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狐と異変と登録と





 外野の視線を背中に浴びつつ、カウンターを越えた奥へと通される。

 あのままあそこに居ればそれはそれで面倒ごとに巻き込まれそうだったし、大人しくついていく方がいいだろう。

 職員用のスペースへと足を踏み入れ、目の前の背中の後に続く。

 少しばかり廊下を歩いた後に階段を上がって二階へ。

 途中、空間制御で背後に二人ほど反応を感じたが、敵意はなさそうなので放ってく。


「さ、入ってくれ」

「はい。失礼しますね」


 案内されたのは二階の廊下の一番奥の突き当たりの部屋。

 ドアプレートには組合長室と書かれていたので、まあカグラさんの為の部屋なのであろう。

 中に入れば部屋の奥中央に執務用であろう机が。

 そして部屋の中央に応接用のソファとテーブル。

 壁には本棚が並び、私にとっても馴染み深い感じな部屋の作りをしていた。


「そこに座ってくれ、すぐに茶を用意させよう」

「お気遣いなく」


 カグラさんが腰に差した刀を鞘ごと抜いて奥の机に置き、ソファの方へ腰かける。

 対面のソファを勧められたのでそのまま座れば、膝の上にティム入りダイアリーが降りてきた。

 メサルはメサルで、肩から飛び立ち私とカグラさんの間へと陣取った。


「まずは改めて礼を言う。ありがとう」

「自分が巻き込まれてしまっては、見て見ぬふりも出来ませんからね。おきになさらずに」

『ミラ様、油断なさらぬよう!』

『くーかんせいぎょはおーるぐりーんだよ!』


 頭を下げるカグラさんに、気にするなと言って頭を上げて貰う一連の流れを済ませて義理を果たす。

 感謝しているのは事実なのだろうが、それならわざわざ個室に連れてくる必要は無いだろうし。

 部屋の外に居る二人といい、まだまだ安心はできない状況なのだ。


「不躾ですまないのだが、一つ二つ質問をしても良いだろうか、ミラさん」

「構いませんよ。何でも答える、と言うわけには行きませんけれど」

「ああ、それは理解している。勿論、答えたくないものには答えなくていい。では一つ目、君は本当に聖女の従者なのかな?」

「正確には違いますが。ノワイエ……ノア様の庇護を受けているのは、事実でしょうか」


 インベントリからノアさんに貰った鍵を取り出し、テーブルの上に置く。

 拝見しても? と目で訴えるカグラさんに頷いて返す。

 ちなみにあの鍵、事前に鑑定しておいた。


 [鍵]旧書庫の鍵/イベントアイテム

 レアリティ:EX

 紛失無効/盗難無効/売却不可


 図書館の奥にある小さな書庫の鍵。

 普段は解放されておらず、聖女の休憩所として使用されているようだ。



「……なるほど、確かに。彼女がこれを渡したのであれば、関係者なのは事実のようだね」


 おそらく、鑑定スキルを持っているのだろうね。

 鍵をじっと見つめて少しして、納得したかのように頷き、鍵をこちらに返された。

 さっさとインベントリに仕舞い、カグラさんの次の言葉を待つ。


「そうなると、君が何者なのかと言う話になるのだがね。これは、聞いてもいいのかな」

「申し訳ありませんが、貴女が信用に足るかどうか判断が付きかねますので、ご遠慮戴ければと」

「そうか。まあ、実際に聖女のヴェールを纏い、精霊語を話し、その鍵を持っていて、さらには聖女を愛称で呼ぶ許可も得ているか……うん、借りもあるし、質問はこれで切り上げさせてもらうよ」

「そうですか。では、これで失礼しても?」

「いやいや、もう少し待ってくれ。ちょうど茶も来たからね」


 言葉の直後に、タイミングを見計らったように扉が開き、一人入ってくる。

 タイミングを見計らったように、ではなく、実際にタイミングを見計らっていたのはわかっているのだが、そういう事にしておこう。

 しかしこの空間制御と言う名の認識能力強化スキルは便利だね。

 自分を中心に半径十メートル程の範囲の空間内の情報が手に取るように理解できるのだ。

 感覚強化も手伝ってか、かなり正確に捉えられているから、目でも閉じればさらに精度を上げられるんじゃないかな、これ。


「ありがとう、下がっていい」

「ありがとうございます、いただきますね」


 テーブルにティーセットとクッキーを乗せた皿が置かれ、給仕に現れた職員さんはそのまま部屋を出ていった。

 たぶん私の監視と、カグラさんの護衛かなにかじゃないかなーとか思いつつ差し出されたお茶を一口いただく。

 オレンジの香りが鼻を抜ける。美味しい。


「ミラさんは、この冒険者組合にはどのような用事で?」

「冒険者組合への登録をしようかと思いまして」

「ふむ。確かに、ここに来る理由は登録か、仕事か、依頼のどれかだからね。実力も、充分に確認させて貰った」

「ええ、ですから帰る時にでも登録していきますね」

「いや、その必要は無い」


 カグラさんが立ち上がり、部屋の隅の棚へと向かう。

 お茶とクッキーを楽しみながら待つこと数十秒。

 何やら数枚の書類と小さなカードを手にしてカグラさんが戻ってきて、それらをテーブルに並べながらソファに腰を下ろす。

 カグラさんから並べられた書類とカードに視線を向ける。メサルが真っ先に書類に飛んで行き、確認を始めた。


「組合への登録申請の書類だよ。これに記入して、そこのカードに魔力を通せば仮登録され、私が認証した時点で正式に登録が完了する。本来なら仮登録から完了まで数日かかるのだよ、私は一人しかいないからね」

「一日に一人や二人しか登録しない訳でもないでしょうし、カグラ様にも他にお仕事もあるでしょうからね」

『ミラ様、怪しい箇所は見受けられませんし、妙な魔力も感じられません』


 心なしか、メサルが張り切っているように思えるね。

 ティムがダイアリーで頑張っているから、姉としても負けていられないのだろうか。

 姉……姉ね、彼女達が此方に来るのが楽しみだなぁ。


「それじゃあ、記入して貰えるかい? カードに魔力を通してくれれば即登録完了さ、何故なら私がここに居るからね」

「このような特別扱いをして、問題はないのですか?」

「全く問題は無い。何故なら私はこの冒険者組合の総長だからな。そもそも、ここの職員で君の登録に否と言う馬鹿は一人もいないさ」


 一枚の紙とペンを差し出され、そのまま受け取る。

 記入欄には名前と種族に年齢、得意な武器とか魔法といった自由項目がいくつか。

 最低限名前だけでも登録は可能らしいので、名前だけ書いて終える。

 書類の下部には冒険者組合での注意事項や補足内容が記されていたので、頭に叩き込んでおくことにしよう。


「これでよろしいですか?」

「うん……名前だけか、構わないよ。種族だけでも教えて貰う訳には……そうか」


 カグラさんの言葉には首を横に振って答える。

 おおよその予想は立てているだろうが、此方から明言する必要も理由も無いし。

 続けてこれに魔力をと渡されたカードを手にして首を傾げる。

 魔力を通すってどうやるんだろ?


『魔法を使う時と要領は同じでございますよ。そのカードに意識を向けて、そうですね、自分の意識を水であると仮定して、それが流れるようにイメージしてみてください』


 ふむ、自分の意識を水にして流すように……こうかな?

 心臓から腕を伝い、指先から流れるように意識を向ける。

 ほんの少し何かが抜けていく感覚と同時に、無地だったカードに紋様が浮かぶ。

 どうやら、今のでよかったらしい。


「では、承認……と。これで、君は我が冒険者組合の一員だ、歓迎するよ。我々冒険者組合は国とは違う、別系統の組織だ。ほぼ全ての街に支部を持つし、相互に情報を共有し、助け合い、組合員を支援する。当然、行動が目に余るようなら除名して、各支部や各国にその情報が回り、弾き出される事になるがまあ、君には必要の無い心配だな」

「……ああいった方々は、よくおられるのですか?」

「居るには居るよ、粗っぽい仕事だからね。だが、ああいった連中……周りの目も迷惑も考えない自分中心の連中はここ最近増えてきて困っているんだ。過去にも今と同様に王都の人口が爆発的に増えた事があって、その際にも同じように犯罪率が増加した事があったんだ。おかげで、街の警備に通常の衛兵だけでなく城の連中まで駆り出されている」

「近衛兵の方々をよく見かけるのはそのせいなのですね……多少、粗っぽい方々もおられましたが」


 ここ数日。つまり、アニマスピリアオンラインの正式サービスが始まってからと言う事か。

 過去にも同じようにというのは、ベータテストの時の事なんだと思う。

 初回生産分は優先購入分も合わせて一万人だった筈だから、その数割があの三人組みたいな人間だと思うとカグラさんの胃には同情を禁じ得ない。


「依頼を受ける時や、金銭の入出、素材の買い取り、委託販売の手続きから何まで、組合の建物内ならその正式なカード一枚で行える。なくしたり紛失しても再発行は出来るし、君の手から離れた時点でそれはただの板切れになるから悪用される事もないから安心してくれ」

「正式ではないカードだと、組合の機能は使えないのですか?」

「使えるが、委託販売の手続き以外は受付を通して処理して貰うことになっている。此方としても、信用出来ない者や問題を起こす者を正式な組合員にする気はないからね」

「成る程、カグラ様が承認するまでの時間は、そのまま承認するかどうかの判別期間でもある、という事ですね」


 紋様の浮かんだカードに、さらにうっすらと色がつく。

 試しに鑑定をかけてみると、正式組合員証と出て、カードの使用方法がずらっと記されていた。

 これ鑑定が無い場合どうやって知るんだろうか……職員に聞いたりするのかな。


「カードの使用方法は教えていただけるのですか?」

「ああ、正式に承認された場合口頭で説明する事になっているが、カードを鑑定しても詳しく知ることが出来るように術式を組んであるから試してみるといい。鑑定が無い場合は、口頭で聞いて覚えて貰うしかないね」

「鑑定は持っていますので、そうさせていただきますね」


 カードをインベントリに仕舞い、席を立つ。

 膝に乗っていたティム入りダイアリーが定位置の右肩付近へ浮かび上がり、左肩にはメサルが位置取る。

 見上げるカグラさんに膝を折って一礼、笑みで返す。


「それでは、私はこれで失礼いたしますね。いつまでもお仕事の邪魔もしていられないですから」

「邪魔どころか、堂々と事務仕事をサボれるからもっと居てくれてもいいんだけどね。表まで送らせるよ、また来たときは声をかけてくれ」

「はい、その時は是非。それでは組合長カグラ様、今後ともよろしくお願い致します」

「ああ、よろしく。また会おう」


 挨拶を終えると扉が開き、組合の制服姿をした二人の獣人が姿を現す。

 ずっと部屋の外に居た二人だね。


「バカどもを近寄らせるな、しっかり護衛して、丁重に外までお送りしろ」


 カグラさんが指示を出せば、その通りに……本当に丁重に、建物の外まで送ってくれた。

 帰るときにも好奇やらなんやら様々な視線を受ける事になったし、何人かはこちらに寄ってきて話しかけようとするプレイヤーも居た。


「それでは、お気をつけて!」

「本日は有り難うございました!」

「い、いえ……では、送って下さってありがとうございますね」


 居た、のだが。

 この送ってくれた二人の獣人。

 二人共に身長二メートルを越え、片目に縦に傷のある視線だけで人を殺せそうな熊の獣人さん達が全方位に睨みを聞かせ、完全に外野をシャットアウトしてくれていたので難なく組合の中を抜けてこれたのであった。

 ちなみにこの二人、顔は怖いがとてもいい人達で、話してみると若干緊張しつつも気さくに話してくれた。

 ついでとばかりに部屋の外に張っていた事について尋ねて

みたら、その。


「総長が妙な事をしたら、叩き潰すつもりでした!」

「総長が妙な事をしたら、地面に埋め込むつもりでした!」


 ……と、どうやら私の心配をしてくれていたらしい。


「妙なことって、なんでしょうね?」

『ミラ様は』

『私達が守るよ! ……ところでミラちゃん、話し方まだそのままなの?』


 ティムが言うなら、余所行き用の口調はそろそろ戻してもいいかな?










毎度感想評価ブクマ誤字報告等ありがとうございます。


本作品のイラストをいただいてしまいました( ; ゜Д゜)


Twitterの方で紹介しておりますヾ(´ー`)ノ←みてみんの貼り方がわからない


また、ご指摘いただいた箇所をいくつか修正しております。

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