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断片の使徒 After   作者: 草野 瀬津璃
のんびり小休止編
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第八話 暴風襲来 1



 雨季休暇が明け、学園への久しぶりの登校日となった。

 少し肌寒い朝、サランジュリエには珍しくもやが立ち込めている。

 コウが一緒なのはいつものことだが、今日はグレイもついてきた。いつもの黒いコート姿でハルバートを肩にひっかけ、朝っぱらから誰かの葬式でもあったかのような不景気な顔をしている。


「父さん、俺、もう大丈夫だと思うんだけど……」

「あきらめろ。誰が親か、すでにバレてるだろ。そもそも、お前が『平凡』ってのが無理だ」

「いや、俺、普通だし!」


 修太は言い返したが、グレイはこちらをちらと見て、フンと鼻で笑っただけだった。


「えええ、どういう意味だよ。こんなに普通なのに。なあ、コウ?」

「ワフッ」


 なんで「駄目だなあ、こりゃ」みたいな顔で首を振るんだ、コウ。

 犬には思ったよりも表情があることを、コウを飼い始めてから知った修太である。

 結局、正門前までついてしまった。すれ違う生徒達の驚愕の目に、修太は気まずくなって首をすくめる。


「それじゃあな、シューター。帰りも迎えに来る。勝手に帰るんじゃねえぞ」

「分かったよ。でも、仕事はいいの?」

「休みをもぎとったから、しばらく暇だ。昼間はダンジョンの低層を散歩してくる。何かあったら、冒険者ギルドに連絡しろ」

「散歩って……はは。まあいいや、そうするよ、気を付けてな」


 修太が手を振ると、グレイは頷いてきびすを返す。コウがグレイの足元をタッタカとついていく。

 低層とはいえ、セーセレティー精霊国内の最難関ダンジョンを散歩すると言い切るのだから、相変わらず規格外だ。グレイのような紫ランクがダンジョンを歩き回るのは、防犯になっていいから、良いことだとは思う。

 生徒の視線を避けるようにして教室に入ると、すでに登校していた生徒達がシンと静まり返った。


(う……っ)


 修太はたじろいだ。

 これはグレイの言う通り、修太の事情は生徒達にはつつぬけになっていると見ていい。教室に踏み込むのをためらっていると、アジャンが真っ先に声を上げた。


「シューター、やっと来たか! ひどいじゃないか!」

「……へ?」

「親父さんのことだよ。まさか紫ランクの冒険者だなんて。零細(れいさい)冒険者かって訊いた自分をなぐりたいよ。恥ずかしい!」


 よく分からない方向で、アジャンは怒っているようだ。


「ええと……?」

「親父さんのことを聞くと、なんかはぐらかすし、そんなに悪いこと聞いたかなって迷ってたのに! いいじゃんか、紫ランク! いっそ自慢しろよ、腹立つな!」

「ごめん……?」


 こういう返事でいいのだろうか。

 正直、そんなふうに言われると予想しておらず、修太の戸惑いは深い。


「なんで黙ってたんだよ」

「いや、だってさ」

「何?」

「学園で友達が欲しかったから……」


 口にしてみると、だいぶ恥ずかしくなった。

 アジャンはきょとんとし、直後、「ぷふーっ」と思い切り噴き出した。


「えっ、それだけ?」

「そうだよ。何も知らない状態で、友達が欲しかったんだ。だってなぁ、父さんは良い人だけど、だいぶ威圧的だからなぁ」


「いやいや、めちゃくちゃ怖いので有名だぞ。――というかさ、お前、賊狩りグレイの息子ってかなり重要な情報だぞ。家族のくせに、知らないのか? サランジュリエの冒険者支部じゃあ、養子に手出し厳禁って暗黙のルールがあるのを」


 アジャンはずいずい突っ込んでくる。


「知ってるけど……」

「それ、隠したら駄目だろ! こっちは命がかかってるんだぞ。お前、黒狼族の結束力(けっそくりょく)を知らんのか! 普段は『協調性(きょうちょうせい)、何それ、おいしいの?』って感じのくせに、仲間が攻撃された時だけ、妙な団結力を見せるんだぞ。森の狼みたいに闇討ちしてきて、いつの間にか誰かが消えるんだからな!」


「え……。何、その怪談」

「怖いだろ! 影で出回ってる実話だからな!」


 アジャンはやれやれと溜息をつく。

 修太はしばし考えこむ。トリトラがよく冗談みたいに暗殺するとか言っているが、あれは本気だったのだろうか。


「俺に何か言うことは?」

「ええと、黙っていてすみませんでした……?」

「よし、許す!」


 小気味よくきっぱりと言い、アジャンは今度は心配そうな顔になる。


「お前、大変だったみたいだな。学園も大荒れだったぜ。もう大丈夫なのか?」

「大荒れって?」

「例の先輩が騒動を起こして、お前の情報を外部に流してたらしいぜ。それでまあ、何人かが一度に退学になったんだ。薬師ギルドも閉鎖してるみたいだぞ」

「そうなのか」


 まだ閉鎖しているとは思わなかった。ウィル達は元気にしているのだろうか。


「当事者なのに、知らないのかよ」

「だいたいは知ってるけど、父さんに外出禁止って言われてたからさ。ウィルさんもあんまり教えてくれないし……。休み中、ちょっと王都に出かけたくらいかな。そういえば、お土産を買ってきたんだよ」


 修太が思い出して、(かばん)をがさごそし始めると、アジャンがまた切れた。


「もーっ、のんきな奴だな! 頭良いくせに、たまに抜けてるよなあ、シューターは。もういいよ、ほら、こっち来いよ。そろそろホームルームが始まる」

「いや、話しかけてきたのはお前……すみません」


 にらまれたのは理不尽に思うが、どうも心配や常識面などでアジャンは怒っていたみたいなので、友人扱いしてくれるのはうれしい。

 気のせいか、周りの目が微笑ましい雰囲気なのは気恥ずかしいが、悪意がないのはありがたい。

 自分の席につくと、今度は後ろから低い声で呼ばれた。


「おい、黒フード」

「はい……?」


 思わず居住まいを正して、振り返る。レコンが不機嫌面をしていた。


「なんで言わねえんだ、お前」

「……?」

「グレイの養子だってことだよ。同胞には話すべきだろうが」

「レコン、グレイを知ってるのか?」

「当たり前だろ! 一族で五本指に入る……いや、今なら上から三番目の実力者だぞ。お前の養父は、同胞には尊敬されてるんだよ。ありえねえ」


 驚いて口をぱかりと開ける修太を、レコンはけげんそうに見る。


「おい、今、何に驚いてる?」

「えっ、父さん、三番目なの? 族長夫妻の次に強いってこと?」

「そこまで知ってるくせに、なんで知らないんだよ。いや、違うな。教えてねえんだな。過保護だから気を付けろってイェリには注意されてたが、ここまでとは……」


 ぶつぶつとぼやいているレコンに、修太は首を傾げる。


「っていうかさ、朝や放課後、正門前によくトリトラがいたんだけど、気付かなかったか?」

「トリトラ? なんだ、あの人も来てたのか。俺は学園で清掃のバイトをしてるから、朝と放課後は忙しいんだよ。週末や長期休みでのダンジョンの(かせ)ぎだけだと、いろいろと厳しくてな」


「トリトラとも知り合いなのか」

「家が隣だから、チビの頃にトリトラとシークに世話になってたんだ。つっても、シークには『うるせえ』って泣かされてたけどな。トリトラがシークを()り飛ばしてたけど」

「ははは。あいつら、昔から変わんねえなあ」


 想像できるので笑ってしまったが、レコンの目はすわっている。こぶしを左手の平に叩きつけた。


「シーク、あいつはいつかぜってえにボコるって決めてるんだ。ガキの頃の(うら)み、いつか晴らしてやる」

「止めないけど、シークはただの馬鹿だから、たぶん忘れてるぞ」

「俺は覚えてるんだよ!」


 こめかみに青筋を立てるレコンを、修太はそっとしておくことにした。


(あの馬鹿、何をやらかしてんだ……?)


 レコンはやり返す気満々だが、残念ながら、シークのことなので忘れ去っているだろう。トリトラは相変わらず、子ども相手には優しいみたいだ。手加減が下手なので怪我をさせたかもしれないが、その辺は大人だ。

 修太はちらりと戸口のほうを見る。まだ担任が来ないので、教材を机に並べながら、レコンに返事をする。


「そもそも、イェリさんに会ったんなら、うちのこと聞いてねえの?」

「何が?」

「何って、黒狼族の連絡ポイントになってるんだけど、俺の家」

「……連絡ポイント? あ、まさか」


 レコンは上着の内ポケットを探り、封筒を取り出した。中から便箋(びんせん)を出して、じっくりと読む。


「確かに、書いてあるな」

「なんなんだ、それ」

「困った時はここを頼れっていうメモ。俺は自力でやりたかったから、開いてもいない」


「そういうことなんで、何かあったらうちに来いよ。できる限り、助けるからな。あ、でも、俺は戦闘力は皆無なんで、そういうのは父さんに言ってくれ。――あ、そうだった」


 ちょうど王都から手紙が届いたところだったのだ。


「前に相談されてた件、第二王女殿下の護衛師団の団長さんから紹介状をもらったから、やるよ。たまたま王都で知り合いに会ったんで、相談してみたんだ。ついてたなあ。学園を卒業した後、これを持って騎士団を訪ねたら、試験を受けられるって、良かったな」


 思い出しついでに、上質な白い封筒を取り出して、レコンに差し出す。


「は?」


 レコンはぎょっと封筒を見つめ、アジャンや周りの生徒も唖然となった。レコンは、いつものクールさをかなぐりすて、椅子を立って机を叩く。


「はああああ? おまっ、何を言って……。意味が分からない!」

「え? だから、たまたま知り合いに会って……」

「聞いていたが、なんなんだそれは!」

「そう言われてもなあ。えっと、余計な世話だったのかな。……いらない?」

「いる!」


 修太が手をひっこめようとすると、レコンは手紙を奪い取った。


「す、すげえ、なんだ、この奇跡は……! グレイが行動を共にしている連中は、そろいもそろって変人ばかりだが良い人間だと聞いてはいたが……。いやあ、お前、本当に変な奴だな」

「没収するぞ、てめえ」


 修太は手を伸ばしたが、それより先にレコンは手紙を(ふところ)にしまいこんだ。恐らく上着の内ポケットに保存袋を入れているのだろう。


「そんな知り合いがいるのか」

「知り合いっていうか……うーん、まあ、いいや。もう終わったことだしな。前に迷惑をかけた()びにって、団長に相談してくれただけだからな。そこまで親しい相手じゃねえよ」


「トラブルのにおいがするな……。詫びって、そんな大事なことに、俺の用事を使ったのか?」

「俺は特に用事はねえし、いいんじゃねえ?」


 何か問題があるのだろうか。修太が気軽に返すと、レコンは頭を抱える。


「なるほど、あの人が過保護になる理由が読めたぞ」

「なんなんだ、失礼だな」


 レコンは急に姿勢を正すと、真面目くさった顔で礼を言う。


「これで貸しその二は、ちゃらだ。感謝する。……お前、名はなんだったか」

「シューター・ツカーラだよ」

「分かった。シューター、お前の親切心には、感銘(かんめい)を受けた。同胞として認めよう」


 ただの雑談のつもりだったので、ぼーっと筆記具を並べていた修太は、何を言われたか気付いてぎょっと振り返る。


「はい!? えっ、なんで?」

「詫びなんて大事なものを、俺が相談していたからというだけで使ったんだろう。そんなことをあっさりやってのける人間には、初めて会った。どんな人間か、興味深い」

「そんなたいそうな人間じゃないぞ!」


 修太が言い返す声は、クラスメイト達のどよめきにかき消された。


「嘘ぉぉぉっ」

「すげえ、黒狼族が認める瞬間、初めて見た!」

「ええっ、戦闘力皆無でも認められるの? なんなんだ、あいつ!」


 その騒ぎぶりは廊下にまで聞こえていたようで、教室に入ってきたセヴァンが迷惑そうに口を開く。


「遅れて悪かったが、うるせえぞ。どうした?」

「先生、今!」


 クラスメイトが何が起きたか話すと、セヴァンは意外にも落ち着いた態度だった。


「お前ら、すでに知ってる通り、ツカーラは黒狼族の養子なんだぞ。あの気難しい連中と親しくできるんだから、何かあるんだろ。気に入られやすいところが」


 なんとも雑な返事に、クラスメイトらは(きつね)につままれたような顔をする。


「そうかなあ。変わってはいるけど、普通の奴なのにな」

「ね。どっちかというと地味じゃない?」

「まあ、変だけど」


 ――お前ら、言いたい放題だな!


 変に遠巻きにされないのはありがたいはずなのに、なんだか納得のいかない修太だった。



 タイトルはテキトーにつけました。

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