第16話 バレーボール地区大会
風邪ひいて熱出てました……。
原稿、遅延ぎみです
「……さて。 そういえば今度の土曜は地区大会があるんだったな」
暗い並木道を歩きながら、男はブツブツ言いながら手帳をめくった。
「しょうがない……。ああ言っちゃった手前、実力を確かめに行くか……。 ほんとは用事があるんだけどなあ……」
そう言いながら手帳に何か書き込んで、彼は足早にその場を去って行った。
***
今日はいよいよ宿敵・富士見高校との対戦だ。
市民体育館のギャラリーで、千秋たちは前の試合が終わるのを待っていた。
「やあ……。お前たち。いよいよ永遠のライバルと対決だな」
「あれ? 後藤先生? 顧問でもないのに、どうしてこんな処に来たんですか?」
千秋は驚いて後藤に尋ねた。
まさか担任が地区大会を見に来るとは思いも寄らなかったからだ。
「おまえら……。あのな。これでも俺は担任だぞ? 伝統ある女子バレー部のエース達が3人もいるクラスのな!」
「ええ〰〰。 負けてもクラスのみんなにバラさないでくださいよっ」
思いっきり不服そうにほっぺたを膨らませる千秋。
「くすくす……。 千秋さんも可愛いとこあるんだね」
「え? え? 佳之くんまで……」
佳之に可愛いと言われて、思わず千秋は赤面してしまった。
ほんのつい最近まで好きだった人に言われれば、悪い気はしない。
(あれ? 私、佳之くんに声かけられて、ドキドキしてる……)
「ん? 佳之くん、珍しいじゃない?」
にやにやしながら和美が千秋の脇腹を突いてくる。
「なんせ、千秋さんたちも今年が高校最後じゃないか……。 2年の時からおんなじクラスだったんだし、応援しないと……ね」
「で? 佳之くん自身はどうなのよ? 県大会あるでしょ?」
そう。彼自身も剣道の大会があって、今は忙しいはず。
こんな時期に応援しに来てくれたのは嬉しかったが、唐突すぎた。
「ん……。 僕の方は、ま、何とかなるでしょう……」
曖昧に返答する佳之に和美は違和感を持った。
(なんか変な感じ……。 千秋は……浮かれてるわね)
未だに顔を紅潮させて、後藤先生や佳之くんと話している千秋……。
まあしかたないかなと、和美は思った。
***
「きゃあ――――!」
バシン! とコーナーの際にスパイクが決まる。
すでに千秋たちは1セットとられ、2セット目も10点ほど先取されていた。
高校バレーは3セットマッチなので、もう後はなかった。
「千秋! ほら、そっちにボール行ったわよっ!」
「あ、千秋先輩…… それ、まずいよ」
千秋のレシーブで、ボールがあらぬ方向へ飛んでしまう。
慌てた絵美がボールを追いかけ、球を何とか相手コートへと返した。
不安定な状態から返したボールは、いい餌食になる。
スバ――ン!
再びスパイクを打ち込まれてしまう。
千秋は攻防の要であり、司令塔だった。
その司令塔が集中力を欠いてるのでは負けてしまう。
「タイム!」 和美が審判にタイムアウトを宣言した。
はっはっはっ……。 メンバーの息が息が上がっている。
「…………千秋、いったいどうしたの? 貴女らしくないじゃない?」
「……わかんないよ、和美……」
(最近の和美って……輝いてるんだよね。 私なんかには……)
思ったよりも身体を動かせない自分が、千秋は悔しく思った。
「どうする? 千秋」
さらに問い詰めるかのように和美が迫ってきたように感じられる。
(いやだ、そんな目でみないで和美……。)
思わず千秋はその場で頭を掻きむしりたくなった。
ここのところ、ずっと千秋が不安に思っていたもの。
それは焦り――― 焦燥だった。
(絵美も和美もサキュバスにしたのはいいけれど……。 なんで……。
なんで私だけ、サキュバスの力が伸びないの……?)
なにか黒いモヤモヤしたものが、千秋に覆い被さってくるように感じられた。
押しつぶされそう……。
「千秋先輩?」
絵美の声かけにも応えずに、千秋は頭を抱えてしまっていた。
絵美が肩をすくめると、見かねた四十雀が念話でそっと声をかけた。
『お嬢様……? 何に困っておいでなのですか? 和美様も絵美様も困ってますよ?』
(…………るさい…………。)
『…………お嬢様』
(うっるさい! っるさい! うるさい! どうせ私なんか何もできないわよ!)
『いったい何をおっしゃってるのですか?』
強烈な千秋の念話は血の盟約を結んだ絵美や和美にも聞こえた。
「………………どうかしたんですか? 千秋先輩……」
絵美は千秋の両肩を掴んで揺さぶった。
「千秋先輩っ! しっかりしてくださいよっ! 今は試合中ですよっ!」
「…………そう……私、何もできないし…………最弱だから」
「そうじゃないですよ! 約束したじゃないですかっ! 私たちとっ!」
「約束…………?」
「…………もうっ!」
絵美はそっと千秋を抱き締めて、耳元に優しく囁いた。
「千秋さん…………。 ずっと3人一緒だって約束したじゃないですか……」
「…………」
(そうだったわね。でも私……置いてきぼりだ)
少し両手をほどいて、絵美は千秋の瞳を見つめた。
千秋の瞳には目の前の絵美が映っていなかった。
きっと何も……千秋自身すら見えてないのかもしれないと、絵美は思った。
(先輩、千秋さん……。 ううん。私の千秋……。
何を苦しんでるか聞かないけど、苦しむのも一緒だよ)
絵美は意を決して、苦しんでいる千秋の頬を優しく撫でた。
そしてそのまま千秋の唇に自分の唇を重ね合わせた。
「ん……んっ――」
不意に絵美から唇を奪われて、何が起きたかわかかずにきょとんとしている千秋。
「きゃ――――!キスしてるっ」
「レズよっ! あの2人レズよっ!」
「え〰〰。気持ち悪い〰〰」
「お、女の子同士で〰〰」
「あの2人、できてるわっ」
近くで見ていた部員達から、悲鳴やら非難やら罵倒やらが聞こえてきた。
でも絵美はそんなのは気にしなかった。
彼女にとっては目の前にいる千秋が全てだ。
「千秋さん……? 試合に負けたら、私と一緒にいる時間減っちゃうよ? 私、そんなの嫌だよ……。 ね? 一緒にいるために頑張ろうよ……」
(そうだ……。 この試合に負けたら、私、バレー部を引退しちゃうんだ)
千秋は思い出す。
1年の頃に、和美に強引に誘われた日を。
人間界に降りて、最初にやったスポーツ……。 それがバレーボールだった。
やりはじめた時はボールも取れなくって、和美と特訓したことを……。
2年の時には嬉しかったこともあった。 それは地区一番の名セッターと言われたこと。
千秋は思い出す。
絵美から告白された時のことを。
和美に頬を打たれたことを。
……そして、3人で永遠に一緒にいることができるように、と盟約を結んだことを。
「千秋さん……。 一緒にいようね♡」
最大級の愛情が込められた、絵美のたった一言。
その一言で、千秋は目の前が明るくなった、気がした。
(ああ、私、忘れてたよ……。 恥ずかしい……何を血迷ってたの? 絵美や和美たちを今助けないでどうするの? 私っ)
そう。私はセッターだ。
ここで私が頑張らなきゃ、和美や絵美、付き合ってくれた部員達に悪い……。
「絵美……。ありがと♡ 目が覚めたよ」
千秋は絵美の頬に軽く接吻した。
千秋が見据える瞳の向こうには、富士見高校の選手達が立っていた。
***
佐久間学園の逆転劇で市民体育館は沸き立っていた。
相手に1ポイントも許さない守備と正確無比な攻撃。
千秋本来の―― サキュバス本来の機敏な動きが、大逆転に繋がっていたのだ。
「……さっきの強烈な念話。 発生源は芳村千秋だね……」
「そのようだ。 反応したのは2年の一条絵美と部長の宮脇和美か……」
「この念話はサキュバス特有だね。 この3人で決まりだね……」
「排除しますか……」
「もちろん。 手伝ってくれよ」
「はい。承知しました」
大逆転劇が目の前で繰り広げられている最中、彼は誰にも気がつかれることなく体育館から、そっと出て行った。