情報とデートと偽聖女
「たぶん、ですけど。イベントの……そうですね、ゲーム的な側面の都合だと思いますよ」
用事があると言うシエルさんと別れて、移動したのは私に与えられた客間。
はからずもとーまくんと合流できたので、先程の情報を共有し意見を求めたところ、とーまくんがそう切り出した。
ゲーム的な側面というと、どういう事なのかな。
「このゲームの運営の方針って、基本的に自分で調べろですからね。イベントに関しても、最低限の情報だけで詳細は調べないとわからないようにしている可能性は大きいです」
「つまり、魔力壁で島が分割されているっていう情報も、調べればわかるかもしれないってこと?」
「ええ。むしろ、もっと踏み込んだ情報も得られる可能性がありますね。派遣された戦力や、漁師辺りに話を聞いてみてもいいかもしれません」
最初からすべての情報を出すんじゃなくて、詳細は自分で調べれば知ることが出来るんだから、イベント開始までに何もしなければそれだけ不利……とは言わないまでも、準備不足のまま始める事になるぞって感じかな。
「そうなると、素材の収集を重視して荷物を空けて向かうと痛い目に合いそうね?」
「そうですね。魔力壁が十二枚って事は、確実にボスが十二体。ついでに言えば、イベント開始時の転送先が全員同じ場所という可能性も低くなってきますね」
「……では、私は全員ぶんの食料と薬品を調達して参ります。アリシエル、お嬢様は任せます」
「うん、よろしく、スヴィータ」
「よくてよ、任せときなさい」
やっぱり慣れている人の意見は貴重だなあと思いつつ、部屋を出ていくスヴィータを見送って。
私を膝に乗っけているアリシエルと、対面のとーまくん。
メサルティムとレクス、ミリアちゃんやサビクは神殿の探検中。
まあ、何かあったら腕を通してミリアちゃんから連絡が来るので特に心配もしていないけれどね。
「こうなると、切り裂き兎を置いてきたのは失敗ですね……単体での戦闘能力は彼女が一番でしょうし」
「切り裂き兎って、メリアリスさんのこと?」
「ええ。アリス・ザ・リッパー、通称切り裂き兎。ベータテスターみんなのトラウマですね」
「彼女は、メリアリス。私と同じ双女神の聖女だ。今後、その呼称は認めない」
「……了解です、ミラさん」
「犬、お姉ちゃんを敵視するのはいいけどね。何も知らず、一方的に悪と断じて責めるアンタ達が本当に正しいのか、考えたほうがよくてよ?」
少なくとも、事情を知っている私からすれば、彼女を悪し様に言われるのはいくらとーまくんとは言え認められないと言うのは私の私情だが。
仮にも神殿騎士が神殿の中で聖女を蔑称で呼ぶのは注意せざるを得ないし、見過ごしては彼の為にもならないだろう。
「それじゃあ、僕も情報収集してきますんで。ミラさんはどうします?」
「そうだねえ、どうしようか、アーシャ?」
「街を歩いてみるのもいいし、神殿の中で情報を集めてみるのも悪くはないわよ? 特に、後者に至っては聖女であるミーリャの方がやりやすいだろうしね」
「それじゃあ、その方向で」
とーまくんを見送って、その後アリシエルと一緒に部屋を出た。
なんとなく久しぶりな気がする祭服を纏い、巫女服兎なアリシエルと最初に向かうのは礼拝堂。
一番人が集まるのはあそこだろうし、早い時間だとキクノスさんたちのような役職持ちは忙しいだろうと言った理由からなのだが。
……そうなると、先に街に出て情報を集めてみた方がいいのではないかと思い直してそうアリシエルに伝えれば、それじゃあデートしましょうかとにこやかに返した彼女に腕を組まれ。
「一応、外に出るならティム達を回収しないとね。キサラちゃん?」
「……ん、問題ない」
「相変わらずどこからでも出てくるわね、この子」
呼び掛ければ、私の影からにゅっと顔を出すのはキサラちゃん。
目を見れば頷き返し、既に言いたいことは把握していると言わんばかりに再び影へと引っ込んで、ずっと感じていた彼女の気配が消えればアリシエルへ視線を向けて。
「双子猫みたいな子よね、ジャパニーズニンジャって奴?」
「確かに、メイファちゃんはそんな感じだよね。初めて会った時もそんな感じだった」
「現実の方でもミーリャの護衛に欲しいわね」
「何言ってるんだい、君は。そもそも、こっちほど危険でもないだろうに」
「……シノが泣くわよ?」
「ほえ?」
途中で出会ったシスターにキクノスさんかイラノス様に街に出てくるからと言う伝言を頼み、キサラちゃんが連れてきてくれたスピリア達と合流し。
スピリア達とサビクがいつものポジションに落ち着いて、ミリアちゃんは腕の方に同化して。
キサラちゃんはまた私の影へと消えて行き、端から見れば再びアリシエルと二人きり。
さくっと外に行く準備を済ませ、神殿を出て船で湖を渡り。
忙しい中、キクノスさんがわざわざ用意してくれた馬車で街へと向かう途中。
「……ミーリャ。港で騒いでた女の事なのだけれど」
「うん? ああ、そういえば、居たね。あれ、本当に聖女?」
「偽者よ。種族は貴女と同じ羊。聖女にしか使えない神聖魔法を使えるかどうか聞けば、ただの聖属性魔法をどや顔で見せてくれた、ただのおバカさん」
「聖属性と神聖属性って、違うの?」
「全然、違うわよ。魔法に神性を与えられるのは聖女だけ。聖属性も珍しいと言えば珍しい属性みたいだけど、それを神聖属性と同じだと思って聖女を名乗るには少し、お粗末ね」
詳しく話を聞けば、例のレキシファーのイベントで私が使った神聖魔法と自分の聖属性魔法が似ていたから自分も聖女だと思ったのだとかなんとか。
典型的な自分で調べないタイプなゲームのプレイヤーだったらしくで、取り巻き連中も同じ。
この世界における聖女の立ち位置や役割すら詳しくは知らず、そう名乗ればちやほやしてもらえるとか考えていたらしい……って、よく今まで普通に過ごせてきたもんだね、それ。
そう思った事を伝えてみれば、返事をくれたのはレキシファー。
「そういった輩は、昔から大量に居ましたからネ。わざわざ取り締まるのもアレですし、明確な犯罪行為でもしない限りは放置されていますヨ。まあ、ヴィルジニア神聖国で騙ったりすれば即処刑でもおかしくはありませんがネ」
とのこと。
で、同じ理由で聖属性を使える自分は聖女だと勘違いする獣人は結構よくいるらしい。
そもそもの話、聖女は基本的に神殿に所属しているし、身元も身分も保証されているので普段から自分で聖女だなどと名乗る必要もなく。
わざわざ自分から名乗り出る聖女は殆ど偽者と言うことで、まともな住民なら相手にしないのが普通らしいから、基本的にはすぐに間違いに気づいて引っ込んで消えていくのだとか。
「んで、そうにも関わらず聖女を名乗り続ける、自分が世界の中心みたいな考えをするおバカさんの事、なんて言ったかしら? ……ああ、そう、ヒメプとか言う人種が取り巻きを集めておだてられて調子に乗っちゃったのが、ああやって表に出てくるらしいわ」
「なにそれ怖い」
「ミーリャ、顔は覚えているわよね? もし出会ったとしても、相手しちゃだめよ。ああいうのは野生動物と同じで、理屈なんて通用しないんだから。下手に相手をしようものなら逆上して襲ってくる事だってあるんだから、絡まれても無視してさっさと逃げなさい?」
「ん、りょーかい」
でもねでもね、アーシャさん。
それ、何て言ったっけ。
あれだよね、ふらぐっていう奴だと思うんだよね、私。
もし偽聖女の彼女もイベントに参加するのなら、シエルさんの言うとおりに平穏には終わらなさそうだね。
これもふらぐって奴になるのだろうか。
教えて有識者。
体調が不良でグレたのか言うことを聞かないのである。