表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/21

第19話 覚醒

(ここはどこなの……?)


 千秋が連れてこられた場所。

 そこは暗い闇が迫り、ガランとしている空間だった。


 暗闇の中から知っている顔が近づいてくる。佳之くんと後藤先生だ。


「……さて、これから尋問するか」 


 佳之は鞭をピシャリピシャリと打ち鳴らしながら千秋のそばにやってきた。

しかし、彼女の脇を通り過ぎ、後ろの暗がりへと向かっていった。


「さあ、まずはお前からだな。宮脇和美!」

「んっ! んんん、んんっん――」 

「こんな状況になっても抵抗するのか……無駄だぞ」


 ビシャ――――ン! 鋭く鞭が宙を舞い、和美の肌を切り裂く。


「んん――――っ!」


 口をふさがれているせいか、和美がうめいている声しか聞こえないのだ。


(……和美がいるの? それにどうしてこんなところに後藤先生がいるの?

 身動きできず、声も出せない自分が情けない……)


「おい、後藤。そっちの女もちょっと尋問しろ」

「わかりましたよ、佳之くん。一応、年上なんだから『さん』付けくらいしてくださいよ」


 佳之が先生に命令した。

 

 佳之は自分を殺しにきた退魔士だって言ってた。和美がここにいるってことは、彼女もサキュバスだってバレたってことだ。じゃ、絵美は? 絵美はどうしたんだろ? 


「おい、一条絵美……。お前ら、何人《吸精》した?」


 千秋の視界の片隅に粘着テープで口をふさがれた絵美が見えた。

 和美と同じように『んんっ』と身をよじるばかりだ。

 

(絵美も……捕まったのね……四十雀、あなただけが頼りなのにどこいったの?)


 千秋が身をくねらせようとしても、声を出そうとしようとも、ピクリとも動かなかった。退魔士が結界を解くか、外部から協力がなかったら、とてもじゃないがこの結界を解くことはできないだろうと、千秋は思った。


「ほら……何人《吸精》したんだって聞いてるんだよっ! このサキュバス!」


 ピシャッ!


 絵美の頬に先生の平手打ちが入り、キッとにらみ返した。


「……あのさ。先生。口ふさいでるから話せるわけないじゃん。バカじゃないの?」

「おおう。そうだなあ」


 佳之に言われ、ベリベリと絵美の粘着テープを外す後藤先生。


(……軽いのは頭の方も……だったのね……) 


 千秋は内心ため息をついた。


(どうしよう……私一人じゃ、この結界破れないし、和美も絵美ちゃんも捕まってる状況じゃ……。そうだ! 四十雀は? あいつどうしたの? 姿みてないんだけどっ!)


「ぷはっ――! この誘拐魔っ! 四十雀ちゃん――!」


 粘着テープを外されるなり、絵美は後藤を罵倒した。

そして即座に強い念を込めて四十雀を呼んだ。 


「誰だ? その四十雀ってのは……」


 後藤と佳之は首をひねりつつ、絵美に近寄っていく。これから絵美がもっとひどい目にあうかもしれない、そう思うと千秋は気が気でなかった。


「ふんっ! 退魔士だって? そこのおっさんから聞いたよ。このイケメンもどきっ!」

「な、なんだと! いい気になりやがって。サキュバス風情が!」


 ビシャ――――ン! 鞭の鋭い音が絵美の柔肌を切り裂いた。


「ギャ――!」


(……え、絵美……。絵美ぃ……)


 千秋の瞳からは自然と涙がこぼれ落ちた。

彼女や和美と過ごした騒がしくも穏やかな日々……。それはとても大切なものだったんだ。

今更ながら当たり前のような学園生活が、走馬灯のように思い出される。


(ちゃんと和美の言うこと聞けばよかった……。うかつに佳之くんについて行くじゃなかったよ……浮かれてたんだ、私。みんなも巻き込んじゃった……)


 今更ながら、千秋は自分のうかつな行動を呪った。好きだった男に誘われて、有頂天になってただけだった。

 

(か、和美は……)


 わずかに動く目を動かしてみたものの彼女の様子がわからない。背中の方から荒い息が聞こえるだけだ。

 ため息をつきながら、視線を下に落とすと、足下には赤いヌルヌルした液状のもの広がっていた。


(……え? これ……血じゃないっ! 鉄の匂い……これ、和美が流したものだわ……)


 千秋は親友が大きなケガをしていると感じた。それも結構出血している……。


「おら! 四十雀とは別のサキュバスか! 話さないと貴様の腹を刺すぞ。ああん?」


 チンピラのように後藤が絵美にすごんでいた。一方、絵美は唇をかみしめ、後藤を目を怒らせながら見た。


「反抗的なんだよ! 気にくわねえ。仮にも教員だぞ!」


 ドスッ!ドスッ!ドス!


 鬼のような形相をした後藤がナイフを取り出し、絵美の腹を何度も刺した。

 

「きゃあああっ――! い、痛いっ! 痛い! 千秋先輩! 部長――!」


 腹部から大量出血している絵美をさげすんだ目で後藤は見つめる。


「ふん。いい気味だぜ。バカにしやがって……」

「あのな……後藤……刺してしまったら、四十雀のことも聞けないし、どのくらい犠牲にしたかも聞けないだろうがっ!」

「知らんよ……そんなこと。どうせみんな始末しちゃうんだろ? 同じだ」


 吐き捨てるようにそんなことをいう後藤。

 

「……ちっ! 和美も気を失ったし、後輩さんも口聞けないし……いろいろ聞き出せなくなったじゃないか……まったく。これだから教員を味方にするのは嫌だったんだよ!」


 絵美がゆっくりうなだれるのが、千秋の目の片隅にみえた。


(和美……絵美……2人とも……。友達を傷つけたことを許さない! ゆ、許さないっ! 

絶対に、絶対に許さないっ! ユルサナイ! ユルサナイッ!) 


「おい! 何だ! この魔力の高まりは……」

「ん?」


 後藤と退魔士・佳之は千秋の方をみた。

 とっくに千秋を封じていた結界は粉々になって、床に散らばっていた。

 

 長髪の黒髪は深紅に染まり、すべて逆立っていた。眉はつりあがりその瞳は黄金に輝いていた。そしてその両目からは赤い血を流しているかのようにみえた。


 千秋の背中からは真っ白な輝く羽根がゆっくりと拡がっていく……。


「――っ! あ、あれは……り、リリン……」

「は? リリンだかなんだか知らねえが、サキュバスだろ? 俺がやるわ」


 後藤はナイフを両手に持つと、千秋に向かって突進していった。


「あ、ば、バカ! 浄化されるぞ! あれはサキュバスなんてもんじゃ……」


 突進してくる後藤に千秋は人差し指を差し出し、呪文を唱えた。


《邪なものよ、消えよ》

 

 シュバッ!


 短い音と閃光が走った。かと、思うと後藤の姿は塵のように消えた。

そして退魔士・佳之の方をみて告げた。

 

「汝はサキュバスを邪なものだと考えているのだな? 証拠もなしに……。人ごときが審判を下すとは愚かなり。我こそは懺悔の天使なり。我の前で懺悔せよ」


 千秋の彼をみつめる目は冷たく、そして態度も口調も、それは佳之が知ってる千秋ではなかった。

 今、目の前にいるのはリリン。

淫魔女王リリスの妹にして、初めて自ら人間になった元天使だ。


(か、かなうわけがない……相手が悪すぎる。ここはひとつ何とか逃げ切るしかない……反撃の機会を探るしか……)


 そう考えた退魔士・佳之はその場に身を投げ出して土下座した。


「も、申し訳ありませんでした! リリン様やそのお連れの方だと存じ上げずに、後藤の言うがままに処分しようと考えておりました。今後、このようなことはいたしません。どうかご慈悲を! 私めにご慈悲をくださいませっ!」


 土下座している佳之を、しばらく黙って千秋はみていた。


「……よかろう。懺悔の声は聞き届けた。二度とサキュバスを処分しないように祈る」


 長い沈黙のあと、そう千秋は佳之に宣告した。

背後にいる和美たちを助けるために、千秋が彼に背を向けた。


(ふん。バカめが! お人好しなのは覚醒しても変わらんな!)


 佳之は手に持っていた退魔用の鞭に致死量の魔力を込め、それを千秋に叩きつけようと全力で振りかざした。


「くたばれ! リリン!」

「お嬢様っ! 危ない!」


 千秋の後頭部目がけて、鞭が振り下ろされたその瞬間、聞き慣れた声がした。

その男は鞭から守るように、千秋の背中に覆い被さった。


 ビシュ――――ッ!


 激しい衝撃と共に、肉が焦げた嫌な匂いが広がる。


「あ、あれ? 四十雀?」 


 自分を呼んだ声は確かに四十雀だった。でも背中にあたっているこの感触は小鳥などではなかった。千秋はおそるおそる自分の背中にいる人物をみた。


「……誰?」

   

 そこにいたのは20代後半くらいの美形で優しげな男性だった。

彼は鞭打たれたため、右側半分がジュウジュウと焼けていた。


「し、四十雀なの? あんた、そんなにイケメンだったの?」

「……痛たた。 お嬢様、漫才やってる場合では……。リリス様に報告に行っていたため、遅れました。まずはお嬢様は覚醒されたそのお力で、和美様と絵美様をお救いください。私めが、あのこざかしい退魔士を片付けますゆえ……」


 フラフラと四十雀は立ち上がると、ニヤニヤ笑いながら鞭を構えている佳之の方を向いた。


「……退魔士殿、私をまず倒しなさい」

「し、四十雀っ! あんた、その傷じゃ……」

「お嬢様……後悔されないように成すべきことをされてくださいませ。四十雀は貴女様にお仕えできたこと……誇りに思います」


 四十雀はこちらを振り向かずに、そう千秋に言うと真っ直ぐ佳之に向かっていった。


(私が成すべきこと……まず和美と絵美を助けよう……)


 隣にいた絵美に人差し指をあてると、千秋は回復呪文を唱えた。絵美の傷はみるみる消え、彼女はあっという間に意識を取り戻した。


「あれ……? 私、刺されたんじゃ……」 

「……よかった」

「千秋先輩、髪の色真っ赤だよ……それから羽根生えてる……」

「あはは……私、本来の姿になったみたい。それはそうと傷、大丈夫?」

「ん。大丈夫みたい……あんなに刺されたのに、痛くもない……不思議」


 絵美は不思議そうに自分のお腹をさすっている。

 

「じゃ、和美も助けてくるね」


 千秋はそう言うと和美に近づいた。

彼女の傷はナイフで刺された絵美よりもひどかった。あの鞭は退魔用なだけあって、より深くより大きなダメージを与えるようだ。

 千秋は絵美の時と同じように回復呪文を唱えた。さきほどより回復に時間がかかっていた。ふと、四十雀の方をみると、彼の右半身はぼろぼろになっていた。腕はすでになく、左手のみで戦っていた。


(……早く四十雀も助けなきゃ……)


 気ばかりがあせってしまい、和美の回復がなかなか進まない。


「うわっ!」 


 四十雀が後ろに倒れてしまった。


「四十雀、助けに行くよっ」 

「ダメです! 貴女様はまず和美様をお助けください!」


 千秋の助けを拒否すると、四十雀はよろよろ立ち上がり、再び佳之と向かい合った。


「和美っ! しっかり!」

「部長! まだ試合もあるんですよ!」


 千秋は全力で回復魔力を注いだ。絵美も心配そうに和美の手を握り締める。

自分たちの仲間なのだ。見た目によらず大胆で、部活では自分たちを支えてくれる大切な先輩であり、親友であり、恋人でもあり……。そんな彼女を失いたくない。2人ともそんな気持ちでいっぱいだった。


「……んっ! はああ」 


 長い息をすると、ようやく和美の意識が戻った。

傷もすっかり治ったようだが、呆然としていた。血を多く流しすぎたようだった。


「大丈夫? 和美」

「部長? 大丈夫ですか?」

 

「……私、ちょっと四十雀助けてくるね。ちょっと絵美ちゃんは和美の様子みてて?」

「うん。わかりました。千秋先輩……四十雀ちゃんを助けてね……」

 

 絵美もまた四十雀のことが心配なのだ。そう考えると千秋は心を鬼にした。


(佳之さん……元クラスメイトであろうが、好きだった男であろうが、私は貴方を許さないから……。懺悔もウソだったし、消すわ……)


 ゆっくりと四十雀のそばに寄ると、もう彼は息も絶え絶えだった。立っていることが不思議なくらいに、体のあちらこちらに穴が開き、焼け焦げていた。

 

「……四十雀、下がっていなさい。後で癒してあげるから」

「……はあはあ、お優しいお言葉、ありがとうございます」


 言われたとおり四十雀が下がると、千秋は再び、退魔士・佳之と対峙した。


「ふん……。ようやくお出ましか。リリンを倒して、俺も一躍有名人だぜ!」

「あんたね……。見た目だけだったわ。まったく……こっちこそ浄化してやるわ。地獄でケルベロスが待ってるわよ」

「うぜえ姉ちゃんだ。前から気にくわなかったし……。くたばれ!」


 さっそく襲いかかってくる佳之に対して、すばやく千秋は呪文を唱えた。

 

《汝、退魔の鞭に命ず、主を叩きのめせ!》


「ん? ぎゃああ――!」 


 彼が振りかざした鞭はそのまま佳之自身の身を切り裂いていった。


「わああ。標的は俺じゃない! あっちだ、あっち!」


 鞭を放そうとしても、佳之の手から離れることはなかった。自らの魔導具に叩かれる彼を冷たい目で見つめながら、千秋は言い放った。


「……そろそろ消えなさい、親友にも手を出し、四十雀もあんなにして……許さない」

「ま、待て……! 俺はお前が可愛くて、好きだったんだ。助けてくれっ!」

「……好きでもないくせに……さようなら佳之くん……」


 千秋は元クラスメイトで、かつての想い人だった男に人差し指を向けて呪文を唱えた。


《神の光にて審判の座につけ! かくあるべし!》


 まばゆいばかりの閃光が走り、元クラスメイトの男が光に包まれ、やがて消えていった。千秋は消えていく彼をみて、へなへなと力尽きたかのように座り込むと大声で泣きはじめた。


「わあああん。わああ――。佳之くん……。私、私……わあああぁ」

 

 逆立っていた深紅の髪はしょんぼりと垂れ下がり、その黄金の瞳からは涙が止めどもなく流れ続けていた。

次話で最終回です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ