海と毛玉とスクール水着
めっちょ長くなった(約七千文字)
「海だね」
「海でございますね」
「なんでスヴィータは水着じゃないのさ」
「メイドですので」
やって来ました神殿所有のプライヴェート・ビーチ。
正しく青い海、白い雲に広がる蒼天。
見渡す限りの砂浜に水平線が煌めいて、現実と違わないどころか、現実以上の景色がそこにはあって。
「凄いねぇ、波の一つ一つまで再現できるんだねぇ」
「旦那さまも昨今の技術力には興味を持たれておりましたよ」
「そのうちこっちにも手を出すかもねぇ」
「お嬢様がそう思ったのなら、確実かと?」
思わず仕事目線で見てしまう程には、仮想とは思えない水の表現に感心しつつ。
てくてくとスヴィータを引き連れ歩き、砂浜へ。
他の面々は見渡す限り、各々で楽しんでいるようで、近くに居るのはサビクくらい。
ビーチを少し進めばパラソルとマットが置かれたエリアにたどり着き、なぜかそのすぐ側には屋台セットまであった。
屋台セットには誰もいなかったが、すたすたとスヴィータが入って行ったところを見ると、彼女はそこで給仕に勤しむ事にするらしい。
「せっかくの海なのにねぇ」
「メイド馬鹿に何言っても無駄よ。お腹が空いたり喉が渇いたら、頼ればいいんじゃない?」
「おや、アーシャ。海はいいのかい?」
「これも海の楽しみかたよ」
声のしたほうへ振り返れば、パラソルの下。
ビーチベッドに寝転がって肌を焼いているアリシエルがいた。
彼女らしい赤いビキニに、サングラス。
傍らのサイドテーブルにはドリンクが用意されていて、これもまた彼女らしいと言えば彼女らしい。
「他の子達も待っているわよ。それと、やっぱり私の見立て通り、よく似合っていてよ。はやく見せに行ってあげなさいな」
「ありがと、アーシャ。アーシャも、よく似合ってる」
「当然よ」
アリシエルに押し付けられた水着は、パレオつきの青いビキニである。
デザイン自体はアリシエルの物とお揃いで、そこにパレオがついたのが私のもの。
パレオに関しては私の好みであり、彼女もそれをよくわかっているからこそのこのチョイス。
「さて、まずは誰に会えるかなーっと」
アリシエルに別れを告げて、今度は一人で歩き始める。
白い日傘を差して、ビーチの散歩。
サクサクと音を鳴らして歩くのは案外楽しく、また移り変わる海の波が眼を楽しませる。
遠くで何かが跳ねて水飛沫をあげて、どこからか聞こえる鳥の声。
暫く一人の時間を楽しんだ所で、ようやく人影が見えてきた。
「おや、我が姫」
「ん、しょっぱい、凄い」
「キサラ、海水は舐めてはいけまセン」
「かに」
「ハイ、蟹ですネ」
最初に遭遇したのはレクスとキサラちゃんの父娘コンビのようだ。
キサラちゃんの水着は薄い紫色のワンピースタイプのものらしく、フリルをスカートに見立てている奴だね。
砂浜で屈んでかにを指でつつくキサラちゃんと、それを見守るパパレクス。
珍しく人の姿をしている彼も水着なのだが、詳細ははしょる。
友人曰く、だれとくという奴らしい。
「ティム達は一緒じゃないのかい?」
「レディ・メサルと妹君なラ、ミリア嬢と一緒に居ましたヨ。ワタシはキサラに色々と教えているところデス」
「パパ、パパ。これ、何?」
「それはなまこデス。海に返してあげなサイ」
「うねうねしてる、面白い」
キサラちゃんは初めての海らしく、無表情ながらだいぶテンションが高めなようで。
あっちこっちに行っては何かを見つけ、それを見せに来るといった繰り返しをしているらしい。
それに応えるレクスもレクスで楽しんでいるようなので、父娘水入らずを邪魔しないうちに退散するとしよう。
「それじゃ、私はミリアちゃん達を捜しに行くよ」
「ああ、我が姫、我が姫」
「うん?」
「とてもよく、似合っていますヨ。眼福でシタ」
「ん、ママ、可愛い」
「ありがと、キサラちゃん、レクス。キサラちゃんも可愛いよ、とっても」
「ん」
次は近くに見つけた岩場を探索すると言う二人と別れ、再びビーチをてくてく進む。
海のモンスターとか出たりはしないのかなと思いつつ、神殿所有のビーチというだけあってなんらかの対策がされているのかなと結論つける。
「サビク、日差しは平気かい?」
『ぴ!』
「蛇って泳げるらしいけど、サビクは泳げるのかい?」
『ぴー?』
「後で試してみようか」
『ぴ、ためす!』
首から肩へ移動したサビクと話ながらまた数分歩いたところで、波打ち際に何かをみつける。
何やら集まっているようで、その周りをぴょんぴょん跳ね回る一匹の小動物。
なんだろうと早足で近付いてみれば、なんというか。
大量のうにがいた。ぶらうにーが、うじゃうじゃと。
「フィアールカ、何事だい?」
『きゅ!』
『う?』
『う!』
『うーうっうー』
『うにー』
『うにゃー?』
『うっう』
『うーにー』
なんていうか、本当にどこにでもいるよね、このうに。
だいぶ珍しい不思議生物みたいに扱われているらしいのだが、普段の言動(?)を見るとまったくそう感じさせないよね。
私に気付いたフィアールカがてててっと駆け寄ってきて、肩によじ登って頭の上へ。
それからわらわらとうに達が器用に棘を使って移動してきて、何やら私に訴えているようで。
うん、通訳が居ないからまったくわからんのだが。
『きゅ!』
『ぴ。みーりゃ、う、たのみこっとん?』
「頼みごと?」
『ぴ!』
『うー!』
代表っぽいちょっとだけ大きなうにがぴょこぴょこ跳び跳ね、アピールしてくるので歩み寄ってみる。
どこに生息していても相変わらず気の抜ける顔は共通なんだなぁとか思いつつうにについていけば、大量のうにがうにうにしてる地点へたどり着く。
どうやら、何かを囲んでいたらしく、私が近寄ればうにの群れが左右に別れて隠されていた何かが姿を現した。
「……なにこれ?」
『ぴー?』
『きゅー』
期待の眼差しで見上げてくるうに達をとりあえず無視して、その何かを注目する。
なんというか……ぱっと見たイメージとしては、砂浜に打ち上げられた海藻の塊のような?
まあ、ただの海藻ならばわざわざ頼みごとなんぞしないだろうから、何らかの……なんだ、なにかなのだろう。
とりあえず指でつんつんとつついてみると、ふるりと震えて、微かに動く。
やはり、生物のようだね 。
『うー』
『にー』
『ううっう』
うに達がわらわらと移動して、へるぷの文字を作って見せる。
言葉が通じないならボディランゲージ……いや、ボディランゲージとはちょっと違う気もするけれども。
うに達はこの海藻もどきを助けて欲しいらしい、そもそもこれが何か先に教えてほしいのだけれども。
『ぴ。みーりゃ、おなか、ぺこー』
『きゅ!』
『うーうー』
『うにー』
『みー?』
とりあえず両手で持ち上げて観察する。
どうも、海藻のように見えていたものは全部毛のようで。
真っ黒い無数の毛に包まれた謎の生物と言えばいいのだろうか。
頭頂部? らしい部分には耳のような三角形の毛の塊が二つあって、みーと鳴いた。
「……猫?」
『み』
毛の塊のような何かの表面に雑に目が出現した。
絵に描いたような、猫の眼が二つ。
さらっさらのつやつやな手触りの毛に包まれた、普通の猫にはあるであろう首から下が見当たらない、一頭身の毛玉猫である。
口らしきものは見当たらない。毛の下にあるのかもね。
「お腹が空いているのかい?」
『みー』
「このこ、何を食べるんだい?」
『うーっう!』
『ぴ。かみさま、ぱわー』
「神気を食べるの……?」
『きゅ!』
いや、本当になんの生物なんだろう、これ。
心なしかやつれているようにも見える謎の毛玉猫を両手で抱えつつ、腰を下ろせそうな場所を探す。
うにが案内してくれた小さな休憩所のベンチに腰をおろして、膝の上に毛玉を置いた。
『ぴー』
『きゅー』
『み?』
本当に、なんなんだろうねこれ。
とりあえず危険かどうかも判断出来ないので鑑定してみたんだけども。
表示されるのは文字化けした珍妙な文字列だけで、情報どころか名前すら不明だった。
唯一、種族だけは読み取れたのだけれども……ソラハミ、と表示されたんだけれどもどういうことなのか。
「ソラハミ……ミリアちゃんと同じような生き物なのかな?」
『みゃ?』
「とりあえず神気だっけ……ホントに食べさせて大丈夫なのかわかんないけど。まあ、うにが言うなら危険なものじゃないか?」
『う!』
軽く天使化して、翼から羽根を一本引っこ抜いてさっさと仕舞う。
天使化した瞬間驚いたのか膝の上で軽く跳び跳ねたソラハミに引っこ抜いた天使の羽根を見せつけてみれば、にょろにょろと毛の束が二本手のように伸びてきたので手渡してやる。
『みあぁ』
『う!』
『うー!』
『ううっう!』
『きゅ!』
『ぴー』
ギャラリーが騒がしいが、とりあえず置いておく。
私から羽根を受け取った二本の触手? のようなものは慎重に、包み込むようにして羽根を確保して本体へと戻って行く。
身体のどこに口があるのか知らないが、毛玉の中に消えていく私の羽根。
もぐもぐと身体全体を震わせながら、おそらく咀嚼しているのであろうソラハミさん。
大きなおめめを見開いて、キラキラと輝かせているあたり美味しかったらしい。
多少ふっくらとして、毛艶も良くなったように思えなくもない。
「ええと、これでよかったのかな?」
『みみみっ!』
「おっと?」
『ぴ!』
『きゅ!』
『みー!』
声をかければ胸元にぴょんと跳ねて飛び付いてきたソラハミさんを受け止める。
ふわふわだったりさらつやだったりする不思議な手触りの生き物なのだが、なぜだか重さは感じない。
サビクもフィアールカも受け入れているようで、うに達も満足げに撤収作業に入っていた。
いやいやいや。
「ヘイ、うにーズよ」
『う?』
「このこ、どうするの?」
『う?』
「いや、そんな後はよろしくみたいな顔されても」
『みーん』
「君も絶望したみたいな顔しない」
『うっ』
『みっ』
「今舌打ちしたよね?」
何やら大量のアイテムをお礼と言わんばかりに残して海へと去っていったうにの群れを見送って、どうやら完全になつかれたらしい謎の毛玉を胸に抱いて立ち上がる。
「きみ、名前は?」
『み、みきゅ、ぎょぎょぎょ』
「うん、なに言ってるかまったくわかんないね」
『みー』
『ぴ。わかんない』
「じゃあとりあえずミャーフで」
『みゃーふ!』
『ぴゃーふ!』
『きゅーふ!』
また不思議あにもーが増えてしまったがもはや今更なので気にしないことにして、改めて日傘を差して歩みを再開。
首にはサビク、頭にはフィアールカ。
片手でミャーフを抱えて、もう片方の手で傘を。
しかし広いビーチだね、どこからどこまでが神殿所有のものなのやら。
途中暇だったのでサビクに傘を支えて貰って、なんとなくミャーフの毛の中に手を突っ込んでみたら身体がなくて、全てが毛だったりしてそっと手を引っこ抜いたりしたりしたり。
なんていうか、とんでもないものを拾った気が今更ながらしなくもないと感じつつ、歩くことまた数分ほど。
『あ、ミラちゃんだー!』
『ミラ様……また、何か増えていらっしゃる?』
「……!」
金と銀の精霊と、ミリアちゃんを発見したのは海から離れた岩場の水溜まり。
ぱしゃぱしゃと水遊びをしていた彼女達に近づけば、声をかけるよりも早く私に気付いて駆け寄ってきてくれる。
『ミラちゃん水着! 可愛い!』
『とてもよくお似合いですね、ミラ様』
「……!」
「ん、ありがとう。ミリアちゃんは……うん、なんでそれ選んだのかな?」
でーんと胸を張って私に水着姿をアピールするミリアちゃんなのだが。
なぜに、全身を包むタイプのウェットスーツ(紺)なのだろうか。
可愛いといえば、まあ、贔屓目に見ても可愛いのだが、海水浴で着る水着ではないと思うのだがどうだろう。
『なんといいますか、その、ご本人はお気に召しているようでして』
『なんか、油断したら水と混ざるから、安心するってー』
「……?」
「あー、そういう。うん、本人がいいなら、いいのかなぁ?」
くっついてくるミリアちゃんの頭を撫でつつ、そういえばスライムだったなあとか思ってみたり。
『み?』
「?」
『あの、ミラ様。そちらのかたは?』
「えーっと、ミャーフって名付けた。ソラハミって種族らしい……たぶん、猫。のようななにか」
『ねこさんだー!』
『みゃーふ!』
怖いもの知らず代表が毛玉ちゃんに突撃し、身体を突き抜けつつ飛び去って行き、それに気をよくしたのか私の手から飛び降りたミャーフが追いかけて行く。
ぴょんぴょんと跳び跳ねて移動するんだね、あの生き物。
『あ、こら、ティム!』
「あー、うん。任せたよ、メサル」
『はい! ティムー、待ちなさーい!』
『あはははは! ここまでおいでー!』
『みゃー!』
仲良き事はいいことかな、と。
両手が空いたのでサビクから傘を返して貰い、日差しをシャットアウト。
遊び相手が居なくなったからか、ミリアちゃんは私と一緒に来るようで、あっというまにスライムの姿に戻ると左腕と融合してしまった。
どうにも、本体から離れていると乾いてきてなんとなく嫌らしい。
ミリアちゃんの気持ちがなんとなくわかる程度には、左腕も馴染んできているらしいね。
「ええと、あとはシエルさんかな?」
『ぴ!』
『きゅ』
しかし、何ゆえ全員が全員ばらばらに散らばって遊んでいるのやら。
今までに出会った顔ぶれからしてシエルさんは一人でいるようだけれど、どこにいるんだろうね。
ミリアちゃん達がいた岩場から出て、再び砂浜を歩く。
強く風が吹いて、鼻腔を磯の香りが駆け抜けて。
風で舞った髪を手櫛で整え、風の吹いた方向へ視線を向けた。
金色の髪が光を散らして、煌めいていた。
「シエルさん」
「ミラ?」
「私だよ。私なんだけどさ」
「水着、似合ってる」
「うん、ありがとう」
浅瀬に立って居たのは、シエルさん。
レオニス王国第一王女、レオリシェルテ・レオニス殿下その人なのだけれども。
くるりと振り返る姿はそれだけで絵になっていて、私の姿を確かめれば、それだけで優しく微笑んでくれるお姉さん。
ぱしゃりと足元の水が跳ねて、飛沫を散らす。
「なんでスクール水着なんですか」
「……変?」
「なんで似合っているのかわからないくらいには、変じゃないです」
「ミラ? なんで敬語?」
友人が旧白スクはロマン、などとほざいていたのを思い出した。
うん、我らがレオリシェルテ王女殿下が纏っていた水着は、スクール水着。色は白で、浮き輪完備である。
普段の凛々しいシエルさんが行方不明なのである。
「動きやすくて、便利」
「ていうかどこにあったんですか、それ」
「? 出かける前に渡された」
「誰にですか」
「メリア」
何やってるんだあの桃色ウサギと言わざるを得ない。
ていうか、今更ながらシエルさんが一緒なのを知ってたなら教えて欲しかったよ、メリアリスさん?
帰ったら色々とオハナシする算段を立てながら、改めてシエルさんへ視線を向ける。
「シエルさん、泳げないんですか?」
「ん、水泳と言うより、水は得意じゃない」
「……猫、ですもんね」
「猫じゃない、獅子」
「水泳、教えましょうか?」
「是非」
その後は、シエルさんに泳ぎ方を教えるのに大半の時間を使って過ごした。
レクスとキサラちゃんが呼びに来るまでには浮き輪無しである程度泳げるようになったシエルさんは流石にスペックが高かったけれど、どうにも水着のせいで締まりが悪かった。
アリシエルとスヴィータの居たパラソルまで戻れば全員集まっていて、そこからはみんな一緒に海水浴を楽しんだ。
どうも、全員ばらばらに遊んでいたのはそれぞれが個別に私へ水着を見せたいと共謀したからだった。
私が思うに、それは女性達が意中の男性に向けて行う行為なのではないだろうかと指摘をするも、全員揃ってため息を吐かれてしまい首をかしげたりもして。
日が暮れるまでビーチを楽しみ、最後にはスヴィータとうに達が用意したバーベキューでイベントの締めにして。
この後は一旦ログアウトし、イベントの前日にはまたインする予定であることをシエルさんに伝えておいて。
「準備は任せて、ゆっくり休むといい」
「シエルさんも、無理しないようにね」
「お姉ちゃんは、無敵です」
「それじゃあ、おやすみなさい」
「ん、おやすみ」
色々とアクシデントのようなものはありはしたけれども。
たまにはこんな風に。
みんなで集まって、遊んだりして。
ゆっくり過ごすのも悪くはないと、改めて思う充実した一日だったと思いながら、眠りについた。
……とーまくんに水着を見せられなかったのは、少しだけ残念だけれどね。