プロローグ
*ある意味、実験的な小説です。
4月、それは花々が咲き、希望に満ちた季節だ。
桜並木の中、制服を着た1人の少女が行く。
彼女の名は芳村千秋。高校3年に進級したばかりだ。
たおやかな黒髪のロングヘア、西洋陶器のような白い肌、歩くと揺れるほどの大きな胸、キュと締まっているくびれ、スマートな足……。
そして、道ゆく人、誰もが振り返るほどの色香を持った少女。
それが芳村千秋だ。
『その美しき外見によらず、性格は極めて乱暴で……』
(ちょっと!四十雀!あんた、何、私の断りもなく、いい加減なことを書いてるのよ!作者から降ろすわよ!)
『あ、申し訳ございません。お嬢様……ごほん!話を元に戻させていただきます』
芳村千秋には悩みがあった。
それは彼女自身がサキュバスだからだ。
とりあえず外見が17歳に見えるという理由だけで、女子高生として日常を送っている。
ただ、千秋には家族はいなかった。
いつ間にか、大天使サマエル様のところから転げ落ちてきたから。
待てど暮らせど助けもなく、しかたなく千秋は独りで生活することにしたのだ。
お金?もちろんなかった。
そのため、千秋は自身の”能力”を使って、生計を立てていたのだ。
「あ、千秋!おはよう——」
「おはよ。和美」
千秋が振り返ると、そこには同級生の和美がいた。
彼女は宮脇和美。高校に入学してからの友人だ。
明るくって、ショートボブの髪が可愛い。
そして華奢だがしなやかな肢体で、スポーツ万能。しかも男子受けもいい。
千秋はそんな明るい和美が大好きなのだ。
「ねえねえ。千秋」
「なあに?和美?」
和美は千秋の脇を、ツンツンと肘で突っつきながら、意地悪そうに微笑んだ。
「佳之君って、今度、一緒のクラスだよね?」
「そうみたいだね」
素っ気なく、顔色一つ変えずに応える千秋。
そんな千秋の顔を覗き込んで、和美は微笑んだ。
(ほんとは嬉しいくせに……千秋ちゃん)
「クラス替えしたけど、新しい人たちと仲良くなれるといいね!」
和美はそう言って屈託なく笑い、千秋の手をとって走り出した。
「きゃ!か、和美……。そ、そんなに走ったら……」
「あははは!行こ!新しい私たちのクラスに!」
「もう、和美ったら……」
(強引なんだよね……和美。でも彼女といると楽しい……)
千秋はその黒髪をなびかせながら、和美と一緒に校門へと向かって走っていった。
***
「おはよう。僕が新しく君たちの担任になった後藤だよ——」
教壇に立ったその教員は、ピースをして、千秋たち3年4組を見渡した。
妙に爽やかな笑顔が浮いている。
「ねえ……この先生、妙に軽くない?」
「ばっかじゃなね——の?」
新しいクラスメイトたちが、ざわざわと騒ぎ出す。
(何?この時代錯誤な教師!とっととホームルームしろや!)
千秋は涼しい顔をして、心の奥で毒づいた。
彼女としては、早く新年度初日を終え、”稼業”をしたかったのだ。
(こっちは生活がかかってんのよ!まったく!)
「……さん」
「……千秋さん」
再び毒づいていた千秋は、隣の席の男性に、声をかけられていた事に、気がつかなかったのだ。
「あ……あら……」
(やっばあ——!隣の席、佳之くんか……)
ついつい千秋は声が裏返ってしまいそうになった。
そして、思わず自分の髪型がおかしくないか、無意識に髪を撫でてしまった。
サキュバスの彼女にとって、初めて純粋に『いいな』と想った人……。
「千秋さん、消しゴム落ちてるよ」
「あ、ご、ごめんなさい……佳之くん……」
佳之が千秋に消しゴムを渡そうとしたその時、千秋の指が佳之の指に触れてしまった。
「わ!冷たい……」
「あ……ご、ごめんなさい」
「千秋さんの手って、冷たいんだね。あっためたほうがいいよ」
そう言って、にっこりと笑う佳之が、千秋には眩しく見えた。
(……そっか、やっぱり私、冷たいよね……)
(でも優しいな……。佳之さん……)
千秋は拾ってもらった消しゴムを眺めながら、ふと、そんな事を思った。
***
今日は新年度初日だったため、半日で終わった。
「ねえ、千秋。佳之さんとお話したでしょ?」
「ああ。ちょっと消しゴム拾ってもらっただけよ」
いつものように何食わぬ顔をして、和美に応える。
「ふふ。ちょっと嬉しそうだったぞ。千秋!」
鞄を後ろ手に持った和美が、にっこり笑った。
千秋は、その表情を、写メに残しておきたいくらい、可愛らしいなあと感じた。
「千秋!ミスドかスタバに行かない?」
「ああ、ごめん。和美……。バイトなんだ……」
「そっか。大変だね。千秋んちも……」
千秋は和美に家族がいないって事を話してはいない。
怪しまれるからだ。
それに……親友だから、記憶操作もしたくはなかった。
だから嘘をついた。
私の家族はみんな海外だと。
仕送りないから、自分で稼がなくちゃならないんだって……。
……嫌だった。親友に嘘つくのは……。
(おい!四十雀!)
『何でしょうか。お嬢様』
(今日の裏稼業の内容はどうなんだ?とっとと話せ!)
『はあ……その言葉遣い、どうにかなりませんかねえ……。リリス様がお困りになるわけですよ……』
(お前、作家の癖して、口答えすんなよ!で、仕事は?)
『ありますよ。2丁目の喫茶店のマスターの浮気調査』
(ちっ!しけてやがんな。また、おっさんの精力を吸い尽くして、ダメにするって案件じゃないだろうな?)
千秋はそう念話でバリバリ文句を言うと、見えない空間を睨みつけた。
『ち、違いますよ……。お嬢様。そういう仕事ではありません』
(ふん!どうだか……。行くぜ)
『はい……お嬢様』
あ、私、四十雀と申します。
あのひねくれたお嬢様の物語の語り部役と、お嬢様のナビゲート役をやらさせていただきます。なんせ、リリス様直々のご依頼なので、はい……。
「あ——!なんか悪口言ったか——!行くぞ!」
『いえ、何でも……お嬢様。では2丁目に仕事に行きましょうか』