クランと試練と竜の太刀
「クランの件は、把握した。ジークの同意も取れているなら、異論はない」
「俺としても、留守の間にあいつらを任せられるならその方が安心だからな」
なんやかんやありつつ、まずは共通の用件から。
神楽さんにクランの事を話せば特に問題もなく受理され、設立の手続きやらなんやらはやっておいてくれるらしい。
設立した後は、メンバーの追加にはクランのリーダーが組合の登録カードを用いて行う事が出来るとか。
一旦カードを預けて、クランの情報をカードに記載して、諸々の書類を作成、クラン設立と言った流れらしい。
「クランの名前は何にするんだい?」
「そういえば、何も考えてなかったね。ジークさんのクランはなんて名前だったの?」
「禊と愉快な仲間たち、なの」
「うん?」
「禊と愉快な仲間たち、なの」
「えぇ……」
私の問いに答えたのは神楽さんの膝の上でのんびりしているみそぎちゃん。
道場の板敷きの床に座布団を並べ、神楽さんの正面に私。
私の右側にアリシエルとメリアリスさんが並んで座っていて、私の左にジークさんが。
どうやら既にアリシエルとメリアリスさんは顔を合わせていたらしく、アリシエルを見るや否や、メリアリスさんはお姉ちゃんモードに入っていた。
お姉ちゃんモード、アリシエルもよく同じような状態になるからそう呼んでいるだけなんだけどもね。
「じゃあ、それで」
「いい訳ないでしょ」
「ですよね」
ぺしんと頭をはたいたのはアリシエル。
私としては別に構わないのだけども、ぐるりと一周見回してみても、みそぎちゃんを含めた全員に首を横に振られてしまう。
ここにとーまくんが居ればナイスな名前を考えてくれるのだろうけど、残念ながらまだ彼はここにはいない。
「名前って今決めなきゃだめ?」
「書類とカードに記載する必要があるからねぇ」
「私がきめなきゃだめ?」
「リーダーが決めるのが一般的だね」
「じゃあリーダーはジークさんという事に」
「する訳ないでしょう」
やっぱり全員に首を横に振られた。解せぬ。
なぜか自然に私がリーダー的なのをすることになっていたのはなぜなのだろう。
ちらりとメリアリスさんに視線を向けると、それに気付いたメリアリスさんが小さく首をかしげて微笑んでくれる。
とても可愛いのだが、今は助け船が欲しいところなのだ。
「それじゃあ、金羊のミラちゃんにちなんで、アルゴノーツと言うのはどうですか?」
「アルゴノーツ?」
……確か、ギリシャ神話の金羊の毛を求めて、アルゴー号と呼ばれる船で航海を行った英雄達の神話。アルゴナウタイの英語名だったかな。
私の空間魔法のスキルにもある奴だね。
アリエティスが冒険の神様っていうのは、たぶんこの神話から来ているんだろう。
「そう、アルゴノーツ。ぴったりだと思わない?」
「まあ、悪くはないわね」
「みそぎはおっけーなの」
「まあ、禊と愉快な仲間たちよりは百倍マシだわな」
「アホトカゲ、痺れとくの?」
「じっとしとけ」
どうやら、他の面々は肯定的なようで。
私としても特に異を唱える理由もない。
どうする? と神楽さんの視線での問いに数秒思案し、目を閉じ開く。
うん、まあいいんじゃなかろうか。
「それじゃあ、アルゴノーツで。……他に案があるなら聞くけども」
ぐるりと見回す。全員が首を横に振る。
「アルゴノーツね、了解した。それじゃあ、手続きはこっちでやっておくよ……と、言いたいところなんだけどね」
「うん?」
ぴこぴこと耳を動かして、膝の上のみそぎちゃんを脇にどける神楽さん。
少しだけ困ったような、申し訳なさそうな顔をしながら座布団から腰を上げて、立ち上がる。
全員が見上げる中、神楽さんが告げる。
「クランの設立には、ある程度の試験というか、条件があってね」
「ああ、クランクエストですね」
「クランクエスト?」
「その通り」
クランクエストとは、その名の通りクラン設立の為のクエスト、らしい。
実力のない組合員がクランをぽこぽこ乱立させるのを防ぐための制度で、真面目にやっていればクリアできるであろうクエストがリーダーに与えられ、それをクリアして初めてクラン設立が認められるとのこと。
初耳だけども、まあ理由としては納得出来るものだし否やはない。
口ぶりからして無理難題がふっかけられる訳でも無さそうだし、ゲームらしいと言えばそれも楽しみの一つだろう。
「それじゃあ、そうだね。ミラ様へのクエストは、こうしよう」
突然、周囲にいた筈のメリアリスさんの、アリシエルの、ジークさんの、みそぎちゃんの、姿が消える。
思わず立ち上がれば、私と神楽さんだけだ残っていて、道場全てが何らかの力に包まれているような感覚。
壁がぼんやりと光を放っていて、こんな光景をどこかで見たような?
「試合用の結界だから、安心してくれていいよ」
「ああ、成る程。あの時のあれか」
レキシファーとの戦いの前に、プレイヤー達と戦った強制決闘の時に見た光の壁だ。
視線を前に戻せば、そこには刀を腰に携えた神楽さん。
着流しの和装で、刀の柄に手をかけたまま私を見る狐の女性。
私が立つと同時に座布団も消え去り、静寂が空間を包む。
腰に差した花天月地の鞘を握り、剣帯から外す。
「クエストは、私との試合。勝敗はどうでもいい、ミラ様の力を見せてくれれば、クランの設立を認めよう。ルールは一つ、用いるのは刀術のみだ」
「……私、刀はほぼ素人なのだけれど」
「何、気にすることはない。それに、ミラ様の為でもあるからね」
神楽さんが刀を抜き、正眼に構える。
両手で握り、正中線で刃を構える最も基本的な構え。
スヴィータや終の銀竜のような、抜刀術メインではない、また別の流派のよう。
「私の為?」
「ああ。見たところ、今後は刀でやっていくんだろう? だったら、見て行きなさい」
「……成る程」
神楽さんの言いたい事はわかった。
つまるところ、見取り稽古をつけてくれると言いたいのだろう。
色んな流派が混ざるとメリットよりも、どっちつかずになるデメリットの方が多いとも思うが、それは私の特技の前ではデメリットにはなり得ないし。
鞘を握る手の親指で鯉口を切り、刀を握る。
構えは居合い。
暇を見つけて、一通り目を通しておいた一刀千刃の全てと、刀術のなんたるか。
それを頭の中で再現、構築して最適化。
腰を落とし、真っ直ぐに神楽さんを見る。
「御劔一刀流、御劔神楽」
「流派、一刀千刃。ミラ・ムフロン」
示し合わせたように、互いに口上。
シンと静まり、一切の音が消え去り、無音。
住民である神楽さんに真剣を使ってもいいものかとも思わなくもないが、決闘空間のようなものであるなら、例え致命傷でも終われば無傷で元通りになるのであろう。
なら、手加減など考える方が失礼で。
そして。
「無影」
「初太刀・燕返し」
抜刀。
互いの挟む虚空にて斬撃がぶつかり、空気を揺らす。
神楽さんの刀は動いていないと言うのに、放たれたのは遠隔の斬撃。
即座に鞘に刀を戻し、横へ滑る。
同時に、私がいた場所へと不可視の斬撃が殺到する。
「これは、また」
「初見で止められ、避けられたのは初めてだ」
「大人げないんじゃないかな、神楽さん」
「なに、まだ小手調べだ」
壁沿いに駆ける。
私を追うように身体の向きは変えるが、構えは正眼のまま、無拍子にて放たれる斬撃が私の背後を追いかける。
走りながら燕返しを撃つも、やはり見えない斬撃によって弾かれ、届かない。
ならば。
「初太刀」
強く地を蹴り、一瞬だけ本気の速度で駆ける。
姿を掻き消すように、神楽さんの後方へ。
縮地を抜けて、鯉口を切る。
一刀千刃にあるのは初太刀のみ。
二の太刀は不要、己の速さのみで振るう神速の剣。
「這い鮫」
抜刀。
放たれるのは水面を進む鮫の背鰭を模した、大地を這う巨大な斬波。
神楽さんが振り返る時には既にソレは彼女の眼前にあり、回避は間に合わないのは確か。
私を丸々飲み込める程の巨大な刃は、轟音を立てて神楽さんの振るった刀とつばぜり合う。
「初太刀」
刀を返して納刀。
鞘を逆手に、肩に担ぐように構え、姿勢を下げて鯉口を切る。
銀竜から受け継いだ技。
鮫と撃ち合う相手に放つは、追撃の抜刀術。
「――螢火」
上から床へと振り下ろす軌道を画いた変則の抜刀術。
床板を引っ掻いた切っ先から火花が産まれ、刃を返して今度は火花を払うように一閃。
無数の火花が斬撃を纏い、火花の数だけ刃と変わる。
「弧月閃」
月を描くように斬撃。
這い鮫が砕け、神楽さんがその場を飛び退き、斬撃達から逃れる。
トントンと床を跳びながら後ろへ下がり、距離を取りつつ神楽さんの視線は真っ直ぐに私を捉えている。
しかし、厄介な見えない斬撃はない。
彼我の距離は三十メートル程まで離れた。
おそらくは、射程外なのだろう。
「さて、仕切り直しか」
「やはり、見たことのない剣だね、ミラ様。本当に、何者なんだか。剛でもなく、柔でもない、第三の流派か」
「速度を極めた先の剣らしいよ。一刀を以て千刃を為す、だったかな」
「聞いたこともないね」
筋力で振るう剛の太刀。
技術で振るう柔の太刀。
そのどちらにも属さないのが、一刀千刃。
加速補正に全ての威力を託し、一太刀にて千の斬撃を繰り出す竜の技。
速ければ速いほど威力を増す、Agi特化の私だからこそ、受け継ぐことの出来た剣。
「それじゃあ、小手調べは終わりにしようか。お互いに」
「そうだね。遠距離だとケリがつかなそうだ」
腰に差したもう一本の刀、鏡花水月が震えたような気がした。
毎度感想評価読了誤字報告等感謝です