第4話 下級生からのアプローチにタジタジ?
*しばらくガールズラブ要素濃厚です
絵美は自宅に帰ると、ビニール袋からそっと貸していた体操着を取り出した。
そして体操着ごとベッドにダイブした。
(はああ……素敵……これが千秋先輩の……香り…………)
うっとりと蕩けた表情で、体操着に染み付いた甘酸っぱい匂いに浸る。
(千秋先輩ったら……もう、大胆なんだから……)
一昨日、千秋に屋上に呼び出された時のことを絵美は思い出す。
呼び出された時、部活をサボって、弘と遊んでいることを咎められると思っていた。
ところが、千秋は自ら接吻してきたのだ。
もうそれは熱烈な愛の告白……絵美はそう感じていた。
千秋の口づけは甘く、いつも一方的な弘とは違っていた。
そう唇の感触も、匂いも……全てが……。
思わず絵美は自分の唇に、そっと触れてみた。
自然と胸がキュンキュンしてきて、切なくなってくる。
(……弘なんかより、よっぽどいいわ……。あんな乱暴な男、こっちから払い下げだわ……)
ふと、思いついたように、スマホを取り出す。
そして素早くメールを打った。相手は吉田弘。
絵美が一昨日まで付き合ってた男だ。
「よおし!これであの男と縁を切ったわ! 私は先輩が好きなのよ」
そう力強く自らに宣言し、絵美はメールを送信した。
***
(四十雀!四十雀!)
『……お嬢様。いかがされました?また遅刻ですか?』
もうすぐ校門が見える手前で、千秋は四十雀に念話で話しかけた。
(うっさいわね!またって何よ?
それよりさっきから背後から絵美ちゃんが近寄ってきてるんだけど?)
『……なんだかウキウキ気分で接近してますね。よく《魅了》されてますな』
(されてますな、じゃないわよ!どうすんのよ!)
『どうするもこうするも……。とりあえず無視するしかないのでは?』
(……それができれば苦労しないわよ! このトリ頭!)
「きゃ!」
突然、千秋は自分の腕に柔らかさを感じた。
その柔らかさの正体は絵美の腕と胸の膨らみだった。
「えへへ……。驚きました?千秋先輩っ」
「え、絵美ちゃん……。ど、どうしたの? こ、こんな……」
不意をつかれたとはいえ、絵美にくっつかれてしまった千秋。
絵美の突然の行動に、千秋の顔色は赤くなったり、青くなったり忙しかった。
(やべえ……。絵美ちゃんの胸……気持ちいい……)
制服から伝わってくる彼女の体温と柔らかさが、心地よく感じられる。
「千秋先輩! あ・さ・れ・ん。忘れてませんか?」
「…………あ、いけない……」
「さ、急いで行きましょ」
「え? ち、ちょっと……絵美ちゃんってば!」
絡めていた腕をぎゅっとすると、絵美は千秋と一緒に駆け出していった。
***
「絵美ちゃん………ハアハア……あ、ありがと。朝練、間に合った……ね」
「ハアハア……なんとか間に合いましたね。千秋先輩……」
朝一で一気にダッシュしたせいか、2人とも息が上がってしまっていた。
「へえ……。珍しいわね。絵美ちゃんも千秋も朝練に来るなんて……」
和美だ。
彼女は腰に手を回し、にやにやしていた。
「な、何よ……和美。にやにやして……」
「あはは!だって2人とも朝練なんて初めてじゃない?」
そんなことを言って、千秋たちをからかう和美。
笑い声が朝の体育館によく響いた。
でも2人には心当たりがあった。
裏稼業のため、千秋は朝起きるのがいつもギリギリだ。
絵美は絵美で、弘と夜遊びしていたので、朝練に出たことがなかった。
「……う。和美……。ゆ、幽霊部員で悪かったわね」
「まあまあ。千秋、これから出てくれるんだからいいよ」
ふくれっ面の千秋を可愛いと思いつつ、和美は妙なことに気がついた。
(それにしても……。千秋はともかく、絵美ちゃんが来るなんて……
絵美ちゃんは……さっきから千秋ばっかり見てるし、何かあったのかな?)
「さ。朝練だよ。2人とも。ほらあ、みんなもぼうっとしてないで!」
ふと湧き上がってきた言い知れぬ不安を打ち消すかのように、和美は号令をかけた。
その明るく張りのある声とともに、再び賑やかな音が体育館に拡がっていった。
***
「つがれたあ—— お腹すいたよ——」
昼休みのチャイムが鳴ると同時に、千秋は速攻でパンを買いに走った。
(さすがに朝からハードだった……。ダッシュに朝練とか、ありえないし!
これというのも、絵美ちゃんに付き合わされたからよっ!)
いつもの食パンの耳を買いながら、内心、そんな悪態をついていた。
その時、不意に後ろからツンツンと突かれたのだ。
「何よ?」
「あ……。ご、ごめんなさい。千秋先輩。これからお昼ですか?」
思いっきり不機嫌な顔で、千秋は振り返る。
そこにはびっくりした絵美がいた。
(あ——。 絵美ちゃんか……。ちょっと間が悪かったな。
ここはちゃんとフォローしてあげないと……)
「え、ええ。そうよ」
「じゃ、一緒に屋上でお昼にしません?」
「え?」
大人の対応をしようとしていた矢先、千秋は思いっきり意表を突かれた。
いつもトイレか中庭で、ぼっち飯が鉄板だったので尚更だ。
「さ!行きましょ」
また朝のように、絵美は千秋の腕を、強引にひっぱるのだった。
***
「あの、千秋先輩って、いつもそんなの食べてるんですか?」
絵美が不思議そうに、千秋が手にしているものを指差した。
そう。
千秋は食パンの耳を口に放り込んでいたのだ。
「ああ。私はパンの耳が好きなの」
「へえ。てっきり千秋先輩のことだから、もっとすごいものがお好きかと思っていました」
「まあ、痩せようと思ってるしね……」
(ほっとけよ! 貧乏なんだよ! 痩せたいのは確かだけど、)
一応、千秋はお嬢様だが、現実世界では違うのだ。
リアルマネーがないと、この世界では生きていけない。
たとえそれがサキュバスであっても、だ。
「すごい。私も先輩みたいになりたいなあ」
(絵美ちゃんも貧乏になれば? ん?こ、これは……やばいかも)
絵美の瞳が、千秋には妖しく揺らめいて見えた。
「ねえ。千秋先輩……。先輩のおウチに遊び、行っていいですか?」
「あ、い、いや。私のウチはだな……」
「だって千秋先輩って、あんまり食べてなさそうだから、作ってあげたいなって……」
よく見ると絵美の頬は上気して赤くなっていた。
「そ、それはありがたいけど……」
「じゃ、今夜行きますね」
(あ、そうじゃなくって……ありがたいけど遠慮するって……)
キンコンカンコ——ン、キンコンカンコ——ン!
絵美にちゃんと告げる前に、昼休み終了のチャイムが鳴り響いた。
***
(四十雀、四十雀!)
走って、2年生棟に向かう絵美の後ろ姿を見ながら、千秋は召使いを呼びつけた。
『珍しいですね。お嬢様が押されっぱなしだ。あはは』
(あはは、じゃないだろ? どうすんだよ! 絵美ちゃんが来ちゃうぞ)
『もうこうなったら、ありのままで行くしかないですな。
《魅了》が解けるまでは、無理に突き放せないですからね』
千秋もそのくらいのことは承知していた。
一旦、《魅了》をかけた人間を無理に突き放したら、精神的に不安定になることを。
甘かったのだ。
女の子相手だから、《魅了》の効果もそんなにないはずだって、千秋は思っていた。
それに自分自身が、女の子にこんなにときめいてしまうとは、考えてもみなかったのだ。
(……わかった……四十雀……こうなったら、とことん、絵美ちゃんに付き合ってやる)
千秋は後悔しながらも、心の奥底でドキドキしてしまっていたのだ。




