第7話 和美の交差点
シリアスな場面は次話区切りです
*11/19:加筆修正
その日の午後、千秋は授業を休んだ。
彼女を叩いてしまった手の平を和美は見つめる。
(……初めてだ……千秋と喧嘩したのって……)
いつも千秋が座ってる席に、今、彼女はいない。
それだけで、和美は胸が抉られる思いがした。
あの輝くような笑顔……。からかうと全身ではにかむ千秋。
その全てが、今、和美の目の前になかったのだ。
***
窓から校庭を見下ろすと、真新しい制服を着た1年生たちがはしゃいでいた。
(私たちもあんな時があったんだよね……)
ふと、校庭を見ながら、初めて千秋に出逢ったことを思い出した。
あれは、高校1年の春のある日、和美は学園へと急いでいた。
ちょうど桜並木前の交差点で、オロオロしている少女が和美の目に入った。
その少女は黒髪のロングヘアで、透き通るような白い肌をしていた。
モデルのような抜群のスタイルで、美しい顔立ちだ。
(すっごい!美人……。きれいだなあ……って、うちの生徒じゃない?)
「あのう……。道に迷ってます?もしかして?」
「あ、はい……。佐久間学園って、ここを渡ればよろしいのでしょうか?」
鈴の音が鳴るような、それでいてハッキリとした声が、その少女の唇から紡ぎ出される。
鼓膜をくすぐるようなその声に、思わず和美は彼女の口元を見た。
まるで別の生き物のように艶めかしく輝く唇……。
( 何だろう?すごくドキドキする……女の子が好きなわけじゃないのに)
「あ、あの、私もその学園の新入生なんで、一緒に行きましょ?」
「ありがとうございます。貴女のお名前は?」
「あ、私は、宮脇和美。和美って呼んでね」
「和美さんですね。私は芳村千秋と申します」
「ねえ……。千秋さんって呼んでいい?」
「あ、はい」
桜の花びらが開くような笑顔に、和美は吸い込まれそうになる。
自分の胸のときめきを隠すように、和美は千秋の手をとって並木道を歩いていった。
***
(あの子、どこのクラスだろう……)
まだ入学したばかりで、和美は友達がいなかった。
さすがに1人でお弁当を食べるのは寂しい……。
そこで、今朝、知り合った千秋と、一緒にお弁当を食べようと思っていたのだ。
廊下をうろうろしても千秋はいなかった。
それぞれのクラスを覗いてみても、彼女はいなかった。
(はあ……。どこ行ったのかな……千秋ちゃん。あの子も友達いないはずだよね?)
しかたないので、1人でお弁当を広げるために屋上へと行ってみた。
屋上なら見晴らしもいいし、天気もいいので、寂しさが和らぐだろうと思ったのだ。
「あれ……?今朝の……?」
自分の頭上から鈴の音のような声が聞こえた。
ふと、振り返ってみると階段室(ペントハウスって言うらしい)の上で、探していた少女——千秋が手を振っていたのだ。
それが千秋との再会だった。
(……あの後、私たちは屋上でお弁当、食べたんだったなあ……)
まるで遠い遠い過去のように、和美は目を細めた。
***
「…………美!」
「……和美!」
「和美ってば!部活の時間だよ?」
廊下の方からバレー部の連中が、和美を呼んでいた。
「……え?あ……。ごめんごめん、今行くよ!」
夢から覚めるかのように、和美は重い腰を上げた。
***
「ねえ?千秋は?」
「あ、部長。千秋先輩は来てませんよ」
部活に顔を出してみると、やはり千秋は来ていなかった。
(……私、かなり千秋を傷つけちゃったな……)
すぐにでも千秋を探しに、和美は行きたい気持ちだった。
「部長……?どうしました?すごく暗い顔してますけど?」
「絵美ちゃん……千秋は見かけた?」
「いえ……私も探してるんですよ。何かあったんですか?」
きっと、部長と千秋の間で何かあったんだろうな、と絵美は思っていた。
今朝、千秋が部長に呼び出されたことが、気になっていたからだ。
絵美は部長の顔を覗き込むように見た。
和美は、眉間に皺をよせて下唇を噛んでいる。
試合に負けた時でさえ、見たことがないほどの激しい苦悩。
「教えてください……。千秋先輩と何かあったんでしょ?」
「………………」
和美は顔を背けた。
本当は、目の前にいる絵美が羨ましかったのだ。
絵美を目の前にして、ようやく和美は自分の気持ちが少しわかってきた。
(絵美ちゃんに言えないよ……。絵美ちゃんに嫉妬したなんて……)
「部長!聞いてます?千秋先輩がいないと、インターハイ出れないですよ!」
「……そうだね……」
「……そうだねじゃないですよ、和美先輩!千秋先輩がいなくなったら……私……」
不安そうに声を震わせて、オロオロし出す絵美。
(そっか……。この子も千秋がいないとダメなんだ……。私も千秋がいないと……。
でも今、本当に苦しいのは、千秋なんだよね……。謝らなきゃ……)
「みんな!自主練習してて。絵美と一緒に、ちょっと千秋を探してくるからさ!」
「いいですよ、部長。心置きなく!」
元気一杯に和美たちを送り出す部員たち。
彼女たちもまた千秋がいなくなったと聞いて、不安になっていたのだ。
***
「絵美ちゃん、まず千秋のうちに行きましょうか?」
「……はい。部長。お家にいるかもしれません」
和美は千秋の家に行く途中、絵美に昼休みの出来事を話すことにした。
「あのね……絵美ちゃん。私、昼休みにね、絵美ちゃんと千秋の関係を聞こうとしたんだ……」
「……………」
千秋との関係を問いただしたと聞いて、絵美は顔を伏せてた。
心なしか彼女の頬が紅潮しているのが、和美にはわかった。
(やっぱり……。おかしいと思ってたんだ……)
「ねえ、ストレートに聞くね、絵美ちゃん……千秋と付き合ってるでしょ?」
「………………」
単刀直入に和美は絵美に尋ねてきた。
(ああ。そっか……。和美先輩も千秋先輩が好きなんだ……)
その真剣な目を見たとき、絵美はわかってしまった。
「……和美先輩も千秋先輩が好きなんですよね……きっと」
「………うん」
和美は泣きそうだった。
昼休みに好きな千秋の頬を叩いてしまった。
そのことを思うと、息が止まりそうなほど苦しい。
泣き崩れて壊れてしまいそうな和美を見てると、絵美も切なくなった。
同じ人が好きな者同士として、優しく和美に尋ねてみた。
「……和美先輩。本当、昼休みに千秋さんと何があったんですか?」
「んとね……絵美ちゃん……私ね。私、絵美ちゃんと千秋に嫉妬して、千秋を思わず叩いちゃった……。ごめんね、ごめん……ごめん……」
すすり泣きながら、何度も何度も、絵美に謝まる和美。
そんな先輩を見てると、絵美は自分が千秋にフラれたんじゃないかと感じてしまった。
「和美先輩……好きなんでしょ。千秋先輩のこと……それじゃ、私と同じ、”千秋さん大好き親衛隊”のようなものじゃないですか」
「……うん、そうかも」
和美は涙ながらに頷く。
今だから、なんとなくわかる。
昼休み、千秋先輩に部長は好きだって伝えたかったんだって……。
そう思うと、絵美はすっきりした。
そして、絵美は和美に宣戦布告をした。
「千秋先輩に告っちゃてくださいよ……。部長」
「………いいの?」
「これでおあいこですよ。私、和美先輩に負けませんけどねっ!」
その声はどこか清々しかった。




