組合と地下と月兎
「まあ、腕も治った……って言っていいのかわからないけれど。アリシエルちゃんにミリアちゃんも居るなら問題はないでしょう。でも、厄介事に首突っ込んじゃダメよ? あと、一応護衛はつけるからね?」
と、言うような心配性なお母様のお言葉と共に送り出されて街に出たのだけども。
メンバーは私とアリシエル、ミリアちゃんとみそぎちゃんにキサラちゃん。
首にはサビクで、そこにもう一人。
「帰ってきてからでいいって言ったばかりなのに、わざわざ申し訳ないね」
「クランの事もあるからな、問題は無いさ」
「せっかくのおでかけがだいなしなの、いますぐかえれなの」
「だからクランの話するっつってんだろアホ狐」
ちびっこ集団とアリシエルを引率するよう共に歩くのはジークさん。
ノアさんの言う護衛かつ、ついでに組合でクラン作っておいでという事らしい。
とーまくんにはダイアリーのメッセージ機能で組合に向かうと言っておいたので、おそらくそこで合流できる筈。
「貴方がジークフリート?」
「ああ。そう言うアンタは?」
「アリシエル。アリシエル・ルーゲナート」
「……月の兎か」
「後で、話があるわ」
「構わない」
前を行くアリシエルとジークさんが何やらシリアスしている気がするが、まあその辺は置いておいて。
首にはサビク、頭にはくず餅ミリアちゃん。
両手をキサラちゃんとみそぎちゃんに確保されて、さっきからすれ違う住民の視線が生温い。
いつかと同じようにみそぎちゃんがお菓子を貰い、それを私のインベントリに仕舞っていくのだが、私のインベントリの中がお菓子だらけになる勢いだ。
……この色々と溜まってる素材とか、組合で売れるかな?
「馬車、出して貰ったほうがよかったかもしれないねえ」
「ジークがのったらこなごなにこわれちゃうの、ゆっくりあるくの」
「オイコラ聞こえてんぞ」
「なんのことかわかんないのー」
話は終ったのか、ジークさんとアリシエルが寄ってくる。
じーっと埋まった私の手を見詰めた後、キサラちゃんと手を繋ぐ事にしたらしいアリシエルと、私達の後方に陣取ったジークさん。
特に何事もなく組合前まで辿り着いて、繋いでいた手を離して一旦その場でストップ……いや、今まで何か無かったことがないから、念のためにね。
装備とか、整えとこうかなって。
「うん……? ミラ様、その刀は?」
「ほえ?」
今回外出するにあたり、ノアさんからの条件としてフル装備……つまり神装アイギスを含め、聖装剣イリスも待機状態で装備し、腰には鏡花水月。
顔を隠すのはいつものヴェールではなく、メイドインアスクレピオスな認識阻害の黒いヴェールだ。
そして、一応とばかりに花天月地も取り出したところで、ジークさんの声が落ちてきた。
「これ? 花天月地っていう刀だけど……あ、そうだ、ジークさん、終の銀竜。天津代白亜毘売って、知ってる?」
「……おいおい、聞いてないぞクソババア。いや、なんでもないこっちの話だ。ここでする話じゃないから、後にしよう。そうだな……知ってるも何も、何だ。俺の義理の母、あの手紙の差出人の、姉だとだけ言っておく」
「まあ、私も突然の事だったからなにがあったかよくわかってないんだけどね、うん」
私の腕を斬り落とした犯人だよ、とはこの場では言わないでおく。
めんどくささが加速しそうな気しかしないし、ジークさんの言うとおりこんなところでする話でもなさそうだし。
「ミーリャ、行くわよ? 準備は出来て?」
「ああ、問題ないよ。組合に入るのに準備も何もないけどね」
「ミラママ、ばかっていうのは、どうしようもなくよそくできないからばかなの。けいかいしておいてそんはないの」
「ん、激しく、同意」
若干、前より強化されていそうななさそうな扉をジークさんが押し開けて、その後ろに私とみそぎちゃんにキサラちゃんが続き、最後にアリシエルが入る。
相変わらず組合の中は騒々しく、賑やかで。
入ってきた私達に視線を向ける何人かが居たが、向けた傍から勢いよく顔を背けていった。
「ジークフリート、ナイスよ」
「お褒めに預り光栄だ」
アリシエルがジークさんを褒めていた。
よくわからないがジークさんが何かしたのかね?
や、これだけ大きな男性がいたら不躾な視線なんて向けてられないと言うことか。
現実の方の父を見た人間も同じような反応をしていた気がする。
ちなみに私の父を一言で言い表すと熊である。母は私程小さくはないが、小柄な美人なのにね。
父はデカイゴツイ厳つい熊だよ。
「ミーリャ、一人で納得してないで、戻ってらっしゃい」
「ああ、悪いね。さて、まずはメリアリスさんを捜そうか」
「メリアママはどうせかーさまのとこなの。れっつごーなの」
そう言ってから、てってけてーと駆け出したみそぎちゃんが組合職員の一人を捕まえて、なにやら話す。
幾つかの言葉を交わした後、私達を呼ぶみそぎちゃん。
どういう事? と視線を投げてくるアリシエルに、組合の総長はみそぎちゃんのお母さんなんだよと返す。
あの子、何人母親がいるのかしらと至極全うな反応を返されたのは言うまでもない。
「こちらへどうぞ。案内致します」
「手をとらせて済まないね」
「いえ、次期聖女様がお越しになられた際は、直接案内しろと申し付けられておりますので」
受付の列に並ぶ人々の横を通り、関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉を潜る。
職員さんが先導して歩き、向かうのはどうやら地下らしい。
「現在、総長はお客様と……その、見ていただいた方が早いですね」
「いつからなの?」
「お客様がお越しになられてから、ずっとです」
「やれやれ、なの」
階段を降りて、到着したのは障子の引き戸。
戸の脇には達筆で地下道場と記された看板がかけられており、どうやら神楽さんとメリアリスさんはこの中にいるらしい。
では、私はこれでと。引き戸の鍵を開けた後はその鍵を禊に預け、そそくさと仕事に戻っていく職員さん。
その背中を見送って、入っていいものかと考える。
「アホトカゲ、あけるの。おんみつじゅつしきけいりょーばん、たじゅうてんかいなの」
「へいへい。んじゃ開けるぞー」
カラカラと音を立てて開く障子戸の先にはもうひとつ、両開きの木製扉があって、謎のスペースで区切られていた。
一旦全員でそこにおさまり、引き戸を閉める。
「あの、神楽? そろそろ許してくれませんか」
「駄目だ、許さん。私が満足するまでやると約束しただろ」
「でもですね、もう来てからずっとしてますし」
「知らん」
中から聞こえてきたのは二人の話し声。
聞き覚えのあるそれは神楽さんとメリアリスさんのもので間違いはなさそうだ。
表の看板からして道場なのだろうが、二人で何をしているのだろうか。
試合をしているにしては、全くそんな音も気配もしないし、静かで二人の声だけが聞こえている。
「なの。アホトカゲ、あいずしたらあけるの。しにたくなけりゃちゃんとよけるの」
「ええと、みそぎちゃん?」
バチバチと稲妻をその身に纏い、全身の毛を逆立て始めたみそぎちゃんと、へいへいと扉に手をかけるジークさん。
私とアリシエルとキサラちゃんで首をかしげ、顔を見合わせてみるも答えなんて知る筈もなく。
「神楽、そろそろ仕事に戻らないといけないんじゃ?」
「今日一日休みを取ってある」
「総長がそんなのでいいんですか?」
「禊の卒業式もあるから、必要な仕事はもう終わらせた。プトレマイオスの連中からの依頼もあるがまだ余裕はある」
困ったようなメリアリスさんの声音と、甘えるような雰囲気を感じる神楽さんの声。
甘ったるい空気を引き裂くかの如く、みそぎちゃんがジークさんに告げる。
「アホトカゲ、かうんとすりーなの」
「へいへい」
完全に置いてけぼりなのだが、みそぎちゃんは中の把握をしているらしい。
流れについていけない三人と二匹で集まり、(突っ込むのも面倒くさいので)見守る事にした私達。
流石に、こんなにバチバチと稲妻を走らせて魔力を発しているのだからバレそうな気がするのだけれど、中の二人は全く気付いていないらしい。
手には雷で形成された槍が握られ、それを槍投げの体勢で構えたみそぎちゃん。
すりー、つー、わーんとカウントダウンを口にし、ぜろと同時にジークさんが扉を開け放って即座に射線(?)から退避する。
「はぁくいしばるのー!」
「んな、禊!?」
「ふぇ!?」
轟音と共に射ち出された雷の槍の向かう先には、床に座ったメリアリスさんと、その膝の上に頭を乗せて寝転がる神楽さん。
だだっ広い道場の真ん中辺りでお布団を敷いて、視界に映ったのは膝枕をして寛いでいたらしき二人の姿。
「なんでここにぐばべべべべべべべべっ!?」
「ちょ、神楽!? みそぎちゃん!?」
「あくはほろびたの」
「いやいやいや」
放たれた稲妻の槍はピンポイントで神楽さんに(だけ)刺さり、周囲に雷撃が迸る。
どういう原理でやってるのかはわからないが、何故かメリアリスさんに影響はないようで、神楽さんの奇声だけが耳に届く。
「ねえ、ミーリャ。私、帰っていいかしら?」
「そう言うわけにもいかないよ、アーシャ。私も同意見だけどね」
稲妻がおさまるまで数秒。その後には、床にうつ伏せで倒れている神楽さんと、あわてふためいているメリアリスさんの姿。
その様子にドン引きしているジークさんを尻目に、道場内へと足を踏み入れていくみそぎちゃんの背中を追いかけて。
「あ、ミラちゃん!」
「がはっ!」
私を見つけたメリアリスさんが立ち上がり、介抱していた神楽さんの頭を床に落としたのは見なかったことにしようね。
四方八方に乱立するタワー