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それからしばらく、ちらちらとこちらを物珍しげにうかがう視線を感じていた。
落ち着かない気分で無視していると、昼時には、クラスメイトは修太を気にするのに飽きたようだった。
(どうせ食事時には忘れてるって父さんがよく言うけど、まじだな……)
結局、皆、自分のことで忙しい。他人のことを面白がっても、それもつかの間のことだ。次第に勉強や宿題、家の手伝いのことで頭がいっぱいになって忘れていく。
平民が集まっている学園なので、家族の手伝いと勉学を両立している者がほとんどだから、余計に。
「リューク、お見舞いに来てくれてありがとう。王都に行ったんで、お土産だよ」
昼休みになっても、リューク達三人が椅子を立つ様子がないので、人が少ない今のうちにと、修太は話しかけた。
事件にかかわっていただけに、修太のことを気にしたようで、休み中に見舞いに来てくれたのだ。
「ああ、うん……ありがとう」
「なんか元気ないな。三人そろって体調不良?」
気のせいかぐったりしているので、だんだん心配になってきた。
「先生を呼ぼうか?」
「いや、そうじゃないんだ。休み中、アレンさんに個人指導してもらって……。決まった金銭内で一週間を過ごすっていう」
そういえば、そんなことを言っていたなあと、修太はアレンの顔を思い浮かべる。苦労知らずの金持ち三人には、かなりしんどかったみたいだ。
「どれほど自分達が恵まれていたか、まざまざと理解したよ。初期投資に金がいらないだけで、かなり良いほうなんだね。武器や防具の手入れに、アイテム……。ダンジョンへの入場料に、情報代。三人でこづかい帳をつけながら、必死な一週間だった。食費を削らないことっていうルールだったから、宿代をけずって……。うう、安宿って怖い」
「泥棒でも出たのか?」
「虫だよ。体がかゆくて泣きそうだった。セレスが虫避けの草をたいてくれて……、これまで、パーティに一人は治療師がいればいいと思っていたけど、薬師も必要だよ。食料確保でも助けてくれたし。あんなに苦労するなんて思わなかった」
すると、少しやせた気のするセレスがふらふらと寄ってきた。
「アレン様だけでなく、奥様のササラ様もご指導してくださったのよ。ありがたかったけれど、倒れないギリギリを見極めてらっしゃるから、なんというか……」
「鬼?」
「……ふふ」
修太の問いに、セレスは乾いた笑みを浮かべる。
「ササラさん、あんなに優しいのに、指導の時はスパルタなのか」
「下調べと情報収集の重要さについて、口をすっぱくして教えられたよ。冒険者っていうのは、正々堂々と真っ向から戦うものだと思ってたが、アレンさんは効果的に罠を使うタイプだから、下準備がかなり地味だったぜ。それになんか……卑怯じゃないかとも思ったんだが、策が上手くいった時は最高だったな」
はじめは少しだけ複雑そうにしていたが、最後にはライゼルはこぶしを握り、感慨にひたっている。
修太は仲間がよく言っていることを思い出した。
「ああ、うん。情報収集しないでむやみに突っ込むのはただの馬鹿だって、よくトリトラが言ってるなあ。へえ、なんかすごいんだな?」
修太が首を傾げてつぶやくと、三人にはありえないという顔をされた。
「君が冒険者なら、彼らのすごさが分かるよ」
「そうだ。いつになったらあのレベルに到達できるか、見当もつかねえな」
「わたくしも、もっとサポートできるようにがんばりますわ」
そう言い合って、三人は励ましあっている。
「これから卒業まで一緒に行動する五人組のパーティを決めるのですけど、安定するのは五人みたいですわね。三人だと、少し手が足りません」
セレスはゆるく首を振り、リュークは真面目に金勘定をする。
「でも、人数が増えると、維持費がかさむよね。そこをどうするかが課題かな」
「ルールと分配については最初に決めておいたほうがいいんじゃねえか。食事しながら、もっと具体的に詰めようぜ」
ライゼルが発破をかけると、二人は頷いた。
彼らは以前よりも少し大人びた顔をしている。アレンとササラの特訓はとても良い成果を出したようだ。
彼らが立ち去る前にお土産を渡すと、礼を言って教室を出て行った。
血気盛んな若者といった雰囲気の彼らに、修太は独り言をつぶやく。
「若いってすごいなあ」
「ははっ、何を言ってんだよ、シューター。お前も若いだろ。年寄りみたいなことを言うなよ」
アジャンが修太の背中を軽く叩き、自分達も昼食に行こうと言った。
放課後、迎えに来たグレイとともに、ササラとアレンの屋敷に寄った。王都から帰ってきた後、お土産を渡しに行く暇がなかったので、そろそろ会いに行くつもりだったのだ。
「まあ、お土産ですか! ありがとうございます」
「アレンのなじみの店みたいだから、同じ物を持っていたら、ごめん」
「スオウの品をこんなに……。大丈夫ですよ、かぶっていたとしても、わざわざ選んでくださったことがうれしいのです」
胸の前で手を組み、ササラはじーんと感動にひたっている。
「こっちはアレンへのお土産で、使用人の皆さんにも。いつもお世話になってるから」
「皆も喜びますわ。ランド、こちらに来てくださらない?」
ササラはすぐに家宰のランドを呼んで、屋敷の者達に土産を配るように言い付けた。スオウでは聖殿の傍仕えの中では立場が上だっただけあって、ササラは他人に用を命じるのが様になっている。
言葉がやわらかいので威圧感はなく、まさに上品な奥様だ。
「ありがとうございます、ツカーラ様」
にこにこと微笑んでお辞儀をし、ランドは客室を出て行く。ササラは気遣いをこめて、修太をじっと見ている。修太と目が合うと、彼女は見ていたことを誤魔化すみたいに微笑んだ。
「お元気になられて良かったですわ。薬師ギルドの件、あれだけ防御したのに、まさか怪我人の救護をよそおって誘拐するなんて……。卑怯な手口に、旦那様とともにぶち切れていましたのよ。薬師の風上にも置けないですわ」
「心配してくれてありがとう。でも、もう大丈夫だよ」
「いいえ、まだ一月ですわ。心の傷は長引くものですから、ご自愛なさって」
ササラは優しく言うと、その表情を冷たいものに変えた。
「犯人はもとより、手を貸した人達もいますから、彼らを野放しにしないように、だいぶ旦那様と働きましたわ。サランジュリエから追い払ったので、とりあえずは大丈夫でしょう」
「いや、働いたって……何したの?」
「ふふふ。正攻法ですから、問題なしですわよ。シューターさんが気に病むようなことではありませんわ。彼らが自分で掘っていた墓穴を、騎士団にも見えるようにしただけですから」
「そうなのか……?」
いったい何をしたんだろう。ちょっと不安になるが、騎士団が出てきて悪人を追い払ったということは、この都市の治安が少し良くなったということだ。
「良いことかな?」
「ゴミ掃除をするのは、良いことだろうよ」
グレイが皮肉っぽく言った。
「今回ばかりは、賛同いたしますわ。ふふふ」
ササラが呼応して、黒い笑みを浮かべる。
「ササラさん、気持ちはうれしいけど、ササラさん達に迷惑をかけたくないから気を付けてくれよ」
「まあああ。こんな状況で、わたくしどもを心配してくださるのですね。ササラ、涙で前が見えませんわ」
ただの例えかと思いきや、ササラはそっとハンカチで目元をぬぐう。おおげさではないかと、修太はたじろいだ。
女性の涙には、めっぽう弱い。
急に落ち着かなくなってきて、そわそわと扉のほうをうかがう。
「えっと、それじゃあ……俺、帰るよ。またな」
「はい、お気をつけて」
帰り際、料理長からお菓子をもらった。使用人の人々にも、「お土産をありがとうございます」と声をかけてもらい、和やかな気分で屋敷を後にした。




