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・グレイ視点
学園を出た後、グレイ達は冒険者ギルドのサランジュリエ支部にやって来た。
ダンジョンに入るには、冒険者ギルドに登録しなくてはいけない。
字の読み書きができないバロアのため、グレイの代筆で登録をした。
バロアはエターナル語を流暢に話せる。グレイと同じく、母ミドーレから教わっていたのだ。そもそもミドーレは、迷宮都市ビルクモーレで、父であるフレイニールと出会った。数年いたから、彼女もエターナル語が上手だ。
フレイニールはレステファルテ人だが、セーセレティーのほうが肌に合うようだった。
「お姉さん、全然似てないなあ」
受付のリックが、しみじみと言う。登録作業を担当している。
「そうでしょ。仲間もそう言うわ。それにしても、あんた、優男のわりに結構強いでしょ」
「賊狩りの兄さんほどじゃないけど、そこそこやるほうだよ。藍ランクだ。どうして分かったんだ?」
「さっき、握手したでしょ。武器を持つ、良い手をしてるわ」
「へへ、そうか。そう言ってくれるとうれしいなあ、ありがとう! そうだ、もらいものなんだけど、菓子をやるよ。結構、美味いから食べてみてくれ」
「やった、こっちこそありがとねー!」
にかりと笑い、バロアはマフィンの入った箱を戦利品みたいにかかげる。もう四十代だというのに、しぐさが子どもっぽい。
「はい、これで登録作業は終わり。銀行の登録に時間がかかるから、そこの待合室で待っていてくれ。よろしくな」
「分かったわ。それじゃあ、さっそくこれを食べようかしら!」
「賊狩りの兄さんが一緒だしな、こっちでお茶を出すよ」
リックはそう言うと、手の空いている職員に声をかけ、次の客の相手をし始める。
「なるほど。こういう時は、愛想が良いとお得だな」
とっくに冒険者ギルドに登録済みのスレイトは、面白そうに言った。
スレイトも黒狼族の男だ。集落を出て、旅をしていた期間がある。彼は身分証がわりに使っていただけなのでランクは青のままだが、レステファルテでは、名前だけがひそかに広まっている。〈一撃死〉や〈破壊神〉とあだ名を付けられているが、容姿は不明のままだ。目撃者が死んでいるのだから、しかたがない。噂にしたって、残された死体の様子から呼ばれているのだ。
おかげで自然とスレイトより、バロアのほうが注目を浴びている。
マエサ=マナでは甘味は限られる。初めて食べた菓子をすっかり気に入ったバロアは、マフィンを見下ろしてうれしそうに微笑む。そんなバロアを、待合室にいる冒険者達がポーッと眺めている。
グレイやスレイトには見慣れているが、女にしてはがたいが良いとはいえ、バロアは豊満でスタイル抜群だ。顔立ちも整っている。
他人――というより、人間には魅力的にうつるのだと、初めて気付いた。
その時、どたどたと階段を下りてくる音が聞こえてきた。
「グレイ、姉が来たって本当か!? っていうかお前、姉がいたのか!」
ギルドマスターであるダコンだ。
「ん? 私がどうしたの~?」
階段のほうにバロアがひょいっと顔を出し、驚いたダコンが足をすべらせる。
「えっ。おわあっ」
こんな間抜けなダコンは初めて見た。ダコンがそのまま身をひねって受け身をとろうとするのを、バロアが左手を出して、軽々と背中を受け止める。
熊のような男を、女が片手で止めたので、待合室がドヨッとなった。
「大丈夫?」
「は、はいっ」
まるで、騎士が姫を支えるような格好だ。
騎士がバロアで、姫がむくつけき大男・ダコンなので、まったく絵にならないが。
ダコンは素早く姿勢を戻したが、なぜだか顔が赤い。それを見た瞬間、グレイの全身に鳥肌が立った。
「……なんだ、あれは。気持ち悪い」
「ははははっ、めちゃくちゃ面白いぞ! ひーっひっひ。帰ったらカリアナに教えてやらねえと」
ツボに入ったスレイトが腹を押さえて、ひぃひぃ笑っている。
バロアは不思議そうに首を傾げ、ダコンに注意する。
「足元には気を付けなきゃ、駄目だよ。それで、私に何か用?」
「えっ、ええーと、俺はここのギルドのマスターで、ダコン・セリグマンといいます。あなたの弟さんにはとても助けられているので、一度ごあいさつしたく」
必死の形相で、ダコンは丁寧に話す。
そんなダコンに、バロアはマスターやランクについて質問責めにする。「あれは何? これは何?」と聞いて回る幼児そのものだったが、ダコンは説明を代わろうとする職員を追い払うのだった。
*
夕食は、なじみの酒場レインボーガーデンにやって来た。
学園で清掃の仕事を終えたレコンが訪ねてきたので、グレイが約束を守って、肉料理を食べさせるために来たのだ。
皆で、大きなテーブルを囲む。バルはスレイトに持ち帰りを頼み、コウとともに屋敷で留守番だ。
修太は椅子に座ると、左隣のレコンに話しかける。
「ここ、ソロンの親父さんの店だよ。ソロンって分かる?」
「〈白〉だろ? クラスにも二人しかいないから、覚えている」
「うん、そのソロンだよ。ここ、肉料理がおいしいからよく来るんだ」
店員がメニュー表を持ってきてくれたので、レコンの前に差し出す。グレイが修太の右隣から言った。
「好きに頼んでいいぞ」
「ありがとうございます!」
さすがは成長期だけあって、レコンも修太と負けず劣らずよく食べる。お互い、まったく遠慮せず、山のように料理を注文した。
「そんなに食べるの?」
バロアが目を真ん丸にするので、グレイが頷いた。
「シューターは大食いだ。余ったら、持ち帰ればいいだろ」
「そうね。私はお酒を飲みたいな」
「俺は砂肝とエールだな」
スレイトはしぶい注文をし、グレイはいつものようにレッドサンドロザリーと焼き鳥を数本頼んだ。
「ダンジョンの散策ってどうだったの?」
先に運ばれてきたお茶を飲みながら、修太はバロアに質問を振る。
「楽しかったよー。最難関ダンジョンっていうからどんなもんかと思ったけど、面白かったわ。スレイトが一緒だから楽よ。モンスターは、だいたい一撃で死んじゃうもんね」
「俺は市場に行くつもりだったのに、気付いたらなぜだか五十階にいた……」
はーっと溜息をついて、スレイトはエールをすする。レコンがげふっとせきこんだ。
「は!? 五十階? 初めてで、五十階まで行ったんですか?」
「うん。グレイが地図を持ってるから、最短ルートで進んだのよ。それにグレイは昔から引きがいいから、アイテムもバンバン手に入るしね。面白かったわよ」
バロアはけらけらと笑い、揚げた豆を口に放り込んだ。
「ダンジョン・シティーっていう所を見てきたわ。あんな場所に町を作ろうなんて変わってるわよね」
「俺の引きが良いのもあるが、姉さんの直感もなかなかのもんでな。地図を見なくても、なぜか最短ルートを選ぶんだ」
グレイの呟きに、スレイトが遠くを見るしぐさをした。
「『街道を進めば、そのうちサランジュリエに着く』って、マジだったんじゃねえかと思い始めたところだよ」
「はあ。姉弟そろって、幸運値がすごそうだな」
修太はついゲームを思い出して、そんな感想を口にした。ゲームのキャラだったら、カンストしていそうだ。
レコンはなんともいえない表情をしている。
「最強のパーティじゃないですか……」
「ガクエンがお休みの日に、一緒に来なさいよ。あんた、なんか苦労してるみたいだし、貯金したら? お金はあっても困らないでしょ」
「いいんですか?」
レコンはバロアではなく、スレイトとグレイを順に見た。二人はあきらめ顔である。
「バロアが言い出して、俺らに意見を聞くわけねえだろ」
「……好きにしろ」
分かりにくいが、イエスのようだ。
「よろしくお願いします!」
レコンが丁寧に頭を下げた時、ソロン・ガルフィングが料理を運んできた。
「いらっしゃい! ツカーラとレコンなんて、珍しい組み合わせだなあ。たくさん食べてってくれよ」
「ありがとう、ソロン。今日も手伝いか? えらいな」
「へへっ、どうも。冒険者志望だけど、料理は好きなんだ」
「それなら薬草学はしっかり勉強しておけよ。野草の知識は使えるぞ」
「ツカーラが言うと説得力があるなあ。困った時は、教えてくれよな。それじゃあ、また、学校でな」
ソロンは料理をテーブルに並べ、調理場に戻っていった。クラスメイトが来たので、あいさつに顔を見せてくれたみたいだ。修太はひらひらと手を振る。
ケテケテ鳥のハーブソルト焼きに、メウ酢漬けガショー入りのつくね、焼き鳥、スープ、サラダなど。他にも頼んでいる。食べたい人が各自で小皿に取る形式だ。
「レコンも食べろよ、このつくね、美味いぞ」
「いいのか? ……美味い」
「だろ! そうだ、バルにも包んでもらおう。すみませーん!」
修太は店員を呼んで、テイクアウト用を追加注文する。
「おう、ありがとな、坊主。そういや、冒険者ギルドで面白いことがあったぞ。あそこのギルドマスターがよぉ」
スレイトが披露した話を聞いて、修太とレコンはむせた。
「げほげほ、えっ、嘘だろ! マスターが?」
「ちょっ、今はやめてくださいよ。飲み込めない……っ」
口を手で押さえ、レコンはぷるぷると震えている。
気持ちは分かる。想像すると笑いが止まらない。
あの熊みたいなダコンを、騎士のように軽々と受け止めるバロア。面白すぎる。それでバロアに惚れるって、なんなんだ。
「姉さんはまったく興味がねえようだがな。なかなか不気味だったぞ」
腕をさすりながら、グレイが言う。
「バロアさん、美人だもんな。モテるのも当たり前だって」
「んむ? なんかよく分かんないけど、褒めてくれてありがとう、甥っこ! あんたはそうねえ、無愛想なとこが可愛いと思うよ」
「わざわざ褒めなくていいんで」
「黒狼族から見ると、結構、好ましいよ。なんで容姿は似てないのに、雰囲気はそんなに弟とそっくりなのかしらね。血がつながってないのに、本当の血縁者みたいよ」
バロアは何げなく言ったことなのだろうが、修太はうれしくなって、カーッと顔が熱くなった。
「ありがとう。最高の褒め言葉だ」
フードをかぶっていてよかった。きっと見られない顔をしていただろう。
照れながらいそいそと料理を取り分ける修太に対し、テーブルの面々はじーっとグレイを見つめる。
「グレイはなんで横を見てるのよ」
「お前、照れるってことがあるんだな!」
バロアとスレイトが口々に言うと、グレイは低い声で返す。
「うるせえ。黙って食え」
修太もグレイを見てみたが、いつも通りの無表情ぶりだった。
しかし昔なじみの二人は愉快そうに笑いだす。
その日は、レコンから学園の話を聞きながら、遅くまで飲み食いしていた。
第八話、終わり。
ダコンがバロアに惚れたら面白そうだな~と思ってたら、感想で同じことを言われて笑ってしまいました。
このシーンが浮かんで、書いてみたくなったのでそうしましたけど、くっつくかは別の話です。
本当に、遊びのノリで書いてますよ。面白かった!
八話は適当に書いてたので、あんまり緩急がないですが、たまには日常のんびり回もいいでしょうね。
黒狼族の料理も出したいのですが、また、おいおいね。
次は少しシリアス寄りにして、リックと修太の友情を書こうかな~。




