着替えと進化と過保護疑惑
「神装・アイギス……ミラちゃん、愛されてるんだねぇ」
「過保護が過ぎると思うけどね、私の周りの人間は」
やれやれ、と。
メリアリスさんにそう返しながら装備一式をインベントリに収納する。
そんなことないよと苦笑するメリアリスさんと当然なのと鼻息を鳴らすみそぎちゃん。
『……!』
「おや」
ぽよん、と。
膝に抱いていたくず餅ミリアちゃんが軽く跳ねて、私の意識を向けさせる。
私が気付いたのを確認したミリアちゃんはうねうねと形を変えて、最初に見た女の子の姿へと変わる。
神獣化しても特に見た目に変化はないらしく、元のままのようだ。
ただ、感じられる気配と言うかなんというか。
存在感のような物が以前よりも凄まじい事にはなっているね。
『……っ』
「ん?」
膝の上から降りて、私の左隣に移動したミリアちゃん。
ぺたり。
先のない腕に触れたミリアちゃんの腕が、どろりと溶けて形を崩す。
メリアリスさんとみそぎちゃん、キサラちゃんが同時に息を呑む音。
液状と言っていい程に原形を失ったミリアちゃんの腕は、肩から先が分離して。
そのまま、彼女が触れていた私の左腕へまとわりつき、傷口を包み込んでゆく。
そして、ぐねぐねうにうにと蠢いた後。
ミリアちゃんから分離したそれは次第に色を得て、その形は元々あった筈の私の腕と同じに変わる。
「実際に見ると……凄いですね」
「……ミラママ、なんで腕無いの?」
「敵襲?」
肩から先の無くなったミリアちゃんはと言うと、軽くふんすと力むだけで新しい腕が生えていた。
生えたというよりも、スライムだから形を戻したというだけなのだろうけども。
ちなみに、人の姿に戻ったミリアちゃんはきちんと服を着ていて、スライムになる際に服は身体の中に取り込んでおいたらしい。
「まあ、腕に関しては秘密にしておいて欲しいかな。誰にも言っちゃダメだよ、みそぎちゃん、キサラちゃん」
「なの、わかったの。秘密なの」
「敵襲じゃないなら、いい」
ぐーぱーとミリアちゃん製の左手を動かしてみる。
原理はよくわからないがキチンと私の意思通りに動くようで、さっきついていた時のスライム腕よりもしっくりと来るし、ぎこちなさも無くなっていた。
一応鑑定してみたのだけれど、ミリアちゃんの分体であり、装備の義手という扱いにもなっているようだ。
分類的には防具であり武器であり使い魔……らしい。
「ありがとう、ミリアちゃん。うん、助かったよ」
『……!』
ふんすふんすと鼻息を鳴らしていたミリアちゃんを抱き抱えるようにして撫で回してみる。
もちもちぷにぷにかつひんやりしていて、実に気持ちいい。
抱きつき返してきたミリアちゃんを撫でくり回すこと数分程。
ようやく満足してミリアちゃんを解放すれば、そのまま膝の上に乗って来たので後ろから抱き締める。
「おまたせ……何してるの?」
『……?』
「なの。みそぎもママに撫で撫でして貰ってるの」
「……同じく」
「ミラちゃん、実は天然さんだよね」
対面に座るメリアリスさんの両側から抱きついているみそぎちゃんとキサラちゃん。
二人ともメリアリスさんに頭を撫でて貰っていて、メリアリスさんは苦笑しながらも二人の要望に応えている……そんな光景が広がっていた。
私が天然かどうかはともかくとして、うん。メリアリスさんはみそぎちゃんのママだもんね。
「それよりも、さ。ミラちゃん、さっきの装備、着てみないの?」
「なの、見たいの」
「興味ある」
そういえば詳細の確認はしたけれど、どんな衣装かは見ていなかったね。
指輪二つとヴェールはわかるけど、服は広げていないし、そのまま仕舞ったのでデザインやらは見ていなかった。
黒の祭服みたいに人前で着にくいものだったら困るし、こちらも事前に確認しておく必要もあるだろう。
「それじゃあ、着替えてみようかな。ミリアちゃん、サビク、ちょっと待っててね」
『……?』
『ぴ!』
そうと決まれば、ミリアちゃんを膝から降ろして席を立つ。
サビクはテーブルの上でくねくね踊っているし、まあ置いておいてもいいだろう。
ありすさんはスピリアの姿になって、那由多と刹那の間に挟まっていた。
二人の撫で撫で要求から逃げたのだろうか、狸寝入りを決め込んでいるらしい。
「ここで装備を変えてもいいけど、それじゃあ面白くないからね。一度部屋に引っ込むよ」
「ええ、楽しみにしていますね」
「なの、ニューミラママなの」
「……期待」
『ぴ。おきがえ!』
『カァ』
『かぁ』
メサルとティムはまだダイアリーの中なので、そのまま連れて寝室へ。
何匹かのうにが付いてくるが、メイドっぷりが板についてるよねこの子達。
パタンと背後で閉じた扉から離れ、ベッドまで移動して腰かける。
とりあえず先程収納した装備を取り出して、ベッドに並べてみた。
「ふむ」
まずは二つの指輪を手に取った。
名前は至ってシンプルだったよ、うん。
アスクレピオスの指輪と、ジェミアの指輪。
その、なんだ。
既に私が持っている、アリエティスの指輪と同じ、なんの効果もないイベントアイテムだった。
ジェミアの指輪はもう一つあるらしいが、それはメリアリスさんが持っているんじゃないかな。
「指輪は……まあ、置いておこう。ジェミア様のはつけといた方が良さそうかな」
一応、ジェミア様の聖女にもなったし、こっちは隠さなくてもいいしね。
アスクレピオスの指輪をインベントリに放り込み、ジェミアの指輪を指にはめる。
次に手に取ったのは、今までよりも長めのヴェールで、ヘッドドレス付きのもの。
少しばかり装飾やら細かい部分が変わっていたり増えていたりするが、ベースは前のと同じ黒いヴェール。
装備の能力的にも黒のヴェールと殆ど変わらないようで、ヘッドドレスが付いているかどうかの違いしかなく。
これならその時の気分で使い分けてもいいね。
「で、本命なんだけども。今までとはまた、別の方面で来たね」
『ミラちゃん、早く着てみよー!』
『ミラ様、直接装備致しますか?』
「んー、じゃあよろしく」
『畏まりました』
一旦全てインベントリに収納して、ダイアリーの機能を使って纏めて装備してしまう。
立ち上がって、部屋の隅にある姿見の前へ。
頭を覆う黒いヴェールは視界を阻害する事なく、鏡に映る私を見せる。
どういう原理なのかねこれ。ゲームだからって言われたらそれまでなんだけども。
「見た感じ、ファー付きのインバネスコートって所かな?」
インバネスコートとは、あれだね。
手首までくらいの丈があるケープと一体化した、袖無しのロングコートだ。
シャーロック・ホームズが描かれる時に着ている奴だね。
くるりと身体を捻り、一回転。
コートを広げたり、一旦脱いだりして一通り確認する。
全体的には、アスクレピオスの装備ということで黒を基調とした色合いだね。
ケープやコートの裾等、色んな所に白金色のもこもこしたファーが付いていて、羊っぽいイメージを感じさせてくれる。
コートの下も黒く、こちらはフリルが施された膝丈のワンピース。
腰部分には白金色の長いリボンが巻かれ、尻尾のように垂れ下がっている。
リボン自体は丈の長いコートで見えないとは思うのだけど、コートを脱いだ時にも見映えがするようにという意図なのかな。
ケープ付きの袖無しのコートに、袖無しのワンピース。
ヴェールを纏い、最後に大きく裾が広がった黒い飾り袖を装着すれば神装アイギスの完成である。
そこに双剣の剣帯を取り出して腰に巻き、刀も取り出して左右に差す。
「……聖双剣イリス、か」
鏡に映ったそれに視線が向かう。
アリエティス母様の遺した剣。一本抜いて、目線の高さまで掲げて瞳を映す。
数えるくらいしか使うこと無く、目まぐるしく装備が増えたり変わったりして。
近接武器としては、現状最も私と相性のいいらしい事がわかった刀を使う事になりそうで。
取り回しの良いこの子達の出番が無くなるとは思わないけれど、やはり思うところがあると言う奴だ。
どうにか、この子達も一緒に使ってやれない物かと思案するが、刃が伸びるとは言え補助装備の短剣。
牽制に投げたりといった使い方くらいしか思い当たらないのは、私の知識不足故だろう。
「かと言って、投げるだけならこの子達を使う必要、無いしなあ。かといって、仕舞い込むのもなあ」
『ミラちゃん、ミラちゃん』
『相変わらずの建設力でございますね』
「はい?」
手にしていた短剣が輝き、手元から消える。
え、と声に出すよりも早く、二本の短剣は光に変わって。
くるくると私の周囲を回りながら、一つの大きな輝きへと融合する。
この感じ、前にもあったけれど、そういう事でいいのだろうか。
それにしてもご都合主義と言うかなんと言うか。
装備一つ一つにAIでも仕込まれているんじゃなかろうかと思い始めてしまう程度には、この剣は私の思考に反応するらしい。
『成長する剣の面目躍如、ですね』
『サビクちゃんといい、ミリアちゃんといい。みんな成長期って奴だね!』
「それなら私の背丈も伸びて欲しいところだね」
とまあ、自分の身長に恨み言を言いながら、手元から離れて行く光を追う。
天井付近まで浮かんだ光は動きを止めて、大きく膨らむ。
今度はどんな風になるのやらと見上げ、様子を見守ること数秒。
輝きは大きな一つのそれから、小さな六つの光へ分かれる。
「……増えるの?」
『増えるみたいだね』
『ミラ様、腕は何本生やせますか?』
「ミリアちゃんに聞くしかないね」
六つに分かれた光はくるくると回転しながら、私の元へ。
ちょうど、左右に三つずつ。
私の腰あたりの高さで止まった光は縦に伸びて、その姿を剣へと変える。
「……これは」
『……成る程』
『腕、生やさなくてもよさそうだねー』
光から現れたのは、装飾の施された黄金色の六本の細剣。
切るよりも突く事を意識したそれは切っ先を下げて、私の腰回りを囲むように、宙に浮かんで静止する。
全て同じ装飾と長さの剣が、スカート状に並んで六本。
一本一本に意識を向ければ、向けた剣がぴくりと動いて反応を示す。
「ええと……」
『聖双剣イリスが進化し、聖装剣イリスになりましたね……思考による遠隔操作と、自動防御を行うとあります。武器であり防具でもあるアクセサリー、という分類ですね』
『魔力で浮かんでて、ミラちゃんの命令で飛ばしたりできるらしいよー』
聖双剣では使えないから、装飾扱いの聖装剣になって、握らなくても使えるように応えた……でいいのかな。
私の意思で動いて、自動で攻撃に反応して防御を行う剣が六本。
この状態を維持するには魔力を使うみたいだけど、気にする程の量でも無いようで。
「……ケープのある上半身に比べて下半身が少し寂しかったけど、これでバランスが取れる……ね?」
『進化して、他にも機能が追加されたようですので、こちらで整理して纏めておきますね、ミラ様』
『なんかすっごい呼ばれてる気がするから、先にみんなに御披露目しよー!』
「ああ、うん、そうしようか……でも、剥き身の剣は流石に危な――」
刀身が光を纏って、鞘に収まった。
「――うん、行こうか」
『きっと、この子もミラ様の事が大好きなのですね』
『ミラちゃん風に言うと、過保護ってやつー?』
「ついに装備にまでかー」
この後扉を開いて寝室を後にすれば、部屋にはノアさんが戻って来ていて。
新たな装いと、その装備達の詳細に気付き、さらにミリアちゃんの変化にも気付き。
やっぱりと言うかなんというか、再三と崩れ落ちるノアさんを介抱して、その日は予定が終わったのでした。
九章・了
ついに
無機物