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第18話 千秋と佳之のデート・後編

「……で、千秋先輩は?」


 昨夜のことから、我に返った絵美が和美に尋ねると、和美はサングラス越しにキョロキョロと周りを見渡していた。


「さっきから探してるんだけどさ、急にいなくなったんだよ……」


 慌てて絵美も噴水の周辺を見てみるが、そこにいるはずの千秋はいなかった。まだ予定時刻の10時前なのに……。


「おかしいわね……。噴水のあたりを探してみましょう?」

「はい!」


 和美と絵美が噴水のそばに来たとき、後ろから不意に声をかけられた。


「おおっ! 和美っちに……えと、絵美ちゃんだっけ? ショッピングかい?」

「……誰? この軽そうなおっさん? いい歳こいてナンパですかあ〰〰?」


 いきなり初対面で『ちゃん』付け呼ばわりされた絵美が、ムッとしてジト目で睨む。


「……絵美っ! このおっさん、うちの担任の後藤先生だよっ」

「……へええぇ〰〰。休日に女子生徒に声かけ……っと。教育委員会に行ってやろっと」

「え、絵美っ! 一応、アレでもうちの担任なんだから」 


 さすがに自分の担任を『おっさん』呼ばわりしてる絵美をとがめようとする和美だったが、それでも絵美の毒舌は止まなかった。


「で? その担任様が何のご用で?」 


 思いっきり敵意あらわに眉を吊り上げ、口を尖らせながら絵美は尋ねた。その険悪な雰囲気たるや……。さすがの先生もタジタジだった。


「ま、まあ。そんなに怒んないでよ……。ちょっと聞きたいことがあってさ……」

「はあ? 聞きたいこと? なによそれ」

「まあまあ……絵美ちゃん……。で、先生、聞きたいことって何ですか?」


 相変わらず仏頂面をしている絵美をなだめながら、和美は担任に用件を聞いた。正直言って、千秋たちを探すことが最優先だ。


「えっとね……。君たちが開設した恋愛相談室のことなんだけど……」


 意味ありげに2人を見つめる後藤先生。恋愛相談室は生徒会も関わっているので、無視するわけにはいかなかった。副会長にも迷惑がかかる。


『……千秋を探さないと。さっさと答えちゃって、探しに行きましょう』

『そりゃそうですよね。部長……』


 念話で確認し合うと、2人は心を鬼にして後藤先生に詰め寄った。


「「で、恋愛相談室のことならお答えしますが? お早めにっ!」」

「うぐ……」

 

 切迫した和美と絵美の形相をみて、ちょっと引いてしまった後藤先生であった。

 

***


 結局、和美たちは後藤先生についてきてしまった。

 

 今、いるのは噴水が見えるハンバーガーショップだ。人通りの多い駅前の噴水では、生徒の恋愛のようなナーバスな個人情報をやりとりしたくない。そう後藤先生が言うので選んだ場所だ。


「で、先生。手っ取り早く済ませちゃいましょうか」


 注文を持って席に座るなり、和美はいきなり本題に入ろうとした。

 

 そわそわする和美と絵美。何よりも千秋たちの様子が気になってしかたがないのだ。正直言って、こんなタイミングで教員に見つかるとは……。


「先生、ちょっと……」 


 焦ったように席を立つ絵美。


「どうしたの? そんなにあわてて? あ、トイレ?」

「ちっ! デリカシーのないおっさん……」

「あ……先生、私も……」

 

 吐き捨てるように絵美がつぶやいて、席を立つと、和美もその後を追うように化粧室へ向かった。ずっと千秋たちを探していたから用を足す暇がなかったのだ。


(よし……チャンスだ! これで眠らせてしまえ……)

 

 後藤は周囲を見渡してみた。2人はすぐには来ないようだ。他の客もみんな自分たちのことしか見ていない。

 

 目の前にある2つのコーヒーカップ。そこに彼は液状のモノをそれぞれ滴らせた。それは匂いも色もない対魔用の麻酔薬だ。よほど強大な魔力を持ったものでない限り、その効果は絶大で即効性がある代物だ。ばれないようすばやく片付けると、ちょうど和美たちが戻ってきた。


「さ、話の続きをしましょう。私たち、待ち合わせているので」


 戻ってくるなり、開口一番に和美は担任を上から見下ろして言った。


「……まあまあ。で、その相談室を利用した人数ってどのくらいいるのかな?」

「……そんなの聞いてどうするんです?」


 和美がジト目で見ながらコーヒーをすする。絵美は先生への対応を和美にまかせてるのか、ハンバーガーを食べながらコーヒーを飲んでいる。


「ふっ……」 


 思わずニヤリとする後藤先生。

 その表情を和美が妙だなと思った。次の瞬間、絵美がハンバーガーを落とした。


「……えっ! あ、あれ……身体が……う……」

「どうしたの? え、え……み……」


 美少女たちが目の前で急に眠ってしまう様子を、後藤は冷たい目で眺めていた。


***

 

「佳之くん、それでね和美がその本を投げてきたのよ」

「へええ、意外と乱暴なんだね……千秋さんって」


 一生懸命、千秋は佳之に気に入られようと、いろいろと話しかけていた。その多くが部活のこと、和美たちとの日常のことばかりだった。


「でもほんと千秋さんって、和美さんたちと仲いいよね」

「……そんなこと」


 ついつい潤んだ瞳で佳之を見上げる。彼は自分よりも背が高く、たくましくみえる。


(ずっと憧れだった彼とこうやって河原を歩くなんて……)


 佳之のことを意識するようになったのは、同じクラスになった2年の5月くらいだ。

イケメンで成績優秀スポーツ万能とくれば、女子たちが騒がないわけがない。1年の頃から目立っていたので気になってはいた。

 

 きっかけは去年の5月。日直でプリントを回収して、先生に持って行こうとしていたとき、彼は手伝ってくれたのだ。プリント1人3枚分を人数分なので、そこそこの分量だ。それを一緒に教務室まで運んでくれただけなのだが……。それでも嬉しかった。


 それ以来、佳之のことが気になっていた。

その彼から声をかけられ、一緒に歩いているなんて……夢をみてるようだった。 


「どうしたの? 千秋さん、僕の顔になんかついてる?」

「あ、あ、ごめんなさい」


 つい彼をじっと見つめてしまっていた。変に思われなかっただろうか……。

 そう思うと千秋は真っ赤に頬を染めてうつむいた。

 

 やがて、ポツリポツリと雨が降り出してきた。


(げ、やばっ! 化粧が……予報だと晴れだったのに。傘持ってきてないよ……)


 千秋はそのときばかりは天気予報士を呪った。


「……千秋さん、傘あるかい?」

「いいえ。持ってきてないの……」

「あ、じゃあ、これ貸してあげるよ」


(やった! これで相合い傘……あれ、佳之くん、自分の傘あるんだ……残念。

 あれ、この傘、なんか見たことのある模様が……ま、偶然だよね)


 さっそく千秋は佳之から借りた傘を手に取って拡げた。


「きゃ! 何、こ、これ……体が重い……う……」

「……どうしたの? 千秋さん……その傘、サキュバス捕獲用の魔導具なんだ……」


 口も動かせなくなった千秋に佳之は冷たい笑みをみせた。


(なんで、私がサキュバスだって……。和美っ! 絵美っ! 四十雀っ!)


「あ、その傘、一度さしたらその手から離れないから。結界の一種だから、どんなに強い念話だって、和美さんたちには聞こえないよ。あははは」


(ウソでしょ? なんで佳之くんがこんな酷いことを……。変だよ……)


「……その顔は不思議に思ってるね。僕はね、退魔士なんだ。それも人間の世を乱すサキュバス専門の殺し屋さ……」


(……そ、そんな……。あり得ないわ……)


「千秋さん……残念だよ……君のような美しい人がサキュバスだなんて。僕も信じられないよ。君の手が異常に冷たくって、《吸精》しなきゃ気がつかなかったよ。こんなに人間社会に溶け込んでるんだからね……」


(《吸精》……私、彼を《吸精》なんて……。あ……)


 千秋は思い出した。新学期早々、隣の席になった佳之が落とした消しゴムを拾ってくれたことを……。そう。あの時……あの時、お互いの指が触れたのだった。


 千秋は呪った。

 触れただけで、相手の精気を奪うサキュバスであることを。


(……なんで……。私、悪いことしてないじゃない……。好きなのに、佳之くんのこと好きなのに……なんで……)


「へえ〰〰。君、結構魔力強い方なんだぁ。その傘をさしていながら、涙が出るんだもんね。すごいや。」


 感心したように彼女の顔を覗き込む佳之。

 彼は笑っていた。苦しそうな千秋をみながら……。


「さて、ここで始末してもいいけど目立つし、他のお仲間も捕まえたようなので、みんなまとめてちゃんと処理してあげるよ。ふふふ……」


 退魔士・佳之はスマートフォンを取り出し、どこかへ連絡をしている。


(……始末とか処理とかって……和美たちも捕まったの? 私、どうなるの?)


 重くなってくる体が不意に軽くなった。千秋は知らない屈強な男たちに抱きかかえられ、ワゴン車にのせられた。


 デートから一転、千秋は拉致されたのだ。

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