幕間『メサルティム』
「特訓、デスか」
『そう! ティムね、もっとミラちゃんの役に立ちたいの!』
ワタシの手のひらの上でそう意気込むのは小さな金色の精霊。
我が姫に仕え、かつての大聖女が使役していた白銀の精霊の妹君。
そんな彼女がワタシの元へとふらりと現れて言ったのが、そんな言葉でしタ。
「特訓とハ、なんの特訓なのデスか?」
『ティムもね、ありすちゃんや、レキシファーみたいに、あにますぴりあになるんだ! それで、もっともっとミラちゃんの役に立つの!』
「ナルホド」
アニマスピリア。
スピリアが自身の存在を昇華し、精霊とは別の姿へと受肉するキセキ。
ワタシやありすのように、人の姿を取ることもあれば、あの双子のスピリア達のように獣の姿を取ることもある。
それらは全てがスピリア達の想いの果て。
主の為の進化であり、絆の結晶。
いえ、まあ。
ワタシは元々スピリアの研究をしていましたカラ、ロジックは理解していたのでこの姿を取ることは雑作もありまセンでしたガ。
その点、ワタシに頼るというのは正しい選択であると言えますネ。
『それで、レキシファー』
「今のワタシは、レクスですヨ。レキシファーは、魔であった頃の名前です。本名はレクス・バファメッツですからネ」
『じゃあ、レクス!』
「よろしイ」
ふんすふんすと鼻息を鳴らし、ぱたぱたと羽根を動かす様は大変可愛らしいのデスが。
いくら我が姫が許可を出しているとは言え、単独行動をするスピリアと言うのもまた珍しいデスね。
スピリアに見放された主が精霊を失う事はあるとは言え、自らの意思で別行動をし、さらには主に隠れて特訓をしようなどとは。
長くスピリアを観察、研究していたワタシでも、初めてデス。
『妹が、我儘を言って申し訳ありません、レクス』
「なに、お安い御用デスよ、レディ。我が姫の為であれば、ワタシが協力を惜しむ理由もありまセン」
『お姉ちゃんも一緒に特訓しようね!』
『……そうですね、ええ』
ふわふわと、様子を伺っていたもう一匹の銀色のスピリアが浮かび寄って、差し出した手に降り立ちます。
かつての大聖女、イリス・アリエティスと共にあった大精霊。
現在の名前はメサルでしたカ。
文献で知ってはいましたガ、まさかご本人にお会いできるとは思ってもいませんでしタ。
改めて自己紹介を受けた時には五体投地で頭を下げて崇めたてまつろうとしてしまいましたが、全力で止められてしまいまシタ。
『それでね、レクス。どうやったらあにますぴりあになれるのかなぁ?』
「フム」
『……構いませんよ、レクス。お嬢様の為です、むしろ今が機なのかと』
「わかりましタ」
それから始まったのは、講義と特訓の日々デス。
我が姫が眠っている間に。
我が姫が忙しくしている間に。
空いた時間を見つけては、自身を昇華させる方法と、必要なコトを金色のスピリアに教える日々。
『面白そうな事してると聞きましたよぉ?』
『私も、興味がありますね』
双子の聖女、メリアリスのスピリアと、その妹。我が後継者コト、アリシエルのスピリアまでもメンバーに加わって、講師と生徒が増えもしましタ。
『お姉ちゃん、なんでもう変身できるのー!?』
『いえ、なんでもなにも。私の元の主はイリス様ですから、元々アニマスピリアですよ?』
『ずるい!?』
悪戦苦闘する妹に発破をかける為か、秘密にしていたであろう己の真の姿を見せるメサルと、ぱたぱたと周囲を飛び回って抗議の声をあげるティム。
白銀の精霊の姿はそこに無く、代わりに存在しているのは竜と狼を半々にしたような白銀の獣。
大聖女を守護していた白と黒、二匹の狼竜の片割れがワタシの隣でため息をついて居ました。
「いやしかし、惚れ惚れとする美しさデスね。我が姫には明かさないので?」
『今はまだ、でしょうか。あの方が傲る事はないでしょうが、私の力はまだ過ぎたものになり得ます』
「それを言うならば、亜神の力も相当な物だと思いますけどネ」
ぷるぷると震えたり、ちかちかと輝く金色のスピリアを眺めつつ、狼竜の背を撫でればぱたぱたと尻尾が揺れマス。
藤色のスピリアがあーでもないこーでもないと指示を飛ばし、金色と無色のスピリア達が悲鳴をあげる。
彼女達に足りないのは明確な意思と、イメージ。
主への想いは疑いようはありません。
しかし、それだけでは足りナイ。
『ありすは、ありすと。同じ想いを背負って生きると決めました。ありすはありすの為に。ありすもありすの為に。ありすとありすは一心同体で生きると決めた時には、ありすはもうありすでした。ジェミア様達の横槍がありはしましたが、これはありすが自分で決めて、どう生きるかを選んだ結果です』
双子の聖女は鏡の聖女。
ありすはアリスを写し、アリスはありすを映す。
アニマスピリアとしては、最も根源に近く、最も難しい在り方を選んだ精霊。
『貴女も双子の聖女のスピリアなんですしぃ、あの子と同じ姿で、鏡として生きるってのも有りですよぉ?』
「それは、とっても魅力的! でも、ティムはそうじゃないの!」
『へえ?』
彼女は語るのです。
自らが落ちこぼれであった事。
常に姉と比べられていた事。
晴れの舞台でも、自信無く震えていた事。
そんな自分に手を差しのべてくれた彼女の事。
夢の記憶を持ったまま、ずっと待ち続けてきた少女の事。
『ティムはね、ミラちゃんを守れるくらい強くなるんだ。何も出来ないのは、嫌だから』
ワタシとの戦いの日、彼女の魂を保護するのに必死で何も出来なかった事。
暴走した屍の竜相手に、ただ守られるだけで何も出来なかった事。
自分の想いを語る金色の精霊の声は明るくも暗く、ただのスピリアであれば当たり前の事を嘆くように。
『だからね、ティムはミラちゃんと同じ姿にはならない。ミラちゃんを背中に乗っけて、ティムが守れるくらいおっきくて、強くなるの。お姉ちゃんに負けないくらい、ミラちゃんの役に立つの』
だからね、と。一呼吸置いて、少女は語る。
『まっててね、ミラちゃん! ティム、ミラちゃんがびっくりするくらい、凄いアニマスピリアになるからね!』
それじゃあ、特訓再開と。
ワタシと隣のレディを呼ぶ彼女の声に腰を上げて。
「将来有望な妹君デス」
『ええ、自慢の妹ですから』
ええ、うかうかしていられないかもしれません、と。
くすりと笑った白い狼竜は小さな精霊に姿を変えて、金色の精霊の元へと飛び立つのでシタ。
じゅういっしょー