第2話 可愛い下級生の女の子とですって?
*ガールズラブ要素あります。
「腹減ったなあ……」
千秋はひとりで呟いて、沸いたお湯をカップ麺に注ぐ。
「あ—。仕事、受けるんじゃなかったわ……。コラ!四十雀、四十雀?」
ドンっと乱暴にヤカンをコンロに置くと、千秋はナビゲート役の小鳥を呼びつけた。
『何ですか? あ、またカップ麺ですか……お嬢様」
「何よ!文句あるわけ?」
『こんなものばかりお召し上がりになってるから、お太りになるんじゃ……』
「うっさいわね! 焼き鳥にしちゃうわよ!」
目尻を釣り上げて、目の前にいる小鳥の首を絞めるような仕草をする千秋。
そんな千秋の姿を見て、その小鳥 —— 四十雀は小首を傾げながら尋ねた。
『……お嬢様……悩まれてるのは、昼間受けた学園での案件でしょ?」
「……そうよ。だ、だって……女の子とキスなんて……」
ぷるぷると体をよじる千秋。
昼間、学校で逢坂はるかと契約してしまったのだ。
契約内容は一条絵美に弘くんを諦めさせること。
それは簡単なものではないことは容易に想像できた。
好きな相手を諦めさせるには—— 。
相手からフラれることか、自分で諦めてしまうこと……。
千秋としてはどちらも辛い。
自分が佳之くんのことを諦めたり、フラれたりしたら……。
いろいろ考え抜いた結果が、絵美を《吸精》してしまうことだった。
千秋が見ただけで《魅了》し、操れるのは異性だけだ。
一番手っ取り早く、直接的な《吸精》である接吻が必要だった。
《吸精》さえしてしまえば、《記憶操作》も《魅了》もできるからだ。
『別にいいじゃありませんか。接吻くらい……。お嬢様は男性がお好みなのですし』
「まるで男好きなような言い草ね!この作者はっ!」
(……わ、私は清楚なお嬢様のイメージで通ってるんだからね!)
口を尖らせ、顔が真っ赤にしている千秋を無視して、四十雀は狭い部屋の片隅に置かれた段ボールの上に止まった。
そのガランドウの箱の中にはカップ麺が残り3つ……。
四十雀は呆れるようにピィと鳴き、冷酷な現実を告げた。
『……しかしお嬢様……食料がないですよ。依頼を選んでる場合じゃないのでは?』
「あ——! バイトのお給料まであと5日もあったよ——」
彼女は、世知辛い現実に身をよじるのだった。
***
「千秋ぃ——。明日、部活、付き合ってくれないかなあ。今度の大会負けそうなんだよ」
「またあ——?和美んとこ、いい後輩いないの?」
「うちも人材不足でさあ。千秋ならナイスフォローしてくれると思うんだよね」
柔らかそうなショートボブを揺らして、和美が千秋の顔を覗き込んできた。
(きゃ!近い……可愛いなあ。やっぱり)
彼女の汗ばんだ甘い香りが鼻腔をくすぐる。
そしてこの誘うような笑顔がすごく魅力的に見えるのだ。
(はっ! 私ったら何考えてるの?、和美が好きだとか……。 そうじゃなくって……
あ、きっと、これから下級生を誘惑しなきゃならないから、敏感になってるんだ……)
しどろもどろしている千秋がおかしいのか、くすくすと微笑む和美。
(……実力あるくせに……。バイトの合間だけでいいんだけどなあ……)
和美はバレーボール部の部長だ。
幽霊部員だけど千秋のセッターとしての才能は本物だ。
(今度の大会は高校最後のインターハイ出場がかかってるんだ! 絶対、出て欲しいんだけどなあ……)
和美が期待して待っていると、千秋はため息をついた。
「……わかったわよ。和美。最後だからインターハイ出たいんでしょ?」
「さっすが、千秋!わかってるわねえ。じゃ、明日からね!」
満面の笑みを浮かべ、颯爽と部活に行く和美を見ると、千秋はちょっと嬉しくなった。
***
放課後、千秋は2年生棟の廊下で、せわしなく行ったり来たりを繰り返していた。
特にターゲットがいる2年3組を中心に。
(ショートカットで快活そうな子……。なんか可愛いかも……)
依頼主から貰った獲物の写メを見ていたら、正面から彼女が来た。
(わ!すげえ……。写メなんかよりもずっと可愛いっ!)
千秋には一条絵美はきらめいて見えた。
特に美人というわけではない。かと言って、依頼主はるかが感じてるような嫌な奴でもない。どちらかと言うと男の子っぽいスポーツマンタイプだ。
(……この子をこれから《吸精》するの? え?無理無理……)
『仕事ですよ……それにしてもお腹空いたなあ……』
(うっさいわね!この作者!今夜のおかずにされたいのか?あ——?)
『……現実に引き戻してあげたのに……とほほ。話を戻させていただきます』
千秋は少し深呼吸し、思い切って目の前にいる彼女に第一声をかけた。
「ねえ?一条絵美さん……だよね?ちょっと屋上までいいかな?」
「え……?あ!千秋先輩じゃないですか!お久しぶりです!」
(ん?私、この子のこと知ってたっけ?)
千秋が小首を傾げて思い出そうとしていると、絵美は口を軽く尖らせて不服そうに言った。
「先輩ぃ〜。同じバレー部の……ほら‥‥?」
「……あ……そう言えば……」
「思い出しました?千秋先輩ぃ、ひどいなあ」
(あ——。そうだった……。部活サボりっぱなしだからなあ……)
頬っぺたを膨らませながら、忘れていたことに文句を言う彼女を見ていると、和美と話をしてるような感覚になった。
「で?先輩?用事あるんでしょ?部活のことかな?」
「……え、ええ。そうよ。ちょっといいかな……」
これから絵美にする行為を思うと、千秋は歯切れ悪く応えるしかなかった。
***
まだ4月上旬だ。
屋上はまだ風が冷たく、手すりも日が傾いてきたせいか、少し冷たくなってきていた。
何の用かと小首を傾げてる絵美を真っ正面から見てると、千秋は自分の胸の鼓動が早くなっていくのがわかった。
「先輩? さっきから顔が真っ赤ですよ?熱でもあります?」
急に接近してくる絵美の顔……。
そんな目の前の彼女に自分の鼓動が聞こえるかもと思うくらい、千秋は緊張し焦った。
次第に耳の先まで顔を赤くさせて、手はしっとり汗で濡れてきていた。
(あ——。ダメだ……。ええい!ここは度胸!やっちまえ——!)
千秋は思い切って、自分の顔を覗き込んでる絵美の細い腰に手を回し、彼女を抱き締めた。
突然の抱擁に驚き、目を大きく見開いて何もできない絵美。
その桃色の唇に勢いよく自らの唇を重ねた。
ガチ——!
勢いよく接吻したため、前歯同士がぶつかり合う音がする。
ちょっと痛みが顎に響いてくるが、構わずに千秋はそのまま一気に《吸精》した。
(あれ……?初めて女の子に《吸精》したけど……何これ?ぼーっとする……。
……唇、柔らかいな……それに甘い香りがする……)
千秋は逆に《吸精》されたのではないかと思うくらい、幸せな気分になった。
そんな夢心地の中、絵美の両腕が千秋の背中に回されてきた。
千秋と絵美の胸の双丘がお互いに触れ合う形になった。
(……ああ……。女の子って柔らかいな……気持ちいい……)
千秋は《吸精》の態勢を解くのが、何だかもったいないように感じた。
それだけ初めて女の子と《吸精》したのが、心地よかったのだ。
やがて日が落ちる頃、絵美はうっとりと蕩けた様子で、千秋からゆっくり離れた。
その唇は半開きで、瞳は潤んでいた。




