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その後、喉のほうは一過性のはずだと紙に書いて伝え、ウィルがもう一度診察してから、帰宅となった。安眠に効くハーブティーをくれた。
衛兵が事情聴取をしたいと言っていたが、グレイは後始末をダコンとリックに押し付けて、修太を背負ってとっとと薬師ギルドを離れた。自分で歩けるのに……と思ったが、皆がどよめく中、大丈夫だと断るのはグレイがかわいそうかと思って、言うことを聞いた。
昔はよく背負われていたが、最近はない。久しぶりの背中は、前より小さく感じられた。修太だって、少しは成長しているのだ。しかし、眠い。温かさにうとうとしていると、グレイが声をかける。
「寝ていていいぞ」
いやいや、これでも大人なんだからがんばるぞと首を振ったが、結局、睡魔にあらがえず、そのまま寝入ってしまった。
目が覚めるなり、修太は身構えた。
あの男は閉じ込めるだけだと言っていたが、何もしない保障はない。急いで身なりを確認しようとして、暖炉で火が燃えていて、ぼんやりと辺りを照らしているのに気付いた。
ここはあの暗闇ではない。自分の部屋だ。
そうだった、助けられて、家に戻ってきたのだった。夢ではないことにほっとしていると、窓辺の椅子にいたグレイが声をかけてきた。
「起きたか。とりあえず、腹に何か入れろ」
書記机に盆が置いてあって、水差しとコップ、軽食がのっている。
空腹を思い出し、ベッドを降りる。ベッドの足元に、トリトラがもたれかかって座っている。熟睡しているみたいで、修太が動いてベッドがきしんだ音を立てても、珍しく反応がない。その代わり、トリトラの隣に寝そべっていたコウが起きた。
「あの薬師が、今日はお前についているように言っていた。俺がいるからいいと言ったが、そいつが聞かなくてな」
――そうなのか。ベッドで寝たほうが休まるのに。
暖炉で火が燃えていても、部屋がひんやりしているので、クローゼットからひざ掛けを持ってきて、トリトラにかけておく。
それから冷めたスープとふかしたモルゴン芋を食べた。
「食欲があるなら、大丈夫か。何かして欲しいことは?」
風呂に入りたいと思って、机の引き出しからメモ用紙を取りだし、書いて伝える。
「分かった」
すぐに風呂を用意してくれたので、食事を終えた修太はさっそく風呂に入った。数日入っていないので気持ち悪かったので、つい長風呂してしまう。途中で、グレイが「おい、生きてるか?」と声をかけてきたので、ちょっと慌てた。
風呂で寝てしまって、溺死しないかと心配したんだろうが、起きているかではなく生きているかという問いに、グレイの心配具合がうかがえる。
返事の代わりに風呂を上がると、グレイは納得したようで、洗面所の外に出た。修太はすぐに着替え、濡れた髪をタオルでぬぐいながら廊下に出る。待っていたコウが足元にまとわりついてきた。その時、客室のほうからリックが顔を出す。
「よう。大丈夫そうか?」
こくっと頷き、後片付けはどうなったのかと聞こうとして、声が出ないのでリックをじーっと見つめる。
リックはわずかに首を傾げ、「ああ」と頷いた。
「もしかして、あの後、どうなったか知りたいのか?」
はっきりと頷く。リックの察しの良さがありがたい。
「衛兵に簡単に経緯を話して、あとはウィルさんが対応してくれたよ。でも、後日、修太や賊狩りの兄さんにも調書をとらせてくれってさ。薬師ギルドでこんな大きな不祥事は久しぶりってことで、衛兵が張り切ってたから、うやむやにはならないんじゃないかな」
「……グシュ!」
首肯しようとして、修太が盛大にくしゃみをすると、リックが追い払うように手を振る。
「今日は冷えるから、早く部屋に戻れよ。おやすみ」
手を振ってあいさつを返し、二階へ向かいながら、修太はグレイの服装が気になった。
(寒くないのかな)
グレイは黒いシャツと黒のカーゴパンツというラフないでたちだ。素足に室内用の革製サンダルで、音もなく歩いている。尻尾がどう出ているか気になって見てみると、どうもズボンには切り込みがあって、尻尾の上のほうで、ボタンでとめているみたいだ。
「俺の尾がどうした?」
いや、別に。修太が手を振ると、グレイは階段を示す。
「よく分からんが、湯冷めするから、早く部屋に戻れ」
せっつかれるまま、修太は自室に戻る。トリトラが眠そうに目をこすっていた。
「シューター、起きたの? 今日はここにいてあげるからさぁ、ゆっくり寝るんだよ」
ああ、そうする。頷いたのが見えたのか知らないが、トリトラはあくびをしてコウを手招く。
「ふわあ。コウ、こっちにおいでよ」
トリトラはその場に横たわり、コウで暖を取って再び眠った。
(うわあ、すごい。美女と犬って感じだな。怒るから、言わないけど)
ひざ掛けをかけなおしてやりながら、修太は失礼なことを考えた。
体格を見れば男だと分かるのだが、こうして眠っていると普段の毒がないので、女顔が際立っている。
一方、コウは困っていると言いたげに、眉を寄せ、鼻にしわをきざんで不満そうだ。それでも大人しく抱き枕になってやっている。そんなコウの頭を撫でてやり、修太はベッドに入りなおす。ちょっとの留守の間に、布団が冷えてしまった。
グレイは窓辺の椅子に戻った。きっと座ったまま寝るのだろう。
皆そろって同室で眠るのは、旅以来だ。少し懐かしくて、気持ちが温かい。おかげで、翌日は昼までぐっすり眠った。
後日、衛兵二人が屋敷を訪ねてきた。後回しにしていた事情聴取のためだ。
救出された翌日の朝には、修太の声は元に戻っていたのだが、ストレスをかけるのは良くないからとウィルが言い、しばらく様子見期間をもうけてもらっていたのだ。
すでに学園は雨季休暇に入り、お見舞いに来た面々と会うくらいで、修太はのんびり過ごしている。一方でウィルは後片付けで忙しそうだ。
衛兵は、ハートレイ子爵領の騎士団の者らしい。騎士服は半袖のシャツと長ズボンで、背中に紋章が刺繍されている。階級が上になるとマントをつけ、そのマントの色が変わっていくそうだ。
一人は青いマントを着ている小隊長で、もう一人はその部下だ。この件にリューク・ハートレイが関わっていたから、くれぐれもよろしくと言われていると教えてくれたが、個人的に修太を不憫に思っているようで、終始丁寧な態度を崩さない。
「はあ、なるほど。専属採取師にならないかと誘われて、断ったのが原因なんですね。前にあった嫌がらせも、それが発端……と。〈黒〉ということは関係ない?」
「普段は目を隠しているので」
修太が答えると、グレイがちくりと釘を刺す。
「お前ら、このことを触れ回るなよ」
ビクッとして、小隊長は頷いた。
「もちろんです、情報は守りますから」
「情報漏えいとか、それこそ始末書ではすみませんよ。ははは」
もう一人が苦笑いを浮かべ、ペン先をインク壺に浸す。
「こいつは、魔力欠乏症をわずらっていてな。共に旅をしていた時に、危機を何度か、強い魔法で止めた。その反動で、心臓が弱いんだ。専属採取師の件も、体が弱いから断った。監禁中に発作が出なかったのは、運が良かっただけだ。けりはつけさせろよ」
グレイが修太の持病について教え、小隊長はしきりと頷く。
「ええ、ええ、法律にのっとって処罰しますとも。余罪もありますし、ギルドの金をいくらか横領していたようです。それから、ギルドの私物化もあるので、懲役三年はかたいでしょうね」
「三年か?」
「殺人や傷害はありませんから、この程度なんです。用意周到な奴ですよ。この領地ですと、領主家の畑で農奴として働くか、ダンジョンから売りに出されたアイテムの分解作業をする工場なんかでの重労働ですね」
牢に閉じ込めているだけではなく、囚人には労働をさせて、食い扶持はかせがせるのだと、小隊長は説明する。
「アイテムの分解作業をする工場なんてあるんだな」
修太が独り言を言うと、部下のほうがそうだよと返す。
「パーツごとに分けて、素材として使えるようにして、また売りに出すんだよ。それを職人が買いとって材料にしているんだ。この分解作業が結構な手間なのに、あんまり金にならないから、罪人に作業させてるんだよ。でも安全面から、全てを任せられないんで、専門の工場では一般人が勤めているよ」
経験不要で、職歴問わずの低賃金の仕事なんだそうだ。食事と個室付きの寮があるので、そんな仕事でもスラムにいるよりマシだとか。
「座っての作業もできるから、冒険者をやっていたのに怪我をして働けなくなった人なんかも働いているよ。使用済みアイテムの回収をする業者もいて、そこから持ち込まれてのリサイクルをしているから、結構、大事な仕事なんだよね」
「あれってそういうふうに処理されてるんですか」
アイテムにもいろんなものがある。アクセサリーの類から、小瓶に入った飲み薬や食品など、種類が豊富だ。
ダンジョン都市の経済を回す、縁の下の力持ちみたいな仕事のようだ。
グレイが不満そうなので、小隊長が付け足す。
「懲役三年でも、ギルドマスターにはなれませんし、薬師の資格もはくだつされます。これからあの男が薬師としての能力を役立てるなら、薬草採りしかありません」
「奴がこき使ってた連中の仕事につくしかねえのか、笑えるな」
その皮肉さを、グレイは鼻で笑う。
「違法薬師になったら、また捕まるだけですね。あいにくと、彼の息子はたいした罪にならないので、罰金で終わるかと思いますが、この都市にはもういられないでしょう」
「裁判で罪が決まったら、またお知らせに来ますね」
書類をまとめて鞄にしまい、衛兵達が立ち上がる。見送ろうかと修太も椅子を立とうとしたが、グレイが止めた。
「お前はここにいろ」
「分かった」
衛兵に会釈をすると、カップ類を片付けようかと、修太は台所に向かった。
記念すべき、令和最初の更新です。




