手紙と証と兎さん
「しかし、まあ。カーミラ姫がこいつらの主になっていたのは、予想外だ。何か迷惑はかけていないだろうか?」
「二人とも、よくやってくれたと私が保証する。現在、なぜか私を中心にしたクランを作ろうと言う話があってね……そこに、メイファちゃんやランファちゃん、みそぎちゃんも加わって欲しいというお話をしに来たのが、私の用事だね」
取り敢えず一旦落ち着いて、うにが冷めたお茶を取り替えた後にジークフリートさんが切り出した。
こいつら、と言うのは、私の正面。
ジークフリートさんを挟むようにして左右に腰かける、メイファちゃんとランファちゃんの事だろう。
ちなみにみそぎちゃんと(いつの間にか居た)キサラちゃんは私の左右、ミリアちゃんはくず餅モードで私の膝の上だ。
「それに関しては、こちらとしても問題は無いどころか、都合がいい。共に組合に行けば、手続きはすぐにでも終わらせられる」
「なら、良かった。キサラちゃんも、入ってくれるかい?」
「どこでも、ついてく。まもる」
「うん、ありがとう」
「みそぎも! みそぎもまもるのー!」
「そうだね、頼りにしてるよ」
「むふー!」
本来の目的はこれにて達成。
話をしながら目を通していた、ジークフリートさんから手渡された手紙を読み終わり、静かに閉じた。
差出人は、カンナカムイ・ルーゲナート。
鱗人の国、オフィウクスを統べる長で、真名を天津代常世毘売……あまつしろとこよのひめと言うらしいのだが。
季節の挨拶から始まり、よくある遠回しなご機嫌伺いの言葉が続き、突然手紙を出した事等への謝罪。
その他諸々格式ばった文字が続き、本題。
アスクレピオスの依代である神獣を連れ、薬学を一目で理解し覚え、ヒュギエイアの杯に選ばれた娘がいると、とある人物から教えられた事。
それらをふまえて、五百年前にイリス・アリエティスと共に姿を消した、アスクレピオスの娘。カーミラ姫なのではないだろうかと推測した事。
自らを、鱗人。その中でも特に古い種族である、龍と呼ばれる存在である事と共に、代々オフィウクスはアスクレピオスの代わりに龍が率いて来た事。
そして、私がアスクレピオスの娘であるとするならば、一度直接会って、それが真実かどうか確かめたいという事。
オフィウクスに来訪するかどうかは私に一任する事。
手紙を届けたジークフリート・ルーゲナートは自由に使ってくれていいという事。
さらに、ジークフリートに幾つかの贈り物を預けたので受け取って欲しいという事。
そして、封筒にオフィウクスへの通行許可証を同封したと記され、締めの挨拶、おまけのよくわからない追伸で手紙は終わったのだけれども。
手紙の入っていた封筒を手にとって見ると、確かに何か入っていて、手のひらの上で逆さまにしてみれば、転がり出てきたのはペンダント。
銀色に輝き、なんらかの紋章が刻まれたもので、それを目にしたジークフリートさんの目が驚愕に見開かれたのに気付いた。
「……これが、通行許可証でいいのかな?」
「ああ、間違いない。それがあれば、オフィウクスの領土内ならどこへでも……聖域や、宝物庫、生命の樹すら立ち入れる」
「なんか凄いものだって事はわかった……返した方がよかったりしない?」
とんでもないと勢いよく首を横に振られたついでに、絶対に無くさないようにして、大事に保管して欲しいとお願いされたのでインベントリに放り込んでおく事にする。
仕舞う前に軽く鑑定をかけてみたのだけれど、詳細どころか名前すら確認出来なかった。
これ絶対やべー奴だね、間違いない。
「まあいいか。それよりも、ジークフリートさんの用件は、把握した」
「すぐに結論は出さなくていいし、来てくれるとしてもカーミラ姫の都合に合わせてくれていい。梅花と蘭花も世話になったようだからな……この槍、改めてカーミラ姫の為に振るうと誓おう」
「一応、お母様……ノワイエ・ムフロン様に伺いを立てることになると思うけど、話しても構わないかな?」
「問題ない。ただ、他の奴等には内密にして欲しいと言うのが婆さん達の言だ」
「まあ、事が事だからね。用件は了承し、誓いを受けよう、ジークフリート・ルーゲナート。今後、よろしくお願いするね」
「梅花、蘭花と共に、微力を尽くしお仕えする」
「うん、ボクも尽くしますからね、ミラ様!」
「ええ、私も。火影蘭花、微力を尽くしましょう」
「うん、よろしく」
ジークフリートさんと、火影姉妹が頭を下げて、私もそれを受け入れる。
手紙を封筒に仕舞い、これもまたインベントリに放り込んで、お茶を口にする。
そして、改めて正面に目を向ける。
ソファに腰かけたジークフリートさんと、その両脇の火影姉妹。
こうやって並んで見ると、見た目だけなら親子にも見えるのだけれども。
ジークフリートさん、背は高くて体格も良く、しかし……お兄さんと言うよりは、おじ様と言った方がしっくりする外見をしているんだよね。
そして私と同じくらいの身長のメイファちゃんとランファちゃん。
うん……みそぎちゃんの言ってた事が本当なら、この三人はどうやら恋仲らしい。
「あの時の竜って、ジークだったんだよね?」
「ああ……お前らにはあっちの姿は見せてなかったな、そういえば」
「あら、私は気付いていましたよ? 気配など、そのままでしたから」
「なの、みそぎも気付いてたの。まじなの」
「まあ、悠長に挨拶してる場合でもなかったけどな。お前らが襲われてるの見たときは肝が冷えたぞ?」
膝の上のミリアちゃんをぷにぷに突っつきながら、観察を続ける。
メイファちゃんはジークフリートさんの膝に両手をついて、乗り出すように見上げながら話し、その反対側ではそっとジークフリートさんの腕に自分の腕を絡めているランファちゃん。
そしてみそぎちゃんは話が終わったと見るやちょこちょこと対面のソファの後ろに回り込み、ジークフリートさんの頭の上によじ登ってからぺしぺしと叩いていた。
「ああ、そうだ。メイファちゃん、ランファちゃん」
「あ、はい。なんでしょう、ミラ様」
「如何なさいましたか、ミラ様?」
そういえば。
クランの事だけでなく、あの事も伝えておかないといけないなと思い出した。
といっても、先程決まった事であるし、思い出したというほど過去の話でもないのではあるが。
「おそらく、数日したら私はプトレマイオス連邦へ向かうと思うんだけど」
「プトレマイオス連邦へ、ですか?」
そう首を傾げたのはランファちゃん。
同じように首を傾げるメイファちゃんとみそぎちゃんが可愛いのは置いておいて、とーまくんやノアさんと話した内容を、住民向けの言葉に変えて。
プトレマイオス連邦で新しい島が見つかって、その調査依頼として王国の組合に声がかかったこと。
私は神殿からの派遣と言う形で、新しく作るクランで参加しようと思っている事。
その為のクランの話をする為にやってきたのだと言う事を、ざっくりと簡潔に説明した。
「なの! もちろんみそぎもついていくの!」
「ボクもお供します!」
「……みそぎちゃん、メイファちゃん?」
「お前ら、卒業式に出ないつもりか?」
「なの!?」
「えっ!?」
「忘れてたんですか……」
……そういえば、この子達が私の依頼を受けたのって学校の卒業検定とかいう話を聞いた記憶があるね。
がびーんと固まる二人にやれやれとため息をついて、ランファちゃんが首を振る。
いつの間にかミリアちゃんと交代していたキサラちゃんに膝枕をしつつ頭を撫で撫で。
ミリアちゃんは何故かうに達に混ざってその辺を行ったり来たりしてぽよぽよ跳ねている。
「……ジーク!」
「……アホトカゲ!」
「誰がアホトカゲだロリ狐」
「ボク達の代わりに、ミラ様の護衛!」
「これはじゅーだいにんむなのー!」
「ランファちゃん、みそぎちゃん、気持ちはわかりますけど、落ち着いて?」
みそぎちゃんとメイファちゃんが何かいい始めたけど、手紙の最後の追伸に記されていた言を思い出す。
この手紙を書いたカンナカムイさんは、こうなる事を予測していたのだろうか。
私がメイファちゃんとランファちゃんと知り合っている前提だと言うわけでは無さそうだけど、ジークフリートさんが二人の女の子と何か言いあいを始めたら伝えてくれと頼む言葉が一つ。
「あ、ジークフリートさんが仕えるのはプトレマイオス連邦から帰って来てからでいいよ。カンナカムイさんからの手紙にもそう書いてあるし……私にはよくわからないけれど、二人の卒業式に間に合うように急いで帰ってまで、君にはやるべきことがあるんじゃないかな?」
「んなっ」
「それじゃあ、ミラ様の護衛が!」
「ひとりはあぶないの!」
「護衛に関しては神殿騎士達がいるから心配はいらないよ」
そして、その言葉を伝えた後は出来るだけ自然に席を立って、三人にしてやってくれとも。
これ、私宛の手紙に書く必要がよくわからないのだけれど、たぶん何かしら意味があるのだろうと無理矢理納得してからソファから腰を上げる。
みそぎちゃんに手招きをしつつ、キサラちゃんの手を握り。
ぴょこぴょこ跳ね寄ってきたミリアちゃんをキャッチする。
「えーと、ジークフリートさん?」
「……ジークで構わない、カーミラ姫」
「せっかく書いてやったんだから、さっさと言え。このヘタレ……だそうだよ」
「あんっの……ババア!」
こてりこてりと揃って首をかしげる火影姉妹に、激昂を顕にするジークさん。
私にはやっぱりさっぱりなんの事かよくわからないけれど、ここまで効果覿面らしい遠隔お願いに感心しつつ、お邪魔しましたと告げて部屋を後にする。
後ろで呼び止めようとする声はスルーだね。
「みそぎちゃんも、卒業式はちゃんと出るんだよ?」
「……みぃ、ママは、きぃに任せる」
「ぐぬぬ……きさらねーね、ママはまかせたの」
「……ん!」
若干無理矢理だとは思うが、まああの三人が恋人同士だと言うのなら、突然押し掛けていつまでも水入らずを邪魔するのもなんだしね。
ちゃんとうにがついてきているのを確かめて、くず餅ミリアちゃんを頭の上に。
「みそぎちゃん、メリアリスさんが今どこにいるかわかる?」
「なの。ママならたぶんくみあいなの。かーさまにあいにいくっていってたの」
「組合かー。お母様に外出許可を貰わないとね……あとは、彼女かな」
……と、噂をすれば。
「プリヴィエート、ミーリャ? 随分と……お友達が増えたみたいね?」
廊下の角から現れた、よく知る声と、その姿。
赤と白の巫女服に、赤みのかかった金髪に、ツインテール。
頭の上から垂れる兎の耳と、真っ赤な瞳。
何故かとっても久しぶりに感じるのは、不思議な気分。
「やあ、アリシエル。ちょうど捜してたんだよ」
「そう? 私も、捜してたのよ? ええ、とっても、会いたかったわ?」
……我が愛しの幼馴染み様が、とてつもなく怒っているように感じられるのは、何故だろう?
いちまんぽいんとこえました。ちょーかんしゃ