シエルと反逆と幽霊さん
「改めて、久しぶり。ミラ、元気だった?」
「うん、久しぶり……シエルさんで、いいの?」
「構わない。アリシエルも、息災?」
「まあ、ね。色々とありはしたけど、この子ほどの波乱万丈でもなかったし」
甲板から場所を移して、船室へ。
ただの連絡船にしては豪華な客室のソファに腰かけて、スヴィータの淹れたお茶を共にして。
隣にはアリシエル、対面にはシエルさんが腰かけて、情報のすり合わせと談笑を。
レクスは冒険したいと訴えるスピリア達とキサラちゃんを任せて、別行動させておいた。
どうにも、彼はシエルさんが苦手らしい。
ちなみに、とーまくんは見回りと警戒担当で甲板に残ると言っていた。
「……さっきの男性は誰?」
「男性って、どっち?」
「獣の魔王じゃないほう」
「じゃあ、レクスかな。ローブ姿の女の子、キサラちゃんって言うんだけど。あの子のパパでね、同じクランに所属してる……保護者みたいなものかな?」
「クラン、作ったの?」
「うん、ここにいるメンバーと……あとはみそぎちゃんたち三人に、ジークさんっていう鱗人のお兄さんと、メリアリスさんで」
「……メリアも?」
「うん」
そこまで言って、いったんの静寂。
じい、とカップの水面を見つめるシエルさん。
なにやら考えごとをしているようで、チラリとアリシエルに視線を向けてみるも肩をすくめるだけで返事はなし。
それから一分ほどして、突然お茶を一気に煽ったシエルさん。
空になったカップを静かにソーサーへ戻すと、顔を伏せて。
「ミラ」
「うん?」
すぐに上げられた顔の目付きは鋭く。
じろり、と。シエルさんの瞳が私をみやる。
一声の後、返事をして。
そこからまた十秒ほど時間を置いて、シエルさんが口を開いた。
「……私も、いれて」
「いれてって……クランに?」
「そう」
「えっと、シエルさん、王女様だよね?」
「冒険者のシエルは、ただのシエルだから。問題ない」
問題しかないと思うのだがどうだろうか。
ソファに腰掛けたまま、じっと私を見つめるシエルさん。
いつのまにやら組合のカードまでテーブルの上に置かれていて、準備は万端と言いたげで。
「……スヴィータ」
「戦力的にも、人格的にも、問題はないのではないでしょうか。王家の人間、というのが気掛かりですが……その点に関しても、大丈夫でしょう。今なお、お嬢様へ仕掛けてきていないということは、シエル様は何も伝えていないという証拠でしょうから」
「アリシエルは?」
「別に、いいんじゃない? お姉ちゃんとも仲がいいらしいし、レキシファーからミーリャを護ってくれてたので、借りもあるしね」
「……とーまくんと、メリアリスさんにも、聞いてみていいかな?」
「構わない」
シエルさんには私がプレイヤーだってカミングアウトしているし、ダイアリーの機能を使っても平気だからね。
なのでさくさくっとメッセージ機能を呼び出して、要件だけ書いてとーまくんとメリアリスさんに送信。
特に待つこともなくとーまくんからオッケーの返事とほぼ同時にメリアリスさんからもオッケーの返事が。
ついでにみそぎちゃんたちの様子やノアさんが挙動不審なことになっていて面白いといった近況までも記されていたのだけれど、文字の入力速度が異様ではなかろうかと。
たった数十秒でここまで文字を打てるものなのだろうか。
「二人ともオッケーらしいです」
「なら、決まり。……レオリシェルテ・レオニス。獅子姫の名において、貴女を裏切らないと誓う。そして、安心して欲しい。私が王家に従うことは、ない」
「……シエルさん?」
「父は、未だに過去の栄光に固執している。半精霊を用いて強大な力を得た、仮初めの繁栄。それによってもたらされた甘露に酔っているだけの愚かな王」
目を閉じ、たんたんと言葉を紡ぐ獅子の姫。
それは何かの決意を確認するように、自分に言い聞かせるように。
「アレがレフィに手を出していないのは、あの子がまだ小さいし、スピリアにするには獣人としての側面が強いから。だから、アレは捜している。精霊としての側面が強い半精霊を。捕らえ、隷属させ、スピリアとして利用する事しか考えていない」
ギリ、と歯が軋む音が耳に届く。
開かれた瞼の下には金色。
瞳孔が細く、縦に伸びて光を放つそれが示すのは怒り。
「あれから、過去の記録を探ってみた。レキシファーの言っていた事が真実かどうか、調べた。城の地下の大書庫で、出会ったの。二百年前、その当時の王の犠牲になった半精霊の女性に」
「えっと、生きてたってこと?」
「違う、死んでいた。ゴースト、のようなものだって本人は言っていた。そして、私に教えてくれた。当時の獣王が何をしたのか。レキシファーが何をしたのか。そして、隠されていた文献の数々を与えてくれた」
ガチャリ、と背後で扉の開く音がする。
スヴィータも、アリシエルも反応を示していないのだから、問題はないのだろう。
対面のシエルさんは私の背後を少し見つめたのち、また話を続ける。
「私は、妹たちを守る。そして、半精霊たちを守ると決めた。そのためならば、手段は選ばない、相手が誰であろうと構わない。レオニス王と、王子たちは、もはや半精霊によってもたらされる力を求めるだけの愚物に成り下がった」
「……ソフィティアーリアは、恨んでいましたカ?」
「……。彼女は、解放してくれてありがとうと言っていた。迎えに来てくれるのを、待っているとも」
「そうですカ。話に割り込んで、失礼しましタ。続けてくだサイ」
入ってきたのはレクスだったんだね。
ソフィティアーリアっていうのは……察するに、そのゴースト、幽霊さんのことなのかな。
二百年前に、スピリアにされた半精霊の女の子。
それを解放する為に、レキシファーが命を賭けた存在。
「今のところ、一番狙われるのは間違いなく、ミラ」
「だろうね」
「金羊の聖女の義理の娘だから、まだ暫くは下手はできない。いくら王家とは言え、ヴィルジニア神聖国を敵に回すほど馬鹿じゃないと思う」
「でも、いつ暴走するかわからないってところかしら。どこの世界でも時代でも、欲に目のくらんだ権力者なんて同じようなものだもの」
「そう。だから、ミラの近くにいられるのは好都合」
テーブルに置いてあったシエルさんのカードを差し出され、そのまま受け取った。
第一王女として産まれたシエルさん。レオリシェルテ殿下は、自分の国を敵に回してでもソフィティアーリアさんを……半精霊の私を、レフィリア王女を守ると宣言し、自分の名前に誓いすら捧げた。
レキシファーの戦いの時も、命を賭けて私を守って、アリシエルが到着するまで持ちこたえてくれた。
国への裏切りだとわかっていながら、私の事を報告せずにいてくれた。
そんな彼女の献身と誓いと誇りを信頼で返さずに、何を返すと言うのか。
「よろしく、シエルさん」
「……うん、ありがとう、ミラ。よろしく」
シエルさんのクランへの加入手続きをして、カードを返すと共に握手を交わす。
ほんのすこしはにかんだように見えた、表情の変わらない王女様。
よろしく、とアリシエルが続き、よろしくお願いしますと、スヴィータが。
「ソフィティアーリアは、まだ王城に居るんデスね」
「案内なら、してあげてもいい。代価は、色々と、情報」
「背に腹は変えられまセンからネ。我が叡智、とくとごろうじなサイ」
そして、レクスの講義やらシエルさんの情報提供やらで残りの船旅の時間全てを消費して。
イベントの開催されるプトレマイオス連邦国家の一つ、水瓶座の名を有し、プトレマイオスの入り口とも呼ばれる水の都。
特に道中ハプニングが起こる事もなく、目的地へと降り立ったのであった。