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第8話 三叉路

 学園の近所には噴水がある公園がある。

公園では、老夫婦や小さい子ども連れの家族が、想い想いの時間を過ごしている。


 その一角のベンチに千秋は座り込んでいた。

ただボーッと噴水が作り出す虹に見入って……。


(どうして……?和美……。どうして叩いたの?)


 大親友のはずの和美に叩かられたこと……。

それは本当に千秋にとってはショックだったのだ。


 ちょうどこの公園を出たところに交差点がある。

その交差点は、初めて千秋が和美と出会った場所だ。


(和美ったら、めちゃくちゃ私を見てたんだよね……ガン見だったな)


出会った時のことを思い出すと、その時の彼女の表情が思い浮かんでくる。

千秋は自然と口元を緩ませた。


(でも……。絵美と付き合ってるとか言ったら……。その上、私がサキュバスだって話したら……)


そのことを考えると、千秋は負の感情のループに入ってしまうのだった。


***


『お嬢様! 見つけましたよ——。和美様と絵美様が探しておいでですよ。さあ、帰りましょう‥‥』


聞き覚えのある念話が聞こえ、ようやく千秋の意識が現実に引き戻される。

気がつくと、周りは暗くなっていて、公園にいた人々はまばらになっていた。


(……四十雀……。こっちきて……)

『どうされました?お嬢様……?』


いつもだったら、うるさいとか突っかかってくる主が、今は妙にしおらしい。

その上、泣いていたのか、目が赤くなっていた。


四十雀はそっと主の肩にとまった。

きっと自分がリリスのところに行ってる時に何かあったんだろうと、四十雀は思った。


(ねえ……私、サキュバスだよね……?)

『まあ、そうですよ』


(サキュバスって、人間に恋しちゃいけないの?)

『……かつてはたくさんいましたよ』


懐かしむように、四十雀は目を伏せた。


四十雀は昔のことを思い出した。

自分自身、人間……それも好きになってはいけない人を愛してしまったから。


(だったら、その先輩サキュバスたちは、好きな人や友達に、自分はサキュバスだ!って話したのかな?)


ライトアップされた噴水を見ている千秋の横顔は真剣だった。

その横顔を見て、四十雀は真摯に言葉を紡いだ。


『お嬢様……。何があったのですか?ご親友や絵美様に、ご自分の正体をお伝えしなきゃならないようなことがあったのですか?』

(…………四十雀……。私ね……。和美と喧嘩しちゃったんだ……)


四十雀は小首を傾げて、主の言葉を待った。


(和美にね、叩かれたんだ……)

『…………!』


四十雀にとっても、それは驚きだった。


 主の周りで、和美という人間を2年以上観てきた。

何の理由もなく、親友に危害を加えたりはしない……そう思っていたから。


きっと理由があるに違いない。そう思って、主の言葉を静かに待ってみる。


(たぶん……たぶんだけど、絵美と仲良くなったのがいけなかった……んだと思う)

『なるほど……。和美様は絵美様が羨ましかったのだと思います』


(羨ましい……?)

『はい。さようです。嫉妬……なのかもしれません』


 四十雀には心当たりがあった。

出会った時から、和美は千秋に憧れ以上のものを持っていた。

そのくらいのことはわかっていた。


(……でもさ、四十雀。和美には、絵美ちゃんの方が佳之くんより好きだって言える?)

『それはどういうことでしょう?お嬢様が女性がお好きだって意味でしょうか?』

(……私がほんとは女性が好きだってこと。恋愛対象だってこと……よ)


語尾がだんだん小さくなって、頬を染めてしまう千秋。


(それってさ……レズじゃない?)

『……気にする事ですか?』


 サキュバス族は性愛を人間に教えてきたという自負がある。

別に同性愛であれ、何であれ、それは偉大なる愛の一部に過ぎない。


それが淫魔界の暗黙の教えのようなものだ。


だが成人になる前に地上に降りた千秋は、そんな教えを知らないのだ。


(人間界では女の子は男の子と恋愛するのが普通だよ……)


 お嬢様、そんな狭い考えでは、と四十雀が言おうとした時、千秋は畳み掛けるように自分の想いを伝えてきた。


(それに……絵美ちゃんを好きになった最初のきっかけって、私自身のサキュバスの力でしょう?)

『……最初は確かにそうでしたね』


 最初、千秋にとっては、一条絵美は獲物に過ぎなかった

 

 同性への《吸精》は対異性よりも効力が落ちる。

とはいえ、たった一回の《吸精》で、逆に絵美の虜になってしまったのだった。

それは今から考えると、千秋の好みが女性に向いていたからなのもしれない。


(私……和美や絵美ちゃんに化け物だって思われたくないよ……)


 そういうことでしたか……。女性が好きなこと、サキュバスだということ。

それがごく普通の人間からしてみたら変に思うんじゃないかって、不安に思われていたのか……。


ベンチの上で両足を抱え、今にも泣きそうな我が主を見て、四十雀は言った。


『お嬢様……。今のお嬢様はお嬢様らしくありません! いつも私に悪態をついて、乱暴なことを平気でバンバン言う鬼畜な貴女はどこに行ったのです?』


ますます縮こまってしまう千秋。


『それに……。絵美様自身を好きなのでしょう? 和美様自身が好きなのでしょう? 女の子同士だからとか、サキュバスだからとか……。全く関係ないです!』


ハッとして顔をあげる千秋。


千秋には『らしく』生きて欲しい……。

そう思って、更に四十雀は言葉を続けた。


『私は……どんなに乱暴でも口が悪くても、前のお嬢様の方が好きです! 今のお嬢様はお嬢様じゃありません! しっかりしてくださいよ!』

(……そうだったわね……。私が好きなのは絵美や和美という人だもんね)


わかったわと言わんばかりに、勢いよく千秋は立ち上がった。


***


「あ、いましたよ!和美先輩!こっちです」

「あ……探したよ、千秋……」


立ち上がろうとした千秋を絵美たちが見つけた。


「……絵美ちゃん、それに和美……」

「千秋……。あのね……わ、私、まず引っ叩いてごめん」


絵美に同じ千秋大好き親衛隊でしょ?って言われた和美。


彼女はもう迷わなかった。

千秋を目の前にして、胸の奥にしまってあった想いが溢れてくる。


どうしていいかわからずに、どぎまぎしている千秋。

その姿が入学当時、あの交差点で迷子になってた姿を思い出させた。


(心臓がバクバクしてる……なんか視界が狭くなって、千秋しか見えない……)


「千秋……好きだよ」


気がついた時、和美は千秋をそう言いながら抱き締めていた。


「……え……。か、和美?」

「何回言わせるの?千秋……好きだって言ったんだよ……?」

「……和美」


思わず千秋は、和美の背中に両手を廻して抱き返した。

和美の体温と耳元に聞こえるすすり泣きだけで、彼女の気持ちが千秋には伝わってきた。


(ようやくスタート地点に立ったんだ……。堂々とアプローチできるわ!うふふ……)


そう思いながら絵美は感慨深げに、そんな2人の抱擁を見ていた。

これでシリアスモードを一旦解除しますね

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