刀と決着と継がれたモノ
みじかいのね(当社比
「ふっ」
「疾ッ!」
ギイン、と金属同士が擦れ、火花を散らして軌跡を画く。
静かにただ振り下ろされただけの刀を刃で反らし、横へ跳ぶ。
剣圧だけで床を砕いた一撃、その衝撃波から逃れるように二度三度と床を蹴り、刀を鞘へと戻す。
冷や汗を流す私とは裏腹に、相対する神楽さんはただただ、静。
変わらず正眼に構えたまま、彼女の視線は確実に駆ける私の姿を捉えている。
距離を取ったまま、円を画くように駆け続け、時折奇襲するように地を蹴り抜刀、すれ違い様に斬りつけるが、ただ防がれて、逆に刃が落ちてくる。
それをまた反らし、距離を取る。
正に千日手という奴だ。
無影と言う技を警戒しすぎているとは、自分でも理解している。
「攻めにくいったらありゃしない」
「それは、此方も同じなんだけどねぇ」
後ろに跳んで、さらに距離を取る。
正眼のまま、その場から一切動かないままに。
足捌きだけで向きを変え、私の剣を弾き、同時に返撃すら繰り出してくる。
中途半端な距離ならば例の遠隔斬撃の連打に襲われ、接近すればとてつもなく重く、かつ鋭さまでかね揃えた刃が繰り出される。
速さで翻弄しようとも、全身に目でもついているのかといった反応速度で対応され、未だ一撃すら入れるに至らず。
「抜刀術は、一撃必殺だけあって……まあ、読みやすいっていうのはあるけどね。こればかりは経験の差と言うか」
「ふうむ。なら、アプローチを変えた方がいいかな?」
花天月地で飛んできた剣撃を打ち払い、くるりと手のひらで一回転させつつ納刀。
鞘を剣帯に戻し、代わりに引き抜くのはもう一本の刀。
しっかりと手の平におさまり馴染むその銘は鏡花水月。
半透明の刀身を持つそれを握り、半身にて頭の高さで構えるは霞の型。
「正面から斬り合うのかい?」
「ヒットアンドアウェーじゃ、通らないみたいだからね」
「こちらとしては、そちらの方が厄介ではあるよ?」
「ご冗談を」
言いつつ、前進。
同時に、意識して地を蹴り、距離を零へ。
まずは一手、袈裟に払う。
当然弾かれ返撃。
まともに受ければ私など一撃でまっぷたつになるであろう剛剣、身を屈めてすり抜ける。
その間に納刀、踏み込み二閃。
「初太刀・蜻蛉返し」
「へえ」
一息の内に、二度の剣撃と二度の金属音。
涼しい顔をして受けたように見えるが、一歩引いたのを見逃さない。
追うように一歩踏み込み、下がった剣先を返してまた一閃。
「蛇咬み」
身体ごと回転させて、大きく斜めに弧を画くよう刀を振るう。
刀同士がぶつかり、また金音が響く。
反撃とばかりに神楽さんの刀が落ちるが、私の技は終わっていない。
身体を捻りながら立ち位置を変えて。
刃が落ちる先から逃れつつ、手首を返す。
「……む」
とぐろを巻いた蛇が、真っ直ぐにその牙を剥くように。
身体を回転させ、遠心力を乗せて放たれるのは突き。
しかし、彼女は即座に対応。
突きの軌道に刀を差し込み、衝撃と共に防がれる。
しかし、彼女はさらに一歩を下がる。
「初太刀」
そのまま頭上に鏡花水月を投げ放ち、花天月地へ手を伸ばす。
全力で踏み込み、懐へ。
鯉口を切るのと、神楽さんの表情が驚愕に染まるのは同時。
「――蜻蛉返し」
「まだっ!」
一撃目で相手の刀を跳ね上げて、返す刃でさらに踏み込む。
その一瞬の内に神楽さんが取るのは、腰にある脇差しを引き抜く事。
刃の軌道を反らすが、ここまで深く踏み込んだ一撃は確実には防げず、一撃。
ひゅんひゅんと音を立てて落ちてくる鏡花水月を宙空で掴み、逆手に握る。
「斬られたのは、久々だね」
「ただの初見殺しだよ」
左には順手に握る花天月地を。右には逆手に握る鏡華水月を。
意識して初めて、そのスキルの詳細が頭に入って来て、理解する。
いつの間にかあったのではなく。
ずっと使っていたそれが、変化した物であったそれを。
「……二刀流かい?」
「うん。スキルにあるのに、なんで思い至らなかったのかな」
二刀流は知識としては知っているが、技術としては叩き込まれたものの中に存在していなかったからなのかな。
ただ刀を二本手に入れたから、二刀流がスキルに出現したんじゃないのかな、とか。
そんな考えでいたけれど、違うのだ。
この二刀流は、私とずっと共に在ったもの。
二本の短剣から始まり、双剣へ継がれた、マスタリースキル。
刀一本よりもずっと、しっくりとくる。手に馴染む。
自然と、構えを取る。
「それじゃあ、改めてお手並み拝見と行こう」
「お手柔らかに」
「冗談はよしてくれ」
静から動へ。
神楽さんが初めて自分から動く。
音もなく、一瞬の踏み込みから刃が落ちる。
受ければ潰れる。そんな光景を幻視しつつ、左へ跳ぶ。
追うように刃が返され、水平一閃。右の刀で受け止めつつ、勢いのままに距離が離れる。
若干痺れる右手の刀を順手に戻し、ハの字を作るように切っ先を下げて、疾駆。
飛んでくる斬撃を足の捌きで回避し、避けきれないものだけを刀で弾きつつ前進。
目の前に、正確に落ちてくる刀。左を前に半身し、紙一重で回避。
半身にした勢いに乗せて身体を捻り背後を通して右を一閃。
下がられ、切っ先は空を切るままに跳躍。
前へと踏み込み、その勢いのまま左を振るう。
刃を添え防がれるが、刃を返した逆さ蜻蛉を左で放つ。
添えられた刀がまた白刃を防ぐ。
鍔競り合いへ向けてさらに右を振るえば、防御を崩す。
「……は!」
笑ったのはどちらだろうか。
重ねるように放った刃を左右に分かち、右を引きつつ左を振るう。
咄嗟に下がる。白刃は空を斬る。
鮮血が散る。
「これは、また」
「一刀千刃・二刀断空。一刀を以て千刃を為し、二刀を以て空を断つ……らしい」
「締まらないねぇ」
二刀流スキルさんが言うにはそういう事らしいから、私のせいではない。
腰から胸にかけて大きく血を噴き出す神楽さんと、白い刃を振り抜いた私。
剣速で放たれる真空の刃とは、如何にもファンタジーらしいと自分でも思う。
右手に握る半透明の刃の切っ先は、弓を引くように獲物を狙う。
最後の距離を詰める。
「奥義」
「まだだよ」
一閃。
身体全体を使って放った突きは真正面から神楽さんを捉える。
突きは神楽さんが振り下ろした刀とぶつかり、火花を散らす。
衝撃が駆け抜け、一瞬の間音が消える。
受ければ死すは、剛剣だけに非ず。
「――ヤマアラシ」
背中に無数の棘を持つ動物の名を冠するこの技こそは、一刀千刃。
その名の如く。
自身の突きを起点にし、虚空より千の刃を繰り出し相手を貫く。
それは、正しい意味での必殺技と言えるであろう。
防ぐ事能わず、回避すら許さず。
ただひたすらに、貫き穿つ。
残心、後に納刀。
どさりと、神楽さんが背中から床に倒れる音と共に、光が弾けた。
真面目な戦闘描写するには文章ぢからが足りない