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幕間『オフィウクス』





「ふうむ……にわかには信じられん話なのじゃ」

「なんの確証もなく、わざわざあたしが戻ってきたと思うのかい?」

「そうは言ってものー。アスクレピオス様の化身を連れた金羊の娘……この数百年、何人の偽物が現れてきたと思うのじゃ」


 カコン、と鹿威しが鳴る。

 縁側に腰掛けるのは一人の老婆と、もう一人。

 銀色の髪と、青い瞳。

 白と黒の巫女服を身に纏った、少女と言っても良い年ほどの、年若い娘。


「そこにも書いてある通りに、スピリアを二匹連れて、ヒュギエイアの杯に選ばれるような娘だよ。本物以外に説明がつくかい?」

「……勘違いとかではないんじゃな?」

「くどい」


 ふうむ、と唸るのは年若い銀色の少女。

 数枚の手紙と思わしき紙の束をひらひらと揺らし、今一度それに目を通して行く。

 いい加減に認めろと言わんばかりに、少女を睨む老婆がひょいと手紙を取り上げ、折り畳んでは放り投げた。


「場所はレオニス王国、か」

「一応、金羊の聖女が保護して、養子として迎えたらしいから……まあ、暫くは奴らも手は出せないと思うよ」

「ムフロンか……姉上の同胞だった娘じゃな。運が良かったと見るべきかのう」

「悪くは無いだろうね。国に取られてたら、最悪だった」

「それには同意するしかないのじゃー」


 湯飲みを手に取りずずずと啜る。

 湯気が浮かび霧散するのは雲ひとつない空。

 茶柱の立った薄く濁る水面に花弁が落ちる。

 桜色が咲き誇る木々に囲まれた、古めかしい日本庭園を望むそこで風が哭く。


「それで、どうするんだい?」

「一度、会うてみるしかないのう。真実、アスクレピオス様の神子であるならば、我らが永く待ち望んでおった主たる存在。このオフィウクスの王となるべきお方なのじゃー」


 かこーん、と。

 庭園と、魚の泳ぐ池。

 枯山水が広がり、花びらが舞う。

 鹿威しが存在を主張して、池に住まう魚が跳ねる。


「しかし、儂がここを離れるのは、ちと厳しいのう……」

「あたしも無理だよ。一応、向こうでの仕事もあるからね」

「困ったのじゃー」

「そうさねぇ」


 ずずずーと、茶を啜る音が二つに増える。

 老婆、ニトゥレスト・ソルシエールと、見目にそぐわぬ古めかしい言葉を使う少女が湯飲みを傾ける。

 暖かな日射しに穏やかな時間が流れる、平和を体現したような空間。

 どうしようかのー、そうだねぇ、と。

 益体も無い言葉を交わし、茶が無くなるまでそれは続き。

 再びかこんと鹿威しが鳴ったところで、ドカドカと静寂を破る音が響く。


「おい、婆さん。いい加減、判をくれ!」

「呼ばれとるぞ、ニーナ」

「あたしよりふた回り以上も年取ってるあんたに言われたくはないねぇ」


 庭園を望む縁側に新たに現れたのは、大男。

 二メートルは越えるであろう身長に、隆々とした肉体。

 黄金に輝く髪と青い瞳を持つ、熟練の戦士を思わせる風貌の男が言う。


「アホな事言い合ってないで、さっさとこれに判を寄越せ。あいつらの卒業に間に合わなくなったらどうしてくれる」

「おう、おう。ついこないだまでおしめしてた坊主が、変わるもんなのじゃ」

「そうだねぇ。俺は一生独身でいいとか言っておった癖に、突然帰ってきたと思ったら婚姻の許可をくれ、だったかい?」

「のじゃのじゃ。腹抱えて笑ってしもうたのじゃ」

「わかった、喧嘩売ってんだな? 婆さん相手でも容赦しねぇぞ?」


 ケラケラと笑う少女に、拳を握り固めて震える男。

 老婆はと言えば男の手からまた紙束を取り上げ、今度は捨てずにパラパラと捲る。


「獣人の娘。それも、同時に二人も。どこで育て方を間違ったのやら」

「ニーナ婆さんに育てられた覚えはねえよ!」

「そうじゃそうじゃ、ジークは儂が育てたのじゃ!」

「うるせぇロリバババアさっさと判寄越せ」

「育ての親になんたる言い草じゃ、儂は悲しいのじゃじゃじゃじゃじゃじゃ、暴力は反対なのじゃー!」


 両手で目元を隠して泣き出す少女と、そのまま顔面を掴んで握り……アイアンクローしたまま少女を持ち上げるジークと呼ばれた男。

 流石に堪えたのかじたばたと足を動かして騒ぎ立てる少女に、やれやれと老婆が首を振りため息を一つ。


「ああ、そうだ。良いことを思い付いたよ」

「のじゃ?」

「あん?」

「判をやるかわりに、ジークに任せちまえばいいのさ」

「その手があったのじゃ!」


 老婆の言葉に賛同するように、少女が声を上げると拘束をすり抜けるように地面に下りる。

 未だ状況がわかっていない男をよそに、颯爽と詳細を詰め始める老婆と少女。

 男は男で、己の目的を果たせるやもしれぬ言葉を聞いて。

 立ち去ろうにもできず、意味がわからんと呟きながらその場に腰を下ろす。


 そして、十と数分程経って。


「ジーク、仕事なのじゃ」

「話だけなら聞いてやる」

「レオニス王国に、アスクレピオス様の娘……神子様らしきお方が現れたそうなのじゃ。名をカーミラ・アリエティス……今はミラ・ムフロンと名乗っておるそうじゃ」

「……おい、それってまさか」

「そのまさかじゃ。我らの姫君……やもしれぬ。それを、儂はこの眼で確かめる必要がある」

「報酬は、婚姻を認める判と、宝具を一つ、先払いだよ」

「内容は、神子を護りこのオフィウクスに無事連れてくる事。期限は設けぬ、神子にも都合があるじゃろうしの。じゃから、お主の仕事はそれまで守護し、しかして必ずや儂の前に連れてくる事じゃ。ついでに、祝福してやるから嫁二人も連れて来るといいのじゃー」

「ちなみに、受けない場合判は無しだ」


 どうする、と。

 二人してそう問いかける女の眼に否応はなし。

 ガリガリと頭を掻いて、数瞬。

 眼を閉じ、再び開いた男の瞳孔は細く。


「顔写真やらの資料は?」

「あたしが後で似顔絵を描いたげるよ」

「確証はあんだな?」

「ヒュギエイアの杯に選ばれたらしいのじゃ。お主なら感覚でわかるじゃろ」

「……明日までに全部用意しとけ。宝具は何持っていっても文句は無いな?」

「構わんのじゃー」


 静かに腰を上げて、もう話すことは無いと言わんばかりに早足でその場を立ち去る男、ジーク。

 その背を見送り少女が笑う。


「んでは、儂はゆっくり待たせてもらうとするのじゃー」

「あたしはもう暫くしてから向こうに戻るとしようかねぇ」

「これから忙しくなりそうなのじゃー。神子様も、あやつと合流するまで無事でおればよいのじゃが」

「ま、あの子なら上手いことやるだろうさ」

「それは、ジークなのか、神子様なのか、どっちの事なのじゃ?」



 そして、ニトゥレスト・ソルシエールは蒼天を仰ぎ、瞼を閉じる。

 彼女が想うは、弟子たる娘。


「さて、どっちだろうねぇ」

「のじゃー」







十章スタートですね

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