仕置きと理由と雷光九尾
「まさか、斬られるどころか殺されるとは思っていなかった。見事だね」
「あー、うん。大丈夫ですか、神楽さん?」
「見ての通りピンピンしてるよ」
「いや、そっちではなく」
決着と共に決闘用の結界が割れて、無傷の神楽さんと私が元の空間に戻った訳なのだけれども。
完全に不意討ちで、まずはアリシエルとメリアリスさんの拳が神楽さんの鳩尾にダブルヒット。
私が反応するよりも早く、よろめいた神楽さんの背後で飛び上がったみそぎちゃんの踵が後頭部を直撃。
とどめとばかりに落ちてくる神楽さんの顔面にうにが体当たりをして、道場の壁まで吹き飛ばしてノックアウト。
ずるずるとジークさんに引き摺られて戻ってきた神楽さんの上にキサラちゃんがのし掛かり……なぜか肩には大鎌を担いでいた。
うん、本当に大丈夫なのかな?
「けっとう! するなら! さきに! いうの!」
「げふっ、ぐへっ、がはっ、禊、出る! 昼飯が出る!」
「じごーじとくなの!」
「神楽? 頭は大丈夫なんですか? 結界有りとは言え、ばれたら大問題ですよ?」
「いやあ、なんだ。可愛い娘二人、預けるに価する力があるかと思うと、ついね?」
「つい? ついで私のミーリャに斬りかかったのかしら、この駄狐は。一度か二度程、死んでみるのはどう?」
「待て待て、それは流石に私も死ぬぞ!」
上から順に、神楽さんの背中をストンピングするみそぎちゃん。静かに怒りを滾らせるメリアリスさん。でっかいハンマーを素振りするアリシエル。
キサラちゃんはキサラちゃんで黙ったまま鎌の石突きで神楽さんをつついていた。
「……あー、なんだ。一刀千刃、だったか?」
「そうだね。終の銀竜から継いだというか、押し付けられたというか?」
「つーこた、なんだ。本当に、神子様なんだな?」
「その本当にが何を指しているのかはわからないけれど。イリス・アリエティスは私の母、らしいね。でも、これは内密に頼むよ」
「そうか……ああ、それはわかってる」
ジークさん曰く。
速度を極め、速度を以て刀を振るう刀術は竜にのみ伝わる秘伝らしく。
派生した流派は幾つかあれど、その大元であるのは一刀千刃。
編み出した終の銀竜以外にそれを継ぐものは現れる事はなく、唯一。極めて近く模した剣を修得したのがイリス・アリエティスの護り手であり、終の銀竜の契約者にして半身の、一人の従者だったとかなんとか。
「しかし、一刀千刃を二刀流か……確かに、速度を極めるなら、それが一番だろうが。自分でたどり着くとは」
「思っていた以上に、しっくりきていて自分でも驚いているよ」
「制限ありの試合で、手加減もしてたとは言え剣聖とか言われてるアレを斬った奴なんて、そういねぇぞ?」
「運が良かっただけだよ」
「運も実力の内ってな」
女性陣プラスうにによる神楽さんへのお仕置き(?)が終了するまではジークさんと話をして時間を潰す。
寝ていたらしいサビクがにょろんと袖から顔を出せばジークさんが唐突に畏まって頭を下げたままになったりもしたけれど。
十分程経ち、神楽さんがようやく解放されて、全員が元の位置に腰をおろした。
「それじゃあ、後の手続きはこっちでやっておくよ。一旦ミラ様のカードを預かるね」
「わかりました」
インベントリから組合のカードを取り出して神楽さんに渡す。
ふんふんとカードの内容を見て……神楽さんが固まり、二度三度と瞬きをしてから、唐突に立ち上がる。
「まあ、ゆっくりしておいておくれ。少し時間がかかるけど、そうかからないからさ」
「あら、一日休みだったんじゃないんですか?」
「メリア。物事には優先順位があるのさ。それじゃ、またね」
慌ただしく道場を出ていった神楽さんの背中を見送り、全員揃って首を傾げる。
はてさて、と。
ここに来た目的であるメリアリスさんに視線を移す。
私の視線に気づいたメリアリスさんがにっこり笑う。
「メリアリスさん、プトレマイオス連邦である調査依頼の事は知ってる?」
「プトレマイオス? ああ、はい、知っていますよ。神楽とも話していましたから」
「私、それに参加しようと思っててさ。なんか、クランでも参加出来るらしいからクランを作って、みんなで参加できればいいなって感じで、みんなに声をかけてまわってたんだ」
「なるほど。クランの話はみそぎちゃんに聞いてましたから、元より参加するつもりですよ。でも」
「でも?」
少しだけ困ったような笑顔を浮かべて、メリアリスさんの視線はみそぎちゃんへ。
それからアリシエル、私へ戻る。
「イベントには、参加しません。いえ、出来ないと言いますか。みそぎちゃんの卒業式がありますし、それに……。それに、私は。この世界で、彼らの集う舞台に立つ資格は、無いとおもうんです。私は、切り裂き兎ですから」
「そんなことはないの」
「そうよ。悪いのは、あの豚。貴女は悪くないわ、メリアリス。いいえ、お姉ちゃん?」
「そう。貴女は、悪くない」
切り裂き兎。
かつて、彼女が行った大復讐劇。
おそらく、ベータプレイヤー全員が知っているのであろう大事件で、その当事者達であるメリアリスさんに、みそぎちゃんと、キサラちゃん。
そして、引き金となった、メリアリスさんの記憶の中の妹、アリシエル。
「ありがとう、アーシャちゃん。みそぎちゃんも、キサラちゃんも。でもね、私が一緒に居ると、多分。余計なトラブルに巻き込まないと言い切れないから。だから、まだ駄目」
「聖女として、神の代行者としての行いだったんなら」
「それでも。納得しない人は必ずいるだろうから」
彼女の言いたいことは、わからなくもない。
被害者、と言いたくはないが、彼女の行いで一人のプレイヤーが引退して、巻き込まれた人も少なからずいるという事実。
そして、恨みを抱いているプレイヤーや、住民もいるのかもしれない。
そんな彼女が、公式のイベントに私と一緒に参加しているのを見られれば……どうなるかは想像に難くない。
「それに、ほら。さっきも言ったけど、みそぎちゃんの卒業式があるからね。立派になったみそぎちゃんを、神楽と一緒に見届けなきゃいけないですから!」
「……うん、そうだね。それじゃあ、メリアリスさん。私達の娘の事は、任せるよ」
「はい、お任せください、ミラちゃん」
にっこり笑うメリアリスさんと、感極まってメリアリスさんに抱きつくみそぎちゃん。
未だ少しばかり不服そうなアリシエルに、変わらず無表情なキサラちゃん。
「……うん? 禊、ミラ様の娘にもなったのかい?」
と、声がする方向を見れば、そこにはチベットスナギツネみたいな表情をした神楽さんの姿が。
そういえばみそぎちゃん達が私の眷族になった事とかは神楽さんに話していなかったなあと思いだし、話していいものかとメリアリスさんに視線を向ければ静かに首を横に振られる。
適当に跳ね回っていたミリアちゃん(くず餅もーど)がぴょんぴょんと戻ってきて、メリアリスさんの頭の上へ飛び乗って。
「まあ、何かしらあったんだろうさ。言えるようになったら言ってくれたらいいよ」
そう言いながら手渡されたのは一枚のカード。
クランの情報は登録してあるから、あとはこれを使えばメンバーを増やしたりなんなりが可能になったのだとか。
「クランハウスに関しては、ノワイエが張り切っていたから期待しておくといい。それと、ミラ様の待ち人も上に到着していたよ」
「待ち人? あ、とーまくん?」
「ああ、待たせてあるから、ゆっくりしてたっぷり時間を使ってから行ってやりな。それと、これは私からの餞別だ」
「……刀?」
クランハウスとやらも気になるし、それに関してノアさんが張り切っているというのも気になるが。
とーまくんが到着していると聞いて勢いよく立ち上がった私に、神楽さんが差し出したのは一本の刀。
薄い紫色の鞘に納められた、刀と言うよりは太刀に近い大刀。
「銘を雷光九尾。おそらく、ミラ様になら抜けるだろうさ」
渡されるままに受けとれば、パチリと鞘に紫電が走る。
柄だけでも私の二の腕程の長さのあるそれを掴み、鯉口を切る。
覗く刃は菫色。
一息に引き抜けば思っていた程の重さはなく、むしろ羽根のようで。
「やはり抜けるか。うん、うん。禊とメリアを頼んだよ、ミラ様」
「どういう理屈なのかはわからないけれども。どちらかというと、私が二人にお世話になっていると思っているよ」
太刀を鞘に納め、腰に差すには長いので背中に背負う。
そういえば終の銀竜も同じように大太刀を背負っていたし、そういう決まりか何かでもあるのだろうか。
「ミラママ、よーじはおわったの。このまままちにくりだすの。でーとなの。じーくはかえるの」
「アホか。護衛兼保護者だ俺は」
「それじゃあ、神楽。また来ますね」
「おや、メリアも行くのかい?」
「ええ。ミラちゃんと、アーシャちゃんを護るのは私の使命ですから」
「悪いけど、貴女を護るのは今も昔も私の役目よ、お姉ちゃん?」
「……きぃも、護る」
「うん、ありがとねキサラちゃん」
みんなで神楽さんに別れを告げて、道場を後にする。
ぴょこりんと飛び付いてきたミリアちゃんを抱き止めて、元来た道を戻って組合の関係者用出入口から外へ。
「あ、ミラさん。……随分大所帯ですね?」
「やあ、とーまくん。話はついたし、クランも出来たよ」
「そうですか、それはよかった。それじゃあ、今後の予定について話しましょうか」
私の背後から現れたジークさんを見てとーまくんが少しだけ固まったりはしたけれど。
その後は特に何もトラブルもなく、話をした後は街を歩いて必要な物を買い揃えたりもして。
その際に見たメリアリスさんのヴェール姿が特に印象に残ったのでした。
……アスクレピオスからわざわざ贈られてきたらしいよ、娘をよろしくって。
ジェミア様の聖女なのに、そんなことして大丈夫なんだろうか。
メリアリスさんは何も言ってないし、たぶん大丈夫なんだろう。
プトレマイオス連邦に行くためには、東の港から船に乗って。
準備は出来たし、あとは全員で向かうだけになった。
うん、王都以外の街は初めてだから、今から楽しみに思ってしまうね。
読みはらいこうくび