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断片の使徒 After   作者: 草野 瀬津璃
のんびり小休止編
96/178

 5



 文字の読みづらさに本から顔を上げると、いつの間にか室内が薄暗くなっていた。スコールが降っており、バケツをひっくり返したような音が家中に響いている。

 カップの中身はすでに空っぽだ。


(そろそろ、夕食の準備を始めるかな)


 椅子を立ったタイミングで、玄関から声がした。


「戻った」


 グレイの声だった。修太は玄関のある廊下へと顔を出す。


「おかえり。ずいぶん早かったな」


 そう言ったのは、ダンジョン・シティーで食事を済ませてくると聞いていたからだ。


「途中でレコンが罠に引っかかってな。今日は虫下(むしくだ)しを飲んで、家で安静にしておくようにと医者が」

「下宿に送ってきたところよ。ダンジョン・シティーのほうが近かったから、そこで医者に診てもらえたけどね。あんな場所で暮らすなんて馬鹿げてるけど、医者がいるのは助かるわ」


 バロアはそう言いながらスリッパに履き変えて、しかめ面で風呂場に直行する。


「先に風呂を使わせてもらうわね。気持ち悪いったら」


 そんな彼女を横目に、玄関に座ったまま動かないグレイとスレイトに問う。


「虫下しって、何があったんだ?」

「虫の巣に落ちたんだ。すぐにレコンを穴から引き上げたんだが、息をした時に、卵が体内に入るタイプらしい。冒険者ギルドで情報を得ていたが、なかなかおぞましかったぞ」


「それはトラウマものだな……」

「国内最難関のダンジョンだから、何が起きてもおかしくねえよ。ダンジョン・シティーの入口で止められて、全員、消毒液をぶっかけられたから大丈夫だとは思うが。あの虫は熱に弱いそうだから、風呂に入るまで俺達に近付くなよ」


 ずぶぬれのまま玄関から動かないのは、家に虫を持ち込まないためらしい。

 レコンがあった災難に、修太はものすごく同情した。


「父さんは平気なのか?」


 後ろからバルが顔を出し、スレイトはひらひらと手を振る。


「問題ねえが、今日は全員、虫下しを飲めってよ。はあ」


 うんざりと溜息をついたものの、スレイトは感嘆を込めて続ける。


「サランジュリエの冒険者ギルドの医療部はすげえな。そういう虫やら毒やら、全部解析して、解毒剤(げどくざい)を作ってるらしい。あらゆる毒に対するスペシャリストぞろいだってよ」

「ヘレナさん、毒の魔女って呼ばれてるらしいもんな。すごいなあ」


 修太は感心を込めて言った。

 医療部部長のヘレナは、ゆらゆらとした動きをしている変な人だが、素晴らしい仕事をしているようだ。

 三人が風呂に入り終え、掃除を済ませると、修太達はようやく食事の支度にとりかかった。


「皆で支度して、早く食べましょ。私はパンを作るわ」

「俺はスープを担当しよう」


 バロアに続いてグレイが言い、スレイトは冷蔵庫の魔具を覗く。


「肉料理をがっつり食いてえから、メインは俺が作るかね。バル、手伝えよ」

「はい」


 昼間の生意気さはどこにいったのか、バルは返事をして、スレイトの隣に行く。


「おい、グレイの養子。なんだ、この肉」

「サラマンダーの肉だよ。王都の名物でおいしいんだぜ」


 修太が説明すると、スレイトは合点がいったようだ。


「あれな! 焼くと美味いよなあ。小さめに切って、オーブンで焼くか。バルはハーブを用意な」

「分かった。えーと」


 バルが修太のほうを見たので、修太は調味料の位置を教える。


「ハーブ? 乾燥ならそこの棚で、生なら外に生えてるよ」

「ラージラはあるか? オーブン料理だから、乾燥したものがいい」


 スレイトが希望を口にするので、修太は迷わず瓶を取る。


「はい、これな。油なら、その辺」


 バルに渡して、ついでに棚の下を指さす。油の入った瓶を置いている。

 ラージラは小さな葉がたくさんついたハーブで、肉のくさみ消しによく使う。肌荒れにもよく効くので、薬草としても使っている。ハンドクリームの材料となるのだ。


「ラージラの塩シャナ、使う?」

「何それ」

「塩とシャナとラージラを混ぜて香りと味をつけたやつ。食べる時に付けると、美味いんだ」


 ハーブを使ったレシピ本で見かけた調味料だ。ハーブの香りをつけたレモン塩に近い。

 セーセレティー精霊国は塩での味付けが多いので、ハーブソルトといい、塩に何かをくわえて違う風味にするのだ。


「食べてみれば分かるよ。食卓に置いておくな。それで、俺は何をすればいい?」


 グレイのほうを向いて問うと、グレイは「何かあるか?」という目でバロアやスレイトを見た。


「特にない」

「座ってていいわよ」

「ああ」


 三人が声をそろえるので、修太はショックを受けた。


「なんで! バルには頼むのに!」

「お前、なんでバルに張り合うんだ?」

「俺も手伝いを頼まれたい!」


 グレイにそう主張するが、グレイはわずかに首を傾げるだけだった。


「今日は久しぶりにマエサ=マナの料理をしようと話していたんだ。できたら呼ぶから、部屋にいていいぞ」

「そんな!」


 彼らの郷土料理など知らないのだから、たしかに修太には手伝えない。


「ダンジョンに行って、疲れてるんじゃないか?」


 下ごしらえでもいいのにとねばってみたが、黒狼族達はすぱっと返す。


「まさか」

「あの程度で? ありえないわ」

「馬鹿にすんなよ、坊主」


 この質問はまずかったようだ。今度ははっきりと、大人達から追い払う仕草をされた。


「すみませんでした」


 修太は謝って、すごすごと台所を出る。去り際、バルにあっかんべーをされて、ムッとした。




 ナンみたいな(ひら)べったいパン、サラマンダーといろどり野菜、モルゴン(いも)のハーブ焼き、豆と干し肉入りのピリ(から)スープ。


 食事ができたとグレイに呼ばれて二階から下りてきた修太は、おいしそうな光景に目を輝かせた。

 長テーブルが端に寄せられ、旅の間に使っていた敷物の上に、大皿と鍋が置かれている。食器がそれぞれの席に置かれていて、クッションが転がっていた。

 水差しや酒瓶、カップだけ、傍の低い(たく)に置かれている。


「なになに、室内ピクニック?」

「マエサ=マナじゃ、こうやって食事をするんだ」

「なんかアラビアンナイトって感じだなあ」


 イスラム圏の文化を思わせる様子だ。

 そういえば黒狼族は敷物の上に直接寝ると聞いている。食事風景も敷物の上なんだろう。


「好きなものを好きなだけ取って食べる」

「へー!」


 すでに彼らは小皿に取り分けていた。

 修太はいそいそと皿によそい、グレイの右隣の席に落ち着いた。

 あぐらをかいたり、片膝を立てて座ったりと、めいめい自由だ。

 どうも落ち着かなくて、修太が正座をすると、向かいのバルにびっくりされた。


「なんでそんなにかしこまるんだ? くずして座れよ」

「いや、俺の故郷も床文化圏なんだけど、食事の時はこの姿勢が正しいんだ」

「そうなのか……? 説教される時くらいだぞ、そんな格好をするの」


 バルがいたたまれなさそうにこちらを見るのは、そういう理由かららしい。

 しかし、修太がピシッと背筋を伸ばして食事をするのを見て、それ以上は言わなかった。


「うまー! ちょうどいいピリ辛さで、豆と肉の味わいがうっまい!」


 スープを食べて、修太は感動の声を上げた。

 それから、皆の真似をして、細かく切られている肉と野菜のハーブ焼きをパンの上にのせ、包むようにして食べてみる。


「もちっとしてておいしいなあ、このパン。肉と野菜の味が濃いめで、うまーい!」


 オイルをかけて、塩コショウを振り、ハーブを添えてオーブン焼きしたのだろう。シンプルながら、食べやすくておいしい。

 少し辛い味付けが多いが、パンに薄く塩味がある程度なので、口の中が辛すぎなくてちょうどいい。


「そんなに喜んでくれるとうれしいわ~」


 バロアはにかっと笑った。


「姉さんのパンは美味いんだ。シンプルな料理だから、腕の良さが分かりやすいんだよな」

「これを食べると、しかたねえなあってなるんだよな。昔から……」


 グレイが珍しく料理を褒め、スレイトもあきらめ混じりに言う。

 あんなに振り回されていても、食事で懐柔(かいじゅう)されてしまうらしい。バロアの飴とむち、天然だけに怖い。


(確かに、グレイが作るパンよりもちっとしてるよな。材料は同じなんだろうに、不思議だなあ)


 修太は首を傾げながら、食事を進めていく。


「サラマンダー、美味いな。せっかく外出してるんだ。王都に行って、串焼きを食わねえとな」

「おいしいけど、なんなんだ、その動物」

「でかいトカゲだ。火を出す」

「火を出す、でかいトカゲ? 何を言ってるんだ」

「嘘じゃねえぞ!」


 バルに冷たい目で見られ、スレイトが言い返す。

 うさんくさいと思ってもしかたない説明だが、そうとしか表現できない。


「王都近くの森に住んでるんだ」

「やっぱり嘘だろ。火を出すんなら、森が燃えてなくならないとおかしい」

「敵意を向けた相手だけ燃やすんだよ。なんでかなんて聞くなよ。そういうトカゲなんだ」


 バルの目は、疑わしいと言いたげなままだ。


「なあ、おかわりしていい?」


 修太が挙手して問うと、皆の目がこちらを見た。


「あの量をもう食べたのか?」

「結構、お皿に盛ってたわよね」


 スレイトとバロアはいぶかしげにしている。グレイが口を挟んだ。


「こいつは大食いだから、食べる分を確保しておかないと、全部食べられるぞ」

「え? 男が四人いるから、十人前くらい作ったのよ」


 バロアの言う通り、平たいパンは大皿に山のように積まれている。グレイは最初からそれを見越して、大鍋でスープを用意していた。


「とりあえず、食べる分をよそっておこうぜ。坊主、残りは食べていいぞ」


 スレイトにうながされて、彼らは自分の分を確保した。修太は遠慮なく、おかわりをする。


「うまー! 本当においしい。最高」


 幸せいっぱいの顔で、ガツガツと料理を食べていく修太を、バロア達はあぜんと見ていた。


「え? 本気なの? どこにそんなに入ってるのよ!」

「胃だけど」


 いつも訊かれるが、そこ以外のどこに入ると思っているんだろう。

 残りをぺろりとたいらげると、修太はいそいそと立ち上がる。


「バロアさん、食後にデザート、食べる?」

「ええ!? あんた、まだ食べるの!?」

「デザートは別腹だよ」


 修太が真顔で返すと、バロアの顔が驚愕に染まった。


「す、すごい。エズラ山のボスを鎮めた時より、感心しちゃうわ」

「なんでだよ」


 どう考えても、功績はあっちのほうが上だろう。




 その後、プリンを出したら、不思議そうに一口食べたバロアは固まった。尻尾の毛がぶわりと逆立つ。

 口に合わなかったのかと修太が訊こうと思った瞬間、バロアは目元を手で覆った。


「おいしすぎて涙が出た」

「そんなに!?」


 さすがは天下のプリン様である。

 異世界人すら魅了するとは。さすがだ。


「この子、マエサ=マナに連れて帰ったほうがいいんじゃない?」

「おい。集落には入れないだろ」


 グレイがツッコミを入れるが、バロアはぶつぶつと呟く。


「エズラ山のボスとも仲が良くて薬草の知識もある……。そして、おやつはおいしい」

「姉さん、八割が菓子だろ」

「年の差がありすぎるけど、私と結婚するのはどうかしら!? あだー!」

「いい加減にしろ」


 グレイの手刀が、バロアの頭に振り下ろされた。バロアが頭を抱えてうなる。


「シューター、相手にしなくていいからな。面倒だから、菓子については教えてやれ」

「ああ、うん。レシピくらいあげるから、元気出して、バロアさん。プリンならおかわりがあるよ」


 修太がプリンの器を見せると、バロアは即座に復活した。


「きゃー! ありがとう、甥っこー!」


 修太がよける暇もなく、俊敏に近づいてきたバロアにぎゅむっと抱き着かれた。

 豊満な胸に顔が埋まるが、何か思う前に息苦しさでもだえる。

 グレイのチョップが再びバロアの頭に落ちた。


「やめろと言ってるだろ」

「いだーいっ。ちょっ、首、しまってるから!」

「うるせえ」


 グレイは無視して、バロアの後ろ(えり)を引っつかんで修太から引き離す。

 げほごほと咳き込む修太に、バルが言った。


「だから大丈夫だって言っただろ」


 バロアがプリンを喜ぶかと訊いたことへの言葉だろう。


「ここまで喜ぶのは予想外だよ」

「大人の()め技って怖いよな」


 少しは加減を覚えるようにとグレイから叱られているバロアが、聞き捨てならないと叫ぶ。


「絞め技って何よ。ハグよ、ハグ!」

「姉さん、話はまだ終わってない」

「すみません! 悪かったと思うけど、そこまでぶち切れなくても」

「今だけじゃない。前からいつもそうだ。考えなしに見境なく行動して……」


 たまっていたフラストレーションが爆発したようで、グレイがこんこんと小言を言い始めるのを、スレイトが苦笑して眺める。


「あーあ。グレイの説教タイムに突入しちまったよ。我慢が切れると、ああなるから。さんざん振り回されてたから、いい気味だぜ。――お、こいつは美味いな! カリアナにも食べさせてやりてえ」


 おいしいものを食べて、真っ先に妻の名前が出てくるあたり、族長夫妻は円満みたいだ。

 微笑ましさに、修太は自然と笑みを浮かべる。


「私も食べたいー!」


 一方、待てをさせられているバロアの泣き言が響く。

 説教モードのグレイには誰も逆らえないので、修太はプリンを冷蔵庫に戻しておいてあげるのだった。



 第九話、終わり。

 お遊び回でした。

 それと、いただいていたリクを消化した形です。


 修太たちの家に黒狼族が泊まりにきた時の話がみたい~というものと、他の黒狼族と修太の食事事情ですね。

 次こそ、リックとの話です。

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