第9話 千秋、化けの皮が剥がれる
「千秋先輩っ。明日、和美先輩とお泊りしていいですか?」
「え?明日って土曜だけど部活あるよね?絵美ちゃん」
「日曜は部活休みだから、部活の後でゆっくりできるかなって……ダメ?」
「まあ、べ、別にいいけど……。絵美ちゃんは嫌じゃないの?」
急に視線を左右に泳がせ、太腿を擦り合わせてもじもじ千秋。
頬が紅潮しはじめてるので、すっかりその気なのだろう。
(あ。そういうことね……。ま、3人でするのもいいかも)
ピンと来た絵美は一瞬、にやっとし、千秋の耳元で囁いた。
「大丈夫ですよ。和美先輩と3人で……ね」
「さ、さ、3人で——」
真っ赤な顔をしながら、唇を舐めてしまうのは千秋もサキュバスらしい。
「そ、それはそうと……和美って、うちに来たことないのよね。それに食べ物も……」
ここ数日、絵美と一緒にいたし、和美との喧嘩もあった。
そのため千秋のお台所事情はとても厳しいものだったのだ。もちろん、命綱のカップ麺もなくなっていた。
「大丈夫ですよ! 私と和美先輩で、千秋先輩のお腹も満足させてあげますから!」
瞳を輝かせて料理上手な下級生は千秋に応えた。
***
土曜日の夕方、スーパーで買い物を済ませた和美たちは、千秋のアパートに来ていた。
「……これが、千秋の家……」
「え、ええ。うちの家庭事情わかるでしょ?和美……」
憧れの大好きな親友の自宅、それが今にも壊れそうなボロアパートだとは……。
家庭事情はわかっていたつもりだったが、実際に目にすると違うものだ。
苦笑する千秋に促されて、和美はおそるおそる部屋に入ると、1羽の頬が白い小鳥が目の前にいた。
「あ、小鳥さんだ! 可愛い〜。千秋、この鳥飼ってるの?」
「え、ええ。まあ……」
(四十雀! とっとと和美に媚び売るのよ!)
『はいはい、お嬢様、また首絞められるのは嫌ですからね』
念話で飛んでくる主の指示に従って、和美の肩にとまった。
すると和美は嬉しそうに、四十雀の頭や嘴のあたりをかいてやる。
『……は、はうぅ……和美様、気持ちいいです‥‥』
(ふん!よかったわね。きれいな女の子にナデナデしてもらえてっ!)
そんな念話をしてるとは知らずに、和美はうっとりしたように四十雀を撫で続けた。
「私ね、小鳥大好きなんだ。……この子、ほんと可愛い」
四十雀の嘴を撫でていた和美が、チュ!っと音を立てて、四十雀にキスをした。
『ふわあぁ……。天に登りそう……気持ちいいです〜』
「こら! 四十雀! あんた、調子に乗ってキスされてるんじゃねえよ! ほんとに天に召されたいか? 串焼きにすっぞ!」
千秋の怒声が6畳間に響いた。
和美と絵美はいったい何が起こったかわからず、その場が一瞬、凍りついたように静かになった。
「お、お嬢様! 念話、念話!」
慌てて四十雀は千秋にフォローを入れようと声をかけた。
が、よほど慌てたのか自分も念話ではなく、普通に話してしまったのだ。
「あ……!お、おほほ……私としたことが……って、あんたも念話を忘れてるよ、鳥頭……」
額から嫌な汗を流しながら、必死に言葉を探す千秋。
ふと、我に返った和美が言った。
「……ねえ。もしかしてこの子、話せるの? すごいすごい!」
「はい……。そうなんですよ。和美お嬢様」
「ちょ、ちょっと四十雀……!」
『お嬢様、ちょっと私に任せてくださいませんか?』
(なんでよ! いろいろまずいでしょ?)
自分を撫で続けている和美を見ながら、四十雀は『自分が話せることにしとこう』と考えた。
今更、知らないふりしても無理がある。それに今の状況で、絵美だけをリリスの言う通り、眷属か隷属させるわけにはいかないと思った。
『……私が考えていることは、後でお話ししますから、まずは乗り切りましょう』
(わ、わかったわ……四十雀)
「千秋先輩……ほんとは猫かぶってたんですね。言葉遣いが意外と乱暴……」
うっとりした瞳でそんなことを言ってくる絵美。
和美は目を丸くしていたものの、少し安心したような顔をしている。
「あ、あの……絵美ちゃん、和美?」
「「素敵」」
絵美も和美も2人揃って目を輝かせている。
「え……?」
「だってさ、千秋って、前から思ってたけど結構無理してそうだったから……。自然な千秋が見れて嬉しい……」
「私もです。千秋先輩‥‥。千秋先輩に罵倒されると、もう濡れちゃいそう……」
「絵美ったら、どういう趣味してるんだ?」
「ああん、千秋先輩……。もっと罵倒して……」
「いいなあ。絵美だけじゃなく、私にもこう自然に……」
…………。
絵美と和美の反応を見ていると、今までの苦労は何だったんだろうと千秋は思った。
***
「ねえ、絵美ちゃん。そこのお醤油とって」
「はい。和美先輩」
絵美が和美に醤油を渡す。
それを素早く和美が計量し、煮物に投入していく。
その連携プレイはまさにバレーのプレイを見てるようだった。
一方、千秋はちゃぶ台で、台所の2人の様子を眺めていたのだった。
「お嬢様も料理のお手伝いをされたらいいのに……嘆かわしい」
「あん?四十雀……。あんた。わかってて言ってるでしょ?」
実はさっき、一緒に料理を手伝うって言ったら、絵美に全力でお断りされたのだ。
前回、ピーラーで盛大に指を切ったからって……。
「ちっ! どうせ私は家事スキルゼロですよ!」
拗ねてそっぽを向く千秋。
そんな千秋と四十雀のやりとりを聞いて、2人はそれぞれ妄想しはじめた。
「……うふふ。旦那様に料理を作ってる気分になる」
「ああん……。拗ねて乱暴な言葉を吐く千秋先輩……萌えちゃう……」
和美が何だか嬉しそうに腰をくねくねさせているし、その隣では絵美が妖しげな言葉を口にしていた。
***
年頃の女の子らしく、賑やかに食事やおしゃべりに興じた。
やがて夜も更けた頃、絵美が真剣な顔で和美に言った。
「和美さん……。今夜は千秋先輩と寝てくださいね」
「……な! い、いきなり……ってか、いいわけ? 絵美ちゃんは嫌じゃないの? 好きな人が違う人とえっちな事をしてるのを見るのって……」
「……私、決めたんです。和美先輩」
「ち、ちょっと待ってよ、絵美ちゃん……」
千秋が異議を唱えようとすると、絵美はそれを遮って話を続けた。
「私ね……3人で幸せになりたいの……。千秋先輩がいて、私がいて、和美先輩がいて……そういう日がずっと来てほしいなって……そんな夢みたいなこと思ってるの……。それに私ばっかり、千秋先輩と関係持っちゃって、和美先輩に悪いから……」
ちょっと前の絵美ならこんな事言わないはず……。
千秋は、絵美が自分の血を舐めた事を思い出した。
サキュバスの血を舐めてしまうと、永久に主人に隷属するかサキュバス化するのだ。
ただ吸血鬼のように死ぬわけではないし、隷属も自分の意思を持てなくなるわけでもない。
ちょっと気になるので、四十雀に念話で尋ねる。
(ねえ、四十雀……これってさ、私の血を舐めた影響だよね……)
『そうですね……。絵美様はもう半分、サキュバスの世界にいますよ。でも、あと半分は絵美様自身の願いだと思います』
(絵美自身の願い?)
『はい。さようです。 絵美様自身が和美様のことが好きなのですよ。 だから3人で一緒にいたいと思ってるのでしょう……』
(わかったわ……。じゃ、私にも覚悟がある)
『この2人にサキュバスである事をお伝えするのですか?』
(うん……私も絵美の意見、わからないでもないから……)
真一文字に引き締まった唇と、まっすぐと正面を見ている千秋。
その決意をできる限り尊重しサポートしていこうと、四十雀は思った。
次回は入浴シーンがあったり……