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教室に戻っても、生徒達の興奮は冷めやらない。
「すごかったなー! 賊狩りグレイ、めちゃくちゃ格好良かった!」
「弱点も長所になるって、しびれるぜ!」
「あのスレイトって人もすごかった!」
グレイを褒められるとうれしいが、修太としては、ちょっと居心地も悪い。
親の七光り。虎の威を借る狐。そんな単語が浮かんでしまい、自慢する気にもなれない。
皆の興味が、早く他に移らないかなと思いながら、修太はクラスメイトに話しかけられては、愛想笑いを返していた。
教室がわいわいがやがやと騒がしい中、算術の教師ベネットが入ってきた。褐色の肌に、黒い髪。冷たそうな薄水色の目にはいらだちが浮かんでいる。灰色のシャツとズボン姿で、革製のサンダルを履いていた。
「うるさいぞ、静かにしろ」
その一言で、波が引くように、生徒達はおしゃべりをやめる。
まだ休憩時間だったが、ベネットは細かいことにうるさいので、生徒には嫌われている。下手に目をつけられると、しばらく授業で集中的に当てられ、間違えると嫌味っぽく解説されるのだ。面倒くさいので、皆、適当に話を合わせていた。
「突然の訪問のせいで、予定がめちゃくちゃだ。もう少し考えて行動したらどうだ、ツカーラ」
ベネットににらまれ、修太はぎくっとした。
「……すみません」
修太に言われても困るのだが、親戚が迷惑をかけたのは事実なので、すぐに謝った。
(バロアさんを止められるものなら、やってみて欲しいけどな!)
黒狼族の男達ですら振り回されているのに、人間が対処できるとは思えない。
「注目を浴びて、さぞ気持ち良いことだろうな。レコン」
「そんなに肋骨を折られたいなら、先生が見本になれば良かったんじゃないか」
「……口ごたえをするな」
レコンの反論に一瞬ひるんだが、ベネットは言い返す。
(えっ、骨がやられてたのかよ)
治療師がいるのですぐに完治したのだろう。そこまでの怪我を負っていたとは思っていなかったようで、生徒達がざわついた。
「授業を始める。教科書の二十三ページを開け」
ベネットは算術の授業を始め、何が気に入らないのか、修太とレコンを集中的に当てて、ねちねちといびり始めた。
とはいえ、修太にはたいして難しくもない問題ばかりだ。あっさりと全問正解していったが、レコンはたまに間違えてはベネットに嫌味ったらしい説明を受けている。
授業が終わってベネットが出て行くと、後ろからレコンの悪態が聞こえた。
「あのクソ教師が」
「えらく嫌われたなあ、レコン」
アジャンが同情まじりに声をかける。
「あいつ、レステファルテ人だろ。どう見ても、黒狼族嫌いだな。そういうもんだと分かっていても腹が立つ」
レコンの隣席の男子生徒も、不愉快を隠さない。
「あれはひどいよ! 学園では……いや、この都市では差別禁止なのに!」
「悪かったよ、巻き込んだみたいで」
修太が謝ると、レコンは首を振った。
「バロアさんの暴走を止められるのは、族長とミドーレさんくらいだ。しかたがない。あの人のことだ、どうせ思いつきで行動していたんだろう」
グレイとバロアの母親の名が出てきて、修太はとても納得した。
「よく分かってるな! グレイがあんなに誰かに振り回されてるの、初めて見たよ。いつもなら『うるせえ』で相手が黙って終わるし」
「賊狩りグレイって、もっと怖いイメージがあったけど、それほどでもなかったよな」
アジャンがのほほんと言うと、すでに冒険者稼業をしている他の生徒が口を挟んだ。
「いやいや、あれは仲間が一緒だからだろ。待合室に一人でいる時は、めちゃくちゃ怖いぞ。ベテラン冒険者も近づかねえもん」
「機嫌が悪い時とか、空気がヤバイよなあ。養子が傍にいる時はそうでもないって、噂では聞いてたけど、まさかツカーラがそうとはね!」
他にもクラスメイトが話題に加わってきた。修太は断りを入れる。
「怖いけど、良い人だよ」
「そこがすげえよ。怖い時点で、一緒にいるのは無理」
「うーん、でも、父さんの弟子が言うには、黒狼族では面倒見が良くて優しいほうだって」
「えっ、どんなふうに?」
「例えば、悪いことをした時に、苦しまずに殺してくれるくらい……とか言ってた」
「怖いよ! どこが優しいんだよ!」
それは修太も不思議に思うが、黒狼族達がそう表現するのだからしかたがない。
レコンが大きく頷いた。
「優しいじゃないか。同胞の中で、サディストはえげつないぞ。そんな奴は要注意扱いだが、俺らは敵にまで情けをかけねえから放っておく」
至極当然と、レコンがはっきり言い切ったので、修太達はなんとも言えず黙り込む。
「なんだ?」
「どん引きしてるんだよ」
「ただの事実だ」
「あんまりそういうことを、人間に言わないほうがいいぜ?」
「何故だ。事実を言って、何が悪い」
修太は頭痛を覚えたが、溜息まじりに理由を教える。
「いいか、人間側には法律やルールがあるんだ。この国では、私刑は良くないこととされてる。犯罪や後ろ暗い連中を思わせるから、不気味に思うんだよ。警戒させたくなかったら、口に出さないように気を付けろ。どうしても疑問に思うなら、親しくなってから聞けよ」
「ふうん?」
修太が懇切丁寧に話すのを、アジャン達は感心混じりに眺める。
「シューターは我慢強いよなあ。ちゃんと説明してやってえらいよ。俺、『これだから、黒狼族は』で終わらせるから」
他の生徒も同意を示す。
「分かる。いちいち解説するの、面倒くさいもんな」
「普段の苦労がしのばれるぜ」
皆、がんばれと修太に応援の言葉を残し、そそくさと離れていく。昼休みになったので、食事を取りに行くようだ。
「俺は別にそのままでいいと思ってるけど、レコンは貴族の屋敷で働きたいんだろ。ある程度は価値観のすり寄せをしておかないと、後々苦労するぜ」
「価値観のすり寄せ?」
「黒板の色を緑と呼ぶ……みたいなことだよ。あれを黒と呼ぶ人もいるかもしれないけど、この国では緑が一般的なら、緑と言ったほうが通じるだろ?」
修太の例えがなんとなく理解できたようで、レコンはそういうことかと呟く。
「言語の違いみたいなものか。一般言語をエターナル語に訳しているようなことか?」
「まあ、そんな感じ。というか、そうか。レコンって一般言語だけでなく、エターナル語の勉強もしないといけなかったんだよな。学園に入れるほどってすごいな」
「文字はエターナル語だけだ。言葉は数年いれば慣れる」
「それでもすごいよ。優秀だなあ」
修太はそう言いながら、時間を気にして、前に向き直る。
「こいつが言うと、嫌味っぽいな」
「な。歴史以外は、ほぼ満点じゃねえか」
レコンとアジャンが言い合っているが、修太は首を傾げるだけだ。
「俺からすると、健康で身体能力が高い二人のほうがうらやましいけどな。さ、早く昼に行こうぜ」
「えっと……悪いな」
「え? 何が?」
修太の持病のことを気にして謝るアジャンに対し、お昼で頭がいっぱいになっていた修太はきょとんとして返す。
「腹が減ったから、行こうぜ。アジャンも、今日は弁当だろ」
「うん。お前のそういう割り切りの良さは好きだぜ」
アジャンは肩をすくめ、弁当箱を手にしてベンチを立った。それから、アジャンは思い出したようにレコンを振り返る。
「レコンも一緒にどうだ? そういや、いつもはどうしてるんだ?」
「下宿先で金を払えば、弁当を用意してもらえるから、その辺で適当に食ってる」
「一人で?」
「ああ。食事するだけなのに、人数はいらねえだろ」
「それじゃあ、誘うのは迷惑だったかな」
「さあ。誘われたことがないから、なんとも思わん」
「……この会話、面倒くさいな。どっちだ、行くのか行かないのか」
「行く。セーセレティー人も観察したい。こいつは一般的な人間とは呼べない」
「分かるけど、観察ってなんだよ」
二人の会話に、修太もツッコミを入れる。
「分かるって、なんだよ。失礼だな」
そういうわけで、今日は三人で弁当を食べることになった。




