も報告したのだが、ベータプレイヤーでも登録等は最初からやり直しみたいで、とーま君もまだ仮登録のようだ。
「さて、一応説明しておきますね。南が完全に初心者用のフィールドで、東が少し慣れたプレイヤー用のフィールド、そこから北、西と難易度があがります」
「北の豚さんはそんなに強くなかったけど」
「街の周辺はまだ弱いモンスターしかいませんからね。街の周辺の平原地帯を越えると難易度の差がでてきます。例外があるとしたら、北のフィールドにある小さな森ですね。あそこだけは東並みに弱いモンスターしか出ません」
北の森というのは私の開始地点の事なのだろうね。
確かにあの森のモンスターの殆どはゴブリンで、大して苦戦もしなかった。
「さて、この東の平原に出るモンスターはウルフとリトルボアです。ウルフは動きが速く機敏で、リトルボアは真っ直ぐに突っ込んでくるだけですが攻撃力が高いです。どちらも単体でしか現れないので、まず負けることはないと思います」
門を抜けて街の外へ。
見渡す限りの大平原で、丘があったり木々が生えていたりはするが見張らしは良く、至るところにプレイヤーの姿が見える。
ありがとうと声をかけて狼さんの背中から降りると、悲しそうな声を出しながら私のお腹に頭を擦り付けてきた。
なぜこんなに気に入られているのだろう。
狼と羊……餌?
「ヴォルフ、ミラさんが気に入ったのはわかったから、切り替えるんだ。カムイ、ラン、ガロ、出番だよ」
「お、おおおおおおおっ!」
とーま君の足元の影から飛び出して来たのはさらに三匹の狼さん。
最初の狼、ヴォルフよりも少し小さな白い狼達だった。
現れるなり尻尾を振りながらとーま君にじゃれつき飛びかかる狼達に思わず歓声をあげてしまう。
もふもふパラダイスがそこにある。
そして、歓声を上げた私に向かって三匹の狼が殺到した。
『み、ミラ様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
『ミラちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!』
『くふっ、くははははははは! 我が主よりもこやつらの主に相応しいのではないかの、おぬし!』
「ちょ、カムイ、ラン、ガロ! 大丈夫ですか会長!」
三匹の狼に押し倒されて全身をもふもふに包まれた。
三匹全てがぶんぶん尻尾を振って、とーま君の指示も蚊帳のそとと言わんばかりに全身くまなく舐め回されて。
もふもふパラダイスはいいが、流石に勢いが強すぎる。
ついにはヴォルフまで加わって、ようやく解放されたのはそれから十分後の事でした。
昔、旅行に行った時に野生の鹿に群がられた記憶が思い出されてしまったよ。
毎度感想評価ブクマ誤字報告等ありがとうございます。